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【107不思議】聖なる夜は生なる夜

 多くの客で賑わうイタリアンなレストラン。

 リーズナブルな値段でパスタを食べられるその店では、カップルというよりも寧ろ家族連れの姿が多く見られた。

 外はもう暗くなってきて、蛍光色が無駄に光り輝いている。

 そんな景色が見える窓側の席に、博士と花子は座っていた。

 博士の前にはジェノベーゼ、対する花子の前にはミートソースのスパゲティ。

 博士はフォークで器用に巻き、それを口の中に運んだ。

 満足なのか、その首は頷いている。

「あの映画、普通に面白かったな。やっぱ人気なだけあるか」

 静かだった食卓に、博士の先程見た映画の感想が入る。

 あれだけ文句をごねていた博士だったが、エンドロールの時には余韻に浸っていた。

 世間の評判というのも、なかなかに無視できない。

「なぁ花子」

 博士は花子に話しかけると、視線を料理から上に上げる。

 すると花子の口には、べったりとミートソースが付いていた。

「お前どうやって食ったらそんなんになるんだよ」

 真っ赤な髭を生やしたような状態になった花子に、博士は溜息を吐く。

 自分の顔の変化に気付いていないのか、花子は首を傾げた。

 博士は呆れた表情のまま、テーブルに用意された手拭き紙を数枚取る。

 それを花子の口元まで運んでいき、直接拭き取っていった。

「………」

 眉一つ動かさず、無表情のまま髭を剃られていく花子。

 彼女の心の中がどうなっているのか、無言で拭いていく博士は何も考えていないようだ。


●○●○●○●


 店を出ると、一気に寒さが体温を奪ってきた。

 博士はすぐに剥き出しの手をポケットに突っ込み、体を包める様にして花子を連れて歩く。

 街を歩くカップルの数が増えたような気がした。

 それもその筈、もうすぐ約束の時間だ。

「……間に合ったな」

 博士はスマホで時間を確認して、そう独り言を漏らす。

 二人が辿り着いたのは、大きなツリーが聳え立つ駅前だった。

 もっともそのツリーの近くにはたくさんのカップルが密集しており、とてもじゃないがツリーの目の前に行けそうな雰囲気はしない。

 夜の闇も混ざって、そこにツリーがあるかも正直不安だった。

「……どこ?」

 何も言われずに連れて来られた花子は、博士にそう尋ねる。

「あぁ、ここでイルミネーションの点灯式があるんだと」

 花子に言葉の意味が分かるかどうかは不明だったが、博士は昨日乃良から聞いた通りの事を口にする。

 案の定、花子は解っていないように首を傾げた。

 乃良が言っていた点灯の時間は八時丁度。

 先程時計を見て確認したところ、点灯まで残り五分を切っていた。

「何か知らねぇけど、男女が手ぇ繋いでツリーの点灯見ると、その二人は永遠に結ば」

 昨日乃良から言われたままを言おうとして、博士は口を噤む。

『男女が手を繋いでツリーの点灯を見ると、二人は永遠に結ばれるらしいぞ!』

 無論、博士がそんな迷信を信じる訳がない。

 しかしそれを声に出して言うと何かいけないような気がして、博士は咄嗟に喉を締めた。

 ――ったく、何が永遠に結ばれるだ。どこ情報だよ。ちゃんと全員調べたのか? このツリーを見たカップル全員調べて、全員死ぬまで相思相愛だったのか?

