表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/243

【115不思議】万年B級丸毛先生

 真夜中の生物実験室。

 逢魔ヶ刻高校の七不思議の残る六つ目、理科室の人体模型に会うべくオカルト研究部員達は向かったのだが、そこで待っていたのは斎藤の知っている人影だった。

「あいたたた、腰、腰が」

「丸毛先生!?」

 その人影は曲がった腰を抑えて、痛みと格闘している。

 ふんわりとして白髪に白い髭、体には白衣を羽織っているなど、真っ白に染まり切った老人。

 丸毛と呼ばれた老人を、西園も知っているようだった。

「何で丸毛先生がここに?」

「そうですよ! もうこんな時間ですよ!」

 西園を追って、斎藤も壁掛け時計を指差して丸毛に訴える。

 しかし丸毛は「オッホッホ」と笑うだけだった。

「何言ってんだお前ら」

 多々羅が後ろから歩いてくると、丸毛の隣に立って決定打を打った。


「ここにいるジジイこそが、逢魔ヶ刻高校の七不思議が一角、理科室の人体模型だろうが!」


「えっ、えぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 あまりにも堂々と吐かれた紹介に、斎藤は声を上げて驚いた。

 斎藤のオーバーなリアクションに隠れていたが、西園も信じられないように目を開けている。

「そんな、丸毛先生が!?」

「オッホッホ、隠してて悪かったのぉ」

 半信半疑に尋ねた斎藤だったが、丸毛は上機嫌にピースサインを出す。

 その返答に斎藤も信じるしかなかった。

「……ねぇ」

 衝撃の遭遇を目の当たりにする中、博士はすぐ傍で囁かれた言葉に首を回した。

 そこでは千尋が悩んだ様子で斎藤達を眺めている。

 いつもの千尋なら七不思議に出逢った時点でテンションが暴走しそうだが、それを抑える程の疑問が上がったようだ。

「私あの人見た事ある」

「あぁ」

 あの人とは、理科室の人体模型と紹介された老人の事だろう。

 それなら博士も思っていた事があった。

「確かこの学校の教師だぞ。俺も学校で何回か見かけた事ある。名前は確か……」

「丸毛形蔵(けいぞう)

 割って入って聞こえたのは、乃良の声だった。

「逢魔ヶ刻高校に務める教師だ。専門は生物。普段は主に三年生の授業を請け負ってるから、あんまり面識ねぇよな」

「やっぱり」

 乃良の説明を聞いて、博士も推理と合点が点く。

「でも……」

 ただ千尋はあまり納得がいっていないようだ。

 目の前の動く人体模型の姿をじっと見つめながら、千尋が首を傾げた。

「なんか普通じゃない?」

「だろ?」

「いやそうじゃなくて」

「そうだよ!」

 後ろの一年の会話に強く同意したのは、耳に届いていた斎藤だった。

 斎藤はどうしても目を瞑っていられない大きな疑問を、丸毛へとぶつける。

「先生どっからどう見ても普通の人間だよ!? 動く人体模型とか、そんな風には全然見えない! 本当に七不思議なの!?」

「おー、そうだなー」

 迫真の斎藤の疑問にも、丸毛は朗らかな態度だ。

 すると丸毛はくるりと振り返って、自分の背中に指を差す。

「ほれ、ここ」

 丸毛に指示された場所を、斎藤と西園が目を凝らして見つめる。

「この白衣の下にチャックがあるだろ?」

「あっ! ほんとだ!」

 凝らした先に言われた通りのものを見つけて、斎藤が声を上げた。

 確かに白衣や更に着込んだ服の下に、鈍色のファスナーと服の内部まで続いている一筋の線が見える。

 こう説明されなければ、そうそう見つけられるものじゃない。

「じゃあ、本当の先生の正体はこの中に?」

「そういう事」

 西園の質問に、丸毛は優しく答えた。

「よいしょっと」

 丸毛は白衣を脱いで机に畳むと、そのまま次々に上の服を脱ぎ始めた。

 セーターからヒートテックまで脱ぎ出し、千尋はいけないものを見ている気になって目を閉ざした。

 全てを机に畳み終えると、見ているこっちが寒くなるような上裸。

 しかし丸毛はそれまでに飽き足らず、後ろのファスナーを器用な手付きで開けていった。


 すると丸毛を覆っていた贅肉はずるりと剥け、包まっていた筋肉内臓が露わになった。


「ほれ、こんな風に」

「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」

 丸毛の真の姿を前に、斎藤と千尋が喉の奥から阿鼻叫喚を上げる。

 目からは大量の涙が溢れ出し、恐怖で体中に震えが駆け巡った。

「いつもはこの着ぐるみで本来の姿を隠し、教師として皆と共に生活しているのだ」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「無理! 怖い怖い!」

