【105不思議】Christmas・eve・eve
十二月二十三日。
逢魔ヶ刻高校は先日冬休みを迎え、博士は早速課題を片付けて翌年の予習復習に取りかかろうとしていた。
今日は母の麻理香、妹の理子共に用事があり、早々に家を出ている。
よってインターホンに対応できたのは博士しかいなかった。
「よぉ!」
ドアを開けると案の定目に眩しい笑顔が視界に入ってくる。
博士は目を細めつつも、何の連絡も無く家にまで来た乃良に問い詰める。
「……何の用?」
「何だよ! 何か用が無ぇと来ちゃいけねぇのかよ!」
「いけねぇよ」
一日中勉強に浸かろうとした予定が破綻し、博士は溜息を吐いた。
「勘弁してくれよ。今日は明日の分まで勉強するって決めてんだから」
明日、つまりクリスマス・イヴ。
ひょんな約束から決定してしまった博士と花子のデートの日が、すぐそこまで近付いていた。
一日中デートとなれば、勉強の暇は無いだろう。
その為今日を勉強に費やす予定だったようだが、乃良はそんな博士を見つめる。
「……お前、デートプランとか決めてる?」
「は?」
乃良からの質問に、博士が固まる。
数秒間を無駄にすると、博士は別に気にしていないように口を開いた。
「んなのいらねぇだろ」
予想通りの回答に、乃良は納得しながらも苛立ちを覚える。
「よし、入るぞ」
「おい! 何入ってんだよ!」
「お前の為だよ! お邪魔しまーす!」
乃良を止めようとするが、既に靴を脱いで慣れたように階段を上がっていき、これから追い出すのは至難の業のようだ。
博士は今日明日分の勉強を諦めると、無気力にドアの鍵を閉めた。
●○●○●○●
「はーなこちゃん!」
場所は変わってオカルト研究部部室。
本日はオカ研活動日では無かったが、学校で暮らす花子と多々羅、それと何故か千尋がいた。
「あれ、千尋じゃねぇか。補習頑張ってるか?」
「今日は補習休みです!」
多々羅の嘲笑うような質問に、千尋が頭に来ながら答える。
確かに今日の千尋は学生服では無く、オシャレと言える私服を着飾っていた。
名前を呼ばれたきり放置されている花子は、千尋をじっと見つめている。
「服買いに行こ!」
「服?」
花子のもとに寄った千尋は、そう爛々と目を輝かせた。
「そう! 明日ハカセとデートでしょ!? それ用に今日新しいの買って、ハカセ驚かせちゃお!」
千尋の演説を花子は黙って聞いている。
恐らくではあるが、千尋の言っている意味がよく解っていないようだ。
そんな花子も目に入らず、千尋は勝手に舞い上がっている。
「よぉし! そうと決まれば早速出発だ! 行くよ花子ちゃん!」
花子が返答をする前に、千尋は花子の手を引いて廊下へ駆け出した。
花子は為されるがままだったが、千尋の力が強すぎて肩が外れそうだ。
「……あいつも大変だな」
一人取り残された多々羅は廊下からの怒号に耳を傾けながら、部室で今日の時間をどう潰そうかと考える。
名案が思い付いた頃には、千尋と花子は上履きを履き替えていた。
●○●○●○●
全くの遊び心の無い、博士の部屋。
参考書や筆記用具は未だ机の上に散らばっているが、処理される様子は今のところない。
緊急に持ち出された折り畳み式の机に、博士と乃良が対面で座る。
「さて、まぁ早速最初はお前のプランを訊こうと思うんだけど」
内心回答に冷や冷やしながら、乃良は博士に尋ねる。
「明日のデート、どうするつもりだった?」
博士はその質問を無表情で受ける。
この質問に深い感情は湧かず、ただ早く終わらせて勉強机に向かいたいと思うばかりだ。
取り敢えず訊かれた通りの質問に、答えを返す。
「自習室」
「デートだっつってんだろ!」
予想の範疇で吐かれた博士の回答に、乃良は抑えられずに声を爆発させた。
「何なのお前! ふざけてんのか!? それお前が勉強したいだけだろうが! デートなんだからもう明日一日勉強の事は忘れろ!」
「……冗談だよ」
「嘘吐け! 俺の目ぇ見ろ!」
博士の目は明らかに乃良から背かれ、どうやら図星のようだ。
本当に冗談だと言わんばかりに、博士は先程の流れを無かった事にして話を続ける。
「別にデートなんてそこら辺プラプラ歩いてりゃいいだろ。行き先なんて決めなくていいじゃねぇか」
「それじゃただの散歩だろうが。ちゃんと目的地決めねぇと」
「……お前だってデート行った事無ぇだろ」
「女子と遊びに行った事くらいあるし、無くてもお前よりはマシだ」
喧嘩でも売っているような乃良の言い分だったが、それは正しいだろうから博士はぐうの音も出ない。
「こういうのは相手の事考えればいいんだよ」
「相手?」
「そう、花子はどんなとこ行きたいんだと思う?」
乃良はそんな質問を投げかけてみた。
いつも花子の傍にいる博士だ、きっと最良な答えを持っているだろう。
そう言われて博士は花子の事を思い浮かべてみた。
