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【124不思議】悪夢さん

 そこは不思議な場所だった。

 空も海も大地もない、不完全に造られてしまったような世界。

 自分が立っているのかも座っているのかも解らない世界に、花子はいた。

 花子はその世界を見回す。

 するとそこには、愛おしい博士の姿があった。

「花子」

 ――……ハカセ。

 名前を呼ばれて、花子は自然に博士の元へ近づこうとする。

 しかしすぐに花子の足は止まった。

 博士の隣には見知らぬ女性が立っていたからだ。

「悪ぃ、俺こいつの事好きになっちまったんだ」

 ――誰?

 博士の左腕に体を巻きつける、見覚えのない彼女。

 ボンッキュッボンッという言葉をただただ具現化したような女性は、花子を挑発するように視線を送った。

「ごめんなさいねお嬢ちゃん。ハカセは私のものだから」

 ――……誰?

 時間を置いて考えた結果、その正体は迷宮入りに終わる。

 博士は女性を退ける事もせず、そのまま踵を返してしまった。

「じゃあな花子」

 ――待って。

「今まで楽しかったぞ」

「それじゃあねお嬢ちゃん、二度と会う事はないでしょうけど」

「俺以外の男見つけるんだぞ」

 ――いかないで。

 先を歩く博士に、花子は必死で追いかけた。

 しかしどれだけ走っても何故か届かなくて、こちらに手を振る彼女が無性に癇に障る。

 ――お願い、待って、いかないで。

 届かない博士に、花子は手を伸ばして叫んだ。

 ――ハカセ!


 ガタンッ!

