6 チーズ村長のクマとの出会い (6巻発売記念)
6巻発売記念SSです。
「村長、どうする?」
最近、村の付近にゴブリンが現れ始めた。今まで、そんなことは無かったが、ゴブリンが村の近くで見かけるようになっていた。警戒をしつつ、様子を見ていたが、先日、村の大切な牛が襲われた。それでどうするか話し合っている。
「冒険者に頼むしかないだろう」
「そんなお金は村には」
村はそれほど裕福ではない。だからと言って貧困な村でもない。畑を耕し、牛などの動物の世話をして暮らしている。そして、この村では他で作っていない物を作っている。
「だが、このままでは被害がもっと大きくなるかもしれんぞ」
「来ない可能性だって」
「それじゃ、ゴブリンが来たらどうするんだ。お前が責任取れるのか」
「俺は可能性の1つを言っただけだ。それに村には金が無いのは事実だろう。冒険者を雇うと言ったってお金が無くては無理だろう。それじゃ、冒険者を雇うお金をお前が出してくれるのか?」
「それは……、みんなで少しずつ集めて」
男の声が段々と小さくなっていく。
みんなの言い分は分かる。ようは冒険者を雇うお金が村に無いのが問題になっている。村に売れるものは無い。村の大切な牛を売るわけにはいかない。このままでは、その大切な牛がゴブリンの被害に合うかもしれない。そうなると、村がお金を得る方法は1つしかない。
「王都にチーズを売りに行く」
わしの言葉に集まっていた者たちは驚きの表情をする。それも当たり前のことだ。
「村長、前にチーズを売りに行って、売れなかったことを忘れたのか? しかもいろいろとバカにされたことも」
過去に近くの町にや王都に売りに行ったことがあるが、チーズは売れなかった。
腐っているとか、カビが生えているとか、臭いとか、いろいろと言われ、誰も買うどころか試食さえしてくれなかった。
いくら、わしがパンに挟むと美味しいからと言っても、誰も買ってくれなかった。
でも、今回は売れる可能性がある。
「近々、王都では国王様の誕生祭が行われる。いろいろな街や村から人が集まってくる。人が多く集まれば、買ってくれる人もおるかもしれない」
王都では40歳になる国王様の誕生日が盛大にお祝いされる。いろいろな街や村から人が王都に集まってくる。チーズを売る機会でもある。今回を逃せば二度とこんな機会はない。そもそも、売れなければ村は冒険者を雇うことが出来ない。
わしの言葉に全員が納得し始める。誰しも売れる可能性は低いと思っている。でも、他にお金を得る方法が無いので、誰も反対する意見は出てこない。
今は藁にもすがる気持ちだ。
王都でチーズを売ることになったわしらは馬車にチーズを乗せて、息子のオグルと2人で王都に向かうことになった。
王都に到着すると、人が多いことに驚くが、これだけ人がいればチーズが売れるかもしれない。そんな気持ちにさせてくれる。
王都で物を販売するには商業ギルドの許可が必要になる。まずは宿屋の確保に行くが、これが中々泊まれる場所が見つからない。そして、やっとのことで見つけたのは小さな一人部屋だったが、ベッドはわしが使い、床で息子のオグルが寝ることになった。
翌日、わしは販売の許可をもらうため商業ギルドに向かう。わしと同様に商売許可を貰おうとしている者が多くいるため、中は混み合っていた。
番号札を手にして、自分の番が来るのを待つ。そして、自分の番号が呼ばれる。
無事に販売許可はもらえることが出来たが、ギルド職員に販売するものを聞かれ、チーズと答えると怪訝そうな顔をされた。
でも、許可さえ貰えれば、王都でチーズを売ることが出来る。
翌日、オグルと2人で露店が並ぶ広場にチーズを運ぶ。場所は指定されている場所なら、早いもの勝ちになる。オグルには早くから広場の入口で並んでもらい、良い場所を確保することができた。
広場に馬車の入れる時間も決まっている。急いでチーズを運び入れ、無事に露店を開店することができた。朝から頑張ってくれたオグルには休んでもらい、店番はわし1人で行う。
時間が経つにつれて、人が広場にやってくる。これなら、チーズが売れるかもしれない。そう思ったが、皆、嫌な物を見るかのようにチーズを見ていく。「カビだ」「なんだあれは」「汚い」などの言葉が聞こえてくる。わしが食べ物で、大丈夫だと言っても誰も信じようとはしない。
美味しいから試食を頼むが誰も食べようとはしない。食べてくれれば分かるのに、誰も食べてくれない。パンに挟んで食べることを説明しても「いらない」と言われる。立ち止まる者もわずかで、話を聞いてくれるのはさらに少ない。最後まで話を聞いても断られる。
このまま、売れなければ、ゴブリンを討伐する資金を手に入れることができない。村では多くの住民が待っている。わしは広場に来る人たちに売り込む。
「食べて行ってください。美味しいですよ」
