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【114不思議】理科室の人体模型

 早朝、逢魔ヶ刻高校。

 クリスマス、年末、正月と慌ただしかった冬休みもピリオドを迎え、今日から三学期である。

 とは言っても、まだ早朝。

 校舎には生徒の影はまだなく、雀のさえずりが心地よかった。

 三年舎の廊下を歩くのは多々羅。

 新学期も一番乗りなのだろうと、一人得意げに教室のドアを開けた。

「……おっ」

 しかし三年A組の教室には、すでに一つ人の影があった。

「おはよ、多々羅」

 木漏れ日を銀髪が反射する、斎藤である。

 斎藤の薄ら微笑んだ笑みに、多々羅も口角を上げる。

「ほんと、随分早ぇじゃねぇか」

 多々羅は自分の席に鞄を置くと、斎藤の元まで歩み寄った。

 斎藤は多々羅に目を向けず、どこか天井を見上げている。

「うん、……この教室に来るのも、あと少ししかないからね」

 その横顔は、どこか愁いを帯びていた。

「あと三ヶ月で卒業かぁ……。正確には受験とか色々あるし、三ヶ月も無いんだけど。……なんか、あっという間だったなぁ」

「……そうだな」

 ノスタルジックな斎藤に、多々羅は同じく天井を仰いで同調する。

「……多々羅」

「?」

 不意に名前を呼ばれて、多々羅は目を斎藤に向けた。

 斎藤はまだ目線を床の木目に泳がせており、どこか慎重に言葉を紡いでいる様子だ。

「僕らももうすぐ卒業だし、そろそろ会わせてくれていいんじゃないかな?」

 何の事かさっぱりだったが、時間を追う事に多々羅も理解する。

 斎藤は多々羅に視線を向けると、その答えをハッキリと口にした。


「残りの七不思議に」


●○●○●○●


「えぇぇぇ!?」

 時は流れ、放課後のオカルト研究部部室。

 そこに千尋の心底驚いた声が、部室に収まり切らない程に響いた。

 それくらいの衝撃が、先程の多々羅の発言にあったのだ。

「六つ目の七不思議に会わせてくれるぅ!?」

「おぉ! そうだ!」

 自分の聞いた言葉が空耳では無い事を確認し、千尋のテンションはいきなり最高潮に上った。

「うぉぉぉぉぉ! マジっすか! やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁがはっ! ハー! ハー! やばいちょっと過呼吸!」

