【127不思議】百舌の巣はカッコウの的
日も暮れ、星空が街を見下ろす夜の中。
道のど真ん中を、制服の身に纏った高校生達が我が物顔で歩いていた。
「いやー楽しかったですね! 合格おめでとうパーティー!」
くるりと振り返って、千尋が満面の笑みでそう口を開く。
「全く、あんなに盛り上がってたのに帰れだなんて、どうかしてますよ楠岡先生!」
「まぁ先生も仕事だからね」
斎藤の苦笑いにも、千尋は腕を組んで不満気だ。
千尋が腹を立てているのは、ほんの数分前の出来事。
絶賛盛り上がり中だった部室のドアが開き、顧問の楠岡が下校時刻を報せに来たのだ。
今はそれからの下校の最中である。
「つーか、何でお前らまで出てきてんだよ」
気になって横に目をやったのは博士。
「だって楠岡がいたんだから、俺らが学校に残る訳にもいかねぇだろ? 適当にブラブラして、その後俺らも帰るよ」
博士の問いに、多々羅がそう答える。
学校が自宅である筈の七不思議三人組がこうして校舎を出ているのは、そういう事情があったかららしい。
すると千尋が禁断症状でも出たように錯乱する。
「あー家に帰りたくなーい!」
「帰らなければ? 俺ら帰るから」
「このままずっと皆と遊んでたーい!」
博士の声も届かないくらい、千尋のホルモンは過剰に放出されていた。
そこにピコンッと名案が浮かぶ。
「そうだ! 二次会やりましょう!」
「二次会?」
千尋の提案に西園が首を傾げる。
「そうです! これから皆でどっか行って、そのままパーティーの続きやりましょ!」
そう話す千尋の頭では、もう二次会開催は決定しているようだ。
勝手に話を進める千尋に、博士が問い詰める。
「どっかって、どこでやるんだよ」
「んー、サイゼとか!」
「来た道と逆方向じゃねぇか」
「あー悪ぃ、すぐ帰ると思って財布置いてきちまった」
博士と多々羅の否定的な意見に、レストランの案は即却下される。
うんうんと千尋が呻っていると、再び名案がピコンッと浮かんだ。
「そうだ! 誰かの家は!?」
「家?」
随分トリッキーな提案に、博士は眉を顰める。
「そう! 誰かの家にお邪魔してパーティーの続きをするの! 私の家はダメだけど、誰か今からお邪魔してもいい家ありますか!?」
千尋は爛々と目を輝かせて、部員達の顔を順に覗く。
「良い訳ないだろそんな急に」
「んーごめん、ちょっと僕の家も無理かなー……」
「私の家もごめん。今日は哲さんが泊まりに来てるから」
「誰!?」
「誰って、叔父さんだけど」
訊いて回るも、どうやら流石に急遽大所帯が訪問するのは難しいらしい。
「俺も無理だわ」
「俺も」
「私も」
「お前らには聞いてない」
七不思議三人組が横並びに手を挙げる中、博士が丁寧にそれを拾う。
もう手はないかと、千尋は首を傾げた。
「んーあと残ってるのは……」
その一言で、一同は視線を一斉に後ろに向ける。
最後尾についていたのは、歩きながら本の文面を熟読している長身の青年。
前列の動きが止まった事にやっと気付くと、百舌は顔を上げた。
「……何?」
前髪で隠れたその顔は、何も分かっていないようだ。
「百舌先輩良いですか!?」
「ごめん、話聞いてなかった」
「今から百舌君の家でパーティーしに行ってもいいかなって」
「いや良い訳なくないですか?」
「何でですか!?」
「いやほら、こんな大人数だし」
「静かにするから大丈夫ですって!」
「その、俺ん家狭いし」
「そんな事無いだろ! ほら林太郎! 早く案内しろ!」
それからどれだけ理由を並び立てても、火の付いたオカ研部員達が引き下がる事は決してなかった。
帰るにしても勝手についてくる一同に、百舌は仕方なく家まで案内する事となった。
●○●○●○●
あれから何分歩いただろうか。
家に着くまでは「遠い」だの「怠い」だの文句を吐き散らしていた部員達だったが、いざ着いてみると言葉を失っていた。
「……ほら、着いたぞ」
百舌はいつもの日常サイクルの様に敷地内へと入っていく。
しかし一同は、その中に入る事さえおこがましいと感じてしまった。
「……もしかして、お前ん家ってここ?」
「……そうだけど」
念の為の確認が、一同にトドメの一撃を決める。
目の前に映るこの景色は、百舌の痩せ我慢なんかではなかった。
黙っているままでは耐えられず、部員達は声を揃えて早速約束を破っていった。
「「「「「デッケェェェェェェェェェェェ!」」」」」
