【126不思議】and fly!
早朝、三年A組の教室にチャイムが鳴り響く。
この時期になると、クラスの半数以上が既に高校卒業後の進路が定まっていた。
中にはまだ受験や合格発表を控えていたり、第一志望を落として第二志望の調整を進めている人もいたが、それでも教室の雰囲気は至って穏やか。
教壇に立つ先生に、起立、礼をして着席する。
このHRも、あと何回なのだろうか。
「えーっと、今日は……」
担任の教師が席に座った生徒達を見回して、出席を確認する。
「あぁ、正大の合格発表だな」
ぽっかりと空いた二つの席を見て、先生は納得する。
あんな難関大学を志望する生徒なんて、このクラスにはたった二人しかいないのだから。
「よし、他に休みはいないなー」
「先生ー、五十川が昨日パルクールで遊んでたら、電柱にぶつかって大怪我したんで休みでーす」
「何やってんだあいつ」
こうして残り僅かとなったいつも通りのHRが始まった。
ただ多々羅は目を後方の席へと向ける。
いつもならばそこには銀髪のビビリと、学園のマドンナがそれぞれ座っている筈だ。
今頃どこにいるだろうか。
発表まであとどれくらいだろうか。
頬杖を突いた多々羅の煙たい表情からは、何も感じられなかった。
●○●○●○●
場所は変わり、朝日の注ぐ歩道路。
日中にも関わらず、逢魔ヶ刻高校の制服を身に纏った二人の少年少女が、目的地へと歩いていた。
「ふふっ、なんか緊張してきたね」
そう微笑みかけたのは西園である。
今日は二人の志望する正碁王大学の合格発表だ。
解答用紙に今までの全てを注ぎ込んだ日から、早いものでもう約一週間。
どうせなら一緒に合格発表を見ようという西園の提案で、今日は事前に待ち合わせし、こうして二人で大学へと向かっている。
あと数分で、自分の命運が決まるのだ。
「だっ、大丈夫だよ西園さん!」
西園の隣を歩く斎藤が、強張った口で声をかける。
「僕だって手応えあったし、西園さんなら絶対合格してる! きっと!」
曖昧で、しかし力強く断言した斎藤に、西園は目を奪われる。
すると西園は、耐え切れず吹き出した。
「斎藤君、手と足揃ってるよ」
「えっ!?」
どうやら無自覚だったようだが、斎藤はどこかの兵隊の様に手と足一緒に行進していた。
「えっ、あれ!? えーっと……」
なんとか直そうとするも、緊張で上手く体に指令が出せない。
そんな斎藤に、西園は随分愉しそうだ。
「手ぇ繋いであげようか?」
「えぇ!?」
衝撃の提案に、斎藤は顔を真っ赤にして体を吹き飛ばす。
その衝撃で、緊張が一瞬で霧散したようだ。
「アハハ、直ったよ」
西園はそう言うと、硬直する斎藤を置いて前を歩いてしまう。
やはりこの小悪魔にはどうしても勝てないと斎藤は再認識し、小走りで西園の隣に追いつく。
「でも誘っといてなんだけど、良かったの? 今じゃネットで合否見れるし、わざわざ大学まで行かなくてもいいのに」
斎藤が隣に来たタイミングで、西園はそう尋ねた。
不意な質問に、斎藤は豆鉄砲でも食らった様な表情をする。
その後に零れたのは、朗らかな笑みだった。
「……うん、折角なら大学まで行ってちゃんとこの目で確認したいし、それに」
斎藤の言葉の途中、二人の視線はぶつかった。
「二人で見たいしね」
恥ずかしげもなく、斎藤はそう笑ってみせる。
そんな斎藤に、西園も笑顔で返した。
「そうだね」
会話も束の間、西園が視界の奥に目的地を捕える。
「あっ、着いたよ」
斎藤もそう言われて目を向けると、確かに一週間程前に訪れた大学の正門が見えてきた。
話をしている間に、もうこんなところまで来ていたようだ。
二人は門を潜って、大学の敷地内を歩いていく。
この景色が日常になるかどうかも、あと数分後に懸かっているのだ。
係員の誘導に従い、二人はとうとう最終地点に着いた。
既に同じ受験生でいっぱいで、まるで通勤ラッシュの駅のホームの様だ。
目の前に用意された、合格者の試験番号が書かれている立板は、未だ真っ白の布に隠されている。
人の海の中、斎藤は何故かたくさんの視線を感じていた。
目を回してみると、確かに同年代の男子の視線がこちらを突き差してくる。
その視線が正式には西園を見ている事は、すぐに分かった。
やはり西園の人気は大学でも衰えないと確信しながら、斎藤も負けじと小動物の様な威嚇で応戦する。
「もうすぐかなー」
「えっ!? あっ、うん!」
すっかり元の目的を忘れていた斎藤が、慌てて相槌をする。
