【011不思議】Goodな町の歩き方
カレンダーは五月、ふと窓に目を向けると真っ青なキャンパスを白い絵の具で殴り描いた様な晴天が広がっていた。
今日は所謂GW、町中にはたくさんの人々がそれぞれの休日を満喫している。
そして、一人で部屋に籠っている博士も、満喫の仕方は違えど充実した休日を過ごしていた。
静かな部屋に流れるBGMはシャーペンがノートの上を滑る音だけ。
学習机に広がっている参考書に挑んでいる博士の目は真剣そのものだった。
そんな空気をぶち壊すかのように、博士の携帯がバイブと共に着信音を流し始めた。
博士は少し驚きつつも、電話をかけてきた相手を確認すると、応答する事も無くプツリと着信を拒否する。
しかし、十秒も経たぬ間に再び着信音が鳴り響き、博士は怒りに任せながら携帯を手に取った。
「てめぇ何の用だよ!」
『お前何で一回着信拒否したんだよ!』
「面倒臭ぇのが目に見えてたからだよ!」
博士がそう声を荒げると、電話の声の主である乃良は溜息交じりに用件を話し始める。
『俺が何で電話掛けたか解るか?』
「どーせ『GWだから遊びに行こう!』みたいな事だろ?」
『正解!』
「嫌だよ!」
声を乱雑に上げて拒否をする博士に、乃良は玩具を強請る子供の様に交渉をし出した。
『何でだよー。良いじゃねーかよー。どうせ暇だろー?』
「暇な訳あるか。こっちは今忙しいんだよ!」
『どーせ宿題でもしてんだろ』
「バカ、んなもんとっくに終わらせたわ。授業の予習復習してんだよ」
『ほぼ一緒じゃねぇか!』
頑なに折れない博士だったが、それでも乃良は何とかして博士を部屋から引っ張りだそうと粘る。
『なー、行こうぜー』
「嫌だっつってんだろ! とっとと諦めろ!」
一向に外に出てくれそうにない博士に、乃良はいよいよ最終手段を執行する。
『まぁ、今ハカセん家の前にいるんだけどね』
「はぁ!?」
瞬間、ピンポーンと自分の家にインター音が鳴り響いた。
博士は急いで部屋を飛び出して階段を下り、扉を開けようとする母親を制止して扉を開けた。
そこには満面の笑みで電話を耳元に持っていた乃良の姿があった。
「よっ!」
「よっ、じゃねぇよ!」
博士はそう言うと、自分の足を乃良の鳩尾へとめり込ませていった。
「ぐっ、こんな手厚い歓迎求めてない」
「そもそも歓迎してねぇからな」
乃良は鳩尾を擦って痛みに耐えながら、引き続き博士の説得を試みる。
「なぁハカセー、遊びに行こうぜー」
「……解ったよ」
溜息を吐いてそう言葉を漏らした博士に、乃良は驚きの表情を見せると、一人で万歳をして盛り上がった。
「……本当? やったー! んじゃ早速行こうぜ!」
「待て。用意してくるから待ってろ」
博士がそう言って自分の部屋に戻ろうとすると、乃良は思い出したかのように博士の背中に声をかける。
「そういや、花子ちゃんとちひろんも来るから!」
「……はぁ!?」
数秒固まった後に博士は声を荒げて乃良の方へと振り返る。
「あれ? ダメだった? まぁでも、別に良いだろ!」
能天気に話す乃良に博士は何を言っても無駄だと気付き、支度をしにゆっくりと自分の部屋へ帰っていった。
●○●○●○●
「おっ待たせ―!」
博士と乃良がその声に振り向くと、可愛らしい私服姿の千尋がこちらへと駆け寄ってくるのが見えた。
待ち合わせ場所の公園はどこを見ても人の姿があり、時々博士達の後ろにある噴水が飛沫を上げる。
「本当だよ。どんだけ待たせんだよ」
駆け寄ってきた千尋に、博士は無愛想にそう声をかけた。
そんな博士の言葉に、千尋の顔も機嫌が悪くなる。
「しょうがないじゃん! 女の子は色々時間がかかるんだから!」
「んなもん知るかよ。女だからって遅れていい訳じゃねぇだろうが」
「何を!? そんなダサい私服の癖にどの口叩いてんのよ!」
「私服関係無ぇだろ! 服なんて着れりゃ良いじゃねぇか!」
早くも一触即発ムードな二人に、乃良は何とか話題を変えようと口を開く。
「あとは花子ちゃんだけだね!」
「そうだそうだ! 花子ちゃんまだかなー」
「ったく、あいつも遅れやがって……」
博士はそう愚痴を溢すと、一つの疑問が頭を過った。
「……そういや花子、ここまで一人で来れるのか?」
博士の言葉を合図に、さっきまで騒がしかった空気が一瞬にして凍りつく。
それぞれが花子が待ち合わせ場所に来れずに迷子になっている場面を想像すると、額から冷や汗を滲ませた。
「むっ、迎えに行った方が良いかな!?」
