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【109不思議】年末総決算

 本棚に敷き詰められた本の上をはたきで叩くと、薄汚れた埃が宙を舞った。

「ごほっげほっごほっ!」

 埃が口やら鼻やらあらゆる穴から侵入し、博士は思わず咳き込む。

 慌てて呼吸を整えると、目尻に滲んだ涙を拭う。

「全く、今までこんな汚い部室に居たんだと思うと愕然としますね」

「まぁ、その為の大掃除だからね」

 博士の零した言葉に、近くで荷物をまとめていた斎藤が苦笑いで返した。

 そう、今日は大掃除。

 街はすっかり年末ムードで、学校にもほとんどの生徒が顔を出さないにも関わらず、オカ研部員が集結しているのはその為だった。

 他の部員達も普段世話になっている部室を掃除しており、花子は西園と一緒に窓を雑巾で拭いている。

 百舌も博士の隣ではたきを下ろしていた。

 部室を綺麗にしたい気持ちは博士も同じで、博士も不機嫌そうに掃除に戻る。

「ごほっげほっ! ごほっげはっがほっぐへっ!」

「ハカセ君大丈夫!?」

 尋常じゃない咳のペースに、流石に斎藤は心配した。

 博士は咳き込んで気が沈むどころか、返って気が立っているようだ。

「ったくどんだけ汚ぇんだここ! てか百舌先輩! 先輩が上から埃落とすからめっちゃ埃来るんですよ!」

「俺は掃除してるだけ。身長の低いハカセが悪い」

「何ですって!?」

「おっ、落ち着いて!」

 危うく一触即発になりそうで、斎藤が何とか仲裁に入る。

「百舌君、もうちょっと気を遣ってあげて」

「……叱るんなら、俺じゃなくてあっちに言ってくださいよ」

 と、百舌は前髪で隠れた目で『あっち』を差す。

 視線の先に釣られて二人が目を向けた先は、二人も薄々気付いていた現場だった。

「ジャンジャカジャカジャカジャカジャンジャンジャカ!」

「ドゥンドゥドゥッドゥッドゥドゥドゥッドゥドゥ!」

「ダンダカッダンダディケディケディケディケシャァン!」

 口で奇妙な音楽を流しながら、掃除道具で合奏している。

 雰囲気だけはドラマの主題歌を歌うような一流バンドである。

 その光景はお世辞にも日頃の感謝を込めて掃除をしているようには見えなかった。

「ギター担当、NORA!」

 誰も訊いていない自己紹介と共に、乃良は箒でギターを演奏する。

「ベース担当、THIHIRO!」

 続いて千尋はモップを爪弾く。

「ドラム担当、TATARA!」

 最後に多々羅がマツイ棒で鮮やかなビートを刻んだ。

「「「三人揃って、『ウソ800』!」」」

「ボーカルいねぇじゃねぇか」

 博士のツッコミが掻き消される程に、三人の間には激しい音楽が口から響いていた。

 どう叫んでも届きそうにないので、博士は諦めてボリュームを落とす。

「ったく、あいつら掃除しろよ。ていうか千尋の『ち』は『T』じゃなくて『C』な。あれだとあいつ『てぃひろ』になるぞ」

「じゃっ、じゃあ、ハカセ君は僕と一緒に要らないものの整理しよっか!」

 埃に弱い博士を一旦避難させようと、斎藤が提案する。

 博士は無言で斎藤のいる畳スペースへと上履きを脱ぎ、膝を付いた。

 普段は棚に身を潜めている物品が、雪崩の様にこれでもかと畳の上に放り出されている。

 その量は、本当に全部隠れていたのかと疑うレベルだ。

「これ全部仕舞われてたんですか?」

「うん、一応大事なものもあるかもしれないから、要らなそうなのがあれば一回僕に確認して」

 斎藤はそう言って、元の自分の仕事に戻った。

 そうは言っても物がありすぎて、どれから手を付ければいいか見当もつかない。

 改めてこの部室の物の量の多さに呆れてしまう。

 取り敢えず見るからに要らなそうな物に、博士は手を伸ばした。

 張り裂ける程に口を開けて笑っているだるまである。

「これは?」

「あぁそれは、なんか幸運を呼び起こすだるまだとか言って、多々羅が持ってきたヤツだね。幸運を呼んでくれるみたいだし、一応取っておこうか」

 そんな事は所詮気のせいだと議論に持ち込みたかったが、博士は堪えてだるまを置いた。

 次に目に入った捨てる物候補に、博士は手を伸ばす。

 厚底だと言わんばかりに歩きにくそうな下駄だ。

「これは?」