「西園さんって、受験番号何番?」
先程までの醜態を隠そうと、斎藤は尋ねた。
西園がその心理まで分かっているのかは不明だが、平静に答えを返す。
「多分斎藤君と一つ違いじゃない? 316742」
「あっ、ほんとだ。僕と一つ違い」
同じ学校の出席番号一つ違いの斎藤の受験番号は、西園の一つ前のようだ。
「316742だから、覚えやすくて良かった」
「アディーレ!?」
どこかで聞いた事のある語呂合わせに、斎藤は顔を仰天させた。
すると前方の人の影が突然ざわつきだした。
何事かと二人も目を向けると、大学側の人間らしき男が立板の布に手をかけていたのだ。
「西園さん」
「うん」
二人は立板が燃えそうなくらい、じっと目を向ける。
他の受験生達も緊張感が肌で伝わる程に、その立板に注目していた。
その場にいる全員が緊張する瞬間。
いよいよ隠していた布が、その結果を露わにした。
無差別に並んだ数字の羅列に群衆を揺れ、二人も自分の受験番号を探していく。
そこには――。
●○●○●○●
逢魔ヶ刻高校のオカルト研究部では、既に放課後を迎えていた。
しかしそこに、いつものざわめきはない。
千尋はただ、両手を強固に繋いで天井を仰いでいた。
「神様、お願いします。どうか先輩達に御加護を……!」
「神なんていねぇ」
千尋の祈りを無下にするように、博士が言葉を吐き捨てる。
その言葉を聞き捨てる訳にはいかず、千尋は祈りを中断して博士に歯を向ける。
「ちょっと! 人がお祈りしてる時になんて事言うの! ハカセは二人が落ちてもいいって言うの!?」
「んな事言ってねぇだろ。ただ神なんていないし、二人が合格するかどうかは二人の努力次第だ。俺らが神頼んでどうにかなる問題じゃねぇだろ。つーかそもそも受験終わった後に御加護与えられても意味ねぇだろ」
「何を正論振った事言ってぇ!」
「正論なんだよ」
「これで先輩達が落ちたらハカセのせいだから!」
「俺影響力でかくね?」
こんな時にも関わらず、二人の言い争いは平常運転。
堪らず乃良が溜息を吐くと、突如としてドアが開く音がした。
「「「!」」」
部員達は先程の論争を一時中止にして、ドアの方へと一斉に視線を向ける。
そこには惚けた顔をした多々羅が立っていた。
「「「お前かよ!」」」
予想外のキャストに、一年三人はコントの様なツッコミを魅せる。
まだ状況が分かっていないようで、多々羅はきょとんと間抜けな目で部員達を見つめている。
「ん? 何?」
「何でアンタなんだよ! ここは斎藤先輩と西園先輩が来るとこだろ!」
「タタラ何してたんだよ!」
「いやちょっと野球部に混じって一汗掻いてきた」
「先輩達の合格発表の日に何やってるの!?」
一斉放火を受ける多々羅だったが、特に気にしていない様子だ。
部屋の中へ入っていき、奥側の椅子に疲れと一緒にどっぷりと腰を下ろす。
「……んで、優介と美姫は? まだ来てないのか?」
「そうだよ! 皆二人の事待って」
「あれ、どうしたの?」
「「「!」」」
乃良の言葉を遮った声に、一同は再びドアの方へと目を向ける。
今度こそ、部室中が待ち望んだ斎藤と西園だった。
「さいとぅー先輩!」
「西園先輩!」
多々羅を責める事も忘れて、一同は二人の到着に心拍を逸らせる。
一方の斎藤と西園は、状況を未だ掴め切れていないようだ。
「皆待っててくれたの?」
「そうですよ! 皆二人の無事の帰還を待ってたんです!」
「さっきすごい声が聞こえてきたけど」
「そうなんです! 聞いてくださいよ! さっきタタラがね!?」
「んで!」
盛り上がる部員達を差し押さえる様に、奥の多々羅が一つ大声を吐いた。
ドスの効いた目付きは、部員達の注目を集める。
風の音もしなくなった部室に、多々羅は重く本題を口にした。
「どうだったんだよ」
大事な部分が欠け落ちた言葉足らずの文章だったが、それでもその場の全員が文章の全容を把握した。
注目は多々羅から、一斉に二人にすり替わる。
「……えーっと」
その視線が一体何を望んでいるか、斎藤も理解していた。
圧を感じる視線に一歩後ずさりたくなるも、何とか堪えて立ち止まる。
何を言おうかと色々考えているのか、その表情はどこか難しく、悩みに悩んだ末に斎藤は口を開いた。
「……合格しました」
瞬間、部室にファンファーレが鳴り響いた。
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
乃良は立ち上がってガッツポーズし、千尋はそのまま勢い余って西園に抱き着いた。
