【100不思議】SNOW BALL WAR
たった一日の降雪で作り上げられた銀世界。
数秒目を凝らしてみても、そこがいつも昼食を取っている中庭だとは解らないだろう。
そこで戦争は勃発していた。
「痛っ」
「えぇ!?」
何の前触れも無く敵の雪玉に当たった百舌に、斎藤が声を荒げる。
当の本人はそれ以上も以下の反応もしなかった。
「ちょっと百舌君! 開始早々何やってるの!? 今全然動かなかったよね!? 反撃もしないし、避けようともしないなんて! どうしたの!?」
既に脱落している斎藤の声に、百舌はだんまりを決めている。
「よっしゃー当たった!」
「林太郎脱落な!」
敵チームである千尋と多々羅が、百舌を見てそう嘲笑っている。
百舌がそちらに目を向ける素振りは微塵も無い。
「畜生! 百舌先輩がやられた! ここは一旦退くぞ!」
博士は傍にいた花子にそう声をかけ、その場から退散していく。
雪の中で二人は、いとも簡単に姿を眩ました。
いつの間にか多々羅達も姿を消し、百舌は斎藤の待つ脱落者エリアへと歩いていく。
「もうしっかりしてよ。もしかして、本が読みたかったからわざと当たったとかじゃないよね?」
斎藤はそう言って百舌に疑惑の目を向ける。
別に百舌のその思考を悪く思っている訳ではないが、少し気にはなっていた。
しかし百舌は本を手にしたまま、開く事は無かった。
「あっ、ごめん。百舌君も好きで当たった訳じゃないよね……」
斎藤は自分の勝手な想像に悔い恥じて、百舌への申し訳ない感情を募らせる。
「……いえ」
そう言った百舌の手は小鹿の様に震えていた。
「指が悴んでページが捲れなくて……」
「百舌君!?」
どうやら斎藤の想像は大正解だったようだ。
「あっ、俺の手袋貸しましょうか?」
「ありがと」
百舌は隣に座っていた乃良から手袋を受け取り、掌を暖かくしてページを捲る。
それはいつも通り本に夢中な百舌だった。
「……さて」
掌の冷たさを感じながら、乃良は真っ白な息を空に放る。
「戦局は二対三……」
百舌の離脱により、戦況は乃良の振り分けられた多々羅チームが大いに有利になった。
ただ乃良のそう狡猾な笑顔は、勝利を喜ぶものではなかった。
「これからどうする? ハカセ」
●○●○●○●
斎藤チームの秘密アジトに身を隠すメンバーは、残すところたった二人になってしまった。
「さぁどうする? 百舌先輩がやられたの結構きついぞ」
博士は今後の戦術に、自慢の頭脳を高速回転させる。
やはり二対三という数的不利は、かなり厳しいところがある。
前回の様に、もう斎藤を捨て駒にして一人を潰すという戦法は意味を為さない。
博士が必死に考える傍でも、花子は無表情にぼーっとしている。
それが目に付き、そのまま鼻についた。
「……ったく、死んだ目でぼーっとしやがって。ほんと何でこいつ死んでんのに動いてんだよ」
その謎を証明する為にこの部活に籍を入れていたのだが、気付けば雪合戦の戦術を考えている始末。
バカバカしく感じたその時だった。
「!」
博士の頭の中に、一つの名案が浮かぶ。
「……そうか」
それに対して花子は、よく解っていない様子だった。
花子の無表情な疑問符に、博士は曖昧な言い方でその案を口にした。
「死んでたって動けるんだもんな」
●○●○●○●
脱落者エリアとなった屋根付きの休憩スペース。
最初の脱落者である斎藤は、白く純白、ただただ真っ白な中庭に視線を向けていた。
「……暇だね」
「そうっすか? そうでもないっすよ」
肯定が来ると思いきや、返ってきた返事はまさかの否定だった。
どういう事かと斎藤は乃良に視線を移す。
乃良はこれから巻き起こるだろう戦争の佳境に、目を爛々と輝かせていた。
これは確かに暇では無さそうだ。
次に視線を百舌に向ける。
