【118不思議】勝手にハローワーク
放課後、オカルト研究部部室。
「ルルルェディースアンドジェントルメーン!」
何の前触れもなく聞こえてきたその声に、一同は自然とそちらに視線を向ける。
視線の先には、悠々と鼻を鳴らす多々羅が一人。
「タケオミ・タタラのイリュージョンショー!」
高らかに謳われたタイトルコールだったが、一同の反応は一人を除いてイマイチ。
「イリュージョン!?」
ただ一人、千尋だけが目を輝かせていた。
「何やってんだタタラ。お前マジックなんて出来んのか?」
「チッチッチ、マジックじゃねぇ。イリュージョンだ!」
乃良の心配するような声にも、多々羅の芯が折れる事はなかった。
早速ショーを始めようと、多々羅は観客に応援を要請する。
「ハカセ、ちょっと千円札貸してくれ」
「はぁ?」
指名された博士は、さぞ嫌そうな顔を見せる。
「嫌だよ、何で俺がアンタに金貸さなきゃいけないんですか。他の奴に借りてくださいよ」
「いいから早く貸しなさいよ! イリュージョン出来ないでしょ!」
「何でお前はそんなテンション上がってんだよ」
これから始まるイリュージョンに高揚する千尋に、博士は少し身を退いた。
仕方が無いので、博士はポケットから財布を取り出した。
髭面の描かれた千円札を抜き、多々羅に手渡す。
「ちゃんと返せよ」
「おぅ!」
多々羅は受け取ると、その両面を観客に見せるように翻した。
「さて、ここにハカセが偽札製造でもしてない限り、何の変哲もない千円札があります」
「今すぐ返せ」
声でそう請求してみても、千円札が返ってくる事はない。
「これを、こうやって折っていくと……」
多々羅はそう言うと、千円札を丁寧に折っていった。
半分、また半分と折っていき、その大きさは見る見るうちに小さくなっていく。
すると――あら不思議、多々羅の手に確かにあった千円札は、どこかへと消えてしまった。
「イリュゥージョン……」
「いや返せよ!」
消えてしまった自分の千円札に、博士がすかさず席を立つ。
「何消してんだよアンタ! 俺の千円札だろ! これって折って開いたら一万円札になってるとか、そういうんじゃないの!? いいからさっさと返せ!」
「まぁそう慌てるなって、すぐ返してやるから」
額に血管の浮かんだ博士を何とか宥め、多々羅が気を取り直してショーに戻る。
「ほら、手ぇ出せ」
博士は不満な表情だったが、言われた通りに右手を出す。
その開かれた手の上に、多々羅は自分の手を持っていくと、どこからともなく銀貨が博士の掌に落ちてきた。
「ほい」
「何で百円十枚なんだよ!」
紙幣よりも感じる硬貨の重みに、博士の熱が再び灯る。
「何で百円が十枚になって返ってきてんだよ! 千円札返せって言ってんの!」
「イリュゥージョン……」
「ただの両替だわ!」
「いや普通にすげぇけどな」
どれだけ声を荒げても、多々羅が千円札を返してくれる素振りはない。
苛立ちが積もっていく中、博士は指差して物申す。
「ていうか! こういうのは斎藤先輩とかにしてくださいよ!」
「だってしゃーねぇだろ! 優介も美姫も、もうすぐ受験だとか言って先帰っちまうんだから!」
「まぁそれが普通なんだけど」
多々羅の不満気な言い草に、乃良が正論で返した。
確かに部室を見回しても、いつもいた筈の銀髪と美女の姿はどこにも見当たらない。
そんな会話の間、落ち着きを取り戻してきた博士が、ふとした疑問を口にする。
「……アンタは卒業した後、どうするんすか?」
「あ?」
唐突な質問に、多々羅は拍子抜ける。
「どうするって、別に昔みたいに、入学する前の七不思議に戻るだけだぜ?」
「いやそうなんだろうけど」
その事は依然どこかで聞いた事を覚えている。
博士が訊きたいのは本質の話では無く、上辺の話だ。
「先輩が卒業した後、他の生徒や先生は先輩がどうなるって思ってるんですか?」
七不思議に戻るなんて事を知っているのは、この部活に所属する部員くらいだ。
他の生徒には、事実とは異なる虚実が必要な筈。
質問の真意が分かると、多々羅はなんて事なく答えていく。
「あぁ、普通に就職するって思ってるぞ?」
「どこに?」
「適当に」
「何だそれ」
随分と適当な返答に、博士は苦い表情を浮かべる。
「クラスメイトとかは良いとして、先生にまでそんな適当で良い訳ないでしょ」
「いや『頑張れ』って言ってくれてるぞ」
「ここの教師大丈夫か」
投げやりなエールを送る楠岡が簡単に想像できて、博士は残念にも納得してしまう。
実際問題この学校の校長が多々羅の支配下にあるので、そこら辺が色々と絡んでいるのだろう。
すると二人の間に、千尋が割って入ってきた。
「多々羅先輩はもし仕事するとしたら、どんな仕事するんですか!?」
「ん?」
興味本位な質問に、多々羅は胸を張って答える。
「総理大臣だ!」
「「「総理大臣……」」」
突飛な回答に、三人の頭に全く同じイメージ映像が浮かんでいく。
たくさんの国民の前で選挙カーに乗ってマニフェストを謳う、スーツ姿の多々羅。
――俺が総理大臣になったら、この国をもっとでっけぇ国にしてやる!