「いやぁ、いくらなんでも来れると思うけど」
「あいつ、この前の林間学校で初めて校外に出たんだぞ!? 無理に決まってる!」
「お待たせ―」
「「「!」」」
三人がどんちゃら騒いでいると、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
同時にゆっくりと声のした方へ目を向けると、そこには初めて会った時と同じ真っ白な和服を身に纏った花子の姿があった。
「目立つなおい!」
博士の叫び通り、道行く人は皆花子の和服姿に目を奪われているが、花子は気付いていないのか全く気にしていない様子でこちらへと歩いてくる。
「花子ちゃん、よく来れたね?」
「途中までタタラに送ってもらった」
「そっか……。そのぅ、その服で来たんだ?」
まだ混乱しているのか、拙い言葉でそう尋ねた千尋に、花子はいつもの調子で首を傾げる。
「……タタラが制服で行くのはおかしいって言うから」
――私服これしか無いのか……。
博士がそう考えていると、千尋が何か閃いた様に大声を出した。
「よし! んじゃ、まず花子ちゃんの服買いに行こう!」
「はぁ!?」
千尋の提案に博士が顔を顰めるが、異議を認めないように千尋が振り向く。
「こんな格好で歩いてても大変でしょ!? だったら、新しい服買って行った方が良いに決まってるじゃん! 大丈夫! お金は私が払うし!」
「んな勝手に決めるんじゃ」
「賛成―!」
「おい!」
「それじゃ、レッツゴー!」
千尋はそう合図を出すと花子の腕を掴んで歩いて行ってしまい、乃良は楽しそうにそれを眺めながら後をついていく。
取り残された博士は呆れた溜息を吐くと、重い足取りで三人の後を追っていった。
●○●○●○●
千尋に先導されながら四人が入った店は、町の一角にある服屋。
品揃えが豊富で、値段もリーズナブルな事から、町の女子達の人気スポットとなっているらしい。
現在、千尋が選んだ服を花子が更衣室で着替えており、千尋も着替えの手伝いの為、一緒に入っているという状況である。
取り残された男子二人は更衣室の前で突っ立っていた。
「全く、何で折角の休日にこんな事しなくちゃいけねぇんだよ……」
「まぁまぁ、一日くらい良いじゃねーの!」
ご機嫌ななめといった様子の博士とは逆に、乃良はどこか楽しそうな表情だった。
すると、更衣室から千尋がピョンと飛び出すと、司会者口調で話し始める。
「さぁて、大変長らくお待たせしました」
「本当に待ったわ。終わったんなら早く行くぞ」
「これよりお披露目タイムでーす!」
博士の言葉は耳に届いていないようで、千尋はそのまま進行を進める。
「果たして、花子ちゃんがどう変身したのか! それでは見ていただきましょー! こちらです!」
千尋はそう言うと勢いよくカーテンを開け、中にいる花子の姿を露わにした。
肩紐だけの赤いワンピースの下に白いTシャツを着ており、その姿は実に似合っている。
「おー! 可愛いじゃん!」
「でしょー!? ちょっとトイレの花子さん的な衣装にしてみたけど似合ってるでしょ!?」
乃良と千尋が花子の衣装を賞賛する中、博士はただじーっと花子を見つめていた。
「……ハカセ、どうかな?」
「「!」」
花子の言葉に乃良と千尋も口を閉じて博士へと視線を向ける。
博士は花子への視線をずっと変えずに、思うがままに口を開いた。
「別に? 俺ダサいらしいから俺の意見なんて聞いても意味無ぇと思うぞ」
刹那、博士の顔面に千尋の足裏が弾丸の様なスピードで飛び込んできた。
博士はそのまま後ろへと倒れ込み、千尋は綺麗に着地して博士を軽蔑の目で見下す。
「何でそんな事言うのかなーアンタは!」
「はぁ!? 俺の事ダサいって言ったのお前だろうが!」
「そうだけど! てか何ちょっと気にしてんの! 今そんな事関係無いでしょ!?」
「関係ありありだわバカ!」
「ちょっとお前ら! ここ店内だから!」
乃良の言う通り、従業員や他の客は何事かとざわついており、明らかに営業妨害となっている。
しかし、二人はそんな事は視界に入らずに、口喧嘩を続けていた。
乃良が頭を悩ませる中、未だ更衣室の中にいる花子はそんな店内を首を傾げて眺めていた。
●○●○●○●
その後、何とか二人を連れて店を脱出する事に成功した一行はぶらりと町を歩いていた。
落ち着きを取り戻した博士は、隣を歩く乃良に質問をする。
「それで、これから何するの?」
「え? 解んない?」