 心の中で博士は、この場の全員に水を差すような羅列を並べる。

 ふと先程の不自然な言葉を聞かれていないかと、博士は花子へと目を向けた。

 幸い花子は博士の話など聞いていなかったようだ。

「大きい……」

 遠くで薄らと見えるツリーのシルエットを眺め、花子はそう声を零した。

 そんな花子の夢中な姿に、博士は安堵する。

 目を花子から逸らすと、ツリーの前に立ちはだかるカップル達に向けた。

 ここにいる全員がツリーの不確かな噂を夢見ているのか、一向にツリーの前から退こうとしない。

 ツリーに興味の無い博士には、ここから動かない方が都合が良さそうだ。

「……花子、別にイルミネーション見るのここからでい」


 視線を向けると、そこに花子の姿は無かった。


 突然の出来事に、博士は言いかけていた言葉の続きも忘れて口を開けっ放しにする。

 何が起こっているのか解らない。

 何か口にしたいが、声の出し方も解らない。

 混乱が博士を襲う中、取り敢えず何か口に出そうとすると、

「……は?」

 と頼りない声が出た。


●○●○●○●


 気付いたら花子は人混みが囲うツリーの方向へと引っ張られていた。

 洗濯機の中に放り込まれた様な感覚だが、幽体化を持つ花子にとってはそこまで気にはならなかった。

 時折体をすり抜ける花子だったが、己に夢中なカップル達がその超常現象に気付く事はない。

 歩き続けていると、ツリーが目と鼻の先にまでやって来た。

 大きく聳え立つツリーを前に、花子は無表情のままその壮大さに感動していた。

 今年に入って初めて外の世界を見た。

 外の世界は個室のトイレとは比べ物にならないくらい広くて、素敵な世界だった。

 楽しい世界だった。

 その中でも、この目の前のツリーはそのどれよりも目を、心を奪われる。

 ふと、その外の世界を教えてくれた大切な人がいない事に気付いた。

 先程まで本当に夢中で、今になるまでその存在が頭の中からすっかりと抜け落ちてしまっていた。

 辺りを見回してみても、そこにいるのは愛の飛び交うカップルばかり。

 花子の無表情に、不安の色が滲み出てきた。

 このツリーを一緒に見たい。

 もっと一緒にいたい。

 用意したものだって渡せてないのに。

 想えば想う程想いは強くなって、花子は彼を探そうと踵を返した。

 その時――。


 花子の手を頼りなくも強く握る、誰かの手があった。


「ったく、目を離した隙にすぐどっか行きやがって。勝手に一人で動くな」

 博士は苛立っているのか、眉間に皺を寄せてこちらを見つめる。

 息が上がっているようで、博士の口からは多くの白い息が吐かれていた。

 分かってはいる、喜んではいけないと分かってはいるが――。

 花子はそれが、嬉しかった。

「……ハカセ」


 瞬間、二人の前に聳え立ったツリーが美しい光に満ち溢れた。


 視界の端で起こった前触れの無い出来事に、二人も慌ててそちらに目を向ける。

 どうやら花子を探している間に、八時を回ったらしい。

 周囲のカップル達も光り輝くツリーに魅了され、賞賛の声やシャッター音が耳に届く。

 ふと博士は自分の右手が、花子の左手と繋がっている事に気付いた。

「!」

 博士は慌てて掴んでいた花子の手を放す。

 念を押して言うが、博士がそんな迷信を信じる訳がない。