すると答えは自然と浮かび、頭の中に出てきたそれを口にする。
「……コンビニ」
「何でだよ!」
少しは期待したのだが、まだ博士にデートプランは早かったようだ。
「お前花子の事考えたんだよな!? 何でそんな安っぽい場所になるんだよ!」
「だってあいつコンビニの肉まんとかおでん食べたそうじゃね?」
「確かにそうだな!」
荒ぶる乃良だったが、博士の意見にまんまと納得してしまった。
このままでは酷くお粗末なデートになると、乃良はデートコースの軌道変更を試みる。
「そうじゃなくて! デートだぞ!? 普段行かないような特別な場所をさぁ!」
「注文多いな」
もう既に博士は考えるのが面倒になっているようだ。
それでも必死に頭を使い、何とか思いついた目的地を口から零す。
「あっ、墓地は?」
「一番無ぇよ!」
その答えはあまりにも悲惨で、乃良は今日一番の大声で博士を責めた。
「どこのカップルがクリスマス・イヴに墓地にデートしに行くんだよ! 墓地でイチャイチャするな! 花子が墓地行ったらそれはただの里帰りなんだよ!」
「だから花子の墓がないかを一緒に探そうと」
「本名解んねぇんだから探しようねぇだろ! お前何なの!? ムードの無い場所選ぶ天才か!」
博士と花子のデートを少し手助けするつもりが、これは少しで済みそうにない。
取り敢えずデートコースは自分で決めようと決断した乃良だった。
●○●○●○●
千尋御用達のブランドショップ。
そこでは頭から足の先まで、果ては多種多様の衣服が並んでおり、しかもそれが比較的リーズナブルな値段で買えるという。
千尋と花子以外にも、若い女子の姿が数多く見える。
「さぁ花子ちゃん! 気になった服選んで! この店にはどんな服でも何でもあるから! 気になった服があれば、それに合わせて私がコーディネートするね!」
千尋はそう高らかと花子に宣言する。
どちらかというと、千尋の方がテンションが上がっている様子だ。
花子は千尋の声を受けて、店の中を歩き出した。
このような店は千尋に何度か連れてきてもらったが、どの時も花子の心が躍っているかは不明だった。
今回も無表情のまま服を眺めている。
一つ、気になるものを見つけて、花子はそれを手に取った。
それは熊のキャラクターをモチーフにした、もこもこのパーカーだった。
「……これ」
「可愛い! 大好き! ……けど、これはまた今度にしよっか。明日はデートなんだし、もっとオシャレな格好にしよ!」
千尋にそう言われ、花子はそっとパーカーを元に戻した。
またプラリと花子は店内を歩いていく。
するとまた気になる服を見つけて、花子はそれを手にした。
それはチェック模様を施した袖無しミニスカートのワンピースだった。
「これ」
「可愛い! 絶対似合う! ……だけど、ちょっと季節感が違うかな? 花子ちゃんは寒さとか気にしないと思うけど、他の人はこれ見るとびっくりすると思うの。だから違うのにしよ?」
またしても千尋の顔色は難色で、花子はワンピースを元に戻す。
ここまで全て却下されている花子だったが、何故か花子の表情に迷いの色は無かった。
千尋は若干心配になりながらも、花子の後ろを付いていく。
すると三度花子の動きは止まった。
またデート服候補が見つかったのだろうと、千尋は花子が手にした服を確認する。
それは生ハムを全身に巻いたようなドレスだった。
「レディー・ガガ!?」
以前ニュースでそのような服を着ていた人物を思い出し、千尋は咄嗟にそう口走っていた。
「えっ、何この服! 何でこんな服まであんの!? 何でもかんでも取り揃えすぎでしょこの店! こんな服似合う人なんて世界中に一人しかいないでしょ!」
「ダメ?」
「ごめん花子ちゃん! これは絶対ダメ! 服は私が一からコーデするね!」
さっきまで断られても何も変わらなかった表情が、どこか寂しそうに影を差す。
それでもこの服は何が何でもダメだった。
千尋は花子に代わって服を探し、結局千尋による花子のデート服コーデが始まった。
●○●○●○●
バンッ! と机に雑誌が見開かれた。
「……何これ」
「イルミネーションだよ!」
雑誌に目を凝らして呟かれた博士の言葉を、乃良がそう掻き消した。
「明日の午後八時に、駅前の巨大ツリーのイルミネーションの点灯式がある。お前らデートの最後にそこ寄ってそのイルミネーション見てこい」
「はぁ? 何で」
「デートだからだよ!」
乃良にそう言われても、博士はイルミネーションという言葉に好感が湧く事は無い。
「知るか。全部のデートがそこに行く訳じゃねぇだろうが。俺はそんな人混みの中に行って揉みくちゃになんかされたくない」
「ここ毎年恒例らしくてさ。男女が手を繋いでツリーの点灯を見ると、二人は永遠に結ばれるらしいぞ!」
「大迷惑じゃねぇか」
乃良の説得は逆効果で、博士はもう聞く耳を捨て去った。
そんな博士に乃良は息を吐くと、そっと囁く。
