【116不思議】空白の座
授業から解放された放課後、オカルト研究部の部室では今日も部員達が寛ぐ。
「いやー! 昨日は楽しかったですねぇ!」
部室にそう高らかな声が響く。
そのやけに耳に反響するその声は千尋のだった。
「六つ目の逢魔ヶ刻高校の七不思議、理科室の人体模型。それがまさかこの学校に務める先生だったなんて! もうアドレナリンが止まらなくて夜は眠れませんでしたよー!」
「夜はって何だ夜はって」
「おかげで授業中なんも頭に入ってきませんでした!」
「授業中に寝てんじゃねぇ」
博士の暴言にも、千尋は猪の如く止まる事を知らない。
ここまで千尋のテンションが昂っているのは、昨日の深夜、七不思議が一角の丸毛との遭遇の所為だ。
テンションが上がっているのは千尋だけでなく、斎藤も「うん」と頷いている。
斎藤は視線を荒ぶる千尋から、多々羅へと変更した。
「多々羅、あとは残る最後の七不思議なんだけど」
「ダメだ」
言葉を言い切らせる事なく、多々羅はそう声を出した。
「?」
俯いたその横顔は、どことなく真剣な面持ち。
多々羅らしからぬその表情に、斎藤はどうしたのかと不思議に覗いた。
「……あいつ、迷子で今どこにいるか分かんねぇんだ」
「迷子!?」
多々羅の口から出てきた言葉に、斎藤は心の底から驚き、体を机へと乗り出す。
「えっ!? 迷子!? 七不思議なのに迷子なの!?」
「あぁ、あいつ極度の方向音痴でな。どこ探しても全然見つかんねぇんだよ」
「どんだけ方向音痴なの!」
「たまに見つけたとしても、長く歩いてるせいか足の裏が床掃除に使った雑巾を賞味期限三日切れの牛乳に付けて一週間干し、更に牛乳に付けたような臭いがするし」
「どんな臭い!?」
とてつもない悪口のオンパレードに斎藤は頭が追いつかなくなる。
それを良い事に、多々羅が話に落とし前をつけた。
「とにかく! そういう訳で最後の七不思議には会わせらんねぇ。申し訳ねぇけど、七不思議は本当にここで終了だ」
断言する多々羅に、斎藤は口籠ってしまう。
「そんな臭い、寧ろちょっと気になるけどな」
「やめろ、部屋中が吐き気で充満する。二、三回換気したくらいじゃ収まんねぇぞ」
博士のさりげない言葉も、多々羅が食い止める。
その間気持ちを整理していた斎藤が、納得するように頷くと顔を上げた。
「うん、分かった。どこにいるか分かんないんだったらしょうがないよね。今度会えたらよろしく伝えといてね」
斎藤からの伝言に、多々羅は頷く事無く視線を落とした。
その行動に斎藤が反応する素振りはない。
「えー! 私会いたいですー!」
「お前関係無ぇだろ」
「もしかしたら、千尋ちゃんが高校にいる間に、バッタリ会える時が一回でもあるかもしれないから、そしたら会えるね」
子供の様に我が儘を言い出した千尋に、博士と西園が止めに入る。
そんな千尋を眺め、斎藤は笑みを零す。
顔を上げると、老化して薄汚れた天井が視界を覆った。
「よし、これで終わり」
一段落をつけるように、斎藤はわざと口にした。
「本当は全部の七不思議に会いたかったんだけど、やれる事は全部やった。もう悔いは無い」
天井に三年間分の思い出が描かれる。
「あとは、卒業するだけ」
ガタンッ!
