【112不思議】God sees everything we do
一月一日、元日の神社。
初詣をしようと寒さに耐えながら並んでいる参拝者の列は、まだ止まる事を知らない。
「おい! あそこおみくじ売ってるぞ!」
おみくじに一喜一憂する人影を見つけて、多々羅が指を差した。
「あっ、ほんとだ! ここのおみくじ、当たるってここの辺りじゃ評判なんですよ!」
「マジかよ! よっしゃー! みんなで引こうぜー!」
多々羅に続いて千尋と乃良も、おみくじ売り場へと走っていく。
残りのオカ研部員達は、年始から盛り上がる三人を辿ってゆっくりとついていった。
全員が着いた時には、先に来ていた三人は既におみくじを開いていた。
「やったー! 俺大吉だー!」
今年の運勢に雄叫びを上げたのは多々羅だった。
両腕を上げて喜ぶ多々羅に、乃良は自分の運勢を見ながら声をかける。
「いいなー。俺中吉だったよー。……ん? 何だこれ? 『運命の再会が貴方を待っているでしょう』? 運命の出逢いじゃなくて?」
「あっ、なんか俺も書いてある。『今年は益々大きくなるでしょう』だって!」
「これ以上大きくならなくていい」
巨人である多々羅に、博士は冷静に言い放った。
すると、隣から心拍音が聞こえてくるくらいドキドキしている気配が届いてくる。
未だおみくじを開いていない千尋だ。
「あー、いいなー。私も良い運勢がいいなー。大吉よりももっと良い」
「それは無いだろ」
「神様! どうかお願いします!」
千尋は恐る恐るとおみくじの中身を確認する。
果たして千尋の今年の運勢は、吉と出るか凶と出るか。
出てきた中身は――、『平』。
「平!?」
見慣れない漢字一文字の運勢に、千尋は堪らず声を荒げた。
「えっ!? 何これ!? 初めて見たんだけど!?」
「なになに? うわっ! 何これ!」
「あっ、平じゃねぇか」
慌てる部員達で唯一平然としている博士に、一同は一斉に目を向ける。
「ハカセ知ってるの!?」
「あぁ、俺も実物見るのは初めてだけどな。滅多にお目にかかれない超激レアな運勢だぞ」
博士の解説に、千尋はドンドンと期待感が高まる。
「じゃ、じゃあ、もしかして本当に、大吉よりももっと良い超ラッキー運勢!?」
「いや、末吉と凶の間」
「クソッたれがぁ!」
期待をどん底に叩き落された心情の様に、千尋がおみくじを大きく振りかぶって地面に叩きつける。
「ちょっとちひろん! そんな事したら罰当たるよ!」
「五月蠅い! なんかもうこの運勢出た時点で罰当たってる感じするもん!」
「ちゃんと内容見た!?」
「『犬に噛まれないように』って書いてあった! 意味分かんない!? こんなの絶対嘘っぱちだよ!」
「当たるって評判じゃなかったのかよ」
おみくじらしからぬ忠告に、千尋の目尻には薄っすらと涙が滲んでいた。
その間におみくじを購入していた西園が、中身を確認する。
「あー、吉だったかー。斎藤君はどうだった?」
「えっ? あー、僕は末吉だったよ」
何とも言えない運勢に、斎藤は苦笑いを浮かべている。
そんな斎藤を横目に、西園は一拍置いてわざとらしく声を大きくした。
「あー! 恋愛運すごくいい!」
「!?」
「『今年は彼氏の一人や二人、余裕で出来るでしょう』だって!」
「彼氏!?」
「いや二人はダメでしょ」
驚きのあまり正常な思考能力を失った斎藤の代わりに、博士がそう呟く。
西園は未だ驚きに囚われている斎藤に近寄った。
肌が擦り合うぐらいまで寄って、おみくじの中身を晒す。
「ほら」
「……本当だ」
西園から聞いた言葉と一言一句違わぬ言葉に、斎藤は素直に頷く。
どうやらここの神様は、恋愛に関しては何かと寛容らしい。
「斎藤君は?」
「え?」
「斎藤君はなんて書いてあるの?」
そう言って、西園は斎藤のおみくじを覗き込んだ。
「……僕は」
特に慌てて隠す素振りもなく、斎藤も一緒にそのおみくじの内容に息を飲む。
「……『卵焼きは隠し味にマヨネーズを入れると、フワフワに仕上がるでしょう』だって」
「……うん、見えてる」
おみくじからのワンポイントアドバイスに、そう口にする事しか出来なかった。
全容を聞いていた博士は、呆れて溜息を吐く。
勿論、博士はおみくじ否定派だ。
百舌もおみくじを引いていたようだったが、その運勢は表情からは全く読めない。
「ハカセも引きなよ!」
すっかり平の地獄から復活した千尋が、博士にそう吹っかけてきた。
「あ? 何でだよ」
「だっておみくじ楽しいじゃん!」
「お前さっき死にそうだったじゃねぇか」
「ほらほら早く! あっ! 花子ちゃんも引こ!」
今まで傍でぼーっと眺めていた花子が、名前を呼ばれて反応する。
「何?」
「おみくじ! ほら、ここに百円入れてー」
花子におみくじの購入方法を教えると、すぐに手元におみくじがやってきた。
期待する素振りもなく、花子はプログラミングの様に封を切る。
「わっ! 大吉じゃん!」
花子の運勢は、覗いていた千尋によって神社中に響き渡った。
「『生涯で最高の年になるでしょう』だって」
「そいつもう死んでんだよ」
「恋愛運も星三つじゃん! いいなー! 私も大吉が良かったー!」