『!』

 突然教室に響いた物音に、クラス中がどよめいた。

 少し現を抜かしていた生徒も、真面目にノートを取っていた博士も、一斉に音のした場所に目を向ける。

 注目を浴びた花子も、状況がよく読めていないご様子だ。

 ただ花子らしからぬ乱した息で立ち尽くしている。

「……零野さん?」

 明らかに様子のおかしい花子に、教卓に立つ馬場が心配そうに声をかける。

 花子は脳内を整理するのに必死なようだ。

 虚構では感じられない現実感。

 皆の視線や止まった筈の逸る心臓から、先程までの体験談が夢の物語だった事が徐々に分かってきた。

「……ごめんなさい、ちょっと怖い夢を見てました」

 ありのままを伝えた花子。

 包み隠さず正直に話してくれた花子に、馬場は念の為確認しておく事にする。

「あのぅ……零野さん? 授業中に寝てはいけませんよ?」

 分かっているのかいないのか、花子は無言で耳を澄ませていた。


●○●○●○●


 その日の放課後。

 オカルト研究部の部室では、いつもとは少し変わった景色が映っていた。

「………」

 何か重たい物を背負っている様な苦い表情をする博士。

 そして、そんな博士の左腕を掴んで離さない、どこか怯えた無表情をする花子。

「……何これ?」

 今までずっと黙って見ていた多々羅が、耐え切れず呟いた。

 それはその場の全員の総意でもあった。

 博士は呆れた溜息を吐いて、この奇怪な現状を説明する。

「いや何か授業中に怖い夢見たらしくて、全然離してくれないんですよ」

「こいつ授業中寝てんのか。ダメな奴だな全く」

「それに関してはお前人の事言えないだろ」

 自分の事を棚に上げた多々羅の言動は、乃良が掴んで離さなかった。

 すると今度は千尋が話に入ってくる。

「怖い夢って、どんなの見たの?」

「それが教えてくれねぇんだよ」

 博士が自分の左腕に絡む花子に視線を落とした。

 その顔色は幽霊である元の色から更に悪くなっており、青色が滲んでいる。

 表情も無表情ではあるが、その奥には『恐怖』という感情が確かに垣間見えた。

 これは花子の口から答えは聞けないだろう。

「相当怖かったんだろうね」

 ただそれだけは明快だった。

「しかし幽霊って夢見るんだな」

「そう、問題はそこだよ」

「いや明らかにそこじゃないでしょ」

 どこまでも研究脳な博士の頭に、千尋も呆れてしまう。

 このやり取りの中でも花子が博士から離れる素振りはなく、博士は再度交渉に挑んだ。

「なぁ、そろそろ放せよ」

「……嫌だ」

 事は上手く行かず、腕を掴む花子の力が一層強くなる。

「頼むって」

「放したらハカセどっか行っちゃう」

「行かねぇよ。このままじゃ何もできないし、お前だって大変だろ?」

 どれだけ説得を試みても、花子が首を縦に振る気配はない。

 まるで駄々をこねて親を困らせる子供の様だ。

「嫌だ」

「なぁ」

「このままでいてくれなきゃ……」

 そう言って花子は上目遣いで博士にガンを飛ばす。

「祟るよ」

「その脅し文句久々に聞いたわ!」

 遠い記憶に聞いた事のある台詞に、思わず博士の声は上がった。

「いやお前そんな事出来ねぇだろ」

「はぁ!?」

 数ヶ月越しに明かされた衝撃の事実に心揺らされ、結局博士は花子に左腕を預ける事となった。


●○●○●○●


 なんて事ない、いつもの日常。

 部室には丁度良いような騒ぎ声が聞こえて、テーブルの方では静かな時間が流れている。

 博士も日常に溶けて問題集に向かっていた。

 勿論、左腕には花子。

 椅子をすぐ傍まで寄せて、極力博士から離れないようにしている。

 そんな状況にも慣れたのか、博士は特に気にする素振りもなく問題集を解いていく。

 自由な右手でシャーペンを器用に滑らせていた。

 ふと誤って書き間違える。

「あっ」

 博士がその事に気付くと、何事もなく自分の左半身に命令を下した。

「おい花子、ちょっと消しゴム取ってくれ」

 博士の指示通り、花子は従順に消しゴムを取る。

「どうも」

 それを博士の右手が届くまでに持っていくと、博士はそれを受け取って誤字の部分を訂正した。

 それからまたシャーペンを滑らせていく。

 しばらくして博士はシャーペンを置き、右肩を上げた。

「あーちょっと休憩。おい花子、こたつ行くぞ」

「うん」

 二人は席を立つと、練習の成果の様な息の合った二人三脚で畳スペースまで来た。

「悪ぃ、ちょっとどいて」

「おぅ」

 乃良に一言そう言って、二人分の空間を作るとこたつに足を忍ばせる。

 そのままほっと一息吐いた。

「……いや邪魔!」

 耐え切れず博士がそう叫んだ。

 どうやらこの奇妙に慣れた訳では無かったようだ。

 突然叫んだ博士に、日常に戻っていた部員達が再び目を向ける。

「どうした?」

「どうしたじゃねぇよ! やっぱこいつ邪魔! 放せよお前!」

「嫌だ」

 博士が力任せに花子を引き剥がそうとしても、花子も頑なに離れようとしない。

 力技は諦め、自慢の減らず口で花子を言い包めようとする。

「お前そうやってこれからずっと一緒にいる気か!?」

「うん」

「ふざけんな! 下校時間になったらどうするって言うんだよ! まさか俺ん家まで着いてくって言うんじゃないだろうな!?」

「うん」

「うんじゃねぇよ!」

 さも当然のように言ってのける花子に、博士は錯乱状態だ。

「絶対俺ん家なんて行かせねぇからな!? 母さんとか理子になんて言われるか!」

「幽体化があるから大丈夫」

「こんな時に名案浮かんでんじゃねぇ!」

「それかハカセが私のトイレ()に来る」

「絶対嫌!」

 何をどう説得しても、花子の気持ちは折れそうにない。

 このままでは本気で家まで行きかねないと、千尋も花子の説得に参戦する。

「花子ちゃん、大丈夫だから放してあげよ」

「でも、ハカセがどっか遠くに行っちゃう」

「ほんとお前どんな夢見てたんだよ! 俺その夢でどうなったんだよ!」

 未だ解消されない謎に、博士が声を荒げる。

 博士から一切離れそうにない花子に、千尋もお手上げ状態でかける言葉が見つからない。

 このまま箒屋宅でお泊りコースと思われたその時、博士が頭を掻き毟ったその手でこたつを叩いた。

「あぁもう!」


「いいか!? よく聞け! お前がどんな夢見てたか知らねぇけど、俺はどこにも行かない! お前から離れない! 何があってもだ! だから離れろ!」


 零距離で放たれた弾丸の様な言葉に、花子は固まる。

 その言葉を流れ弾で聞いていた部員達も、他人事のくせに上の空だった。

「……ほんとに?」

 花子が上目遣いで博士に真意を尋ねる。

「あぁ、ほんとだ」

「約束?」

「あぁ、約束」

「命に代えても?」

「命に代え……いやしつこいな」

 絶え間なく詰問してくる花子に、堪らず博士はそう声を漏らした。

 しかし花子のその瞳は、博士の言葉に嘘偽りはないと判断したらしい。

 その証拠に博士の左腕が軽くなった。

「分かった」

 久々の自由を手に入れた左手を、博士はしばし見つめる。

 すると博士は今のうちとでも言うように立ち上がった。

「んじゃ、帰るわ」

「!?」

 こたつを出てそそくさと帰ろうとする博士を、花子が再び捕える。

「どこ行くの」

「どこって、家だよ家」

「どこにも行かないって言った」

「言葉の綾だろ!? 家ぐらい帰るわ!」

「嘘吐き」

「嘘じゃねぇ!」

 鞄も持って帰宅準備万全な博士だったが、花子がくっついて離れない。

 これまた長く険しい戦いになりそうだ。

 そんな二人を乃良と千尋は、こたつスペースから穏やかじゃない目付きで見つめていた。

「……何なのあいつら?」

「……さぁ」

 結局花子が再び博士から離れたのは下校時間ギリギリまでだった。

怖い夢って見てからが怖いですよね。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


ハカセと花子のメインカップルで何か話書けないかとベッドの中で考えました。

まぁ考えました。

今まではこういう話いつか書きたい!ってのを引っ張り出して書いてたのですが、書き始めてもう大分経ったので在庫が無くなっちゃったんですね。

あれこれ悩んでいると、悪夢に怯えてハカセから離れられない花子ちゃんという話を思いつきました。

思いついた時は「絶対面白い!」と確信したものです。


しかし書き始めたのですが、テーマ以外ほぼ覚束ない状態で書いたのでフワフワしてしまいました。

つーかちょっと甘すぎちゃいましたねw

ただ祟りのくだりは、それこそ書き始めた頃から書きたかったので、やっと書けたって感じです。


成長するにつれて悪夢を見る機会は減りましたが、子供の頃の悪夢って突飛なのが多いですよね。

一番覚えてるのは母親が本当は食人虎で、僕を食べたいという夢です。

山月記かww


今回悩んだおかげで何個か他の案も思い浮かんだので、もうしばらくはネタに悩む心配はなさそうです。

それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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