 訳がないが、『今のは事故、今のは事故』と心の中で唱えない訳にはいかなかった。

 明らかに動揺する博士に、花子はどうしたのかと顔を覗かせる。

 完全に視界に入った花子に目がいかない程、博士は必死になっているようだ。

「………」

 花子はしばらく無言で見つめると、肩に提げた鞄を漁り出す。

「ハカセ」

 名前を呼ばれてようやく、博士の意識は現実世界に戻ってきた。

 博士が目を向けると、花子は鞄の中から取り出した紙袋を、博士に差し出していた。

「これ」

「……何これ」

 博士は一応受け取りながらも、花子にそれを尋ねる。

 しかし花子がその質問に対して返答する素振りは欠片も無い。

 仕方なく博士が自分で確認すると、中に入っていたのは紺色のマフラーだった。


「……クリスマス、プレゼント」


 数十秒のラグの後、花子がそう呟く。

「昨日千尋に買えって言われて、一緒に選んでもらった。……それが一番、ハカセに似合いそうだったから」

 少し俯き気味に吐かれたその言葉に、博士の表情は変わらなかった。

 博士は袋からマフラーを取り出すと、早速それを自分の首に巻く。

 上手なマフラーの巻き方なんて知らないが、冷え切っていた首がジワジワと暖かくなるのを感じた。

「……ありがと」

 博士はぶっきらぼうにそう感謝を伝える。

 それに対して花子も特に言う事無く、会話は一旦終わりを迎えるかと思われた。

 が。

「……俺も」

 博士も鞄を漁り出し、花子は下がっていた視線を上げた。

 何事かと花子はじっと鞄を漁る博士を見つめる。

 「あった」というように博士がリアクションすると、中から取り出した袋を花子に向けた。

「クリスマスプレゼント」

 照れているのか無愛想に渡された袋を、花子は無言で受け取る。

 可愛く結ばれたリボンを解き、中に隠れているものを覗く。

 袋の中で眠っていたのは、白い手袋だった。

「………」

 あまりの感動に硬直したのか、もしくは手袋の正体が解らなくてフリーズしているのか解らないが、花子は一向に動き出そうとしなかった。

 博士は言い訳でも言うように、訊いてもいない事を言い出す。

「いや俺も昨日乃良に買えって言われてさ。全然買う気なんて無かったのに強制的に買わされて。……まぁでも、何だ。前触った時、お前の手ぇ冷たかったじゃん。お前が寒いとか、そういうの感じねぇ事は解ってんだけど……、まぁ、あげる」

 袋の中の手袋に夢中になっている花子に、博士は自分の声が聞こえているのか不安になった。

 花子は袋から手袋を取り出した。

 ツリーの蛍光色に照らされた手袋をもう一度よく見つめると、それに手を入れていく。

 真っ白に覆われた両手を、花子はじーっと眺めた。

 普通の人なら暖かいと感じるのだろう。

 生憎花子にはそれを感じられる神経が存在せず、その事はプレゼントした博士も百も承知。

 それでも博士は、プレゼントに手袋を選んだ。

 すると花子は、その手袋に包まれた左手で博士の右手を握った。

「!?」

 どういう事か解らず、博士は咄嗟に手を放そうとする。

「……暖かい?」

 しかし花子がそう口を開くものだから、博士も手を無理矢理払う事をやめた。

「……あぁ」

 一つ返事でそう言葉を返す。

 それでも花子は、その返事がお気に召したようだ。

 いつまでも頑固だった花子の表情筋が、息を吐くようにふっと緩む(・・・・・)


