8 サーニャさんとクマとの遭遇(3周年記念)
王都の冒険者ギルドのギルドマスターのサーニャさんとユナの出会いの話になります。
わたしは王都の冒険者ギルドでギルドマスターをしている。
国王陛下の誕生祭も近づいている。そのため王都は多くの人で賑わっている。そのこともあって、冒険者ギルドも忙しい。護衛の依頼や警備の依頼、たくさんの依頼がやってくる。部屋で書類に埋もれながら仕事をしていると部屋の外が騒がしくなる。
いったいなによ。いつも静かにしろって言っているでしょう。
わたしは静めるために部屋をでる。
「あんたたちうるさいわよ!」
「ギルマス!?」
「なに、騒いでいるのよ!」
わたしは近くにいるギルド職員に尋ねる。
「それが」
ギルド職員が外の方を見る。ギルド職員だけでなく、冒険者たちも外の方を見ている。
外になにがあるのよ。
わたしは頭を掻きながらギルドの外にでると、変な格好した女の子がいた。
あれ、クマよね?
その可愛らしいクマの格好した女の子は男を風の魔法で飛び上がらせた。
冗談でしょう。
魔法で飛び上がらせるのは難しい。吹き飛ばすだけなら簡単にできる。でも、上に吹き飛ばすとなると難しい。風の魔法を一点に集めて、一瞬の爆発力を集めて、発動しないといけない。そうしないと、あんなに綺麗に上に上がらない。
男は叫びながら空を舞う。そして、男は空中でなにもできずに落ちてくる。
このままじゃ危険だ。
わたしが動こうとしたとき、地面に風が集まりだす。落ちてきた男を風魔法をクッションにようにして、受けとめた。
風魔法はエルフの得意魔法だからわかる。いま、作った風魔法がどれだけ繊細な風魔法だったのか。
わたしはクマの女の子に話しかける。
クリモニアから来た冒険者で、王都の冒険者ギルドを見に来たら、冒険者に囲まれて、手を出されたから対処したそうだ。
先日、貴族のグランのお爺さんから話は聞いていたけど、これほどの魔法使いとは思わなかった。
でも、これだけの魔法を使えれば、オークの相手ぐらい簡単だろう。
それにしても、喧嘩をするなっていつも冒険者たちに言っているのに、こんな小さな女の子にちょっかい出すなんて。飛ばされた男は自業自得だ。いい薬になっただろう。
たしか、女の子名前はユナだったかしら?
クマの女の子はクリモニアの冒険者ギルドのラーロックの手紙を持っていると言うので、確認する。クマの格好をした女の子が、こっちにくればトラブルになるので、見守って欲しいってことだった。
遅い。すでに冒険者に囲まれてトラブルになった。
原因がクマの格好なら、クマの格好をしなければいいのに、女の子は脱ぐ気はない。そして、喧嘩を売ってきた冒険者を叩きのめすらしい。クリモニアではすでに彼女にボコボコにされた冒険者がいるみたいだ。
でも、それは同時に強い冒険者って証でもあるが、あのクマの格好からでは強い冒険者には見えない。
とりあえずはこのようなことが二度と起きないように、この場にいる冒険者に注意だけはしておく。まあ、さきほどの冒険者のやりとりを見ていれば、女の子に手をだす馬鹿はいないだろう。
なにより、わたしに逆らって、怒らせる冒険者もいないはずだ。
でも、手紙に書かれていたブラックバイパーを倒したのは本当なのかしら?
それから数日後、数百、もしくは数千に及ぶ魔物が、王都の近くにいるかもしれないと情報がわたしのところに入って来た。
冗談でしょう。
わたしは確認するために、召喚鳥フォルグを呼び出して、魔物の情報があった森まで飛ばす。
フォルグが視認したものをわたしには見ることができる。
たしか、あの森ね。フォルグは森の中に入って周囲を確認する。
ちょ、冗談でしょう。
フォルグの目を通して、わたしが見たものはウルフ、ゴブリン、オークなどの100単位の群れが何十といる。どうして、いままで誰も気づかなかったの!?
