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【106不思議】Christmas・eve

 十二月二十四日。

 その日付を聞いてほとんどの人間が「クリスマス・イヴ」だと答えるだろう。

 寒空の下にも関わらず街には至るところで男女が手を繋いでいて、街全体が浮かれているのが分かる。

 そんな地に足着かない街で、博士は白い息を吐いた。

 ――何がクリスマス・イヴだ。バカみてぇ。聖書も読んだ事無ぇような奴らがクリスマスで浮かれてんじゃねぇよ。そもそもクリスマスにいちゃつくんじゃねぇよ。

 心の中で皮肉を呟く博士だったが、かくいう博士も待ち合わせだ。

 彼にとっては不名誉な事だが、真の非リアから見れば十分爆発の対象内だろう。

 厚着を擦ってみても、無駄だというように寒さが襲う。

 それが更に博士を苛立たせ、怒りの標的はなかなか姿を現さない待ち合わせの相手に移った。

 ――つーか遅ぇな。何してんだあいつ? 全く、遅れるんなら待ち合わせ時間もっと遅くしろよ。大体なんだ、男は女よりも早く待ち合わせ場所に来るシステム。誰が決めたんだ? ふざけんなよ。女も待ち合わせ通りに来いよ。……いやあいつに至っては迷ってる可能性も、

「ハカセ」

 長い思考の間、自分を呼ぶ声が聞こえた。

 博士は終わる事の無さそうだった思考を強制終了し、声のした方へ向ける。


 真っ赤なドレスの上に、ファーの付いた黒いコートを羽織った花子が、こちらを円らな瞳で見つめていた。


「………」

 いつもとはまた違ったファッションの花子に、博士は声帯を失う。

「ごめん、待った?」

 花子が博士にそう尋ねて、博士はスマホを確認した。

 現在時刻を見れば、約束の時間よりもまだ数分程早かった。

「……いや」

 先程までのふんだんに悪意の籠った長文のテキストを全てデリートし、博士が答える。

 目をスマホから花子に戻すと、博士の表情は少し固まった。

 花子はクリスマス・イヴにも関わらず、まるで蝋人形の様な無表情だ。

 しかし博士には、服の感想を待っているようにも見えた。

「……んじゃ、行くか」

 こんな時にどんな言葉をかけるべきか、博士がその答えを知っている筈がない。

 博士は花子の期待から逃げるように、花子をすり抜けた。

「……うん」

 花子は少し寂しそうに下を向いたが、博士に置いていかれないように一歩を踏み出した。


「言えよ!」

 と叫んだのは、二人の様子を影から覗き――否見守っていた千尋だった。

 怒りで顔が歪みきった千尋を、同じく見守っていた乃良が引いた目で見つめている。

「まぁ、ハカセがそんな事言う訳ないじゃん」

「でもさー! 花子ちゃんは今日の日の為に頑張ったんだよ!? それなのにその努力を無視するなんて許さない!」

 正義に燃える千尋を宥めるのは、どうやら難しそうだ。

 乃良は違う方法で千尋を止める事にする。

「それより、ちひろん補習は?」

「そうなの!」

 平日にも関わらず高校生が街中で堂々とデートをするのは、今が冬休みだから。

 しかし期末テストで真っ赤な答案用紙が返ってきた千尋には、補習という恐ろしい罠が待ち構えていた。

 よく見れば千尋が身に纏っているのは、私服ではなく制服だ。

「私これからすぐに学校に行かなきゃいけないの! だから乃良! あとはアンタに任せたよ!」

 千尋は自分の気持ちも込めて、乃良の肩に強く手を置く。

 その重みを感じながらも、乃良は惚けた顔をした。

「えっ? 俺もこれから帰るけど」

 あっさりと吐かれた言葉に、千尋は最初どういう意味なのか解らなかった。

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 言葉の意味を噛み締め、千尋は街のど真ん中で高らかに叫んだ。