「これならずっと、ハカセと手、繋いでられるね」


 瞬間、博士は体を硬直させた。

 体が浮いてしまいそうなくらい軽くなって、心の臓から出る血液で全身が火照っていくのを感じる。

 今だけはコートを脱ぎ捨てても、冬の寒さに勝てそうだ。

 博士は体の変化に少し疑問を抱いたが、花子が言葉を続けるので視線をそちらに向ける。

「ありがと、大事にする」

 花子は光り輝くツリーに目を奪われていた。

 ツリーの光は幻想的で、八時前のツリーの感動を簡単に凌駕している。

「キレイ」

 すっかりツリーの虜になっていた花子は、思わずそう声に漏れてしまっていた。

 目を奪われる花子は、いつもの鉄仮面な無表情なんかじゃない。

 確かにツリーに感動する花子の表情が、そこには有った。

 そんな花子の表情に、博士は目を離せなかった。

 いつも見飽きる程見ている筈なのに。

 理由は全く解らなかったが、今日、この瞬間だけは、花子の事をずっと見ていたかった。

「ね、ハカセ?」

「あっ?」

 不意に花子がこちらを見たので、視線がぶつかった。

 博士は咄嗟に目を逸らすと、花子との先程までのやり取りを思い出す。

 視線の落ち着く場所を探しているうちに、思い出して博士は目の前に聳えるツリーを見つめた。

「……あぁ、キレイだな」

 光り輝くツリーの前、たくさんのカップルに埋もれて二人は立つ。

 いつまでも繋いだまま放さなかった二人の手を、イルミネーションが眩しく照らしていた。


●○●○●○●


 ガラガラッと部室のドアが開く。

「あっ、帰ってきた!」

 その音にいち早く気付いたのは千尋で、勢いよくドアの方へ振り返る。

 茫然としたまま立ち尽くす花子に、千尋が駆け寄って出迎えた。

「おかえり花子ちゃん!」

「……何で千尋?」

 先程までいた外は真っ暗な夜にも関わらず、学校に居残る千尋に花子は首を傾げた。

「一人じゃ寂しいから、ここで七不思議さん達と一緒にクリスマスパーティーやってたの!」

 不思議そうな花子に千尋がそう説明する。

 視界の奥の畳スペースには、確かに多々羅をはじめとしてヴェンやローラが腰を下ろしており、七不思議が集結しているようだ。

 多々羅が「はいウノって言ってないー!」とヴェンを煽っているのを見ると、パーティーの楽しい様子が窺える。

 先に抜けていた乃良も、花子の帰宅に気付いて声をかける。

「おかえり花子、一人で帰って来れたか?」

「ハカセに送ってもらった」

「そうか」

 適当に会話を交わして、乃良が早速本題に入る。

「んで、デートはどうだった?」

 しれっと核心を突いた乃良に、千尋のハートにも火が付いた。

「そうだよ! どうだったのデートは!? 良い感じ!? 良い感じだった!? ハカセに何にもされてない!?」

 答える隙間を与えない程の千尋の質問攻めに、花子は黙って受け止める。

 どう答えようかと花子は今日のデートの事を思い出す。

 映画館で観たラブストーリー、二人で食べたスパゲッティ、キレイだったクリスマスツリー。

 そして、博士と繋いだ手。

「……うん、楽しかった」

 そう口にした花子は、ほんのちょっとだけ表情が柔らかくなった。

「あっ! 笑った! 今花子ちゃん笑った!」

「えっ! マジで! 俺も見たい!」

 微笑む花子を見ても声を出さなかった博士とは相反して、二人は大袈裟に喚き出す。

 千尋は花子の両肩を強く掴むと、怖いくらいの形相で笑ってみせる。

「ふっふっふっ、待ち合わせからお別れまで、どこに行ったのか、何を食べたのか、道中どんな話をしてたのか! 全部教えてもらうから! 今夜は独占インタビューだよ! 帰らせるつもりないから覚悟してね!」

「いやちひろんはそろそろ帰りなさい」

「えー嫌だー!」

 帰るまでにネタ合わせしていたような千尋と乃良を、花子はいつもの無表情で眺める。

 それでもフッと、気付けば今日の博士の事を思い出す。

 まるで夢みたいで、でも現実な今日。

 目の前で声を荒げる二人が見えなくなるくらい、花子の心の中に幸せが満ちていった。


●○●○●○●


 花子を学校へ送った帰り道。

 一人で夜の街を歩いていると、どっと今日の疲労が降ってきた様に感じた。

 ――疲れたぁ……。

 少しでも疲れを癒そうと、左の肩を解す。

 肩の凝りが治る事は無かったが、代わりに手が首元のマフラーに触れた。

「………」

 そういえばこのマフラーのおかげで、随分と寒さに耐えられたような気がした。

 マフラーをくれた送り主を思い出して、博士は当たった右手を見る。

 いつも通り、少し華奢な自分の右手。

 自分があげた手袋をした花子の左手と繋いだ右手。

「………」

 ふと花子の顔が頭を過った。

 何の恥ずかしげもなく、温かく微笑んだ彼女の横顔を。

 ――……さむっ。

 冬の寒さに我に返って、博士は再び歩き出す。

 家に帰ったら風呂に入って、少し参考書を解いてから横になろう。

 そういつも通りの日常を思い浮かべて、博士は一人、クリスマス・イヴの夜道を歩いた。

メリークリスマス!

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


クリスマス編、完結です!

現実ではすっかりお正月も終わって落ち着いた今日この頃なんですが!ww


僕自身クリスマスってあんまり解んなくて、デートの終着駅はよくあるクリスマスツリーのイルミネーションにしました。

そして、クリスマスプレゼント。

ここらは『古今東西クリスマスといえば』を詰め込んだ感じになります。

それがマガオカらしさとも相まってなんとか良い雰囲気を醸し出してくれたと思います。


クリスマスといえばラブコメの大・大・大イベント。

ここは作品全体を通しての名シーンの一つにするべきだと思い書いていましたが、どうだったでしょうか?

個人的には、花子ちゃんの愛おしい人間味が垣間見れて良かったかなと思います。


さて、クリスマスも終わってお祭り気分は終了。

しかし、まだまだ冬休みは終わりません!

次回からはオカ研部員の冬休みをどうぞお楽しみください!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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