「えぇ!?」
突然何かが崩れ落ちるような物音がして、斎藤は頼りない呻き声を上げた。
反射的に目を向けた先には、項垂れる後輩の姿。
今日も丁寧に結ばれたポニーテールも、先程の元気を失くしたようでぐったり草臥れている。
「……石神さん?」
少し心配そうに、斎藤が声をかける。
「……嫌です」
返ってきた声は、あまりにもか弱いものだった。
「先輩達が卒業するの、嫌です」
「………」
卒業。
朝目を開ける度に、その言葉がどんどんと重みを増すのを感じていた。
どれだけ抗っても逃げられない現実。
めでたい門出の筈なのだが、やはりお別れと考えると、少し寂しい気持ちも混ざる。
「千尋ちゃん……」
西園は優しく頬を緩ませると、千尋の背中を擦る。
別れを惜しんでくれる後輩がいる事に有り難く思いながら、斎藤はふと思い出した。
「そうだ。そういえば皆に言わなきゃいけない事があった」
「言わなきゃいけない事?」
斎藤の不明瞭な発言に、博士が首を傾げる。
「僕らが卒業した後の話なんだけどね」
斎藤はそう前置くと、言わなければいけなかった内容を事細かく説明する。
「僕らが卒業した後、次期部長は百舌君になるよね」
「そりゃあ二年生一人ですからね」
博士は斎藤に答えながら、目を百舌に向ける。
いつも通り手元の本に敷き詰められた活字をひたすら読んでいく百舌。
次期部長の肩書きを背負う事実を解っているのか、その姿からはなかなか読み解けない。
「で、問題は次期副部長なんだけど、二年生が一人だから、副部長は一年生からお願いする形になると思うんだけど……」
「あ」
そこまで言われて、ようやく博士も気付いた。
斎藤は次期副部長を誰が務めるかを案じているのだ。
斎藤の言う通り、転部員でも入ってこない限り、このままでは一年から副部長が選ばれる事になるだろう。
「将来的に、百舌君も卒業した後、その副部長が部長にもなると思うんだけど」
「はい」
そこに一筋の手が見えた。
斎藤は思案をやめて、その手が見えてきた方へ目を向ける。
「石神さん」
「私、やります」
その手は、先程まで項垂れていた千尋のだった。
「私が副部長になって、このオカルト研究部をより良いものにします!」
高らかな公約が部室に響く。
部員達も何も言えず、ただそのマニフェストに耳を傾ける事しか出来なかった。
ただ一人を除いて。
「いや」
その一人は徐に立ち上がり、千尋の前に立ち塞がる。
「副部長になるのはこの俺だ」
「乃良……」
対抗出馬してきた乃良は、千尋に厭らしい笑顔を見せつけた。
「俺が副部長になって、このオカ研を改革していく!」
「いや! 私が副部長になるの! 誰にだって邪魔はさせない!」
「いいや俺だ! なんてったって、副部長の座はちひろんにはさぞ重かろう!」
「何だって!? アンタなんかに副部長が務まる訳ないでしょ!? アンタはカーテンの開け閉め係でもやってなさいよ!」
「ナンセンス! 赤点常習犯のちひろんに副部長なんて出来る訳ないだろ!?」
「成績なんて関係ない! 私がこの中で一番オカルトに詳しい!」
「俺はこのオカ研のマスコットだ!」
「何言ってんだお前ら」
ヒートアップして口の回る二人に、博士は冷静にそう言ってのけた。
しかしその為、二人の標的は博士へと注がれる。
「ハカセ! 分かってんの!?」
「何が?」
「ここで副部長になった奴が次期部長になる」
「おぅ」
「つまり副部長になった奴が、この一年の中で一番偉いって事になるんだよ!」
「いや極論すぎるだろ」
耳を貸してみたが、博士が頷くに足る証言は出てこなかった。
千尋と乃良は対抗心をメラメラと燃やし、ちょっとやそっと水を差したくらいじゃ火種は消えそうになかった。
そこで西園がポンと手を鳴らす。
「よし」
怒りで我を忘れた二人に代わって、博士が振り返る。
「ここは公平に、勝負と行きましょ」
そこにあった笑顔は、西園らしいなんとも美しい笑顔だった。
●○●○●○●
「一年生対抗、次期副部長決定クイズ大会ー!」
西園のタイトルコールと同時に、その戦の火蓋は切って落とされた。
一年生四人は横一列に並んだ椅子に座らされ、それぞれ戦に向けてのウォーミングアップを行っている。
クイズバラエティ風にセッティングされた部室では、上級生達も行く末を見守っている。
その中で一人、博士だけは現状についてこられていなかったが。
「えーっと……、これ何すか?」
「ルールは簡単!」
払い除けるように、西園が副会長の時の司会で培ってきた業で解説に入る。
「今からオカルトに関する問題をいくつかお出しします。正解の得点数が最も多い方が優勝。晴れて次期副部長に任命されます! 解りましたら手元にある回答ボタンを押してお答えください」
「何でこんなのまであるんですか。しかも四つも」
一度回答ボタンを押し、ピンポンッ!と赤丸が顔を出したのを確認して、更に博士は首を傾げた。
「それでは準備は良いですか? 問題!」
博士の疑問には見向きもせず、西園は早速問題を読み上げた。
「槍や魚など、降ってくる筈のないものが雨や雪の様に降ってくる、怪雨とも呼ばれる現象を何と」
ピンポンッ!