それ以前にどこから、こんなに魔物が。
さらにワイバーンが眠っている姿がある。
わたしは緊急事態を城に伝える。それから、冒険者を集めて、魔物討伐に緊急討伐の依頼を出す。
この王都には高ランク冒険者はいない。王都の周囲には強力な魔物はいないため、高ランク冒険者は強い魔物がいるところに行く。
一番上でもランクCだ。それも数は多くない。ランクCにワイバーンを頼み、残りの冒険者にはウルフ、ゴブリン、オークに当たってもらうしかない。
ただ、魔物の数が多すぎる。
城からの応援はいつになるかわからない。王都の兵士は国王陛下の誕生祭の警備に回されている。騎士も魔法使いもいるが、出兵には時間がかかる。
だから、今は冒険者で止めないといけない。
わたしは冒険者を集め、魔物がいる森に出発する。
そして、途中で休憩を入れ、わたしはフォルグを飛ばして、進む先の安全確認を行う。
周囲の確認をしていると、こちらに走って来る者がいる。
あれはクマに乗ったクマ?
もしかして、ユナちゃん?
それに追走するように数頭の馬が一緒に走っている。
別にクマに追われているってわけじゃないみたいだ。
ユナちゃんたちはわたしのところまでやってくる。馬に乗っていたのはクリモニアの領主、クリフだった。
どうして、この2人が一緒に?
ユナちゃんがクリモニアから来たのは知っているけど、わからないことばかりだ。
クリフとは昔からの顔見知りだ。貴族だけど、威張ったりしない好意的な貴族だ。奥さんであるエレローラ様は城で働いているので、たまにお会いする。
クリフはわたしのところにやってくると、人がいないところで話があると言う。
わたしたちは人に話が聞かれない場所に移動する。
「…………」
話を聞いたわたしは信じられないことだった。
このクマの格好をしたユナちゃんが、魔物を全て倒したと言う。
わたしは上空に飛んでいるフォルグを魔物がいる森まで飛ばす。
いない、あるのはゴブリンの死体だけだ。あれだけいたウルフもオークもワイバーンの姿もない。本当に魔物が全て倒されている。
本当に倒したの?
フォルグの目から事実を見ても信じられなかった。
でも、この目で見た魔物が消えているにも事実でもある。
そんなユナちゃんは討伐をしたことを秘密にして欲しいと頼まれる。
クリフが「こんなクマが倒したと言っても信じないだろう」と言う。
そうだけど、こんなに多くの冒険者を引き連れて、大事になっているのにどうするのよ。
わたしが悩んでいるとクリフが対処案をだす。
クリフの案では高ランク冒険者が倒したことにすると言い出した。そして、ゴブリンの死体を残して去ったことにする。
たしかに、何千のゴブリンの死体は残っている。オークの頭も残っている。十分に誤魔化せることができる。そもそも、目の前にいるクマの女の子が倒したって言うよりは説得力がある。
その後、冒険者に説明し、倒された魔物の後始末をしに行く。
ゴブリンやオークの死体を放置すれば、獣や魔物が集まったりする。さらに死体を放置すれば腐って、病気になる可能性もある。だから、ちゃんと処理をしないといけない。
魔物の処理を終えたわたしは王都に戻ってくる。
そして、国王陛下に報告することになり、わたしは城に向かうことになった。
国王陛下に嘘を吐かないといけないと思うとお腹が痛くなる。でも、本当のことを言っても信じてもらえるとは思えない。あのクマの女の子が倒したなんて、いまだにわたしだって信じられない。あの倒された魔物を見ても半信半疑だ。どこからともなくやってきた高ランク冒険者が倒したと言われた方が、まだ信じられる。
「それでは、見知らぬ冒険者が倒したと言うのか」
「はい」
わたしは国王陛下に返事をする。
「おまえが分からないと言うのか」
「はい」
「嘘を吐くな。貴様には召喚鳥がいる。だからこそ、俺はおまえさんの情報は正しく、正確だと知っている。魔物が討伐されたことを知ったおまえさんが、周囲を確認しなかったとは言わせないぞ」
「それは……」
「そもそも、どうして、冒険者が倒したことを知っている!?」
「それは……魔物を倒せるのは冒険者だけだからです」
「嘘を吐くな。どうして、隠す。俺に言えないことなのか?」
「……」
「そもそも国王陛下は今回の魔物の件は信じておられるのでしょうか?」
「信じている。長年、冒険者ギルドのギルドマスターをやってきたお前のことはもちろん。今回のことに関しては、俺には信じるだけの事実がある」
それってなに?
魔物を見たのはわたしとユナちゃん。あとは魔物の死体を見た冒険者だけだ。それだって、処理をしたから、城の関係者は見ていない。
それを、ここまで信じるって、どういうことなの?
