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【103不思議】ノラ猫はこたつで丸くなる

 放課後開始から数時間が経ち、のんびりと一日の疲れを癒すオカルト研究部。

 ガラガラと開いた扉からは、冷たい空気と共に人影が入ってきた。

「こんにちはー」

 博士は軽く挨拶をすると、部室の中へと入っていく。

 随分と遅い到着の博士に、斎藤が顔を上げながら声を返した。

「こんにちは。遅かったね」

「すみません、ちょっと勉強教えてまして」

「バッカだなー! 勉強は授業中にやるもんでしょ!?」

「授業中もろくに勉強しないバカに言われたかねぇよ」

 千尋からの暴論も慣れた口調でさらりと受け流す。

 すると、自分が開けたばかりの扉から、再び冷えた空気が博士を襲った。

「っと! さむさむ」

 扉を閉めて空気の侵入を阻むと、博士はそそくさと畳スペースの方へと向かっていった。

 目指す先は真ん中に配置されたこたつ。

 前回色々と事件を起こしてくれた問題物ではあるが、こうも体を冷やされては飛びつかない訳にはいかない。

 直前で上履きを脱ぎ、誰も入っていなかったこたつに足を伸ばす。

「……ん?」

 ふと伸ばした足に妙な感触があった。

 中に何かあるのかと、博士は毛布を捲って中を覗く。


 そこには狭い密閉空間のこたつの中で丸まっている乃良の姿が映っていた。


「ふわぁ、あったかぁい」

「お前何やってんだよ!」

 見かけないとは思っていたが、まさかこんなところに隠れているとは。

 乃良の金髪からは猫耳が跳ねており、気持ち良さそうに目を瞑って頬ずりしている。

 未だ博士の視線に気付いていないのか、こたつの中でのうのうと眠りについているようだ。

 そんな乃良を博士は外の空気の様な冷たい視線で見つめていた。

 博士は無言で、乃良を外へと連れ出そうとする。

「! うわっ、ちょっ! 何するんだよ!」

 夢見気分だった乃良は寸でのところで抵抗し、博士の手を振り払う。

 何とか抵抗に成功した乃良は、こたつから顔だけを出し、険しさから一転、再び幸せそうな表情を見せた。

「……そういやお前、寒いの苦手だったな」

 無駄に多幸感に満ちた乃良に、博士は今までの乃良を思い出す。

 寒いのが苦手などよくある人間の一個性だが、乃良の正体が判明するとなお納得できるものだ。

 暖かい空気に包まれた乃良は、満足そうに口を開く。

「いやぁ、極楽極楽。生き返るって感じだわー。まぁ実際生き返ってんだけど」

 こたつを占領して呟く乃良に、博士は目を細めた。

「……どけよ」

「あぁ!? 嫌に決まってんだろ!」

 博士からの要請に、乃良は口を悪くして酷く反抗した。

「いいか!? 猫ってのは寒いのが苦手な生き物なんだよ! 人間(お前ら)とは訳が違ぇ! よってこのこたつは俺のものだ! 寒いっていうならジョギングでもしてろ!」

「いやこたつは部活のだろ。お前が勝手に独占していいもんじゃねぇ」

 博士の言い分はもっともだったが、他の部員達が博士の意見に賛同してくる事は無い。

 どうやら一同、乃良のこたつ使用権を黙認しているらしい。

 仲間を得られなかった博士は、仕方なくすぐ隣の畳に腰を下ろした。

 それを良い事に、乃良はやりたい放題こたつを満喫する。

「ねぇ誰かみかん持ってないー?」

「んな都合よく持ってる訳ねぇだろ」

「悪ぃ、グレープフルーツしか持ってねぇや」

「あーそっか、残念」

「寧ろそっち持ってる方が珍しいわ」

 適当な雑談を交えながら、乃良はごろごろと丸くなっていた。

 ふと思い出して、隣の博士に話しかける。

「ねぇハカセ、ちょっと俺の鞄取って」

「は?」

 勿論、乃良の我が儘を博士が快く引き受ける訳が無かった。