誰も止まらない中、顔を赤らめた酒に酔った男が店の前で止まる。
「なんだ、これは?」
男がしゃべると、お酒の匂いが漂ってくる。
「チーズって言う食べ物です」
「カビが生えて腐っているじゃないか。こんなものを売っているのか!」
「これは腐っているわけでなく。カビも問題はないです。中を食べるものでして」
わしはチーズを切って、綺麗な部分を見せる。
「それでも、カビがあるだろう。なに、そんなものを売っているんだよ」
「これがただのカビでなく」
「カビはカビだろう」
酔っぱらった男は話を聞いてくれない。しかも、大声でカビとか言うので、周りにもカビが生えた食べ物を売っているように思われ始めた。このままでは誰もチーズを買ってくれなくなる。
「これは中を食べるものでして」
「こんなカビが発生したものを食べれるわけがないだろう!」
わしは一生懸命に説明をするが男は顔を赤くして怒りだす。いくら説明をしても話を聞いてくれない。それどころか、チーズに否定的な言葉が周囲に広がっていく。
もう駄目かもしれない。
わしが諦めたとき、明るい声で話かけてくる者がいた。
「それチーズだよね」
声がした方を見ると、そこにはクマの格好をした女の子がいた。なんて言うか、不思議な格好だ。でも、その不思議なクマの格好した女の子はチーズと口にした。チーズを知っていることにも驚いたが、知っていることにわしは嬉しくなった。
わしがクマの女の子に話かけようとすると、酔っ払いの男がクマの女の子に絡み始める。わしは助けることができなかった。でも、わしの心配をよそに、クマの女の子は酔っ払いの手を掴み、お腹を殴る。男は地面に倒れる。一瞬のことで、周りで見ていた人たちも唖然としている。
クマの格好した女の子が男を倒したのだ。
倒れている男を見ていると、警備隊がやって来る。一瞬、販売停止命令が出るかと思ったが、警備隊の人とクマの女の子は知り合いみたいで、酔っ払いの男は連れて行かれる。わしは呆然とその様子を見るだけだった。
そんな中、クマの女の子は何事もなかったように話かけてくる。しかも、物欲しそうにチーズを見ている。もしかして、買ってくれるかもしれない。わしはクマの女の子に声をかける。
「嬢ちゃん、買ってくれるのか?」
「値段しだいだけど、いくらなの?」
わしは考える。安くても買ってほしい。もしクマの女の子が買ってくれれば、それを見た周りにいる人も買ってくれるかもしれない。だから、わしは通常より安い値段を提示した。その瞬間、クマの女の子はとんでもないことを言い出した。
「買うよ。全部ちょうだい」
一瞬、自分の耳を疑った。今、なんて言った?
聞き間違いじゃなければ、ここにあるチーズを全部と言った。信じられない。安く提示したとはいえ、子供が全部買えるような値段ではない。わしは冗談かと思ったが、女の子は証明するように、手に嵌めているクマの口から、お金を取り出す。
決して、女の子が嘘や冗談や、からかっていないことがわかった。
もしかして、買ってからカビが生えているとか文句を言ってくるかと思ったが、クマの女の子はチーズを前にして嬉しそうにしている。純粋にチーズが手に入ったことを喜んでいる。
チーズが認められたようで嬉しくなる。
わしは女の子から、お金を受け取る。これで冒険者に依頼することが出来る。
神はいた。これで、村は救われる。
さらに女の子はチーズをもっと欲しいと言うので、村に来ればあると言うと、買いに行くと言う。今後も取引をする約束を取り付けることが出来た。本当なら、こんなに嬉しいことはない。
わしがお金に困っていたから、助かったとお礼を言うと、女の子は代金の上乗せをして渡してくれる。その代わりに、村に来たときは安く販売することを約束する。
それにしても、こんな大金を簡単に出せるなんて、どこかのお嬢様かもしれない。
でも、女の子は冒険者だと答える。こんなに可愛らしい女の子が冒険者とは信じられなかったが、酔っぱらいの男を簡単にあしらったのを見れば、嘘はついてはいないようにみえる。
その日、チーズが1人の女の子に買われたことを息子のオグルに言うと信じられなそうにした。わしだって、聞かされただけなら、信じなかったと思う。でも、お金を見たオグルはわしの言葉を半信半疑だが、信じた。ここにお金があり、チーズが無いんだから、信じるしかない。
それから、わしらは冒険者ギルドでゴブリンの討伐依頼を頼み、余ったお金でいろいろな物を買い、村に帰った。これも、全てクマの格好をした女の子のおかげだ。
わしは可愛らしいクマの格好をした女の子に心から感謝した。
忘れている人もいるかもしれませんが、チーズ村の村長です。
本日、くまクマ熊ベアーの6巻の発売になります。
よろしくお願いします。
本編、3~4日後に投稿します。
SS 総合評価1万ありがとうございます。