百舌の家は、ドラマなんかでよく見る大金持ち役の大豪邸だった。
「いやでっけぇなほんと!」
「何が俺ん家狭いですか! もっと大人数入るじゃないですか!」
「おい林太郎! お前お坊ちゃまだったのか!」
「別にそんなでもないでしょ」
「俺ん家の二倍くらいあるぞ」
「私の家よりも大きい」
「トイレと比べんな」
口々に漏れ出た感想を口にしていく部員達を置いて、百舌は家の扉に手を伸ばす。
いくら目を疑っても変わる事のない大きさに、一同も百舌の背中を追って家の敷地内へと踏み込んでいった。
手元の鍵で開錠すると、扉を開けていく。
「勝手に入んなよ」
ふと後ろで待機している部員達にそう注意すると、百舌は一人家の中へと入っていった。
開けっ放しになった扉の先に、ふと人影が映る。
「あら林ちゃん、おかえりなさい」
「……ただいま」
距離感と家の中の眩しさが相まって、その人影ははっきりと分からない。
その人影もこちらに気付いたのか、玄関へと歩き出した。
「……あら、お客さん?」
人影はどうやら女性のようだった。
「……別に」
百舌は適当にそう言うと、長い廊下を歩き出してしまった。
こちらに不思議そうな目を向けるパーマをかけた女性に、部を代表して斎藤が挨拶をし出す。
「どうも、逢魔ヶ刻高校オカルト研究部部長の斎藤と申します。百舌君とは同じ部活の仲間でして」
「もしかして……、林ちゃんのお友達?」
「え?」
女性の緊迫感のある質問に、後ろの百舌も思わず足を止めた。
「いやっ、母さん違」
「なんて事でしょう……。林ちゃんが生まれて十何年、初めてお友達を家に連れてくるなんて!」
「母さん!?」
百舌がどれだけ呼びかけても、女性は自分の世界に入り込んでいるようで応答はない。
女性は目の前の唖然とする部員達に、包容力のある笑顔を浮かべた。
「はじめまして、林太郎の母です。さぁ、よかったら上がってください!」
「いや、ちょっと」
「いいんですか!?」
「じゃあ遠慮なく!」
「お邪魔しまーす!」
百舌の制止も間に合わず、部員達はわらわらと家の中で靴を脱ぎ散らかしていく。
満足そうな母親の笑みと相反して、百舌は苦しそうに息を吐いた。
●○●○●○●
それからというもの、百舌の苦労は絶えなかった。
「うわっ! すげぇ! 見ろこのソファ! ふっかふかだぞ!」
「他人ん家のソファでジャンプするな」
「あっ! 私これ知ってます! えーっと……そうだ! ヨークシャテリア!」
「シャンデリアな。どんな間違い方してんだ」
「すごい、テレビも大きいね。あっ、もうすぐアンビリバボーやる時間だから観てもいい?」
「ダメです」
「うわっ! おい! 庭もめっちゃ広いぞ! 皆で鬼ごっこやろうぜ!」
「やらないしやらせない」
「すみません、ちょっと集中して勉強したいんで百舌先輩の部屋行ってもいいですか?」
「良い訳なくない?」
「Zzz」
「寝んなら帰れ」
四方八方で暴走する部員達に、百舌は文字通り八方塞がりだった。
オアシスである筈のリビングが、今では地獄絵図だ。
高級そうなソファに腰を下ろし項垂れる百舌を、斎藤だけが申し訳なさそうに見つめている。
「……なんかごめんね」
「そう思うんならさっさとこいつら連れて帰ってください」
百舌の心からの願いだったが、それが決行できる程斎藤は強くなかった。
「しっかし、林太郎は母さんに『林ちゃん』って呼ばれてるんだな!」
「!」
ソファから跳び上がった多々羅の厭らしい笑顔に、百舌は目を伏せる。
「……別にいいだろ」
「あぁ、他人ん家の呼び方に俺がどうこう言うつもりはねぇよ」
「皆さん、夕ご飯もう食べましたか?」
間を見計らった様に、そんな声がキッチンから聞こえてきた。
シルク素材で縫われたような繊細なエプロン姿を巻いた、百舌の母親である。
鍋掴みで手にしているのは、鶏一羽の形が残る姿焼きだった。
「「「すっげぇぇぇぇぇぇぇ!」」」
テレビの中でしか見た事ない丸焼きに、一同は大興奮。
「林太郎の家ってこんなんばっか食ってんのか!?」
「こんなのばっかな訳ないでしょ? たまたまよ、たまたま」
「たまたまでもすごいですよ! 鶏の丸焼きなんて! 私の家だったら丸焼きなんてサンマが限界ですよ!」
感情の冷めやまない部員達に、母親も満足気だった。
「写真撮ってもいいですか!?」
「えぇ、どうぞ」
「食べてもいいですか!?」
「勿論!」
「やったぁぁぁ!」
まるで育ち盛りの子供の様なテンションを見せる部員達。
