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【123不思議】オカ研だらけの寒中水泳大会

 寒空はすっかりと暗色に染まっていた。

 誰もいない筈の学校のプール、そこには何故か何人かの生徒が顔を揃えている。

 そして――。

「ぶはっがへっごほっぶべはっだっだれかっ」

 水中で今にも溺死しそうな人魚のローラがもがき苦しんでいた。

「乃良!」

「アイアイサ!」

 ローラを指差した千尋に従って、乃良が浮輪を投げる。

 その浮輪は綺麗な放物線を描くと、狙い通りローラのすぐ傍に着水した。

 何とかローラが浮輪を掴むと、後は糸で繋がった浮輪をローラごとズルズルと引っ張っていくだけ。

 すぐにローラはプールサイドに打ち上げられた。

「……よっ、久し振り」

「……お久し振りです」

 満身創痍なローラの姿に、博士は汗を垂らしながら言葉を返す。

 この不思議なオープニングも、いつしか定番行事として落ち着いてしまった。

「大丈夫ですかローラさん!」

 瀕死なローラに千尋が駆け付ける。

 その間には、すっかりローラは落ち着いて会話の出来る状態になっていた。

「あぁ、大丈夫だ」

「もう毎回毎回心配ですよ!」

「気にするな。お前達とも久々に会えたし、おかげさまですっかり元気だ。水を得た魚、ってやつだ」

「アンタそれ死にかけるだろ」

 思わず暴言がポロリと零れてしまったが、何とか聞かれずに済んだらしい。

 もし聞かれていれば今頃博士の作りが出来上がっていただろうと、ホッと胸を撫で下ろした。

 そんな博士の焦りも知らず、千尋は目を屋外プールに向ける。

「……しかし、冬でもプールって水張ってるんですね」

「何だお前、知らなかったのか」

 確かにプールには一面に水が張ってあった。

 流石に泳ぐ人はいないせいか、浮かぶ木屑や枯葉から手入れのしていない事が分かる。

「当たり前だろ。じゃなきゃ私が生きられないだろうが」

「何でアンタ基準なんだ」

 自分主義で語るローラに、博士が再び暴言を漏らす。

「……ローラさん、寒くないんですか?」

「あ?」

 単純にして明快な質問。

 好奇心としての疑問もあるだろうが、ローラの体調を気遣った優しい質問だった。

「何言ってんだ」

 ローラは千尋の質問にシンプルに答える。

「寒いに決まってんだろ」

「寒いんだ!?」

 質問は思っていた解答と正反対のものが返ってきて、千尋は困惑する。

 質問しといて信じ難い面持ちの千尋に、ローラは呆れたご様子だ。

「当たり前だろ。私だって温度を測る能力くらいある。そら人間(お前達)よりちと図太いかもしれんが、流石の私も冬のプールは寒い」

「そうだったんですね……」

 新たな事実に千尋は納得しながら噛み締める。

「……風邪、引かないようにしてくださいね?」

「ん?」

 千尋の心配そうな表情に、ローラが微笑む。

「アハハッ、大丈夫だ。寒いといっても我慢する程のものじゃない。風邪なんて引きゃしないよ。心配してくれてありがとな」

 ローラはすぐ傍にあった千尋の頭をくしゃくしゃと掻き毟った。

 少し荒めで、しかし優しさの籠ったローラの右手に、千尋も笑顔が零れる。

「そうだぞちひろん! こいつは何十年もここにいるけど、一回も風邪なんて引いた事ねぇんだから!」

「それに人魚は水に浸かってなきゃダメなんだろ? 風邪を引くかどうかも分かりゃしないし……」

 二人の間に聞こえてきた男達の声。

 その声に振り返り、しかと目に焼き付ける。

 ローラのその目は、全くと言っていい程笑っていなかった。

「……お前ら」

「ん?」

 自分達に掛けられたローラの言葉に、乃良が反応する。

「ちょっとプールん中入れ」

「何で!?」

 突然脅迫じみた命令に、乃良の目が見開かれた。

「いやなんか、私だけ苦しんでるのが段々腹立ってきてな……。ムシャクシャするからとっとと飛び込め」

「我慢する程のものでもねぇんだろ!?」

 どれだけ言ってもローラが許してくれる気配はない。

 毛の逆立ってきた乃良は、ローラの説得を諦めて仕方なく博士を差し出した。

「分かった! じゃあハカセが一人で入るからそれで許せ!」

「何でだよ!」

 唐突な責任転嫁に博士が異議を唱える。

「何で俺がプールに入んなきゃいけねぇんだよ! この時期に入ったら確実に風邪引くだろうが! お前が入れよ!」

「嫌だよ! 俺がプールに入れない事くらいお前知ってんだろ!?」

「あぁお前カナヅチだもんな」

「違ぇよ! ただ水が苦手なだけだ!」

 プールサイドで言い争う二人は、他を放って勝手にヒートアップする。

 なかなか折れない博士に、今度は千尋に指を差した。

「あーだったらちひろん! 花子でもいい! お前らどっちかプール入れよ!」

「はぁ!? 何で私が入んなきゃいけないの!? 嫌だよ! 私今日水着持ってきてないもん!」

「持ってきてたらいいのかよ!」

 勢いよく首を振る千尋に、博士は見逃さず言葉を挟む。

 脇で眺めていた花子も、プールに飛び込む素振りは一切見せなかった。

 そこに千尋をそっと抱き寄せたローラの鋭い眼光が飛ぶ。

「おい、お前らなに女子に飛び込まそうとしてんだ。女子に危険な真似させんじゃねぇよ」

「五月蠅ぇ! 嫌なもんは嫌なんだよ!」

 乃良の涙ながらの訴えに、その本気度が伝わってくる。

 震える乃良は置いといて、ローラは次に博士を睨みつけた。

「おら、ならお前が入れよ。さっきからちょこちょこと私に喧嘩売ってきやがって」

 ――聞こえてたのかよ!

