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【102不思議】故意は盲目

「あれ?」

 それぞれがそれぞれの時間を過ごす、比較的平和なオカルト研究部。

 そんな部室でとある事件が起きた。

 何の前触れも無く声を上げた博士に、どうしたのかと斎藤が尋ねかける。

「どうしたの?」

「いや、俺の眼鏡知りませんか? ちょっと目が疲れたんで外してここら辺に置いてたんですけど」

 よく見ると博士の目には、確かに眼鏡がかかっていなかった。

 滅多に眼鏡を外さない博士の素顔は、部員達にとってもレアと言えるものだろう。

 博士の前には数多の勉強道具が犇めいていた。

 しかしその中に、博士の探すものは見当たらない。

「んー、知らないかな」

「ハカセが食べちゃったんじゃない!?」

「そうですか」

 千尋の発言は何事も無かったかのようにスルーし、博士は一人頷いていた。

「大丈夫?」

 斎藤は博士にそう声をかける。

 眼鏡を失い、視力の低下した状態を案じているのだろう。

 博士はそんな斎藤の心配を杞憂に終わらせようと、斎藤の方へと裸眼を向けた。

「大丈夫ですよ。別に眼鏡が無くたってそれなりに見えてますから」

「ほっ、ほんとに?」

 しかし博士の言葉は、更に斎藤の心配を掻き立てた。

「でもハカセ君……」


「今多々羅の事見てるよ?」


 博士と多々羅はしばらく見つめ合う。

 裸眼の博士に見えているかは解らないが、多々羅の顔には心配の色が混じっていた。

 時間だけが過ぎる中、博士は何とか声を絞り出す。

「……大丈夫ですよ」

「大丈夫じゃねぇだろ! 俺と優介間違えてんだぞ!」

「顔とか髪色とか全然違うよ!?」

「大丈夫ですって!」

「んな訳あるか! ほら眼鏡探すぞ!」

 多々羅と斎藤は後輩の身の危険を感じ、眼鏡の捜索に協力した。

 博士も先輩だけに任せる訳にはいかず、自身も眼鏡を探そうと立ち上がる。

「ったく、スペアの眼鏡とか持ってねぇのかよ」

「家にはあるんですけど」

「西園さんってコンタクトだよね?」

「残念だけど、私裸眼でも全然見えない訳じゃないから、眼鏡あんまり常備してないんだよね」

 解決方法を探るも、やはり眼鏡を見つける他無さそうだ。

 目の前で起こるそんな捜索現場を見て、千尋は頬を膨らませていた。

「ぷぷぷっ、ハカセってこんなに目ぇ悪いんだね」

 油断したら今にも吹き出してしまいそうだ。

「これはマズいぞ……」

 ふと横から、自分とは百八十度変わった声色の声が聞こえてきた。

 普段とは違った不安そうな表情の乃良に、千尋は首を傾げる。

「マズいって何が?」

「あ? いや、もし誰かがハカセの眼鏡を意図的に隠したんだとしたら、ちょっとマズいなって。ちょっとてか大分」

 その表情に冗談めいたものは無く、乃良は事の詳細を伝える。

「俺中学ん時に冗談でハカセの眼鏡隠した事あんだよ。そしたらハカセ、いつにもなくガチギレしてさ、大喧嘩になったんだよね。マジ一歩間違えたら絶交になってたかも」

 その日を思い出してか、乃良は身震いすら起こした。

「だからもし誰かが隠してたりしたら、この部活崩壊しかねねぇんじゃと思って。まぁこん中でそんな事する奴なんて俺ぐらいしかいねぇし問題無ぇか! んじゃ、俺も眼鏡探そーっと」

 乃良は不安げな顔をいつもの満面の笑みに戻すと、博士の眼鏡捜索に参った。

 しかしそれと引き換えに彼女の顔色は激変していた。

 今にも吹き出しそうな膨れっ面から、青ざめた真っ青な色に。

 ――どうしよう……。

 千尋の隠した腕の中には、一つの眼鏡が潜めていた。

 勿論、博士の愛用眼鏡である。

 ――えっ、そんな怒るの!? 冗談のつもりで眼鏡取っちゃっただけなのに! ちょっとしたら謝って返そうと思ったのに! これじゃあ返すに返せないじゃん! どうしよう……、ハカセに嫌われるとか、この部活が崩壊しちゃうとか嫌だよ!

