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「ママ」 

「まま」 

 私の声を聞いて子供達は抱きついてくる。

 久しぶりの感触。

 私も息子と娘を抱きしめる。

 いとおしい。

「太郎、寒い?」

 私が聞くと5歳の息子太郎は「うん」と返事する。

「ちょっと待っててね」

 そう言って私は手のひらから青白い光を出す。


 人魂ひとだま


 怪談でお馴染みのあれだ。

 私の霊力の一部を切り取って作り出した。

 温度調節も可能の優れものだ。

   

「どう。温かい」

「「うん」」

 太郎と華子は元気よく返事する。

 人魂の灯りで辺りの状況も分かった。

 二人の頭上にはライトバンの扉があった。

 詳しい経緯いきさつは分からないが、推測するとこうなのではないか。

 トンネルが崩落した時、ライトバンは横転。その際にライトバンが土砂の盾となって地面との間に僅かな空間がつくられた。

 そこに軽自動車から子供達が放り出された。

 何という偶然だろう。

 何という幸運だろう。

 天文学的な確率で子供達は助かったのだ。

 

 そしてお爺さん。偶然かもしれないけど、お爺さんが通りかからなかったら助からなかった。

 お爺さん。二人を助けてくれてありがとう。

 名前を聞いておけば良かった。



「まま、おみず、欲しい」

「分かったわ」

 娘の訴えを聞いて、私は土砂に触る。

 頭の中に入ってくる膨大な情報、その中から地下水脈を探し当て、この場所まで引っ張ってくる。

「おいしい」

 娘は湧きだした水をゴクゴク飲む。

 そのままだと、水浸しになるから、排水も怠らない。


「ママ、お腹すいた」

「分かったわ」

 息子の訴えを聞いて、私は念力を使う。

 潰れたライトバンの隙間から食べ物が出てくる。

「これしかないの。ごめんね」

「……うん……」

 息子に差し出したのは黄色の細長状の食べ物。

 その名は沢庵漬け、通称タクアン。

 タクアンが大好物のお爺さんは街へ大量のタクアンを買い込み帰る途中だったそうだ。 

 あの世に行く前にお爺さんから「好きなだけ食べて良いぞ」とお許しを頂いた。

 ちなみに、私の軽自動車にはビスケットや飴玉といったお菓子があったんだけど、土砂によって完膚かんぷなきまで潰されてしまった。

「…………おいしい」

 長い時間葛藤していたが、他に食べ物が無いと観念した息子はタクアンをかじった。



 寒さも渇きも飢えも解消した後に子供達を待ち受けていた試練、それは膨大ぼうだいひまだった。

 まだ大人しくしている事が出来ない子供。

 閉じ込められた狭い空間では遊び回る事も出来ない。

 だから私は子供達にお話をしてあげた。

 桃太郎や赤ずきんといったお伽噺とぎばなし、昔読んだラノベ、知っている限りの物語を全て話した

 童謡から演歌、ヒップポップまで知っている歌は全て歌った。

 そして、子供達が私のお腹の中にいた頃の話、産まれた時の話、果ては旦那との付き合っていた頃の話もした。

 子供達は私の話を興味深く聞いてくれたし、一緒に歌を歌った。

 いつもは家事や育児に追われてイライラしていたけど、子供達とこんなにのんびりと過ごせたのは、もしかすると初めてなのかもしれない。

 楽しい時間を過ごした。

 幸せな時間を過ごした。

 もっと早くやれば良かったと後悔した。



 そして一週間後、その時はやってきた。

 救助遅すぎ!

 そう思ったけど、山奥だったから難航したのだろう。

 何ともあれ、ようやく救助がきた。

 頭上から聞こえる土を掘る音、そして人の声。それらの音はしだいに大きくなり、ついに陽の光が差し込んできた。

「いたぞ!」

「生きているぞ!」

「大丈夫か!」

「急ぐんだ!」

 救助隊の声が明瞭に聞こえてくる。



「ママ?」

「まま?」

 救助隊の人達に抱きかかえられる息子と娘、二人とも私の事を探しているんだろうな。

 だけど、私は姿を消した。

 霊能力者でもなければ私の姿は見えない。


 私の役目は終わった。


 万感の思いが胸に迫った。

 

 私の遺体が発見されたのは、子供達が救助されてから一時間後の事だった。



次で最終回です。

23時に投稿予定です。

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