「あぁそれは、天狗の下駄らしいんだけど、これも多々羅が持ってきたんだよ。なんか捨てると罰当たりそうだし、これも取っとこう」

 そもそも天狗なんていないと一言申し立てたかったが、それも腹に抑える。

 下駄を畳に戻すと、また別の捨てる物候補を探す。

 これは流石に不要だろうと、博士はそれを手に取った。

 賞味期限なんてとっくに過ぎた、カッチカチな六個入りパンの袋である。

「これは?」

「あぁ懐かしいのが出たねー。これは多々羅が二十年くらい前の当時の部員から貰ったっていうパンだよ。多々羅が貰ったものだし、これも取っとこ」

「捨てろよ!」

 いよいよ耐え切れなかった博士が、盛大に口を開いた。

 突然の大声に、斎藤は腰を抜かしてしまっているようである。

「え?」

「さっきから取っとく取っとく言って! 全然断捨離できてねぇじゃないですか! ガチャガチャのカプセルとか捨てられないタイプか! つーかさっきから全部多々羅先輩のじゃないですか! 何で部室にあるんですか! 自分で処理しろよ! このパンももう食えないでしょ! さっさと捨てましょ!」

「でも、これは多々羅が貰ったものだから……」

「じゃあ持ち主に返しましょ!」

 博士は立ち上がって、視線の先に未だ楽器の練習をする『ウソ800』を捕える。

「喰らえオラァ!」

「ごへぇ!」

 大きく振りかぶって投げられた袋詰めのパンは、ドラムの多々羅の胸にストライク。

 あれだけカチカチだったので、相当の威力だろう。

 止まらない博士の暴走に、今更ながら斎藤が注意する。

「ちょっと! 食べ物をあんな風に使っちゃダメでしょ!?」

「おい! なんか投げられてきたぞ! これあれだ! ライブ中に客席からプレゼントが飛んでくるヤツ!」

「うわっ! もう一躍ロックスターじゃねぇか俺ら!」

「あっ! ちょっと良い音でそう! 俺これでドラム叩くわ!」

「向こうも食べ物として扱ってないみたいなんで大丈夫です」

 どうやらカチカチパンの強襲に、向こうは返って盛り上がっているようだ。

 バンドマン達の悪ふざけに呆れながら、博士は斎藤に向き直る。

「とにかく、先輩に頼ってたら埒が明きません。要らなそうな物は徹底的に捨てていくので、僕に確認してください」

「……はい」

 いつの間にか形勢逆転している事に不満を持ったが、斎藤は首を横には振れなかった。

 博士は改めて散らばった物品達に目を落とす。

 よく見れば悩む余地の無いような不要品ばかりで、博士の仕事は捗った。

「……ん?」

 しかし、ふと博士の手が止まる。

 それは一枚の写真だった。

 酷く古びた、たった一枚の写真。

 廃れている事以外特に特徴のない写真だったが、こんな物が乱雑に押し込められた中で、たった一枚だけ写真が混じっている事が、博士の興味を駆り立てた。

 何気なくその写真に手を伸ばす。

 そして、目を落とした。

 瞬間、博士の中で時間は止まった。

「……何だ、これ」


 博士が手にしたその写真には、こちら(・・・)()優しい(・・・)笑顔(・・)()向ける(・・・)花子(・・)()ピース(・・・)()して(・・)いた(・・)


 ――……花子、……だよな?

 見る角度を変えたり、どれだけ疑っても、それは花子だった。

 ふと本物の花子にも目を向けてみる。

 西園と一緒に懸命に窓を拭く彼女は、目、鼻、口、耳の形や髪型まで、確かに写真に写る彼女と同一人物だった。

 しかし決定的な違いが一つ。

 現実の花子は相変わらずな無表情だったが、写真の花子は何とも可愛らしい笑顔だった。

 そう、写真の中の花子には感情があるのだ。

 他にも違いはある。

 写真の花子が着ている服は、現実の花子が着ている逢魔ヶ刻高校の制服とは違った、セーラー服の様なものを着ていた。

 ところどころ似ている気もするが、違う制服なのは瞭然である。

 ――他人の空似か? それとも……。

 推理半ばで、博士は更なる疑問点に目を向ける。

 それは写真の花子のすぐ隣。

 この写真は花子と瓜二つの少女のワンショットではなく、()()()()ツーショット(・・・・・・)だったのだ。

 肝心の顔は、残念ながら丁度剥げていて確認できない。

 花子との身長差や着ている制服などから男子の様に思えるのだが、確信を得られる根拠は揃っていなかった。

 ――お前は……、誰だ?