博士の質問に逆に質問で返した乃良に、博士は首を傾げる。
「いや、解んねぇけど」
「えー、覚えてないの?」
乃良が博士を試すかのようにわざと解りにくい言葉で喋るも、博士は未だに解らず疑問が増えるばかりである。
「ほら、林間学校の時にさー」
『林間学校』という単語で考えていると、博士はとある答えに辿り着いた。
それと同時に乃良達の足は止まり、目的地に辿り着いた事を証明する。
目の前にはこの町の有名店であるラーメン屋が堂々と立ちはだかっていた。
「約束、忘れたとは言わせねぇぞ?」
乃良の笑顔はどこか嘲笑っているような笑顔であり、隣を見れば同じような顔をした千尋も見える。
二人はそのまま意気揚々と店内に入っていき、花子も戸惑いながら店内へと入っていった。
「冗談じゃ無かったのかよ……」
ポツリと博士が言葉を漏らすも誰の耳にも届かず、博士もまたゆっくりと店内へと入っていった。
●○●○●○●
「へい! 豚骨ラーメン四つお待ち!」
気前の良い店主の声と共に、博士達の前に美味しそうな豚骨ラーメンが差し出された。
スープからは真っ白な湯気が湧き上がっており、博士の眼鏡を白く曇らせる。
「うひょー! 美味しそー!」
「いっただーきまーす!」
乃良と千尋が箸を取ってラーメンを啜りだし、悶絶するかのような表情を見せた。
「美味しー!」
「頬っぺた落ちるー!」
二人が絶賛の嵐を巻き起こす中、博士は静かにラーメンを啜っており、黙々と食事を進めていく。
ふと隣に目をやると、じーっとラーメンを見つめている花子の姿があった。
「……早く食え。麺伸びるぞ」
「伸びる?」
「不味くなるって事だ」
林間学校の時、カレーが初体験だった事から、恐らくラーメンもこれが初めてであろう。
花子は箸を手に取り、恐る恐るラーメンを口元へと運ぶ。
「……美味しい」
「……当たり前だろうが」
博士はそう言うと再びラーメンへと向き直り、ズルズルと啜ってラーメンを味わった。
●○●○●○●
「ぷはー! 美味しかった! ハカセ、ゴチになります!」
「ゴチになります!」
「……ゴチになります」
ラーメンを食べ終え、店を出た三人は博士に向かってそう言葉を投げかけた。
「……あのさ、ずっと思ってたんだけど」
博士はそう言うと、ラーメンを食べている最中から思っていた事を口にした。
「俺と花子同じ班だったんだから、俺ら折半じゃね?」
「うわっ! こいつ女の子に払わせようとしてる!」
「最低! 女子との休日の過ごし方学んで出直してこい!」
「何が悪いんだよ! 普通だろうか!」
博士はそう叫ぶと、今度は花子に指を差して大声を浴びせる。
「ていうかお前! お金持ってきてるのか!?」
「? うん、あるよ」
花子はそう言うとポケットの中から現金を取り出し、博士達にそれを見せつけた。
「タタラから貰った」
――いや、あの人はどっから入手したんだよ。
それはかなり気になったが、花子に訊いても仕方が無いと思い、口に出すのを止める。
「それじゃ、次はどこ行こっか! 花子ちゃんはどっか行きたいとこある?」
乃良が笑顔で花子に尋ねると、花子は乃良を見つめた後にゆっくりと辺りを見渡し始める。
そして、どこかを見つけたように一点を見つめると、そこを指差した。
「あそこ」
花子が指差した方へ目を向けると、そこには建物の上からうねり動くジェットコースターがひょっこりと顔を出していた。
「「「え?」」」
三人は花子の見つめる先を見て、声を揃えて言葉を漏らした。
ジェットコースターのある場所など一つしかない。
不思議の国――、遊園地である。
みんなで楽しくおでかけです!
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
今回より五月突入という事で、GW編でございます!
オカ研部員一年生組でのおでかけという事で、また二、三年生の出番がありませんが今しばらくお待ちくださいww
さて、作中の高校生はGWを満喫しておりますが、皆さんはGWいかがお過ごしでしょうか?
僕はたまに友達と一緒に遊びに行ったりもしますが、基本は家でゴロゴロしています。
折角の休日なんですから、ゆっくり羽休めないと損ですもんね!
ましてや折角の休日に授業の予習・復習なんてもっての他! あいつの頭どうなってんだろう……ww
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!