 心に収まらなかった声が聞かれていた事に、博士の体中から嫌な汗が滲む。

 博士は無言を貫き、まるで聞こえていないように白を切った。

 ローラはどうしようもなくなって溜息を吐く。

「ったく、どっちが入んだよ」

 どうやら自分が折れるという選択肢は見つからないらしい。

「……ん、そうだ」

 するとローラの頭に、ふと名案が過った。


●○●○●○●


 しばらくして、博士と乃良は息が詰まっていた。

 言葉も出てこない、喉に痰が詰まって気持ちの悪い感覚が残っている。

 とにかくその場は居心地が悪かった。

 それも仕方が無い。

 何故なら二人はプールの上、突如セッティングされた特設会場にいたのだから。

「よし、始めろ」

「「何を!?」」

 プールサイドに腰を下ろすローラからの開戦合図に、二人の声が揃った。

 状況が全く把握できないまま気付けばここに立っており、今はとにかく情報が欲しかった。

「ちょっと待って! これ何!? 何を始めるの!?」

「何って、相撲に決まってるだろ。プールの上でやる事と言ったら相撲ぐらいだろ」

「絶対違ぇだろ!」

「てか何!? これは何なんだよ!」

 博士はそう言って、自分の立っている足場を指差す。

 土台は柔らかく、酷く不安定。

 少し体勢を傾けたものなら、すぐにでも真冬のプールに飛び込む事になるだろう。

「浮島だよ。ビート板と同じ水に浮く素材で出来た」

「どっから持ってきた!」

「そこの倉庫の奥深くにあったぞ」

「何でこんなの学校にあんだよ!」

 そう訊かれても、それはローラにも分からないので返答は無い。

「ウダウダ五月蠅ぇなぁ。お前ら男だろ。男だったら黙って戦えばいいんじゃねぇのか?」

 離れたところからでも、ローラの殺気が伝わる。

 太刀打つ手もなく博士は唇を噛んでいた。

「くっそぅ……」

「もうやるしかねぇだろ」

「!」

 聞こえてきた声に、博士は目を向ける。

 目の前で対峙する乃良は、覚悟を決めたようにこちらを見据えていた。

「ここまで来たら、勝って落ちないようにするしかねぇ!」

「なんで急にやる気に……」

 先程まで一番嫌がっていた乃良が、どうしてこうも好戦的になっているのか。

 その理由は案外あっさり浮かんだ。

「……お前、もしかして相撲なら簡単に俺に勝てるとか思ってないか?」

「いざ尋常に成敗!」

「ふざけるな!」

 乃良の飛び込んできた声に、博士が必死の大声で対抗する。

 しかし威勢のある声とは対照的に、乃良はこちらに襲い掛かってはこなかった。

「……?」

 全く攻撃に乗じない乃良に、博士も違和感を覚える。

 ふと一歩も出てこない乃良の足を覗いた。

「……お前」

 その足は生まれたての小鹿の様に震えていた。

「結局怖がって動けねぇのかよ」

「!」

 見透かされた内情に、乃良は体を弾かせる。

 どれだけ強気で挑もうとしても、心の中の苦手意識というのはどうも素直らしい。

 博士はランウェイの上のモデルの様に歩いていった。

「まっ、待て! あんま動くんじゃねぇ!」

 博士が動く事に不安定に揺れる浮島が、乃良の心を更に揺さぶる。

「悪いが、俺も落ちたくねぇんでね」