 千尋の心の葛藤など聞こえる筈もなく、博士達はしゃがんで机の下などを捜索している。

 ガタンッ!

「痛っ、すみません」

 ドダンッ!

「痛っ、すみません」

 ガタドンッ!

「痛っ」

「もうお前座ってろ!」

 何度も連続で転んだり、頭をぶつけたりする博士に、多々羅が怒鳴り散らす。

「でも……」

「動かれる方が迷惑なんだよ! 俺達が探してやるから! もうお前何もすんな!」

 視界が狭まり、いつもより弱っているのか博士が言い返す事は無かった。

 そんな博士を笑ってやろうと思っていたのに、千尋の顔色は一向に悪くなるばかりだった。

 ――しょうがない! こうなったら隠し通して皆が気付いてない隙にもとあった場所に戻そう! もうそれしかない!

 千尋はそう心に決め、いつ行動に出ようか様子を窺う。

「しっかし、お前眼鏡机の上に置いたんだよな?」

「はい」

「置いただけなのに、そんな一瞬でどっか無くなるか? 眼鏡が動く訳じゃないし」

「そうなんですよね」

「ハッ! 実はハカセの本体は眼鏡の方だった的な!?」

「眼鏡キャラのありきたりな設定持ち込んでくるな」

 いつもなら自分から割り込んでくる会話も、今の千尋の耳には入らない。

 そんな千尋のいるであろう方向に、博士は裸眼を向ける。

「千尋なんか知らね?」

「へっ!?」

 突然声をかけられ、千尋はどこから発せられたか解らないような声を出した。

 どう見ても怪しいが、生憎博士の観察眼は現在使用不可能だった。

「何で!?」

「何でって、お前俺の前にずっといただろ? だから何か見てんじゃないかって」

「見てない見てない! ハカセの眼鏡なんて見た事無い!」

「それは嘘だろ」

 下手くそな千尋の供述だったが、博士はそれ以上深く追及する事は無かった。

「……まぁ、見てないんじゃ仕方ないか」

 何とか疑惑の目を抜けて、千尋は息を吐く。

 今のやり取りで数年分の寿命が削られたかの様に思えた。

 眼鏡の行方の見当もつかず、千尋の腕に隠れた眼鏡が見つかる訳も無く、長針の揺れる音だけがする。

「……あっ、ちょっと俺トイレ行ってきます」

「「「「「「「!?」」」」」」

 突如聞こえてきた博士の発言に、一同が目を真ん丸にして向けた。

 博士はその視線にすら気付いていないようで、徐に立ち上がろうと腰を上げる。

 このまま行かせる訳は無く、多々羅が博士の腕を掴んだ。

「おいハカセ! どういうつもりだよ!」

「いやだからトイレに行こうと」

「一人で行ける訳ないだろ!」

「別に行けますよトイレくらい。この学校の地図くらい頭に入ってるんで」

 博士は多々羅の手を振り払うと席を立った。

 部室を出ようとドアの方へ向かい、案の定三歩目で机に足を引っかける。

「痛っ」

「ほら見ろ! 行ける訳ねぇだろうが!」

 何とか立ち上がった博士を多々羅が再び捕える。

「じゃあ何ですか。俺にここで用たせって言いたいんですか?」

「我慢すりゃいいだけの話だろ! どうしても行きたいって言うんだったら、ノラに連れてかせる!」

「そうだよ! 俺に任せろ!」

「はぁ?」

 博士のトイレへの道を阻もうとする多々羅達に、博士は眉を顰めた。

 険しくなった視線を相手に向け、語尾を乱暴にする。

「あのなぁ、アンタら俺を舐めすぎだぞ!? 眼鏡失くしたくらいで何にも出来なくなるような柔い人間じゃねぇんだよ!」

「さっき躓いてたじゃねぇか!」

「躓いただけだろ!? とにかくトイレくらい一人で行ける!」

「でもハカセ」

「何!?」

 怒りのままに声を荒げた博士に、乃良は冷静にそう告げた。


「今ハカセが話しかけてんの、こけしだぞ?」


 言っている言葉の意味が解らず、博士の思考は一時停止する。

 博士は視界に映っている人影に焦点を合わせる。

 よくよく目を凝らせば、確かにそれは机の上にポツンと置かれたこけしだった。

「………」

 上手く言葉が見つからず、博士はそのまま無言で立ち竦む。

 どれだけ黙り込んでも時間だけしか進まず、博士は本来の目的に向けて足を動かした。

「んじゃ、行ってくるわ」

「待てって!」