紙面に書かれた文章を前髪に隠れた目で追っていくその姿は、同じく暇ではないだろう。
ふと肌を寒さが走った。
「うぅ寒っ。僕先に部室に帰っとこうかな」
そう言ってみても返答が返ってくる様子は無い。
斎藤は少し寂しく感じながらも、スタスタと部室へ戻ろうとする。
しかしそれは急に肩に置かれた手に憚られた。
「ん?」
後に彼は思う。
先程肌を駆け抜けたその寒さは、もしかしたら悪寒というものだったのではないかと。
●○●○●○●
一方の多々羅チーム。
多々羅はこちらの勝利を確信しており、舞い上がる程に浮かれていた。
「もうこれは俺達の勝ちで間違いねぇだろ!」
「どうでしょ。ハカセの事だからまだ何かやってくるかも……」
「いや何かやって来たとして、あのへなへなもやしだったら何も出来ねぇだろ!」
「……それもそうですね!」
千尋も多々羅の言い分に納得して一緒に舞い上がる。
西園はそんな二人を笑顔で眺め、そっと雪に足を埋めた。
「……さて、それじゃあ私は二人を探しに行こうかな」
「えー!? 別にそんな事しなくてもそのうち向こうから現れてやっつけられるだろ!」
「そうかもしれないけど、まぁ一応ね」
そう言って西園は銀世界へと消えていった。
一人の別行動に特に気持ちが逸る事は無く、浮かれる心はまだ収まらない。
その時だった。
「……あれ?」
耳の端で何かが聞こえた気がして、千尋は顔を顰める。
その声はすぐ前に聞いた事のあるような声だった。
声の正体を思い出しながら、千尋と多々羅は声のする方向へ首を回す。
そこにはこちらに向けて猪突猛進してくる斎藤の姿があった。
「また!?」
千尋は思わずそう声を荒げ、突進してくる斎藤に目を凝らす。
斎藤はまた誰かに押されているのか、自分では制御できないように阿鼻叫喚のまま駆け込んでいた。
奇妙な先輩を前に、千尋は我に返って違和感を覚える。
「あれ!? でもあの人もう脱落しましたよね!?」
「あぁ……、だが」
訊かれた多々羅は、静かに斎藤の無様な姿を黙視する。
博士の発案であろうその策に、多々羅は思わず口角を吊り上げていた。
「脱落しても駒は使えるって訳か」
性格の悪い参謀だと、多々羅は心の中で厭らしく笑った。
「千尋! 優介に向かって雪玉投げ続けろ!」
「えっ!? でも」
「あいつはもう脱落してる! だから当たったって意味は無ぇ! んな事は解ってる!」
「じゃあ何で!?」
「何となくだ!」
――何となく!?
千尋の心の疑問は、奇しくも突っ走る斎藤と同じ疑問だった。
多々羅の言っている意味はよく解らなかったが、取り敢えず命令通りに雪玉を投げる事にする。
手から放たれた雪玉は、斎藤の顔面に直撃した。
それと同時進行で、多々羅は別行動に移った。
「全く同じ手にそうそうかかるかっての!」
多々羅は千尋に向かって直進する斎藤を裏から回り込み、いよいよその背後を取った。
しかし斎藤の後ろに人の気配は無い。
「!?」
前回と同様の手だと考えると、そこに博士か花子はいる筈だった。
どうやら今回は、前回と全く同じという訳ではないらしい。
「痛っ!」
「!?」
ふと呻き声が聞こえ、多々羅はそちらへ目を向けた。
そこには雪に倒れる千尋と、いつの間にか背後を取っていた博士の姿。
彼の作戦は悔しくも成功したらしい。
「へっ、優介はダミーか」
「いくら単細胞の先輩でも、これぐらいの罠には引っかかると思いまして」
博士の口調に先輩を敬う影はどこにも見えない。
今に始まった事ではないが、単細胞の多々羅を挑発するには十分だった。
「ったく、どうなったって知らねぇからな」
多々羅はそう言うと、全身の力を一回抜いていく。
すると比喩表現でも何でもなく多々羅の体が膨張していき、雪の足跡が大きくなっていった。
瞬く間に多々羅は、雪の世界の大男――雪男になっていた。
