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【104不思議】冬が始まる

 毎日のように放課後が訪れ、オカルト研究部は今日も赴くままに活動していた。

 部屋の中には、聞いただけで彼女の気分が分かる鼻歌が流れる。

 彼女は全身でリズムを取っており、ついには明確な歌詞まで口にし出した。

「ジングルベール、ジングルベール、鈴木ー福ー」

「それ絶対ツッコまないからな」

 聞こえてきた違和感の塊の様な歌詞に、博士がそう念を押す。

 冷酷な博士だったが、口にした本人の千尋からすれば、それどころではないようだ。

「皆さん! もうすぐクリスマスですよ!」

 千尋の心躍る理由はそれだった。

 クリスマスと聞けば大抵の高校生が舞い上がり、今年の予定はどうしようか、どうなるだろうかとソワソワするだろう。

 それぐらい若者にとっての一大イベントだ。

 よく見れば部室の隅にはツリーが飾られ、机はクリスマスイベントの雑誌で満員、千尋はというと部室のデコレーションに取りかかっていた。

 しかし博士には気になる部分が一つあった。

「いやまだ二週間あるだろ」

「そして冬休み!」

「だから二週間あるだろって」

 自分が間違えているのかとカレンダーを確認しても、確かに二十五日までは二週間程あった。

 今年の逢魔ヶ刻高校の予定は、冬休み開始の数日後にクリスマスを迎える。

 つまりこの高校の生徒全員が浮かれていると言っても、過言では無かった。

 二週間前からここまで浮かれているのは、流石に千尋以外にいないとは思うが。

「クリスマス・イヴは皆でクリスマスパーティーしましょうねー!」

 千尋は早めのデコレーションを終え、部員全員に語りかける。

 相対する博士の返しは予想通りに低温だった。

「あ? んなのする訳ねぇだろ」

「はぁ!?」

 予想はしていたものの、千尋は浮かれ顔を解除して博士に怒りを叫ぶ。

「何言ってんの!? 何があろうと強制参加だから!」

「嫌だっつーの」

 博士は端的にそう断ると、「大体」と前置いてクリスマスの解説を勝手に始めた。

「お前クリスマスが何の日か知ってんのか?」

「男と女がイチャイチャする日」

「どんだけ沸いてんだお前。イエス・キリストが降誕した日だ。世間じゃ誕生日だって勘違いしてる人も多いが、実際は降誕。クリスマス・イヴも実際は二十四日じゃなく、二十四日の日没からだ。つまり! 仏教徒の俺らには全く関係の無い話であり、俺がそんな意味の解んねぇパーティーに参加する義務も」