「! 頼む! 許してくれ! 俺本当に水無理なんだよ!」

「大丈夫、万が一があってもお前なら生き返るだろ」

「お前それあっさり殺人予告じゃねぇか!」

 会話の中でも二人の距離は縮まっていき、博士が立ち止まる気配はない。

 段々と乃良の表情が白くなっていくのが遠目でも分かった。

 堪らず千尋が、隣のローラに救いを求める。

「ロ、ローラさん! もう許してあげたらどうですか? 流石に可哀想じゃあ……」

「……うん、そうだな」

 ローラも乃良の様子に同情が芽生えたのだろう。

 また浮島から声が届いてくる。

「ほら! 今度ローラの情報教えてやるよ! 人魚の研究にいるだろ!? あっ、スリーサイズ教えてやろうか! まぁ後半魚だからちょっとあれだけど」

「よし続行」

「ローラさん!」

 乃良にプールサイドの事情が分かっていた筈もなく、助け舟の出航は中止されてしまう。

 そうこうしているうちに、博士と乃良は手の届く位置に立っていた。

 このまま博士が一押ししようものなら、それで試合が決着するだろう。

 最早手押し相撲だ。

「乃良!」

 その時だった。

「えっ?」

 プールに向けて身を乗り出した千尋は、手に力が入ってしまいスリップしてしまった。

「わっ、わわわぁっ!」

 体の支えを失った千尋はそのまま為す術無く、最後は、

 バシャーン!

 と豪快な水飛沫を上げた。

「「「「!?」」」」

 プールサイドにいたローラや花子だけでなく、浮島の博士と乃良も目を向ける。

 何が起こったか解らずプールに目を向けていると、そこからずぶ濡れになった千尋が顔を出した。

「さっっっっっっっっむっ!」

 プールサイドで走ってはいけないという事は、きっとこういう事なのだろう。

 その後千尋は引き上げられ、もう検証する事も無くなったと博士と乃良も無事生還した。

 勿論翌日千尋は風邪を引いた。

冬の水遊びは控えましょう。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


最近ローラの回を書いてなかったのでローラ回を書こうと思ったのですが、そこからが大変でした。

季節は冬、プールの季節とは真逆な訳です。

冬のローラさんは一体何をしてるか、という名目で話を書こうと思ったのですが、それじゃあ尺が足りない。

色々と考えたのですが、誰かに冬のプールに飛び込んでもらう事にしました。


僕の世代ではあんまり知らないのですが、女だらけの水泳大会なんていうバラエティがあったじゃないですか。

それに出てくる謎の水上土俵で相撲を取ってもらう事にしました。

作中でも触れてますが、なんでこんなのが学校にあるんだww

しかし書いていてスムーズに文字が進んだので、案外悪くないんじゃないかと思います。


千尋には申し訳ないですが、ここで千尋に落ちてもらったのもよかったかと。

なんか千尋、損な役回りでオチになる事多いな……ww


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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