「その魔物を操った者を知っている」
「…………」
あの魔物は意図的に集められたものだったの?
それなら、あの数の魔物がいたのも納得がいく。
でも、あの原因を国王陛下が知っているとは思わなかった。
「だから、今回のことがどれだけ、国にとって危険だったかわかっているつもりだ。これは命令だ。その冒険者を俺の前に連れてこい」
国王陛下は力強く命令する。
なにか断る方法ないの?
「その冒険者を連れて来るのは問題があります。できればお連れすることは控えさせて頂けないでしょうか。国王陛下の前にお連れできるような恰好ではありません」
「なんだ!?」
「その見た目に問題がありまして」
クマの格好をしています。
「冒険者だ。格好については問わない。気にするな」
でも、クマの格好なんですよ。とは口に出せない。
「実はこのように騒がれるのが面倒だから、黙ってて欲しいと頼まれました。その冒険者に恩があるわたしとしては、その言葉を尊重したいと思います」
「恩があるのはこちらも同じだ。礼を言わないでどうする。だから、連れて来い!」
国王陛下は少し声を上げる。
もう、断り切れない。
「それでは、一つお願いがあります」
「なんだ」
「その冒険者は自分が倒したことを広めたくはないと申しています。できれば人払いはできるでしょうか。もし、お約束して頂けるなら、連れて来るとお約束します」
わたしができるのは、人払いをして、知られる人数を減らすことぐらいだ。
あとの問題は国王陛下がユナちゃんを見て、信じるかどうかだけになる。
最終的にユナちゃんが持っているワームを見せれば、信じてもらえるはず。
「わかった。俺、1人で会おう」
「ありがとうございます」
ユナちゃん、ごめんね。
わたしは約束を守れなかったことを、心の中で謝罪する。
翌日、わたしはクマの格好した女の子を連れて、国王陛下の前に立つ。
国王陛下は約束通りにお一人でお会いになってくれた。部屋には国王陛下、わたし、クマの格好したユナちゃん。それと途中で会ったエレローラ様の4人だ。クリフから話を聞いて事情を知っているエレローラ様が一緒にいるのは心強い。
わたしはクマの格好した女の子、ユナちゃんが魔物を倒したことを正直に話す。
「冗談を聞いている暇はない。冒険者はいつ来るんだ!」
国王陛下は怒り声をあげる。
やっぱり、信じていない。
強い冒険者が来ると思ったら、クマの格好した女の子だ。怒るのも仕方ない。
わたしの言葉を信じるって言ったのに、あれが嘘だったの?
わたしは一生懸命に説明する。さらに、エレローラ様の口添えもあり、信じてもらえることになった。エレローラ様が一緒に居て助かった。
それから、国王陛下の娘であるフローラ様の乱入などで、いろいろ大変だったが、国王陛下とクマの格好した女の子の謁見は無事に終わった。
今回ばかりはエレローラ様に感謝だ。
でも、ユナちゃんが持っていたプリンって言う食べ物は美味しかった。また、食べてみたいわね。
魔物の件も終わり、いつも通りの日常に戻り始めた。わたしは窮屈な仕事を抜け出して、王都の中を歩く。
国王誕生祭の忙しい中、魔物事件、本当に勘弁してほしい。でも、ユナちゃんがいなかったら、もっと大変なことなっていた。本当に感謝しないといけない。
国王陛下の誕生祭が終われば、少しは落ち着く。それまでは頑張らないといけない。でも、たまには息抜きも必要だ。
周囲を見ながら歩いていると、人混みから「クマ」って単語が聞こえてきた。
クマって単語を聞くと、クマの格好したユナちゃんのことを思い浮かべてしまう。本当にラーロックの言う通り、とんでもない冒険者だった。
「あのクマがいる場所がわかったぞ」
「くそ、昨日は舐めたマネをしやがって」
「絶対に殴ってやる」
聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。
わたしは声を聞こえてきた方を捜す。それはすぐに見つかった。物騒な発言していたのは、強面をした男たちだ。
「おまえら、なさけないよな。たった一人の女にやられるなんて」
「しかも、クマの格好した変な女のガキなんだろう」
「そんな女に殴られたぐらいで、気を失うなんて」
男は笑いだす。
「とにかく、あのパン屋の親子もいるはずだ。あのクマの女から聞き出すぞ」
なに? 大事になっているんだけど。ユナちゃん、なにをしたの?