「すみません。ちょっと気持ち悪いんで着ぐるみ着てもらっていいですか?」

 湧き上がる悲鳴と西園とオブラートを捨て去った言葉に、丸毛は胸部を締め付けられる。

「うぅ、そんなに怖いかねぇ?」

 そう言いながら、丸毛は着ぐるみに袖を通していった。

「随分と前にもこの姿を見た男の子がいてね? 深夜だったからどうしたのかと思って心配で近寄ったから、その後すごい悲鳴上げて逃げちゃって」

「それが怪談の真相か」

 さらっと吐かれた真実に、博士は静かに納得した。

「あっ」

 あともう少しで着ぐるみが着られるというところで、丸毛はそう声を上げた。

「すまん、誰かチャック閉めてくれんか? 開ける時は大丈夫なんだが、どうも閉める時は届かなくて」

「一人で閉めれねぇのかよ」

「あぁ俺閉めるわ」

 頼りない丸毛のSOSに、多々羅がそっと駆け付ける。

 耳に残る音と共に閉められたファスナーに、丸毛は「ありがとう」と微笑んだ。

 どういう原理なのか、口や表情は着ぐるみの外から動くらしい。

「私からも質問いいですか?」

「はい、西園君」

 手を挙げた西園に、丸毛はまるで授業のように指名した。

 丁寧に畳んでいた服を一枚ずつ着直している。

「どうして先生は人体模型なのに動くんですか?」

「オッホッホ、そこに疑問を持つとは流石西園君」

「いや当然の疑問だろ」

 博士のぼやきは聞こえてなかったのか、丸毛は質問の答えを口にしていく。

「私の正体は、細かくいえば人体模型ではない。実際は形無いものだ」

「形無いもの?」

 曖昧な回答に斎藤がそう復唱した。

 丸毛は一つ頷くと、更なる説明を続けていく。

「そう、君達人間や花子さん達幽霊とも違う。動物でも、植物でも、この机のような無機物でも無い。姿を形成する細胞や原子が存在しないのだ。意志だけが宙に浮いている感じ。近いものでいえば風。君達に解りやすいようにいえば、魂のようなものだ」