 どれだけ見ていても、謎が解決する兆しは一向に見えない。

 それどころか、謎が謎を更に深くしている様だった。

 この写真は一体何なのか?

 花子に瓜二つな少女の正体は?

 隣の人物は?

 何故こんな写真がこの部室から姿を現したのか?

「? どうしたの?」

「!」

 固まったまま動かなかった博士を見かねて、斎藤が心配そうに声をかけた。

 その声に脳内の海に飛び込んでいた博士が正気を取り戻す。

 このまま一人で考えていたって、時間の無駄だろう。

「…………あの」

 博士がその写真を斎藤に見せようとした、ほぼ同時刻。

「盛り上がってるかぁ!」

 未だにバンドマンごっこの続いていた三人は、架空の観客達にライブパフォーマンスを魅せていた。

「今日は来てくれてありがとぉ!」

「まだまだ終わんねぇぜぇ!」

「アリーナァ! 聞こえてるかぁ!」

 三人には同じライブ会場で、こちらに黄色い歓声を上げる人々が見えているようだ。

 熱の入った人々の視線に、三人も熱くなる。

 乃良はピックで掻き鳴らし、千尋は指で弾き、多々羅は豪快に重低音を響かせた。

 しかし豪快すぎて、握っていたスティックは滑って宙に跳ぶ。

「あ」

 多々羅の手から離れたスティックもといマツイ棒は、そのまま真っ直ぐに突き進み――、


 博士の持っていた写真を貫いては盗んでいった。


「「!?」」

 目の前で起こった突然の惨劇に、博士と斎藤はまだ状況が呑み込めていなかった。

 博士が手にしていた写真は、マツイ棒と共に姿を晦ましている。

「悪ぃー、怪我してねぇか? マツイ棒落ちてる?」

 背中越しに聞こえてくる声に、博士の肩がワナワナと震え始めた。

「何してくれてんだよ!」

 ようやく現実を呑み込んだ博士は、立ち上がって後ろの多々羅に罵声を飛ばし出した。

「絶対あれ物語の核心に触れてるヤツだろ! 何でそれがマツイ棒で吹っ飛ばされてんだよ! そんな事ある!? どうしてくれんだよ! 無くなっちまったじゃねぇか!」

「おいおい、何の話してんだ?」

「ハカセ君、ほんとにどうしたの?」

「あぁもう! 結局何だったんだよあれ! 謎のまんまじゃねぇか! どうしろってんだよぉ!」

 謎の写真の存在を知っているのは博士だけで、一同博士の奇行に首を傾げていた。

 それは窓を拭いていた花子も一緒で、不思議そうに博士を見つめている。

 その後、色々探してみたが写真は見つからない。

 大掃除が終了するまで、博士の怒号が止む事は無かった。

 部室が綺麗さっぱり片付き、博士の頭の中だけがさっぱり片付かないままで、一年を締めくくる準備は整った。

謎が謎を呼ぶ……。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


この作品を書き始める前に書いていたマガオカの構想の中に、『謎の写真編』というのがありました。

つまり構想自体は、それぐらい前から考えていた話という事です。

最初は二話構成にしようと考えてたり、書く時期もちょっと変わったんですけどね。

掃除と一緒に書くつもりだったので、掃除はやっぱ大掃除だろーと年末に書く事になりました。


今回出ていた謎の写真は、ハカセの読み通り物語の核心を突くもの。

そういう事なので、深くは割愛w


大掃除と一緒にやるという事で、掃除ネタを考えるのも楽しかったです。

個人的にドラムのスティックにマツイ棒を選んだのはファインプレーだと思いますww


一抹の謎を抱えたオカルト研究部ですが、それは置いといて物語は続きますww

作中も、いよいよ年末。

ゆるーい感じで謎も解明したいと思いますので、引き続きよろしくお願いします。


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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