「何で俺がそんな事しなくちゃいけねぇんだよ」

「頼むよ。鞄の中にあるスマホでちょっと連絡しなきゃいけねぇんだよ」

「訊いてねぇよ。んな事自分でやれ」

「ちぇっ、ハカセのケチ! いいよ、じゃあ……」

「言っとくけど、他の誰にも取らせないから」

 先の言葉を予言して伝えた博士に、乃良は先手を取られてしまう。

 喉が詰まった様に固まると、声の矛先を博士に戻して投げ飛ばしていく。

「何でだよ! 何でそんな邪魔するんだよ! 俺に何か恨みでもあんの!?」

「そもそもお前がちょっとこたつから出て取ればいいだけの話だろうが」

「寒いだろうが!」

「そんな我が儘に誰も付き合わせて堪るか」

 博士の意見が折れる事は万が一にも無さそうで、乃良は鋭い目で博士を睨んだ。

「成程……、これは如何にこたつから出ずにスマホを取るかっていう俺への無理難題な訳だ」

「そんなんじゃなくてさっさとこたつから出ろよ」

 冷静な博士の指摘も無視して、乃良は早速方法を考えた。

 こたつの温度で血行が良くなり、いつもより頭が回っても、肝心な解決法はなかなか見つからない。

 浮かぶのは苦肉の策しか無かった。

「んー……、これはこたつ引きずって鞄まで取りに行くしかないかな……」

「やめろ」

 強硬手段の策に、流石に博士が止めにかかる。

「何でだよ! 自分で取りに行ってんだから文句ねぇだろ!」

「文句しかねぇわ。畳傷つくだろ」

「多少の犠牲は仕方ねぇだろ!」

「ならお前が犠牲になってスマホ取りに行けよ」

 このまま言い合っても事態は平行線で、一向に進む気配は無い。

「じゃあどうすんだよ! もう他に方法なんて無いぞ!?」

「だからお前がこたつから出て取りに行きゃあいい話なんだよ!」

 こたつの外から一ミリも出ようとしない乃良に、とうとう博士も声を荒げた。

 しかしやはり乃良にこたつから出る気は無く、頭に血を上らせながらも別の方法を模索している。

「そうだ!」

 突然そう閃くと、乃良は顔すらもこたつに埋めた。

 いよいよ諦めたのかと、興味なんて無いまま博士はこたつに目を向ける。

 すると乃良の顔に代わって、何かが飛び出してきた。

 それは固そうであり柔らかそうで、危険そうでありどこか愛おしくて、色々な魅力の詰まった金色の線だった。

「……尻尾?」

 まだ正体が掴みきれない博士は、見たままでそれを口にした。

「その通り!」

 唐突に叫ばれた声の方を覗くと、反対側から乃良がひょっこり顔を出している。

 乃良は誰にも訊かれていないにも関わらず、作戦の概要を説明した。

「もう残る方法は、この尻尾を使って鞄の中にあるスマホを取るしかない!」

「お前、そんな尻尾自由自在に使えるの?」

「自由自在って訳じゃないけど、この程度なら多分大丈夫!」

 そう会話をしている時も、博士の目は尻尾に夢中で離れなかった。

 乃良は最後に鞄の位置を確認する。

 尻尾で鞄を漁るには十分の距離である事を確認し、「よし」と顔を前に向けた。

「んじゃ早速行くぜ!」

 乃良は自分の尻尾に全神経を注ぎ、驚異の集中力を見せる。

 目線は真っ直ぐそのままで、尻尾や鞄に向ける事は無い。

 無理な体勢で背後を見ようとすると、寧ろおかしくなって、出来るものも出来なくなってしまう。

 人間で例えるなら、背中の痒い部分を見ようとしながら掻くのと一緒だ。

 それなら孫の手、乃良の場合は尻尾を使って見ずにやった方が早いという訳である。

「どこだぁ……?」

 手探りならぬ尻尾探りで鞄を探していると、尻尾に鞄らしい感触が来た。

 念入りに確かめていると、乃良の鞄に間違いないようだ。

「っと、あったあった」

 あとは鞄の中に隠れたスマホを探し出すだけである。

 それだけだったのだが。

「!」

 突然乃良の尻尾に異質な感触がやって来た。