 斎藤達が必死でついていく中、千尋は考える事に脱落した。

「ただ、私にも一つ能力があった。それが無機物に憑依する力」

「そして憑依した無機物が、人体模型」

「そういう事」

 西園が丸毛の正体について理解すると、更なる質問を投げかけた。

「じゃあその人体模型から抜け出す事は出来ないんですか?」

「うん……、もう百年程この体にいるが、どうも抜け出し方が分からなくてねぇ……。まぁこの体気に入ってるからいいんだけど」

 そう言うと、丸毛は自分の体を俯瞰で見つめる。

 色々と体を動かしてみて、それを楽しんでいるようだ。

「ほら、こんな五体満足な無機物、なかなか無いだろ?」

「そっ、そうですね」

 老人とは思えない活き活きとした声に、思わず斎藤は苦笑いを浮かべる。

 その時、

「うがぁ!」

 丸毛の体に激痛が迸った。

 突然の呻き声に一同驚き、斎藤達が慌てて手を差し伸べる。

「ちょっ、先生大丈夫ですか!?」

「うっ、うむ……、ちょっと腰が」

「あんま無茶な事しないでください!」

「ていうか人体模型なのに腰とか痛めるんですね」

「この体も古いからねぇ……、何度か手術は受けてるんだが」

「修理の事か?」

 斎藤と西園の肩を借りて、丸毛は立っているのもやっとなヨレヨレの状態だった。

 二人から離れると、丸毛は再び服を脱ぎ出した。

 上裸になったところで、ファスナーを開けて贅肉を脱ぎ捨てる。

「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」

「何で着ぐるみ脱いだんだよ!」

 前触れもないただの変態行為に、斎藤と千尋は叫び、博士も声を荒げた。

 丸毛は特に気にしていないようで、斎藤達に背を向けると、剥き出しの背筋に指を差す。

「この僧帽筋、広背筋と疲労を重ねて、ここの大臀筋の少し上部分に衝撃が」

「いや自分の体で痛みの説明しなくていいです!」

「どんな授業だ!」

 動く人体模型ならではの授業だったが、生憎評判は不評に終わる。

 着ぐるみに袖を通していると、乃良の愉しそうな無邪気な笑い声が聞こえてきた。

「アハハハッ! 何やってんだもけじー!」

「ノラ君。いやこれなら怖がられないかなって思ったんだけど……」

「あー面白ぇー!」

 多々羅にファスナーを閉めてもらうその横顔は、少し寂しそうだった。

「しかし意外だったよ!」

「ん?」

「もけじーは正体明かさねぇと思ってたからさ!」

 その言葉に、斎藤はビクリと反応する。

 そう、それは斎藤もずっと気になっていた事だったからだ。

「丸毛先生」

「はい、斎藤君」

「最後の質問です」

 改まって斎藤は澄んだ目で真っ直ぐと丸毛を見つめる。

「えっ……、私まだいっぱい質問したいんですけど……」

「あっ、えーっと……、僕からは質問最後って事で、これが終わったらいっぱい質問して?」

「はい……」

 千尋の悲しそうな表情に、斎藤は焦って取り繕う。

 気を取り直して、斎藤は呼吸を整えると丸毛に最後の質問をした。

「何で僕達に正体を明かしてくれたんですか?」

 拭い去れない疑問。

 会いたいと願ったのは、他でもない自分自身だ。

 それでもこうして快く引き受けてくれるとは、到底思えなかった。

「多々羅から一応聞いたんですけど……、それでもまだあんまり分かってなくて」

「そのままの意味だよ」

 斎藤の不安の籠った声を、丸毛がそっと抑えた。

「君達にはとても感謝してるんだ。そこにいるノラ君や花子さん、そしてタタラ君。私は彼らの親みたいなものだからねぇ。何だか嬉しいんだ。この子達が新しい世界に出会う事が出来て」

 丸毛のしゃがれた声が耳に馴染む。

 授業で聞く声とはまた違った、とても穏やかな声だった。


「ありがとう。この子達が新しい世界に出会うきっかけを与えてくれて。私の正体を明かす事で恩返しが出来るのなら、何度でも明かすよ」


 優しく笑った丸毛のしわくちゃな笑顔に、親の一面が垣間見えたような気がした。

 その笑顔に釣られて、斎藤も口を緩ませる。

 この短いやり取りの中で、丸毛の愛が伝わったのが分かった。

「何が親みたいなものだ!」

 そこに多々羅が介入し、多々羅の腕が丸毛の頭を捕える。

「あぁぁぁぁぁぁぁ!」

 衝撃映像を目の当たりにし、斎藤が慌てて多々羅の腕を振り払おうとする。

「何するの!? この人先生だよ!」

「先生である以前に七不思議なんだよ! そんなの関係あるか!」

「親みたいな人なんでしょ!?」

「こいつが勝手に言ってるだけだ! 俺はこいつを親だなんて思った事無ぇ! 大体! 俺の方がこの学校にいる期間長いっつーの!」

 どれだけ振り払おうとしても多々羅の腕はなかなか離れない。

 遂には後ろに控えていた乃良まで参戦してくる。

「そうだそうだー!」

「ちょっと加藤君まで!」

「あのっ、ちょっ、やばい。こっ、腰が」

「先生! てかもけじー! 私からもまだまだ質問あるんですけどいいですか!?」

「石神さん! その前にちょっとこっち手伝って!」

「痛っ、いたたたた、たっ、助けて」

 丸毛の周囲には人がごった返し、あっという間に大混乱の出来上がりだ。

 他の部員もその光景を楽しく眺めたり、本を読み出したりとそれぞれであったが、そのうちの一人はとても困ったように溜息を吐く。

「あーあ、こりゃまた面倒になるなぁ」

 何しろ研究対象が増えたのだ。

 これは頭を抱えるしかあるまい。

 こうして六つ目となる理科室の人体模型、丸毛との出会いは幕を下ろした。

 その後丸毛の救出に数分、千尋による丸毛へのスーパー質問タイムに数十分かけて、その日は解散となった。

何とも優しい人体模型先生でした。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


という事で前回に引き続き、動く人体模型こともけじーの紹介回でした!

人体模型の正体は先生だった!

ありがちな展開ですが、勿論全七不思議のキャラは随分前から決まっていたので、こうやって登場するのは感慨深いです。

今回の内容も、ずっと夢見てたような内容で書きやすかったです。


もけじーこと丸毛先生、珍しい苗字ですが実在する姓です。

というのも僕が実際に丸毛さんに会った事があって、苗字を考えていた時に借りる事にしました。

今は連絡手段を持ち合わせていませんが、丸毛さん名前借りたよ!


してその丸毛先生ですが、実は今回と前回が初登場ではありません!

一回チラッと登場してるんですねー。

気付いて下さったら嬉しいですが、もし気付かなかった方は探してみてください。


さて! こうして顔を揃えた六番目!

最後の七つ目は……?

次回のマガオカもどうかよろしくお願いします!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