その傍らで一人平常運転な百舌は、隣の母親に小さく小言を漏らした。
「……張り切りすぎ」
「うふふっ、だって嬉しくって」
一緒に過ごしていてこんなに嬉しそうな母親は何年振りで、百舌も仕方なく溜息を吐く。
そこに、
「ただいまー」
「「「「「「「!?」」」」」」」
また別の声が玄関の方向から聞こえてきて、部員達は口に鶏肉を詰め込んだまま振り向く。
足音がリビングに近付いてきて、目の前の戸を開けた。
そこにいたのは、長身で爽やかなイケメンだった。
「……あれ、お客さん?」
そう疑問を口にした青年に、部員達は言葉を失っている。
危うく喉に鶏肉が詰まるかと思った。
百舌に負けず劣らず、もしかしたら百舌よりも高い気さえ感じる高身長。
ファッション雑誌に掲載されていそうな冬服ファッション。
ところどころ百舌の面影は感じられるものの、バッサリと切った前髪からは、美しく整った顔立ちが見えた。
「その制服、林太郎と同じマガ高の制服だよね? てことは林太郎の友達かな?」
どれだけ質問されても、部員達が返答する気配は一切ない。
それを察して、まずは自己紹介から始める事にした。
「どうも、林太郎の兄の百舌森之介です。よろしくね」
「「「「「「お兄さん!?」」」」」」
ようやく白状された謎のイケメンの素性に、部員達は鶏肉を散らして声を上げた。
「えぇ!? 百舌先輩ってお兄さんいたんですか!?」
「全然知らなかった!」
「何でそういうの言わねぇんだよ!」
「わっ! 百舌先輩のお兄さんすっごいイケメン!」
「握手してもらってもいいですか!?」
「ん? いいけど」
「わぁ! イケメンと握手しちゃった!」
「人の兄で何やってんすか」
静寂の呪縛から解放された部員達の好き勝手な言動に、百舌が粛清にかかる。
しかし森之介は特に気にしていないようだ。
「森ちゃんおかえり」
「ただいま。この子達は? 林太郎の友達?」
「そうみたいよ」
母親がそう優しく微笑んで、森之介は部員達を眺めた。
慌ただしい愉快な部員達の姿は、いつもの自宅とは程遠い景色を生み出していた。
その傍で一人格闘している弟の林太郎。
傍から見れば苦悩しているようだが、長年一緒にいる兄から見れば一緒になって楽しんでいるようだった。
「皆さん」
森之介の突然の声に、部員達は騒いでいた音を止めて振り返る。
「ふつつかな弟ですが、これからも林太郎の事を、どうかよろしくお願いします」
そう言って、森之介は深く頭を下げた。
何がどう展開してこうなったのか状況が把握できない部員達は、取り敢えずその頭を見つめている。
一人先に気付いた斎藤が、慌てて止めに入った。
「そっ、そんな、顔を上げてください!」
斎藤の声に顔を上げた森之介は、清々しい笑顔だった。
外見だけでなく、内側まで整った森之介に、自然と一同目を奪われていた。
「……林太郎」
そうして、その視線は弟へと移り変わる。
「良いお兄さん持ったなぁ」
「絶対お兄さんに迷惑かけないようにしてくださいね」
「そう思うならとっとと帰れ」
百舌を見つめる一同のその目は、どこか悟りを開いたような目だった。
結局部員達がそう簡単にお暇する筈もなく、その後も数時間にかけてパーティーの二次会が決行された。
百舌の母や森之介も同席し、その夜は百舌家の一生の思い出となる夜になった。
百舌さん大集合!
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
今回は皆で百舌の家に遊びに行くという話でした!
実はこの案自体は、随分と昔から考えていたものなのです。
それこそマガオカを書き始めてすぐくらいに思い付いた話なので、ようやく形にできたなってちょっと感慨深いです。
斎藤の兄である大輔初登場の回で、部員の兄弟事情を書いたと思うのですが、その時点で百舌の回答は曖昧でした。
何故ならまだ確定していなかったからです。
当初は一人っ子の予定でしたが、後になって「あっ、これお兄ちゃんいたら面白いな」って。
書いている時にそんな案が浮かんで、じゃあ百舌の家に行った時はお兄ちゃん登場させようと、今回念願の初登場な訳です。
今回の部員達の会話、結構お気に入りです。
マガオカらしい愉快でユニークな会話で、百舌さん家を掻き回してくれたので、大変気に入っております。
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!