「先輩達も予定空けといてくださいね!」

「聞けよ!」

 博士の解説は平常通りに空しく終わり、千尋は斎藤の方に眩しい笑顔を向ける。

 しかし斎藤の表情は少し硬かった。

「ごめん、僕らもちょっと無理かな」

「えぇ!?」

 斎藤の返答は博士と違って予想外で、千尋は体を弾いて驚く。

 先輩達なら喜んでパーティーに参加してくれるものだと思っていた。

 理由を訊かない訳にはいかず、千尋が先輩に言い寄る。

「どうしてですか!? 何か予定でもあるんですか!?」

「んー……、そんな感じかな?」

「ハッ! もしかして、先輩達もクリスマス・イヴにイチャイチャするんですか!?」

「イチャイチャ!?」

 千尋の本気で迫った質問に、斎藤の顔が急激に赤くなる。

「そうなの、斎藤君?」

「西園さん!?」

 そこに何故か西園も便乗し、斎藤はもう混乱状態だった。

 千尋はまだ何が何かも解らず、平常心を失った斎藤に代わって西園が回答した。

「勉強だよ。ほら、私達受験生でしょ? いつもはこんな感じだけど、流石に勉強しなきゃと思って」

「うっ、うん! そういう事! ごめんね」

 斎藤も心を落ち着かせて、西園に続いて答える。

 そう、ふと忘れそうになるが斎藤達は受験生なのだ。

 先輩達の未来を壊すような真似はしたくなく、千尋は甘えたい気持ちを堪えて首を縦に振る。

「……解りました。じゃあクリスマスパーティーは一、二年生だけで楽しみますね!」

「おい、行かねぇって言ってんだろ」

 頑なに参加を強制される博士が不服を申し立てるも、結果は無視に終わる。

 すると黙って様子を見ていた多々羅が、話に参戦してきた。

「おい! 優介達は受験だけど、俺は暇だから参加できるぜ!」

「あっ、プレゼント交換用のプレゼント、先輩達参加すると思って先輩用に買っちゃった!」

「だから早すぎるだろって」

「おーい! 参加できるぞ!」

「どうしよ……、三週間後に届いちゃうよ」

「間に合ってねぇじゃねぇか」

「聞け!」

 無意識のうちなのかわざとなのか、多々羅の声は届かず二人は会話を進める。

「……てか」

 いつ切り出そうか迷っていたが、博士は満を持して訊いてはいけないパンドラの箱に手をかけた。


「それより先に期末テス」

「ああああああああああああああああ」


 博士の言葉を遮るように、千尋が耳を塞ぎ、声を上げる。

 あまりにも解りやすい態度に、博士は静かに見つめていた。

 しばらく黙って見ていると、耳は塞いだままにしろ声を上げる事は無かった。

「……期末テ」

「ああああああああああああああああ」

「現実逃避すんな!」

 あからさまに現実から目を背ける千尋に、博士が現実を突きつける。

「期末テストだよ! 休みが来るって事はそういう意味だろ! クリスマスどうこう以前にお前も勉強しろ!」

「嫌だ! 勉強したくない! テストなんて無い! それでいいじゃん!」

「現実から逃避しても結局テストは来るんだよ!」

 どれだけ目の前に現実を突き出しても、千尋は目を開こうとしない。

 そんな千尋に傍から見ていた乃良がトドメの一撃を繰り出した。

「てか」


「テスト赤点取ったらクリスマスもイヴも補習じゃね?」


 部室にしばらくの間、沈黙が過ぎていく。

 それはまるで天国から一気に地獄に落とされた様な、そんな感覚だった。

 落とされた千尋は顔色から先程までの浮かれを完全に抹消し、とうとう目の前の現実と対峙した。

「嫌だああああああああ!」

「だから勉強しろって!」

 床に膝をついて項垂れる千尋に、博士が追い打ちを咬ます。

 千尋の口からは堰を切った様に本音がボロボロと零れてきていた。

「何なの!? クリスマスに補習とかバカじゃないの!? 私達のクリスマスなんだと思ってんの!? 三回しかない高校時代のクリスマス大切にさせてよ!」

 数分前の千尋を思い返すと、何とも哀れで仕方が無い。

 博士も厳しい言い方が出来ず、そっと千尋に声をかける。

「……勉強して赤点回避すりゃあいいだけの話だろ? 今からでも別に遅くは」

「ハカセには解んないよ!」

 今何を言っても、千尋に効果なんて無いようだ。

「どれだけ後に辛い事が待っていると解っていても勉強できないのが人間ってものなの! それこそ何かご褒美でも待ってないと……」

 そこで千尋は閃いた。

「そうだ! ご褒美!」

「?」

 よく意味が解らず、博士は首を傾げる。

 そんな博士に解りやすく答えるように、明るくなった千尋が口を開いた。

「楽しい事が待っていると考えれば、勉強も頑張って出来そうだよ!」

「……まぁ、そういうもんか」

「辛いテストを乗り越えたら楽しいクリスマスパーティーが待ってるんだ! ハカセ! 二十四日は絶対空けといてね!」

「……解ったよ」

 ここまで本気を出した千尋に水を差す事は出来ず、博士はやむを得ず頷いた。

「あとプレゼント用に陰陽師ヒーロー・アベノセーメーの等身大フィギア買って!」

「それは断る」

 完全に調子に乗った千尋に、流石に博士は首を振った。

 すると千尋は首を回して、後ろの椅子に座っていたもう一人の赤点候補にも話を持ちかける。

「ねぇ、花子ちゃんはどうす」

 その途中で、千尋は口を止めた。

 先程まで確認していなかった、花子の姿を見てしまったからだ。

 花子は机に散乱した雑誌の一つを手に取り、クリスマスのデート特集に目を落としていた。

「………」

 花子はいつも通りの無表情だったが、その目はどこか魅了されているようだった。

「……ハカセ」

 声のトーンを変えて、千尋は博士に話しかける。

「やっぱクリスマスパーティーやらなくていいや」

「え?」

「その代わり」

 千尋はくるりと体を翻すと、堂々と博士に向かって宣言をした。


「もし花子ちゃんが赤点回避できたら、クリスマス・イヴ、花子ちゃんとデートして!」