 何事も無かったかの様に歩き出した博士に、乃良が何とか行く手を阻む。

「もう解っただろ!? お前眼鏡無かったらただのポンコツなんだよ! 悪い事は言わねぇからもう何もするな!」

「五月蠅ぇな! 大体何で部室にこけしがあんだよ! とっととトイレ行かせろ!」

「行くなら俺連れてけって!」

「いらないって言ってんだろ!」

 部室の中に二人の言い争う大声がこだまする。

 その声を耳で受け止めながら、千尋の心はもういっぱいいっぱいだった。

 心の中は罪悪感で満たされ、それを逃がす逃げ場などどこにもない。

 一人で勝手に追い詰められた千尋は、気付けば叫んでいた。

「ごめんなさい!」

 言い争う二人よりも遥かに大きな声に、二人も喧騒をやめる。

 千尋の言葉の意味が解らず、博士は靄のかかった様な千尋らしき人影に目を凝らす。

「千尋?」

 耳を澄ませば、鼻を啜るような音が聞こえてくる。

 千尋は腕の中に隠していた眼鏡を目の届く場所に出した。

 博士にはそれが何か解らなかったが、代わりに斎藤がリアクションを取る。

「あっ!」

「ほんの出来心なんです。ハカセが前乃良に眼鏡隠されて大喧嘩してた事なんか知らなくて……、本当にごめんなさぁぁぁい! だから嫌いにならないでぇぇぇ!」

 そう白状して、千尋は大粒の涙を目から大量に溢れさせた。

 斎藤は目の前に現れた探し物を手に取り、それを博士に手渡す。

 博士が手元に置かれたそれを慣れた手付きでかけると、博士の目に鮮明な光景が映った。

 そこには号泣して詫びる千尋の姿も。

 しかし博士には、一つ引っかかる部分があった。

「……その、喧嘩したって話なに?」

「え?」

 すっかり説教されると思った千尋は、そんな間抜けな声を出して顔を上げる。

 皺くちゃな顔のまま、千尋は訊かれた内容を素直に答えた。

「中学校の時、乃良がハカセの眼鏡隠して絶交しかけたって話」

「そんな事した事ねぇぞ」

「えぇ!?」

 涙でぐちゃぐちゃになった思考回路では、簡単に答えに辿り着く事が出来なかった。

 どういう事かと千尋は乃良に視線で助けを求める。

 乃良はその視線に肩を弾かせると、目を泳がせながら口を開いた。

「いっ、いやぁ、たまたまちひろんがハカセの眼鏡隠すとこ見ちゃってさ。前俺が同じ事やってガチギレされたって言ったら面白くなりそうだなーと思って……」

 乃良はそう言いながら、千尋の顔色を窺う。

 当然千尋の表情は、怒りで真っ赤っかに膨れ上がっていた。

「ふざけんなよお前!」

「いやいや、もとはと言えば隠したちひろんが悪いんじゃん!」

「私がどんだけ悩んだと思ってんの!? ストレスで死ぬかと思ったんだから! 私に謝って!」

「なんで俺が!」

「取り敢えず隠した方も隠したの見て黙ってた方も俺に謝れ」

「「ごめんなさい」」

 二人は声も頭も揃って、博士に向かって頭を下げる。

 こうして犯人二人の自白により、事件は解決で幕を閉じた。

 この事がトラウマになり、以後博士の眼鏡を隠そうとする人間は誰一人いなくなった。

眼鏡キャラお決まり回。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


小説じゃ解りにくいですが、ハカセは眼鏡キャラです。

だったら眼鏡について書くしかないじゃないかという事で、今回の構想が始まりました。

ただ失くすだけでも味気ないので、千尋に悪役を背負ってもらいました。

乃良の悪知恵も働いて、個人的に大満足な回です。


設定として、ハカセは眼鏡が無ければほぼ何も見えないです。

うっすらーっと輪郭が見えるくらい。

そんな眼鏡キャラ特有のコテコテな展開が出来たので、それだけでも満足ですww

作中でも触れている通り、西園もコンタクトなので、いつか眼鏡姿の西園を書きたい所存です。


でも皆さん、勝手に人の眼鏡を隠すような真似は絶対やめてくださいね?ww

僕は眼鏡キャラじゃないですが、ダメ、絶対。


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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