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【113不思議】三十路誕生の日

 雑多に物が散らばった、狭い一室。

 空き缶や食べ終わったカップ麺の容器などが散らかる中、前方のテレビでは芸人達による正月番組が映っている。

 時計は零時一分。

 先程丁度、今年三日目に到達したばかりだ。

 ――……一月、三日。

 テレビを死んだ目で眺める部屋の主。

 眼鏡はテレビの光を反射し、服は人様には決して見せられない部屋着を身に纏っている。

 ノーメイクでパッとは解らないが、その正体は博士の所属する一年B組担任の馬場先生だった。

 ――……私、馬場(ばば)文子(あやこ)

 酒のつまみのビーフジャーキーの硬さに全身が震える。

 ――本日三十歳になりました!

 その勢いと共に、馬場はビーフジャーキーを噛み千切った。

 そう、本日一月三日は馬場の誕生日。

 今まで二十九という最後の二十代を生きてきた馬場は、とうとう三十代という未踏の地に到達してしまった。

 昔はあれだけ楽しかった誕生日も、今やどれだけ来るなと望んだ事か。

 口の中に広がっていく肉の旨みが、少し塩辛く感じた。

 ――うぅ……、いよいよ三十歳か。結局結婚できずに来ちゃったよ。子供の頃は、五年くらい前に結婚して、今頃子供育ててるんだと思ってたのになー。

 今や二十年前のキラキラな自分を想像して、また涙腺が緩む。

 結婚したい相手ならいる。

 しかしその相手との関係性も、全く動く気配が無い。

 それよりも辛い現実が、今の馬場には押し寄せていた。

 ――ていうか、三十歳っていう節目の誕生日に、一人寂しくビールとか……。本当何やってんだ私。

 離れて暮らしている両親は、きっと今頃夢の中だ。

 朝になれば電話の一本くらい入れてくれると思うが、今大事なのは友人関係の話である。

 自分の人生はこんなにも暗いものなのかと、一気に心が落ちる。

 ――うぅ……! いーだ! 私はこれからも一人で生きてやる! 別に寂しくなんか、

 自暴自棄になっていた時、突然スマホが暴れ出す。

「!」

 バイブ音に我に返って、馬場は冷静にスマホの画面を覗いた。

 写された名前は絵菜(えな)

 大学時代の親友と同じ名前だ。

「……もしもし」

『文子ー! 誕生日おめでとー! アンタもいよいよ三十路の仲間入りね! まだ私は若いとか思ってんじゃないわよー!』

 電話越しの声は、随分と明るかった。

 その声と対照的に、馬場は別の種類の涙を流しそうになる。

『んで、もし良かったらなんだけど、明日ランチ食べに行かない? あっ、今日か。文子の誕生日祝いたいし、久々会いたいし! あっ、勿論先約とかあったら無理しないでよ?』