悔しそうに千尋が頭を抱え込んで唸っている。
このままではおみくじリセマラする勢いだ。
花子はというと、おみくじに書かれた恋愛運の評価に目を惹かれていた。
「恋愛運……」
ポツリと声を漏らすと、花子は顔を上げる。
「ハカセは?」
「あ?」
花子に名前を呼ばれると、思い出したように千尋が指を差してきた。
「そうだ! ハカセも早く引いてよ! 皆引いたんだから!」
千尋と花子以外にも、部員全員の視線が博士に注がれる。
ここまで言われて意地を通す理由も、博士には見つからなかった。
「……解ったよ」
おみくじを引けば済む話だと、博士は銀貨を機械に入れる。
すると一枚の紙が博士の手元に届いた。
「何回も言ってるけど、神なんて存在しねぇんだよ。このおみくじだって、人間が適当に作ったただの紙切れだ。ただランダムで順番に引いてるだけ。こんなのが当たるとか、願いが叶うとか、そんなのは神を信じたいだけの思い込」
おみくじの中身を開けて、博士の手と口は止まった。
目に飛び込んできた現実は、とてもじゃないが信じ難いものだった。
博士の今年の運勢は『大凶』。
『神は存在する、信じぬなら死ね』と、今までに見た事のないおどろおどろしい文体で書かれていた。
「アハハハハハハ!」
おみくじを覗き見ていた千尋が、腹を抱えて笑い出した。
博士はというと、未だ硬直したままである。
「ハカセが! ハカセが神様はいないとか言うから! 天罰だよ! 天ば……アハハハハハハ!」
千尋の笑いが収まるまで、まだしばらく時間はかかるらしい。
人目を気にしない千尋の代わりに斎藤が目を配っていると、ふと気付いた。
「……大分空いてきたみたいだね」
斎藤の目の先には、大分尾の短くなった長蛇の列があった。
●○●○●○●
あれから列の最後尾に着いて数分、ようやく本堂の階段を昇りきった。
手袋を外すと、慣れてきた筈の寒さが一気に素手を襲う。
「はぁ、やっとだな!」
「うぅ寒っ! さっさとお参りして帰ろうぜー」
チャリンチャリンと、賽銭箱に小銭が入る。
「皆小銭入れたー?」
「入れたー!」
「ちゃんと五円玉入れましたよ!」
「斎藤君は合格祈願で一万円札入れないとね」
「入れないよ! 賽銭箱にお札って聞いた事ないよ!」
ガラガラと、太い縄を揺らして鈴を鳴らす。
「花子ちゃん、お参りのやり方知ってる?」
「お参り?」
「神様に『今年もよろしくお願いします』って、挨拶するの! あと願い事とか! 二礼二拍手三茄子してね!」
「一礼ね、初夢と混じってるよ」
「ハカセー! いい加減機嫌治せよー!」
「五月蠅ぇ! 別に落ち込んでねぇわ!」
そうして、オカ研メンバーは一斉に手を鳴らした。
八人全員横一列に並び、目を瞑っては手を揃えて一礼している。
心に思うは、それぞれの願い事だ。
――今年も面白ぇ事がたくさんありますように!
――大学に合格して、そして西園さんと、ととと、とととととと!
――大学に無事受かりますように。
――村上春樹の新刊が出ますように。
――今年も皆と楽しく過ごせますように。
――花子ちゃんとハカセが付き合いますように! あと西園先輩と斎藤先輩も! あっ、先輩達が合格しますように! そしてたくさんの奇奇怪怪に出逢えますように! あっ、シロノワール食べたい! あと、
――神なんていないのに神頼みなんて……、まぁ、世界平和でも願っとくか。
十人十色な願い事を浮かべる中、
――………。
花子は薄らと目を開いて、チラリと隣に目を向けた。
そこには目を瞑って真面目に願う博士。
誰も見ていない博士の横顔をしばらく独り占めすると、再び花子は顔を正面に戻して目を閉じた。
花子は何を願ったのだろうか。
「……お前、何頼んだんだ?」
少し気になったのか、帰り道に博士がそう訊いてみた。
「………」
しかし、それに合う返事は返ってこなかった。
花子が一体何を願ったのか、それも含めて、神は全て知っている。
神のみぞ知る。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
初詣編終了になります!
初詣編は二部構成でやりたいと思っていたのですが、正直そこまでネタがあるか心配でした。
でも結果として楽しく書く事が出来たので、万事オーケーです!
僕もハカセと同じく神様は信じない質です。
しかしおみくじは信じずとも朝の占い感覚で楽しむ質なのです。
今時は接待みくじだと思ってますしねww
今回出た『平』も実際に存在するおみくじらしいのですが、何分かなり珍しい運勢ですので、死ぬまでに一度は引いてみたいものです。
まぁそういう訳で神は信じないので、勿論神頼みもしません。
『夢が叶いますように』とか、『あの子と付き合えますように』とか、神様じゃなくて自分の努力次第じゃないですか。
なのでこういう初詣の時は、ハカセと同じく世界平和や健康なんかを願うようにしてます。
と、なんやかんや言っても年は明けました!
これからもマガオカ頑張っていきますよ!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!