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【010不思議】はじまりの林間学校

 博士はどこかへといなくなってしまった花子を探して、野外炊事会場を駆け回っていた。

 他の班の生徒達は皆食事を終えており、早いところは片付けも終わらせて部屋へと戻っていた。

 しかし、そのどこにも花子の影は無い。

 先生にも訊いてみたが、花子は皿を取りにすら行っていないらしい。

 ――くそっ、どこにいやがんだよ、あいつ!

 スタンプラリーの疲労が完全に取れた訳ではなく、博士の足は今にでも倒れそうである。

 それでも、走り続けた。

 花子を見つけて、そして、今しがた固めた決心を伝える為に。

 流石に走るのも辛くなり、博士は膝に手を付けて立ち止まっていると、とある場所に目がいった。

 会場と離れたところにある、明かりの一切灯っていない芝生の広場である。

 ――……まさかな。

 普通はあり得ない、博士は一瞬そう考えた。

 しかし、花子の思考回路が普通とはかけ離れた構造をしているのは、今までの間で重々承知していた。

 博士は意を決して、無人の広場へと再び駆け出していった。


●○●○●○●


 青々しい芝生の上を北からやって来た風が通り過ぎていった。

 しかし、幽霊である花子の肌では、それが冷たいのか暖かいのか区別がつかない。

 ――どうしよう……。

 花子は迷子になっていた。

 皿を取ってきてとお願いされ、取ってこようとしたのだが、気付いたら皿は愚か明かり一つも見つからないところへと来てしまっていた。

 辺りは一面緑で目印も無い為、帰りたくても帰り道が解らない状況である。

 何とかして帰る方法は無いかと花子が考えていると、どこからか荒い物音がした。

 目を向けると、そこには息を荒げて走ってくる一人の人影があった。

「……ハカセ?」

 人影の正体は正真正銘、博士であった。

 博士は花子の元までやって来ると、苦しそうな表情で息を整え始める。

「……何で、お前、……どうやったら、……こんな、ところまで」

「どうして?」

 花子に博士を心配する様子は見られず、いつもの表情で博士にマイペースな質問を投げかける。

「……お前を、探しに来たんだよ」

「私を?」

「全く、……何で今日はこんなにも動き回らなきゃならねぇんだよ」

 博士の呼吸は安定していき、さっきまで真っ赤だった顔色も大分優れてきた。

 花子は博士の言葉でようやく罪悪感が生まれたようで、顔を少し俯かせる。

「……ごめん」

「……良いよ別に」

 博士は何かを言いたそうな表情をしていたが口に出ず、二人の間に冷たい風が吹くだけであった。

 その空気を心地悪く感じたのか、花子は博士の来た方向へ歩き出した。

「……帰ろ。皆待ってるだろうし」

「待って!」

「?」

 突然の博士の制止に、花子は首を傾げる。

「いやっ、その……、お前に言いたい……いや、お前に言わなきゃいけない事があって……」

 博士の中でもまだ整理がついていないようで、口に出た言葉はまとまりのないものだった。

 深呼吸で心を整え、じっと待っている花子の目を見て博士は口を開く。

「……やっぱり、俺はお前が嫌いだ」

 ハッキリとそう言った博士に、花子は恋する乙女とは思えない程に無表情だった。

「今日一日、お前の事見てきたけど、迷惑かけまくりだし、意味解んないし、見れば見る程嫌いだって実感したよ。……それに」

 博士は一旦そこで一拍置くと、再びハッキリと口にした。

「それに、お前は幽霊だ」

 未だ無表情の花子は、最早聞こえていないんじゃないかとさえ思えてくる。

「どんだけお前が良い奴だったとしても、俺はお前(幽霊)っていう存在が許せねぇ。世の中の物事は全て学問で証明する事が出来る。でも、お前という存在は学問で証明できねぇ。つまり、お前は俺の理論からずれた存在になるって訳だ。俺はそれが許せねぇんだよ」