「おめでとうございます! おめでとうございます!」
「ありがとー」
西園も嬉しそうに頭を撫でている。
百舌は二人の報告を聞くと閉じていた本に目を戻し、花子はよく解っていない様子だ。
自分の事の様に喜んでくれる部室の中、博士が斎藤に疑問を投げる。
「……そういうの、先に先生達に言わなくていいんですか?」
「ちゃんと言って来たよ。担任の先生と、あと楠岡先生にも。楠岡先生は『まぁそうだろうな』って言ってちょっと舌打ってたけど、おめでとって言ってくれたよ」
「先生らしいっすね。……まぁ、おめでとうございます」
「ありがと」
博士からの不器用な激励にも、斎藤は満面の笑みだった。
ふと斎藤は部室の奥に目を向ける。
スタスタと歩いていくと、多々羅の目の前まで来て足を止めた。
「………」
「………」
しばし見つめ合う二人。
多々羅の表情はムスッとしたままだったが、その代わりに右手を出した。
「……俺はお前らが落ちるなんてはなから思ってねぇよ」
「……知ってる」
ぶっきらぼうな多々羅に、斎藤は笑みを零した。
そして斎藤も右手を出し、部室に響く程のハイタッチをした。
そのハイタッチに、さっきの言葉以上の会話が隠されているのだろう。
感動に満ち溢れる部室で、また一つ高らかな声が響いた。
「さぁ皆さん! 先輩達も合格した事だし、パーティーしましょ! パーティー!」
「パーティー?」
「おぅしようぜ!」
斎藤の疑問を置いて、部員達は早速準備に取り掛かっていく。
その疑問に答えたのは多々羅だった。
「あいつら、お前らが合格発表したらすぐに合格記念パーティー開けるようにって準備してたんだよ。ほら」
「?」
多々羅が指差した方角に、斎藤は目を向ける。
二人の入ってきたドアの上には、『合格おめでとう!』と書かれた横断幕が飾ってあった。
「えぇ!?」
入ってきたすぐ頭上だったのに、全く気付かなかった。
確かによく見てみれば、部室中もパーティー仕様に飾り付けされている。
机の上もドンドンとお菓子で山積みになっていった。
「……でも、もし僕達が落ちちゃってたら、どうするつもりだったの?」
当然といえば当然の質問。
そんな斎藤の疑問に答えたのは千尋だった。
「大丈夫です!」
そう言って千尋は準備を中断し、飾ってあった横断幕を一旦外した。
そしてその横断幕を裏返す。
「もし落ちちゃったら合格おめでとうパーティーから、不合格ドンマイパーティーに変更してましたから!」
横断幕の裏には『不合格ドンマイ』と書かれていた。
「嫌なリバーシブル!」
一歩間違えれば訪れていた未来に、斎藤の顔を青ざめる。
「まっ、先輩達が落ちるなんて思ってもいませんでしたけどね!」
千尋は横断幕を表に戻すと、眩しいくらいに笑ってみせる。
そんな千尋の断言に、斎藤もすぐに顔色を戻して、千尋から笑顔が伝染した。
「いやお前さっき神頼みしてたじゃねぇか」
「! あっ、あれは! そのっ! ちょっとした誤差というか!」
博士に痛いところを突かれ、千尋はしどろもどろと言い訳を考える。
その姿がまたおかしくて、部室は笑いに包まれた。
それからというもの、斎藤と西園の合格おめでとうパーティーが始まった。
オカルト研究部の宴は笑いが途絶える事が無く、楠岡から学校を追い出されるまで続いたという。
合格おめでとぉぉぉ!
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
こうして! 晴れて斎藤と西園の合格が決まりました!
いやめでたい! めでたいです!
志望した大学も、合格も、全て僕が決めたのですが、どうしたものか嬉しいものですww
受験からひとっ飛びして、今回は合格発表をお送りしました。
大学受験編はそのうち書くのは確定していたので、ぼんやりとはイメージしていました。
しかし本当にぼんやりとしたもので、書き出すに足りたものではありません。
今回この大学受験編を書くにあたって、薄かった内容を太く肉付けしていった感じです。
今回でいう肉付けは部室での部員達のやり取りですね。
投稿する上にあたって最終推敲をしていたのですが、我ながら不意に吹いてしまいましたww
つまり満足って事ですねww
なにはともあれ合格おめでとう!
卒業まで残り少ないですが、斎藤と西園のこれからもよろしくお願いします!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!