 デートを楽しむカップルが一斉にそちらに目を向けるも、千尋は今はそんな事よりも大事な事があると、乃良の肩を揺らす。

「帰るってどうして!? 花子ちゃん達のデート覗かないの!?」

 どうやら覗いている自覚はあったようだ。

 心の慌てた様子の千尋だったが、乃良は呆れたように千尋の手を払う。

「あのなぁ、流石に人のデートは覗かないっつーの」

 人の、友人のデートを覗くのは、乃良の良心に反するようだ。

「でもヴェンさんとローラさんの時は覗いたじゃん」

「あれは実験としてだろ?」

 千尋の指摘にも乃良はさらっと返してみせる。

 それでも千尋は諦めきれないように、口をもごつかせた。

「でも……」

 正直、千尋が二人を覗いていたいのは、単に興味本位というだけでは無かった。

 如何にも恋愛不足な二人だ。

 自分が仕掛けたはいいものの、二人にどんなトラブルが起こるかは見当もつかない。

 そんな千尋の心の葛藤も見えたようで、乃良が口を開く。

「大丈夫だよ。あいつらなら、きっと」

 乃良はそう言って二人の歩いていった方向を眺める。

 もう二人の姿は無かったが、それでも乃良が目を背ける事は無かった。

「……そう、かな」

 乃良の言葉を聞いていると、千尋も不思議とそのように感じてきた。

「じゃあ乃良はこれからどうするの?」

「んー? タタラや他の七不思議達とクリスマスパーティーしようかなーと思って」

「……それ、補習終わったら行ってもいい?」

「勿論! じゃ待ってるよ」

 補習なんて最悪なクリスマス・イヴだと思っていたが、案外楽しいクリスマス・イヴになりそうだ。

 二人のデートの成功を夢見ながら、二人はその場所を後にした。


●○●○●○●


 デートの始まった博士と花子だったが、先程から会話の一つも無かった。

 ただ横に並んで歩いているだけ。

 通り過ぎていく冬に負けない熱々のカップル達と、『デート』と同じ名前の事をしていると言っていいかも解らなかった。

 これは違うと感じながらも、博士は無言のまま歩いていく。

「……どこに行くの?」

「ん?」

 沈黙の状態だったデートにハンマーを振り落としたのは花子だった。

 突然の質問に少し違和感を抱いたが、そういえば昨日即席で作ったデートコースなのだから花子が知っている筈が無かった。

 博士はポケットからチケットを二枚取り出して回答する。

「あぁ、昨日乃良から映画のチケット貰ってさ。何か今すげぇ人気な映画らしいんだけど。それ観に行けって」

 そう答えながら、博士は昨日の乃良を思い出す。

『これ、映画のチケット! 二枚あるからこれで明日花子と映画観に行け! ラブストーリーなんだけど、今これすっげぇ人気あるから絶対間違いない!』

 チケットを握りしめて、そう熱弁していた。

 テレビや映画をあまり見ない博士はその題名を知らなかったが、思い返せば教室で誰かがそれを口にしていたような気がしないでもない。

 乃良曰く、大人の甘い恋を描いた純愛ラブストーリーらしい。

 博士はチケットに書かれた『僕と私と俺と小生』というタイトルに、眉を顰める。

「ったく、これ本当に面白いのか? すげぇ独りよがりなタイトルだけど」

 人気があるというのも乃良のデマではないかと、博士は少し疑った。

 しかしその心配とは反対方向の質問が飛んでくる。

「映画って?」

「は? ……あぁ」

 久々に聞いた感覚の質問に、博士は戸惑いながら真摯に答えた。

「大きい画面で観るドラマの事だ」

「ドラマって?」

「……見りゃ分かる」

 堂々巡りになりそうな雰囲気に面倒臭くなって、博士は投げやりにそう返す。

 花子は結局映画の正体が解らなかったが、疑う事なく博士の行く方向へ付いていった。


●○●○●○●


 映画館に着いた博士と花子は、早速チケットを使って中に入った。

 ここでもやはりクリスマス効果は付いてきて、そこかしこでカップル達が蠢いている。

 上映までにはまだ時間があるようで、博士達は先にフードなどを買う事にした。

「花子、何か食うか?」

「……ポップコーン」

「おぅ、味は?」

「……塩とキャラメルのハーフ&ハーフ」

「割と細かいな」

 そう言いながらも、博士は花子の意見を無下にはしない。

「飲み物は?」

「……牛乳」

「……牛乳か、……あるかな?」

 花子からの注文に首を傾げながら、博士はレジへと向かった。

 一人取り残された花子は、ただ博士の背中を見続けている。

 何が面白いのか解らなかったが、花子が博士の背中から目を逸らす事は無かった。

「花子、やっぱ牛乳無かった」

「………」

 それからしばらく花子は固まったが、苦渋の決断でオレンジジュースを注文した。


●○●○●○●


 こうして映画は上映した。

 純愛ラブストーリーという事もあって、客席はカップルで満員御礼だった。

 博士と花子の間には花子の希望通りのポップコーン、塩とキャラメルのハーフ&ハーフが置かれ、両端にはドリンクの容器が佇んでいる。

 目の前の大画面には男女が恋を描いていた。

 スーツ姿の男が自分から離れようとする女を呼び止めようと、必死になって声を枯らす。

『僕……、いや私……、いや俺……、いや小生は!』

「情緒不安定か」

『いや某は!』

「まだ続くのかよ」

 反応が返ってくる筈無いスクリーンにも、博士は思わずツッコんでいる。

 しかしその目がどこか別の場所へ移る事は無かった。

 花子も同じくスクリーンへと目を奪われている。

 その心が感動しているのかどうかは、傍から見れば全く読めなかったが。

 ふと口が恋しくなって、ポップコーンに手を伸ばす。

 すると丁度同じ事を考えていたようで、博士と手がぶつかった。

「「!」」

 目の前のスクリーンなら、二人の心が弾けるシチュエーション。

「あぁ、悪ぃ」

 しかし相手の博士は、そう言って花子にポップコーンを譲った。

「………」

 花子はポップコーンを口に運んで、博士と重なった右手をじっと見つめる。

 博士の体温は感じられなかった。

 きっと博士は、花子の手に温もりを感じられなかっただろう。

 前の長期休暇、夏休みの時に、博士と手を繋いだ。

 手を繋いだだけなのに、心が躍った。

 手を繋いだだけなのに、顔が綻んだ。

 いつまでも手を繋いでいたかったが、体温の無いこの手ではいつまでもというのはどうも無理らしい。

 それでも手を繋ぎたかった。

 両の手に力が入り、スカートの上に置いた鞄が中身と共にくしゃっと歪む。

 気付いたら花子はスクリーンではなく、隣の博士の横顔から目が離せなかった。

クリスマスデート、スタート!

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


とうとうクリスマス編が本格的に始まりました!

ハカセと花子ちゃんの完全に二人っきりなクリスマスデート!

ラブコメには欠かせない絶対的イベントに、僕もワクワクが止まりません!ww


デートという事で、二人にどこに行ってもらおうかなーと考えました。

ここで奇を衒うのもおかしいので、ここは無難に映画館で。

別にクリスマス・イヴに映画館ってのもおかしくないですよね?

どうせならと思って完全にふざけた映画のタイトルも、個人的に大満足ですww


さて、クリスマスデートの本番は日が沈んでから。

果たしてクリスマス・イヴに奇跡は起きるのか!

次回、クリスマス編完結になります!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!


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