 博士はそう長々と自分の思った意見を言い終えた。

 花子の無表情に変わりは無かったが、どこか悲しげな表情をしているようにも見える。

 しかし、博士の言葉はそれで終わりじゃなかった。


「だから、俺が証明してやるよ」


「……え?」

 今まで一言も発していなかった花子も思わずそう言葉を漏らしてしまった。

 博士はというと、さっきと何ら変わらない様子でベラベラと理由を吐き出し始める。

「だから言ったろ? 世の中の物事は全て学問で証明する事が出来るって。お前という存在も何かしらで証明する事が出来るって筈なんだ。つーか出来なきゃ俺の理論が成り立たねぇし。今まで幽霊なんてバカみたいな事を証明した人間が一人もいなかっただけだ。だったら、俺がやってやろうじゃねぇかって話だよ」

 花子は無表情だったが、さっきまでとは違い、博士の言っている言葉の意味が解らないといった様子だった。

「だからその……何だ? 証明対象であるお前の事をもっと知らなきゃいけない訳だから……」

 さっきまで饒舌だった舌は止まり、恥ずかしさからか博士は言いたい事を何とかまとめてから口を開いた。


「その……、これからはちゃんと、部活行くわ」


「それって……」

 博士の罰の悪そうな顔を花子はじっと見つめながら言葉を吐いた。

「両想いって事?」

「断じて違う」

「でも、お前の事もっと知らなきゃって」

「証明対象としてだっつってんだろ!」

 花子の言葉を強く否定した博士は、言いたい事は言い切ったようで帰り道の方へ歩いていく。

「まぁ、言いたかったのはそんだけだ。んじゃ、さっさと帰ろうぜ」

「待って」

「あ?」

 帰ろうとする博士を今度は花子が呼び止めて、博士は花子の方へと振り返った。

「ハカセ前にさ、私がハカセの事好きなのは勘違いだって言った事、覚えてる?」

 花子の問い掛けに博士は考え込むと、何とかその時の場面を思い出す。

『多分、お前は俺の事好きじゃないんだよ。そもそも、恋愛感情ってのは人間が子孫を残す為に作った都合の良い感情だ。俺も誰かを好きになった事がある訳じゃねぇから解んないけど。……でも、多分お前は恋とは違う何か別の感情を恋だって勘違いしてるんだよ』