 歓喜のあまり、正しい呼吸の仕方を忘れてしまっている。

 要介護の千尋に代わって、博士が多々羅に事の経緯を尋ねる。

「んななんで突然そんな事に? 確か他の七不思議はそれぞれの生活があるから会わせられないとかっていう話じゃなかったですっけ?」

 以前聞いた話ではそういう事情だった筈だ。

 実際、五つ目の七不思議だった乃良は、逢魔ヶ刻高校一年の生徒として密かに生活していた。

 恐らく他の七不思議も、どこかに紛れて生活しているのだろう。

「おぉ、ハカセその通り! よく覚えてまちたねー」

「喧嘩売ってんのか」

 多々羅は博士を軽くからかうと、質問の答えを合わせていく。

「でも優介と美姫はもうすぐ卒業だし、こいつらには七不思議(こっち)も色々と世話になったんだよ。だから、是非お二人に会わせてくださいだってさ」

 多々羅の答えに心打たれたのは、少し離れたところで聞いていた斎藤だった。

 斎藤は顔を下に向け、思わず緩んだ表情を必死で堪える。

 しかし、世話になったとはどういう事だろうか。

 多々羅には振り回されながらも世話になった覚えはあるが、自分が面倒を見た覚えはない。

 そんな斎藤の葛藤を、西園は察して顔を覗いている。

「でも、一年(俺ら)や百舌先輩とかも会って良いんすか?」

「まぁサービスだろ!」

「いいのか七不思議のサービス営業」

 多々羅の適当な様子に、博士は冷静に言葉を返した。

 いつの間にか理性を何とか取り戻した千尋は、興奮冷めやらぬままに質問する。

「して! その六つ目の七不思議とは如何に!?」

 その質問に、多々羅はフッと鼻を鳴らすと、徐に椅子から立ち上がり、その名を轟かせた。


「理科室の人体模型だぁぁぁー!」


「待ってましたぁぁぁー!」

 多々羅の回答に、千尋は両手を五月蠅く鳴らし、感激を全身で表現した。

「ここに来てシンプルなの来たな」

「シンプルイズベストゥ! ずっと会いたかったんですよ! はー楽しみ! ハー! ハー! やばい誰か」

「お前今日死ぬんじゃねぇの」

 生死を彷徨う千尋に、西園が駆け付けて何とか正常な呼吸を取り戻そうとする。

 机に頬杖を突いていた乃良が、ふと言葉を漏らす。

「いやー、まさかもけじーが出てくるなんてなー」

「もけじー!?」

 聞き慣れない単語に、千尋が命の危機など忘れて訊き返した。

「えっ、もけじー!? もしかして理科室の人体模型って、もけじーって呼ばれてるの!?」

「ん? そうだけど」

 ニックネームが判明しただけで、千尋の心はますます昂った。

 興味が滝の様に湧き出て、堪らず質問が出てくる。

「ねぇ! 理科室の人体模型……もけじーってどんな人なの!?」

「どんな人って……、別に普通だよな。優しくて、物知りで、普通の人体模型。な?」

「うん、普通」

「普通の人体模型って何だよ」

 七不思議の時点で普通は有り得ないと思うのだが、乃良と花子の答えは普通で平行線だった。

 それでも千尋の興奮は収まらず、会いたくて震えてすらいる。

「あー早く会いたい! もう行きましょ! 生物実験室ですよね!?」

「まぁ待てって、その前に」

「?」

 千尋の今にも駆け出しそうな姿と相対して、多々羅は冷静だった。

 よく見れば他の部員達も落ち着いている。

「うん、その前にね」

「もう恒例だからね」

「早く聞かせてくれよー、ちひろん!」

 そこまで聞いて、ようやく千尋も皆が何を待っているのか分かった。

 自然と頬が緩み、笑顔が止まらなくなる。

「なにー、もー、みんな欲しがりだなー」

「いや俺別に良いけど」

「ちょっと待っててね」

 千尋は深呼吸をすると、早速語りの準備に取り掛かった。

「あー、あ、あ、あー、これはとある男子高校生が実際に体験した、違うな、これは、違う、あ、あ、あー、これはとある男子高校生が」

「いいからさっさと終わらせてくれないか」


●○●○●○●


理科室の人体模型


 これはとある男子高校生が実際に体験した物語の記録である。

 簡単に言うと、この少年はいじめられていた。

 朝には自分の机に落書きが施され、昼には自腹でパンを使いっ放される毎日。

 体中水浸しになって家に帰る事さえあった。

 そんな日に日にエスカレートするいじめを受ける少年に与えられた次のミッションは、夜の校舎の探索だ。

 夜、学校に呼び出されると、そのまま校舎の中に閉じ込められてしまった。

 内気で臆病な少年は、失禁してしまいそうな程に恐ろしかった。

 こんな毎日、とっとと逃げ出してしまいたい。

 そう思いながら歩いていると、どこからか物音が少年の耳に届いてきた。