「……花子、見たいんじゃねぇかな」
「………」
一瞬、イルミネーションを目の当たりにする花子を想像する。
しかし想像した瞬間、自分にとって不都合な感情しか湧いてこず、それ以上考えるのをやめた。
「……別にそうでも無いんじゃないか」
そう呟いてみた。
「そうか?」
「そうだろ、多分」
「そうかなー。俺は見たいと思うけどなー」
乃良はそう言いつつも、博士の反応を窺う。
博士という親友はどうも解りやすく、心の中の答えがヒシヒシと伝わってきた。
「……解ったよ。行きゃあいいんだろ?」
博士は観念したように、そう口を開く。
そのぶっきらぼうな態度がまた博士らしくて、乃良は思わず笑ってしまった。
その笑顔を博士に見られ「何だよ、気持ち悪ぃな」と言われるのだが、そんなのもう気にしない程、乃良の気分は良かった。
●○●○●○●
ブランドショップの端っこに用意された更衣室。
デート服総合プロデュースの千尋と、そのデート服を身に纏った花子がそこにはいた。
「可愛い!」
目の前に花子に、千尋は体が溶けそうな程悶えていた。
「可愛い! すごく可愛い花子ちゃん! 天使みたい! ていうか天使! もう最高! あーもう何で私明日補習なの! ハカセじゃなくて私が花子ちゃんとデートしたい!」
欲望を垂れ流しながら、千尋のスマホはフラッシュを焚きまくる。
花子はそんなフラッシュに目が狂う事も無く、くっきり真ん丸な瞳だった。
その目がふと自分の着ている服に行く。
いつも千尋にコーディネートされていた服とはまた違う、新しい自分がそこにいた。
それこそお姫様の様な、そんな感覚だ。
「……ねぇ」
「ん?」
ポツリと零れた花子の声に、千尋が聞き逃さないように耳を傾ける。
聞こえた言葉は何とも愛おしかった。
「……ハカセ、こういうの好きかな?」
その一言に、千尋は全身がぎゅーっと中心に絞られるのを感じた。
気付けば千尋の体は動き出し、花子の服が皺にならないように抱き締める。
「大丈夫! 絶対好きだよ! きっとこの服の花子ちゃん見た瞬間鼻の下伸ばして『にっ、似合ってるねへへ』って言ってくれるよ!」
「ほんと?」
「ほんとほんと! でないと私がぶっ飛ばす!」
それは恐らく本当ではないが、千尋はそう断言した。
その言葉を花子は信じたのか、花子の表情が少し明るくなった。
博士が変身した自分を見て、どんな反応をしてくれるのかと、明日が待ち遠しくなって。
●○●○●○●
気付けば時間帯は夜。
窓に映った空は真っ黒で、結局博士の勉強三昧の予定は崩壊してしまった。
その犠牲もあって、ようやく完成した。
「よっしゃー! これでデートプランは完成だぁ!」
博士の部屋で乃良は立ち上がって叫んだ。
悩みに悩んでいつの間にか短針が何周もし、やっとの思いで完成したデートコースだ。
当の本人である博士は、地獄から解放されたと溜息を吐く。
「俺らの為にどうも。んじゃ帰れ。俺は今から勉強するか」
「よし! まだ間に合うな!」
「はぁ?」
何を言っているのか全く分からず、博士はそう歪な声を漏らす。
すると乃良は迷う事なく、悍ましい言葉を吐いた。
「ハカセ! これから外行くぞ!」
「はぁ!? 何でだよ!」
「当たり前だろ! まだ明日の準備は終わってねぇっつーの! ほら行くぞ!」
「えっ、ちょっ、待て! つーかどこに!?」
博士の質問が全て答えられる事は無く、博士は強引に家の外へと引っ張り出された。
外に出れば冬の寒さが容赦なく自分達に襲い掛かる。
今日という一日も、あと数時間で幕を閉じる。
明日はクリスマス・イヴ。
どこかの映画なら奇跡が起きるところだが、明日一体何が待っているかは誰も解らない。
デートは前日から始まっている!
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
今回はクリスマス編のプロローグとでも言いましょうか。
次回から始まるクリスマスデートの準備をする二人と、それを支える二人の回になりました!
これもクリスマス編を書くにあたって随分前から決めていた回です。
あの二人が独学でデートなんて出来る訳ないですからねww
乃良はハカセの家でデートコースを教えて、千尋が花子ちゃんにデート服を指導。
思い描いていた図は書けたので満足です!
二人には労いの言葉でもかけておきましょうww おつかれww
果たして二人のおかげで、どんなクリスマスデートになるのか!
次回からクリスマス編本格始動です!
そして、明けましておめでとうございます!
今年でマガオカは二周年、そして三周年目に突入します。
作中ではもうすぐ年明けとまだ一年も経ってませんが、今年も楽しい話を書いていきますので、よろしくお願いします!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!