 ――そういや、そんな事言ったっけか。

 おぼろげながらに博士が記憶を甦らせていると、花子は構わず話を続けた。

「あれね、違うと思うよ」

「?」

 博士が花子の言葉に疑問を抱くと、刹那、強い北風が二人を襲う。


「やっぱり私は、ハカセの事が好きだと思うよ」


 突風の中、髪を靡かせながらそう微笑んだ(・・・・)花子は、まるで一輪の百合の花の様に美しかった。


「………」

 風が止んだ後も、博士は一言も口に出来ずに固まってしまっていた。

 そんな博士に違和感を覚えた花子は、すぐに笑顔を引っ込めて博士の顔を覗き込むように見つめる。

「……ハカセ、顔赤いよ?」

「!」

 そこで博士は自分の顔が妙に熱いのが気付いた。

 博士は慌てて花子に背を向け、冷たい風で火照った顔を冷まそうとする。

「あっ、赤くねぇよ!」

「いや、赤かったよ?」

「赤くねぇって言ってんだろ!? あぁ五月蠅ぇな!」

 博士は顔の熱が引いた事を確認すると、花子の腕を取って早足で歩き出した。

「さっさと帰んぞ! 花子(・・)!」

「!」

 博士に引っ張られる形で歩き出した花子は驚いた。

 急に博士が自分の腕を引いて歩き出した事ではなく、初めて博士に名前で呼ばれた事に。

「ハカセ……、名前」

「あ? 何?」

 本人は自覚が無いのか、話しかけられた事に心辺りが無い様子である。

 そんな博士を見て、花子はこれ以上追及するのを止めた。

「皆待ってるだろうなー」

「バーベキューって色々なもの焼くんだよね? ……あっ、私ハッピーターン持ってるよ」

「それ、何に使うつもりだよ」

 そんな他愛もない会話をしながら、二人はゆっくりと皆の待つ野外炊事会場へと歩いていった。


●○●○●○●


「あっ、来た!」

 一人の班員の声を合図に、皆が班員の視線の先へと目を向けた。

 そこには足並み揃えてこちらに向かってくる博士と花子の姿が見えた。

 花子の手にはちゃんと人数分の皿が持たれている。

「もう二人とも遅―い!」

「零野さん探しに行った箒屋……ハカセまで帰って来ねぇんだからさー!」

「おい! その呼び方止めろ!」

「何でだよー、良いじゃねぇかよ」

 行方知れずとなっていた花子を誰も責める様子は無く、花子は自ら謝罪の言葉を口にした。

「皆、ごめん」

「別にいいよー、それより、大事にならなくてよかった」

 花子を優しく迎える班員達に、花子は「うん」と小さく頷いた。

「さて! 無事全員集合したし! 皿も来たし! これでやっと晩飯が食べれるな!」

「よっ! 待ってました!」

「もう腹ペコだよー!」

「んじゃ皆さん、お手を合わせて」

『いっただっきまーす!』

 こうして、博士達の少し遅いバーベキューが始まった。

 ジュージューと肉が金網に焼ける中、肉を突く箸と話し声は止む事を知らない。

「なぁハカセ、さっきお前、あっさり零野さんに告白されたって言ったよな?」

「! あっ、あれは……」

「しらばっくれるなよぉ? 零野さん、ハカセの事好きでしょ!?」

「好きだよ」

「素直!」

 楽しい会話をしながらの夕食に一同は気付かなかったが、空には絶景な星空が広がっていた。


●○●○●○●


 翌日、いよいよ林間学校最終日を迎え、生徒達は荷物をバスへと詰め込んでいた。

 林間学校の日程も残すのは帰宅だけとなり、生徒達は続々とバスへと乗り込み、学校へと出発していった。

 バスの中は相も変わらず生徒達の話し声でいっぱいになっており、林間学校の思い出話が聞こえてくる。

 博士はというと誰かと話す様子もなく、ただ窓に映る景色を眺めていた。

「!」

 そんな博士の肩に小さな衝撃がぶつかる。

 ふとそちらの方を見ると、博士の肩で心地良さそうに眠っている花子の姿があった。

 ――こいつ……!

 博士は怒りを抑えながら、花子の頭を動かそうとする。

 しかし、博士の手がピタッと止まった。

 ――そういやこいつ、昨日は俺のとこに来なかったな。

 一昨日の夜、家のベッド(便器)じゃないと寝れないと言って、花子が博士の元へとやって来た事を思い出した。

 ――って事は、こいつ昨日、俺のところに来るの我慢したって事か?

 花子なりに自分の迷惑にならないようにと行くのを止めた、そう博士は考えた。

 ――にしてもここで寝るって……、座ってる態勢の方が寝やすいのか?

 そう疑問に思うと、博士は花子の寝顔を覗いた。

 その寝顔は実に天使の様で、博士の肩が落ち着くのか随分と気持ち良さそうに眠っている。

 ――……まぁ、別に良っか。

 博士は花子の頭に触れそうになっていた手を退け、肩に花子の頭を置いたままで再び窓に目を向けた。

 車窓には山の木々に変わって町が映し出され、まるで林間学校の閉幕を報せているかのようだった。

初めて、そして始まりの林間学校。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


という事で林間学校編完結しましたー! やったー!

花子ちゃんが大草原で髪を靡かせながら微笑むシーンは、この作品で書きたかったシーンの一つです。

僕自身は花子ちゃんの可愛らしさが描けて満足な林間学校編でした!

しかし、『逢魔ヶ刻高校のちょっとオカしな七不思議』略して『マガオカ』はここから本格的に始動していきます。

これから始まる『マガオカ』を、どうぞお楽しみください!


さて、今回で一区切りという事で本編では四月が終わった事になります。

現実世界では約二カ月……、完結する時には何歳になっているのだろうか……。

次回からは五月という事で、あのイベントがやってきます!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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