さすがにこのような会話を聞いてたら、無視をすることはできない。わたしは気付かれないように男たちの後を付ける。
男たちがやって来たのは中流地区の裕福層が住む場所。ここにユナちゃんがいるの?
道を歩いていると男たちが騒ぐ。
「この家はなんだ?」
「クマ?」
男たちの前にはクマの形をした家が建っていた。
もしかして、ユナちゃんの家?
周囲の立派な建物が並ぶ中、可愛らしい、クマの形をした家が建っている。
「本当にこの家なのか?」
「はい、間違いありません」
男たちはクマの家を見て笑い。家の中に向かって叫びだす。
「クマ! 出てこい!」
「ドア、ぶっ壊すぞ!」
「クマ!」
男たちがクマの家に向かって叫ぶと、家の中から、平然とクマの格好したユナちゃんがでてくる。
全然、怖がった様子はない。まあ、冒険者に喧嘩を売られた喧嘩を買うような子だし。何千という魔物を倒す女の子だ。この程度の男たちは怖くないんだろう。
心配で様子を見に来たけど、必要なかったかしら。
そして、男たちとユナちゃんが言い争う。
「もう、口を開かないで、息が臭いから」
ユナちゃんは無表情で暴言を言うと、魔法を使う。男たちのいた場所が穴があく。
男たちはなにが起きたかわからず、穴に落ちていく。穴からは苦痛の声が聞こえてくる。残ったのは太った男だけだ。
あらためてユナちゃんの魔法を見ると、本当に凄い。でも、風魔法だけでなく、土魔法も使えたのね。
残った太った男は後ずさりしながら、ユナちゃんに向かって叫ぶ。
「わしを誰と思っている。大商人のジョルズだぞ。冒険者ギルドのギルドマスターにも顔が利くんだぞ。貴様みたいな小娘、どうだってできるんだぞ」
いきなり、わたしのことを言われても、わたしはあんたのことなんて知らないわよ。
さすがにわたしのことを出されては、黙って見ているわけにはいかない。ユナちゃんにこいつらの仲間だと思われても困るし。
「あら、わたしはあんたなんて知らないわよ」
わたしは後ろから声をかける。
男はわたし顔を見て驚く。知り合いなのにわたしのことを知らないみたいだ。わたしの名を使うなら、顔ぐらい知っておきなさいよ。
馬鹿なの?
ユナちゃんがわたしのことを紹介すると男は驚きの表情をする。
「ギルドマスターがなんだ。俺は国王陛下と知り合いなんだぞ」
わたしのことをギルドマスターと知ると、今度は国王陛下のことを出す
あっ、馬鹿じゃなく。大馬鹿だった。
さらに前の方から、とんでもない人物が歩いている。
「俺は貴様なんてしらないぞ」
声をかけて来たのは、この国の国王。国王陛下だ。
どうして、国王陛下がここにいるんですか!
頭を抱えたくなってくる。
男はやってきた男が国王だと知らされるが信じない。
「国王がこんなところにいるわけがないだろう」
それはここにいる全員が思っているはずだ。
ユナちゃんも驚いている。
国王陛下はわたしに男を捕まえるように指示をだす。
王都の冒険者ギルドのトップあるわたしにだ。
でも、この中じゃわたしがやるしかないわよね。
わたしは暴れる男を捕らえ、ユナちゃんが穴に落とした男たちを拾いあげる。
国王陛下はユナちゃんのクマの家に入っていく。わたしもクマの家の中に入りたかったけど、この男たちを放置するわけにはいかない。
わたしはアイテム袋から紐をだし、男たちを縛りあげる。
それから、わたしは紙に自分がいる場所と人を寄越すように書き、紙をフォルグに咥えさせる。そして、フォルグのことを知っている警備隊長に向かって飛ばす。
しばらくすると、兵士が走って来る。
わたしは男たちを兵士に引き渡し、事情を説明するために一緒に城に向かう。
ちなにみ国王陛下はユナちゃんの家を出たところを警備隊長に見つかって、連れていかれた。
なにをやっているんだが。
これがクマの女の子と関わった数日のできごとだった。
クマ、三周年記念のSSになります。
これからもよろしくお願いします。
※書籍に合わせているため、少し設定が代わっている箇所がありますが、ご了承ください。