 電話の向こうから聞こえた突然の提案に、馬場は思考が停止する。

 無論、馬場に日が昇ってからの予定はない。

 寧ろ願ってもいない招待だが、簡単には返事できなかった。

 その原因は、今現在の自分の外装である。

『あれ、これ繋がってる? もしもーし!』

 全く言葉の返さない馬場に、絵菜がそうスマホに声を飛ばしたが、馬場の思考は別世界を彷徨っていた。


●○●○●○●


 正午。

 正月の賑わいも少しずつ落ち着いていき、世の中は段々と日常に戻りつつあった。

 冬の白昼を、馬場が髪を気にしながら歩いていく。

 電話を切った後、すぐにベッドの中に飛び込み、九時にアラームをセットして準備に努めた。

 折角誘ってくれたのだ、みすぼらしい格好で行く事は決して許されない。

 ガラスで化粧の最終確認をして、約束のカフェに乗り込んだ。

 店内に目を配ってみると、すぐに見つける事が出来た。

「文子ー!」

 相手もこっちを見つけると、駆け寄ってきて抱き着いてきた。

 「うっ!」と女子らしからぬ呻き声を必死で堪える。

「久しぶりー! 元気だったー!?」

 顔を上げて、こちらに笑顔を向けてきた。

 この笑顔は大学時代から一つも変わっていない。

 絵菜は同じ国語の教育学科で、しのぎを削って教師を目指した同志だ。

 同じ夢を志す者として、時に助け合い、時に競い合い、時に笑い合った正真正銘親友である。

 ちなみに彼女の左手の薬指には、銀色の指輪。

 そのファッションやナチュラルなメイクに、馬場は心の中でその差を痛感していた。

「あっ、そうだ!」

 思い出したように絵菜が席に戻ると、一つの紙袋を差し出した。

「はい! 誕生日おめでと!」

 力強く渡され、馬場は中身を確認してみる。

 まだ袋に包まれていて全貌は見えなかったが、紙袋に描かれたブランドは馬場も知っていた。

「……ありがと」

「いいの! 私も誕生日プレゼント貰ったし!」

 何て事ないように言う絵菜に、夜に流しきった筈の涙腺が再び緩み出す。

 馬場は何とか堪えて、絵菜とはす向かいに座って、楽しいランチを待ち望んだ。


 このカフェのランチは少しお高めで、値段なりの美味を提供してくれた。

 今日は誕生日だ、これぐらいの贅沢も許されるだろう。

「それでね! 私が何度言ってもちっとも聞かないの!」

「反抗期かー」

「そう! もう困っちゃってさ! 旦那も旦那で『別にいいだろ』って言うし。もうどっちもゲーム機取り上げてそのままぶってやろうと思って!」

「アハハ……」

 絵菜の苛立ちの籠ったエピソードに、馬場は苦笑いで答える事しか出来なかった。

 子供は勿論旦那もいない馬場からすれば、幸せ話以外の何にも聞こえない。

 何だか辛くなって、馬場はナイフとフォークを動かし出した。

 すると絵菜は少し視線を落として、声色を変える。

「……しかし、本当に良かったの?」

「?」

 どういう意味か解らず、馬場は鶏肉のグリルを口に入れながら目を向ける。

「こんなとこでランチして。そりゃ私は嬉しかったけど、今日何の予定も無かったの?」

 グサッと絵菜の言葉が馬場を貫く。

 飲み込んだ鶏肉が、変なところに突っかかってしまった。

 死にそうになって、水を一杯飲み干す。

「誕生日祝ってくれるような、そういう相手いないの?」

 ようやく苦しみから解放され、馬場は焦ったように息をした。

 絵菜の質問は苦しみながらも聞こえていたようで、ふと自分の現実と対面する。

「……別に」

「いるの!?」

「!?」

 爛々と輝かせる絵菜の瞳に、馬場は思わず目を疑う。

「いや待って! いるなんて言ってないよ!?」

「いや今のはいる感じだった! いるんでしょ!? ねぇ! 誰!?」

 絵菜は水を得た魚の様に、ガンガンとこちらに迫ってくる。

 こんな事になるくらいなら、多少辛くても絵菜の幸せ話を聞いていた方が幾らかマシだった。

 圧力に困りながらも、馬場は真面目に誤解を解こうとする。

「本当にそういう人はいないんだって! ただぁ……、そのぉ……、そういう風になって欲しいなぁって人は……」

「いるんじゃん!」

 誤解を解こうとした結果、観念して事実を打ち明ける事となった。

 絵菜は俄然盛り上がって、馬場を質問攻めにする。

「誰なの!? 職場の人!?」

「うっ、うん、……まぁ」

「文子って今どこの学校だっけ?」

「逢魔ヶ刻高校」

「あーマガ高かー。……あれ? 確か弟もマガ高って言ってたっけな?」

 独り言のように呟いた絵菜に、馬場が引っかかる。

「絵菜って弟いたっけ?」

「えっ? うん、いるよー。六つ下の。あれ? 文子に言ってなかったっけ?」

「弟も先生やってるの?」

「うん、うちは全員教員一家だからねー」

 絵菜はどういう訳か自慢げにそう話した。

 弟の話や教員一家の話など、いつかに聞いたのかもしれないが、馬場の記憶には一切残ってなかった。

 しかし何故か、その話の内容だけはどこかで聞いた事がある。

「その弟さんが、私と同じ学校で働いてるの?」

「そうそう。あっ! じゃあもしかして、文子、元基と知り合いなの!?」

 『元基』。

 この名前は痛い程知っている筈だ。

 ただ三十代に突入したせいか、寸でのところで正解が出てこない。

 いや、馬場の無意識が、その答えが出てくるのを必死で食い止めようとしているのかもしれない。

 馬場は体中に迫る現実を背負って、絵菜に最後の質問を投げる。

「……絵菜、アンタって高校卒業と同時に結婚してたよね?」

「えっ、うん、そうだけど……、文子どうしたの? 顔怖いよ?」

 絵菜の現在の旦那は、彼女の高校時代からの付き合いだ。

 同級生で、卒業と同時にプロポーズされた為、馬場と出逢った頃にはその姓は既に変更後だった。

「アンタの旧姓って、何だっけ?」

 恐る恐るというか、おどろおどろしく訊いたその質問に、馬場は何とも無いように答えた。


「楠岡だけど」


 『楠岡』。

 逃れようのない現実と対峙した馬場は、崩れ落ちる様にテーブルに倒れ伏せた。

「ちょっ、どうしたの文子!? もしかして……、えぇ!?」

 意味深に倒れた馬場に、絵菜も何となく事態を把握したようだ。

 馬場はどうしようもなく、その場で子供の様に泣く。

「うわぁぁぁぁん! 絵菜が楠岡先生のお姉さんだなんて! 聞いてないよぉぉぉ!」

「アンタ、あんなのがいいの!? やめときなさいよ! あんなの顔が良いだけで中身ただのクズ野郎なんだから!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁん!」

「……私が根回ししてあげようか?」

「やめてぇ! なんか身内のコネ使うとか卑怯みたいな感じで流石に嫌だから!」

 折角のメイクを台無しにしながら、馬場はそう懇願する。

 そのみっともない姿に、絵菜は言葉が詰まる。

 馬場も脳内キャパシティーを遥かに飛び越えられ、訳分からないままただ泣きじゃくった。

 馬場の三十路最初の誕生日は、楠岡と親友のちょっと意外な関係が明らかになった。

完全な後付け設定ですww

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今回は忘れた頃にやってくる先生回でした。

といっても今回は先生回を書こうと内容を考えていたのではなく、この時期に先生回を書こうと割と自然に出来た感覚です。


というのも今回の話を思いついたのは前回の先生回。

もう三十話程前になってしまうのですが(そんな前だったっけ?ww)、楠岡先生に二人の姉がいる事が判明しました。

しかも二人とも教師。

ここで僕は思ったのです。

「これ、楠岡のお姉さんと馬場先生って同級生なんじゃないか?」と。

別に大学が一緒とは限らないし同い年とも限らないんですが、どうも二人に面識がある方がしっくりきてしまいまして。

気付いたらこの話が完成していた訳です。


と同時に、今回馬場先生の下の名前と誕生日が明かされました。

ハカセの誕生日回の時に「ハカセ以外の誕生日を書くつもりはありません」と断言していましたが、思いっきり馬場先生の事忘れてましたww

馬場先生の名前も今回考えたのですが、ここは何となく想像出来てたのですんなり。

それよりも楠岡の姉の方が名前考えるの大変でした。


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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