 少年以外、誰もいない筈の校舎。

 音のした先には、授業で何度か行った事のある生物実験室だ。

 少年はひっそりとガラスから中を窺うと、そっとドアを開けた。

 中にはやはり誰もいない。

 恐怖のあまり空耳を聞いたのかとどこか納得し、早く逃げ出してしまおうと思ったその時だ。

 ガタゴトと、再び物音がした。

 今度は間違いない、確実にこの耳に聞こえた。

 目を見開いてくまなく教室を確認するも、人の影など一つも見当たらない。

 すると、ガタゴトとまた音がした。

 今度はその正体も見えた。

 ただその正体に信じられず、いよいよ少年のズボンは濡れてしまったが。


 教室の隅に置かれた人体模型が、こちらに向かって歪に歩こうとしていたのだ。


 少年は今まで発した事の無い悲鳴を教室に残して、すぐにその場から逃げ出した。

 校舎の外、律儀に待っていたイジメグループに、少年は先程見た現実を打ち明けた。

 イジメグループが信じる事は無く、寧ろ精神が病んでしまったと気遣って、それ以降少年がいじめられる事は無くなった。

 しかし少年の恐怖は消えない。

 少年が死ぬまで、こちらに歩いてくる人体模型が恐怖を知らしめるだろう。


●○●○●○●


 すっかり暗くなった校舎の廊下。

 コツコツとオカ研部員達の足音が、誰もいない校舎の中に溶け込んでいく。

「いやー、楽しみだなー! 理科室の人体模型!」

 生物実験室で待っている人体模型を夢見て、千尋の足取りは宙に舞いそうな程軽かった。

 そんな千尋を横目に、博士は溜息を吐く。

「何が人体模型だ」

「はぁ!? 何! アンタ人体模型も信じないって言うの!?」

「当たり前だろうが」

 千尋の驚愕な表情に、博士はあっさりと口にした。

「何で! 別に動く人体模型なんて幽霊でもオカルトでも何でもないでしょ!?」

「人体模型が動いたらそれはもうオカルトだろ。大体じゃあお前は人体模型をオカルトの何だと思ってんだよ」

「人体模型!」

「とち狂ってんのかお前」

 話が全く通じない異生物の千尋に、博士は手を上げた。

「着いたぞ」

 そう言って、先頭を歩いていた多々羅が止まった。

 皆が続いて動かしていた足を止めていく。

 三学期になって、一年生達も随分とこの学校の校舎にも詳しくなったものだ。

 今オカ研部員達が集っている廊下は、生物実験室の目の前である。

 生物実験室のドアを前に、斎藤が固唾を飲む。

「この向こうに……」

「おぉ、さっさと開けてみな」

「うん」

 そうは言っても、斎藤の手は震えている。

 千尋の影に隠れていたが、どうやら自分も随分興奮しているらしい。

「大分驚くだろうな」

「?」

 ふと心の声を漏らしてしまったような独り言が、多々羅から聞こえてくる。

 少し気にはなったが深く追及はせず、斎藤は再びドアと向かい合った。

 そっとドアに手をかける。

 一つ深呼吸を置いてから、斎藤はゆっくりと生物実験室のドアを開いていった。

 徐々に生物実験室の景色が目に映っていく。

 その先に一つの影を見つけて、斎藤は目を疑った。


「あいたたた、腰、腰が」

丸毛(まるも)先生!?」


 その人影の正体は、斎藤の知って(・・・)いる(・・)人物(・・)だった。


六つ目の七不思議、登場!

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


『逢魔ヶ刻高校のちょっとオカしな七不思議』、その六つ目の七不思議がとうとう登場しました。

遅い!ww

六つ目の七不思議が、何の前触れもなくこのタイミングで登場するのは、最初から決まっていました。

まぁなので計算通りなのですが、あまりにも遅い!


という事で今回は随分久しぶりに七不思議紹介回でした。

前回が乃良だったから、こんな感じで会いに行くのも本当に久しぶりですね。


今回は理科室の人体模型。

七不思議に関する七不思議を考えるのも随分と久しぶりでした。

先程から何回も久しぶりと言っていますが、久しぶりすぎて元々上手くない怪談が更に下手になりましたww

他のシーンは何となく想像できていたので、ここだけが本当に難しかったです。


さて、理科室の人体模型編は後編に続きます。

六つ目の七不思議の意外な正体とは……!?


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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