群衆の反応はワールドカップの渋谷の様な大盛り上がり。
多々羅は手を振り上げ、切れ味のある視線で決まり文句を言い放つ。
――Yes we can.
「それは大統領だ」
「無理だな」
「はぁ!?」
多々羅の政治家予想図を想像し終え、結論を博士が言い切った。
「先輩にそういう頭使うのは無理ですよ」
「おいそれ! 俺がバカって言いたいのか!」
「もっとなんか、ガテン系な仕事……」
そう呟くように言うと、博士は一人思考の海に身を落としていく。
案外答えは浅瀬に落ちていたようで、すんなりと求めていた答えは見つかった。
「あっ、ラーメン屋とか良いんじゃないですか?」
「ラーメン屋?」
博士の回答に多々羅は首を捻っていたが、博士はそのままシミュレーションに入る。
「そう、ラーメン屋の店主……」
ところどころに油の飛んだ、全席カウンターのラーメン屋。
従業員一人の店長である多々羅は、真剣な目つきで鍋のスープを回している。
頭に巻いたタオルの隙間からは、汗が滲んでいた。
――……この道数十年。全国各地を旅しながら、究極の豚骨ラーメンを研究していた。
苦しかった日々を思い出しながら、スープ一杯を器に入れる。
――色々な事があった。色々な出逢いがあった。色々な経験があったこそ、俺はこのラーメンを完成する事が出来たんだ。
茹でた麺を湯切ると、水飛沫が美しい放物線を作る。
――これが俺の、究極のラーメンだ!
器に麺、トッピングを盛り付けると、そのラーメンを客の前へと差し出した。
――へいお待ち!
「親指入ってる!」
不衛生な映像が頭に飛び込んで、博士は顔を振って映像を掃う。
「指スープに突っ込んでるじゃないですか! 何が究極のラーメンだ! 隠し味は店主の汗ってか!? 気持ち悪いにも程があるわ!」
「いやそれお前の勝手な想像だろ!?」
勝手な妄想でボロボロな言われようの多々羅は、筋合いないと声を上げる。
多々羅の職業診断に、千尋も参戦してきた。
「んー、やっぱり多々羅先輩は体動かす仕事が良いんじゃないかな? 運動神経良いんだし」
そう言って千尋が具体的な職業を考える。
「例えばぁ……、あっ! 警察官とか! 犯人捕まえたりして、結構いいんじゃない!?」
提案の後、シミュレーションによる審議に移っていった。
――待て!
薄暗い街の中、路地裏に逃げた犯人を多々羅が追いかける。
警察の制服が様になった多々羅の目が追うのは、目の前を走るひったくり犯の影。
流石は運動神経抜群の多々羅、犯人との距離はどんどんと縮んでいた。
もう少しで、手を伸ばせば届く距離。
精一杯に伸ばすと、多々羅の無骨な手が犯人の肩を掴んだ。
すぐさまその手を引いた犯人を翻すと、多々羅の直球ストレートが犯人の顔面を捕えた。
――ごわぁ!