「「「「「「「!?」」」」」」」

 突然の提案に一同千尋に呆気を取られる。

 千尋はしてやったりという顔をして、一同から感じる視線をどこか楽しんでいるようだ。

 顔を花子の方へ再び向けると、優しい笑顔で尋ねる。

「花子ちゃん、ハカセとデートしたいでしょ?」

「………」

 花子は千尋の質問に答える事無く、雑誌へと視線を落とす。

 そこに描かれたクリスマスのデート特集は、イルミネーションも含めて全て輝いて見えた。

 気付けば花子は訊かれた質問に、無意識のうちに答えていた。

「……うん」

 千尋は花子を愛おしく感じながら、博士に向かって指を差す。

「さぁハカセ! 嫌だなんてのは言わせないよ!」

 勝手に話の進行する展開に、博士は置いてかれながらも一人思考を巡らせていた。

 ――花子が赤点回避ねぇ。……前回全教科赤点取った奴が回避できるとは思えねぇけど。

 そう、普通に考えれば花子が赤点回避など有り得ない。

 寧ろそれ以外の答えなんて見つからなかった。

「……解った、花子が赤点回避したらデートな」

 溜息交じりで口にしたその答えに、千尋は精一杯のガッツポーズを決めた。

「よっしゃー! 言ったな!? 男に二言は無いな!?」

「言ったよ。まぁ、出来たらの話だからな」

 花子に赤点回避など出来る筈無い。

 それこそ天変地異の様なオカルトチックな事が起こらない限り。

 そんな博士の内情を読めていないのか、千尋の勉強へのエンジンは高校試験程に昂っていた。

「よし! 花子ちゃん頑張ろ! そんでデートしよ! 私はもうアベノセーメーの等身大フィギアだけでいいから!」

「いやだからそれは嫌だって」

「じゃあハカセ! 早速勉強教えて!」

「はぁ!? 何で俺がお前らに勉強教えなきゃいけねぇんだよ!」

「当たり前でしょ! 私達だけで赤点回避できる訳ないでしょ!?」

「ふざけんな! 何で自分で自分の首絞める様な真似しなくちゃいけねぇんだよ!」

 若干の言い争いを味付けにしながら、二人は早速赤点回避へ向けて勉強を始めた。

 ふと花子が博士に目を向ける。

 博士はまだ勉強を教えるという自分の墓穴を掘る行為に難色を示している。

 花子の表情は眉一つ動く事は無かったが、徐にノートを開き、ペンを握っていた。


●○●○●○●


 それからというもの、二人は赤点回避の為に必死で勉強に身を注いだ。

 授業中は勿論、楽しい部活の時間も、果ては家でも寝る間を惜しんで机に食らいついた。

 嫌がっていた博士も、結局二人の勉強のアシストに手を付けた。

 どうしても叶えたいのだ。

 陰陽師ヒーロー・アベノセーメーの等身大フィギアを。

 博士との、二人っきりとのクリスマス・イヴを。

 それぞれの褒美を原動力にして、いよいよテスト当日――。


「……嘘、……だろ?」

 テストが返却され、結果発表となった部室にそんな声が漏れ出した。

 声の正体は博士だが、手に握られた答案は博士のものではない。

 無論、今回も彼の結果は気持ちの悪いくらい絶好調だった。

 問題は握られた答案に書かれた名前だ。

「赤点が……一個も無い、だと?」


 返却された解答用紙には『零野花子』と拙い字で書かれていた。


 数日前の千尋の様に現実が信じられないと何度も目を疑うも、どれも皮一枚ではあるが回避に成功していた。

 どうやら本当に天変地異が起きてしまったようだ。

「やったね! 花子ちゃん!」

 茫然としていた花子に千尋が飛びついた。

 無表情の花子に頬ずりをすると、千尋は花子を抱きしめたまま博士に指を差す。

「さぁハカセ! 花子ちゃんとの約束、忘れたとは言わせないぞ!」

「………」

 出来る筈無いと読んで応えた結果がこの失態だ。

 この一週間弱、花子の文字通り必死の努力は間近で見てきたつもりだ。

 それが結果に繋がったのなら、花子の努力を称賛するしかないだろう。

 ここで怖気づく程、博士は曲がった男ではない。

「分かってるよ。二十四日な」

「よっしゃー!」

 博士のぶっきらぼうな返答に、千尋はまるで自分の事の様に飛んで喜んだ。

 物静かな花子の分まで表現しているようだ。

「良かったね、花子ちゃん! ハカセとのデート、目一杯楽しんでね! 私も補習頑張るから!」

「お前も少しは花子見習えよ」

 千尋のアベノセーメー獲得の夢は叶わなかったようだ。

 こうして博士と花子の予定が一つ確定したところで、逢魔ヶ刻高校は冬休みを迎える。

 明日からまた気温が下がると、朝のお天気お姉さんが言っていたのを思い出した。

ふーゆーがーはーじまるよー!

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


現実でもすっかり冬休みですが、作中もやっと冬休みがやってきました!

冬休みが来るという事は、もうすぐクリスマス!

現実ではすっかりクリスマスが過ぎてしまいましたが、作中はこれから緩やかにクリスマス編に入ります。


今回は長期休暇前恒例の期末テスト回でした。

ラブコメに欠かせないクリスマス編に向けて、勿論どういう展開にしようかとじっくり考えていました。

そこで思いついたのが、赤点回避のご褒美。

ハカセが進んでクリスマスデートなんてするとは思えないので、こうなりました。

まさか花子ちゃんが赤点全回避という神の所業を起こすとは思えませんが……、頑張ったねww


という事で、次回から冬休み!

ラブコメ定番のクリスマス編に入ります!


そして、今年の投稿はここまで!

奇跡的にクリスマスを年明けに投稿するというニアミスをしましたが、来年もお楽しみに!

良いお年を!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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