「俺を散々バカにしてきた事、後悔するがい」
多々羅の大きくなったその足に、博士の投げた雪玉が当たった。
「………」
先程まであれだけ饒舌だった多々羅の口が急に閉まる。
雪玉の威力など蚊に刺された程度で、最初は当たったかどうかも解らなかった。
しかし段々と当てられた部分にひんやりとした現実が押し寄せ、多々羅も事態を把握していく。
決定打になったのは、博士の一言だった。
「いや的でかくしてどうすんだよ」
「ぐはぁぁぁぁ!」
巨大化した図体は時間差で大ダメージを食らい、中庭に大文字の模様が出来上がった。
ラスボスの様に倒れた多々羅だったが、これで終了ではない。
多々羅の事を簡単に忘れた博士は、すぐに最後の攻撃へと身を乗り出した。
「さて、これで後は一人」
「えい」
「えっ?」
何が起こったのか解らず、博士は取り敢えず声を零す。
確かな事は多々羅を倒した事、声が聞こえた事、背中に冷たい衝撃があった事。
博士が振り返ると、そこには最後の砦だった筈の西園がいた。
「西園先輩……」
「惜しかったね」
優しく微笑んだその姿は、さながら美しい死神の様だった。
博士は受け止められない現実を呑み込んで、代わりに白い溜息を吐き出す。
「まっ、仕方無いっすね。まぁ俺は喧嘩売ってきたこいつら全員俺の手で仕留められたんで満足です」
くるりと振り返り、疲れ切った背中を西園に見せる。
「あとはあいつに任せますわ」
そう言葉を残して、博士は脱落者エリアへと向かっていった。
西園は博士の背中を見送ると、呼吸して気を取り直す。
「さて、それじゃあ後は花子ちゃんを」
「えい」
どこかで聞いた事のある様な展開に、西園は振り返る。
そこには手にした雪玉をそのまま西園の背中に付けている花子がいた。
これで戦争は決着した。
「あーやられちゃったー。これ全部ハカセ君の作戦?」
「うん」
「すごいねーハカセ君」
「ハカセすごいの?」
「うん、とっても」
先程までの文字通り白熱した戦いとは打って変わり、女子二人の甘いやり取りが繰り広げられる。
それは本当に決着したのか、解らなくなるようなものだった。
しかし実際は甘くも終戦しており、斎藤チームの勝利で幕を下ろした。
実は花子が同じチームの時点で博士は勝利を確信していたらしいが、他の部員がそれを知るのは数時間後になる。
●○●○●○●
戦いの終わりを傍で聞いていた雪の影。
「……今回、僕の扱い酷くない?」
勝利チームのリーダーにも関わらず、博士と花子に文字通り振り回された彼は、髪色からか影の薄さからか、雪の中に同化していた。
ちなみに本日彼が当てられた雪玉の数は三十六だという。
雪合戦は斎藤(?)チームの勝利!
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
雪合戦を書くと決めた時、どのような試合展開にしようかと非常に悩みました。
まずはチームから悩んだんですが、チームが決まった瞬間、更に試合展開に悩んだような覚えがあります。
なんせ運動神経の良し悪しが両極端に分かれたのでww
という事で、機動力自慢の重装歩兵と参謀ハカセの戦いといったようになりました。
悩んだ甲斐もあって、良い試合展開になったと思います。
斎藤先輩には大分汚れ役を買ってもらいましたが、多々羅も久々に巨大化できたし、個人的に満足のいく雪合戦になりました。
そして、今回でマガオカは記念すべき100話を達成しました!
3桁です!
思い返してみれば長かったようなあっという間だったような、不思議な感覚です。
しかし! マガオカはまだ道半ば!
これからもマガオカらしさを求め、精一杯書いていこうと思うのでよろしくお願いします!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!