「ファフロツキーズ現象」
そう回答すると、すぐ後にピンポンピンポンピンポーン!と盛大に正解を告げる音楽が聞こえてきた。
問題文の途中でボタンを押したのは紛れもない、オカルトマニアの石神千尋だ。
「すげぇ千尋! よく解ったな!」
「全然分からなかった! 何て言ったの? フェフなんたらって」
「ファフロツキーズ現象です! まぁ次期副部長だったら答えられて当然ですよね! こんなの、朝飯前に終わらせてあげますよ!」
「なんかカッコつけてるけどもう夕方だから夕飯だ! やっぱこいつバカだ!」
千尋はしてやったり顔で、狡猾な笑みを浮かべている。
進行の西園はそのまま第二問へと入っていく。
「問題! 三つの点が集まった図形を見ると、人の顔に見えてしまう脳の現象を」
ピンポンッ!
ボタンを押した音が部室に鳴る。
またしても回答権を手にしたのは千尋だった。
「フッフッフ、ちょっと、私を舐めてるんですか? こんな問題、私をバカにしてるとしか思えませんよ」
気分の高揚が収まらないようで、肩を揺らして笑っている。
「正解は……」
千尋はゆっくりと人差し指を正面に向けると、難事件を解決した探偵の様に叫んだ。
「心霊現象!」
ブッブー!
「えぇ!?」
想像していたものと正反対の音楽が流れ、千尋は動揺する。
「何で!? 心霊現象でしょ!?」
「いやんな訳無ぇじゃん」
観客席からの野次も届かない程、千尋の脳内には混乱が渦巻いているようだ。
そこに――。
ピンポンッ!
「シミュラクラ現象」
ピンポンピンポンピンポーン!と正解の音楽がけたたましく響く。
突然の正解に、千尋は首がずれる勢いで振り向いた。
そこには平然と眼鏡をクイッと掛け直すライバルの姿。
「心霊現象? そんな訳無ぇだろ。世の中の物事は全て学問で証明できる。さっきのフェフなんたらだって一緒だ。眉唾物の知識で頭良くなった気になってんじゃねぇよ」
すました顔で迷いなく言ってくる博士。
その喧嘩を買わない程、千尋の理性は制御されていなかった。
「あったまキタ! 目に物見せてやる! 副部長になるのは私だよ!」
「いや別に俺は副部長になる気は」
「おい! 俺を置いて勝手に盛り上がるな! 副部長になるのは俺だ!」
「………」
凸凹な関係の四人の怒号が耳にこびり付いてくる。
次期副部長の座を懸けたクイズ大会、問題は未だ二問。
一体誰が副部長になるのか、博士にとってその先の展開は実にどうでもよかった。
次期副部長を懸けた戦い!
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
この話は内容、時期と全て予定されていたものです。
これから先の話を考えていく上で、僕も一体誰が副部長になるのか見当もついてませんでしたから。
そんな感じで自然とクイズ大会の案が生まれたような気がします。
ただこの話を書いたということは、三年生達の卒業が近づいたということ。
作中でもその部分に触れてきていて、なんだか感慨深いです。
そして今回、ちょろっと最後の七不思議の話が出ましたね!
色々言われていますが、その正体は一体……。
これから出てくるのか出てこないのかも含めて、楽しみにしてもらえると嬉しいです!ww
さて、白熱する次期副部長決定クイズ大会!
優勝して副部長の座を勝ち取るのは、一体誰なのか!?
後編に続くー!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!