脳すら揺らす衝撃に、行き場無く犯人は倒れ込んだ。
しかし多々羅は更に犯人上乗りし、二発、三発と顔面に追撃を食らわす。
――こらぁ! ひったくりなんてすんな! 相手の事考えた事無ぇのか! 奪ったもん全部返せ! 反省しろ! おら! 聞いてんのか!
「やり過ぎだろ!」
衝撃映像が頭の中に流れて、再び博士達は映像を中止した。
「どんだけ殴んだアンタ! やり過ぎにも程があんだろ! もうどっちが加害者か分かんねぇぞこれ!」
「だから! 全部お前らの勝手な想像だろ!」
「流石に酷いです! 多々羅先輩!」
どれだけ言っても後輩達の妄想は現実と大差ないものらしく、相手にしてくれない。
すると今度提案してきたのは、多々羅を一番よく知る人物、乃良だった。
「いやー、タタラっつったらやっぱ引っ越し業者しかねぇだろ」
その提案に、博士は首を傾げる。
「引っ越し業者って、また意外だな。何で引っ越し業者?」
「なんでってお前……」
乃良のその笑顔は、悪巧みを考えている時のそれだった。
「それしかねぇだろ」
――多々羅さーん!
名前を呼ばれて振り返る多々羅。
しかし引っ越し業者のユニフォームを着た多々羅は、どういう訳か巨大化していた。
――どうしてそんなに大きくなっちゃったんですかー!?
原寸サイズの同僚にそう訊かれ、多々羅は悩む。
――なんでやろうなぁ……。
その関西弁は、実にわざとらしかった。
――真面目にやってきたからよ。
そう声が聞こえ、多々羅は目を向ける。
そこには実に可愛らしい女性の同僚が、こちらに微笑みかけている。
――ね?♡
女性が首を傾ぐと、多々羅へとハートマークが飛んでいった。
そんな平和な世界が何だかおかしくて、多々羅は笑いが込み上げてきた。
頭に浮かんだ正解は、ただ一つ。
――アッハッハッハッハ!
真面目がいちばん。
「アリさんマークの引越社か!」
どこかで見た事あるような一部始終に、耐え切れずに博士が叫んだ。
「引っ越し業務全然関係無ぇじゃねぇか! CMしか出番無ぇよ! 赤井秀和で事足りてんだよ!」
博士が口うるさく喚くも、乃良は反省の色無しに後頭部を撫でている。
無駄に体力を消費して、博士は溜息を吐いた。
「……結局、先輩に合ってる仕事無かったなぁ」
色々と考えてみたが、どれを取っても多々羅が社会人として成功する姿は見えなかった。
「これ、多々羅先輩に合う仕事あんのか?」
「ここまで社会人に向かない人間、そうそういないと思うけど……」
改めて多々羅という化物に、一同は脅威を覚える。
博士は散々使った頭を掻き毟って、後ろにいる多々羅へと振り返った。
「ねぇ先輩、就職の件は実家の家業継いだって事にして」
そこにいたのはトランプを用意している多々羅。
妙に鮮やかなカード達が目を惹いて、博士の頭の中は一瞬真っ新になる。
ようやく舌が回ると、博士は朧に囁いた。
「……マジシャンにでもなれば?」
「マジックじゃない! イリュージョンだ!」
聞いてもいないのに、多々羅は博士達とは正反対のテンションで声を張り上げた。
こうして、タケオミ・タタラによるイリュージョンショー延長戦が幕を上げたのだった。
自分にあった職業ってなんでしょう?
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
久々に多々羅が主役の話書きたいなと思ったのが、今回のきっかけです。
どんな話にしようとあーだこーだ考えた結果、多々羅の職業診断をする事に。
作中ではあんまり突っ込んだ事書いてないですが、普通に考えてこの時期に多々羅の現状ってハッキリ言っておかしいですもんねww
という事で、あとは職業を考えてエピソードを作るだけの作業に。
これは随分楽しかったですww
唯一心配があるとするならば、アリさんマークのくだり。
あのCMがローカルでなく、全国民に伝わるネタである事を切に願っていますww
僕の地元もバレるしねww
今回の中でもお気に入りなのが最初のイリュージョンのくだりです。
実はこの前置き、随分前に考えていたんですが、色々あって見送っていまして、今回満を持してのイリュージョンでした。
という事もあって、とても大満足な回です。
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!