 何やら生き物の様なそれは乃良の尻尾を弄っていき、妙なこそばゆさが体全身に行き渡る。

 もうスマホ探しに集中できる状態じゃなかった。

「ちょっ、やめっ、だっ、誰っ……!?」

 堪らず乃良は自分の背後に目を向け、その現場を捕える。

 自分の金色の尻尾は千尋の両手によって、優しくも強く握られていた。

「何してんの!?」

 いつの間にか手の届く距離にいた千尋に、乃良は再び博士達の方へ血管の浮かんだ顔を戻した。

「何やってんだよ! こちとら真剣にスマホ探してんだよ!」

「ごめん。どうしても気持ち良さそうだったからつい……」

「人の尻尾無許可で触らないでくれる!? 結構敏感なんだから!」

「なぁ千尋、この尻尾で蝶々結びしてみようぜ」

「お前俺の話聞いてたか!?」

 博士の常人の考えとは思えない提案に、乃良は怒りと驚きを露わにする。

 そして深く溜息を吐いた。

 ここまで来て自分のやってきた事がバカらしく感じ、乃良は千尋に声をかける。

「……ちひろん、悪いけど俺の鞄からスマホ取ってくれない?」

「スマホ?」

「そう」

 最初から博士を無視して頼めば良かったと後悔しながら、乃良は頷く。

 しかし千尋からの返答は意外なものだった。

「乃良のスマホならハカセが持ってるけど」

「はぁ!?」

 言っている言葉の意味が解らず、乃良は博士の方へ反射的に顔を向ける。

 博士の手に握られているスマホケースは、確かに乃良の私物だった。

 現実を目にしたにも関わらず、どういう事か未だ状況の整理が全く付かなかった。

「お前いつの間に俺のスマホ取ったの!?」

「お前が後ろ向いた時」

「じゃあ俺が鞄の中探してた時にスマホ無かったって事!?」

「そうなるな」

「いい加減にしろよお前!」

 取り敢えずの事実を確認した乃良が、博士に鬱憤をぶつける。

 博士はそんな乃良の罵倒を聞き流すようにして、面倒臭そうに口を開いた。

「まぁいいじゃねぇか。結局取ってやったんだから」

「タイミングってのがあるだろ!」

 そう言いながらも、乃良は博士からスマホを奪取した。

 本来の目的を若干忘れていたが、ようやく乃良は画面の向こう側に連絡を取る。

「……んじゃ」

「?」

 突如腰を上げた博士に乃良が不思議そうな顔をすると、博士は淡々と言葉を告げた。

「タダでやった訳ねぇだろ。取ってやったんだから、俺の頼みも聞いてもらうぞ」

 博士はそのまま隠していた思惑を口にする。

「お前のその尻尾、みっちり研究させてもらう」

「!?」

 乃良の体中に一気に恐怖が駆け巡ったのが解った。

 顔は一気に青ざめ、すぐにでも逃げ出したかったのだが、体は上手く動いてくれなかった。

 それはこたつのせいか、それとも恐怖のせいか。

 その後乃良はこたつから離れる事は無かったが、それはつまり、博士の研究の手から逃れられなかったという事だった。

ねーこはこたつでまーるくーなるー!

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


数話前、こたつの回を書いた時に、『ゆきやこんこ』の歌詞を思い出した。

そういえばこたつといえば猫というのは、昔からの相場だったなと。

という事で乃良をメインにした回を書く事に決めました。


しかし決めたはいいものの、内容をどうしようかと本気で悩みました。

こたつ回は前回書きましたもんね。

色々悩んだ結果、こたつに籠る乃良は書きたかったので、こんな内容になりました。

乃良がメインの回だと動きがほとんどないのが課題の一つです。


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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