承
「ねえ、いつになったら救助が来るの」
私は焦っていた。
子供達が閉じ込められてからどれくらい時間が経過したのだろう。
救助に来る気配が一切感じられない。
最初は泣き続けていた子供達も、泣くのを止めてしまった。
呼吸は聞こえているから生きているのは分かるけど、元気なのか分からない。
ああ、この霊体が恨めしい。
子供達に声を掛ける事も抱きしめる事も出来ない。
「トンネルが崩落してからまだ6時間ですよ」
イケメン死神がやる気のなさそうな声で返事する。
よほど暇なのかスマホでゲームをしている。
なによ。私の子供が大変な時にこの態度。
「お姉さん、落ち着くんじゃ」
トンネル崩落に一緒に巻き込まれたお爺さんの霊体が私を宥める。
「じゃが、救助が遅いのはまずいのう。この辺は夜になると寒くなるのじゃ。幼い子が耐えられると良いのじゃが」
そうなの!?
私は霊体になっていて暑さや寒さが感じられなくなっている。
だけど、閉じ込められている子供は今どんな気持ちなんだろう。
心が不安で一杯になる。
太郎、華子、大丈夫なの。
「まま」
2歳の娘の声が聞こえる。
「さむい」
5歳の息子の声が聞こえる。
そして泣き声の合唱が始める。
もう限界だった。
これ以上黙って見続ける事はなんて出来ない。
何とかしなくちゃ。
そんな時に死神の一言。
「そろそろあの世へ行きましょう」
…
……
………
…………
……………
………………ブチッ!!!
ブチ切れた。
死神のデリカシーの欠片すらない一言にブチ切れた。
生きている時ですらブチ切れた事はなかった。
苦しんでいる子供達を放っておいてあの世へ行くだと。
ふざけた事を言ってんじゃねぇ!
自分の都合ばかり考えているんじゃねぇ!
イケメンだからなんだって許されると思ってんじゃねぇ!
本能のままにとはまさにこの事だろう。
私は死神に掴みかかり、右膝で腹を思いっ切り蹴った。
渾身の膝蹴り。
死神は蹲る。
沈黙が漂う
気まずい空気が流れる。
「だから早くあの世へ行くべきだったんですよ」
沈黙を破ったのは死神だった。
平然としている。
悔しいけど、私の膝蹴りのダメージは無かったらしい。
「未練が強ければ強い程、霊体はこの世への執着が強くなる。執着が強ければあの世へは行けなくなる。未練がある人は勢いに任せてすぐにあの世へ行くのが一番なんです」
死神の言っている意味は何となく理解できた。
知らぬが仏。
そんな諺を思い出す。
確かに死んですぐあの世へ行けば、こんなに不安になる事はなかっただろう。
未練も薄かっただろう。
だけど、それは後の祭り。
それに私はここに留まり続けた事を後悔していない。
「ねえ」
私は死神に顔を近づける。すぐにキスが出来るくらいの近さだ。
「き、きれいですね」
意外にも女性慣れしていない様子だ。
イケメン死神は動揺している。
不覚にもちょっとだけこの死神がかわいいと思ってしまった。
私は死神に抱きつく。
「あわあわあわ」
衝撃の余り言葉にならない言葉を発する死神。
私は死神の耳元に優しく息を吹きかけ、囁く。
「子供達を助けて♡」
霊体の私は何もできない。
だけど死神なら何か特別な力を持っているのではないだろうか。
旦那を落とした実績のある恋愛テク。
それを駆使し、一縷の望みを死神に託す。
お爺さんからは痛い女と思われるかもしれないけど、それは仕方ない。
「腹を蹴った事は謝らないんですね」
私から距離を取った死神は、一転して冷たい目をする。
「腹を蹴った事は謝るわ」
私は土下座をする。何度も何度も繰り返した。
「お姉さん、やめるんじゃ」
お爺さんが止めに入るが、それに振り払う。
「子供達を助ける為ならなんだってするわ」
土下座をしながら叫ぶ。
子供達が助かる。
それが私の望み。
「何でもするんですね」
どれくらい土下座をしたのだろう。
今まで聞いた事ないくらい低い死神の声。私の背筋に冷たいものが走る。
だけど、今は怯んではいられない。
「何だってするわ」
この身を死神に捧げたって良い。
地獄に落ちたって構わない。
私の決意は固い。
「一つだけ方法はあります」
心の中に希望の光が灯る。
「死神の間でも賛否が分かれる方法です。だけど、暴走してしまうよりはマシです。助ける方法を教えましょう」
死神が神様に見えた。あっ、死神も神か。
私は死神から説明を受けた。
やり方、
出来る事、
そして代償、
「どうですか、それでも貴方はやりますか」
死神の問いかけに私は頷く。
迷いは一切ない。
死神は一瞬だけ悲しそうな表情をするが、すぐに真面目な表情に戻る。
「分かりました。それでは、こちらの方を先にあの世へお連れします。後日お会いしましょう」
「お姉さん、頑張るんじゃぞ」
そう言って、死神とお爺さんは消える。
あの世へ行ったのだ。
この場に残されたのは、私、そして息子と娘。
私は死神に教わったやり方を実行する。
「太郎!華子!」
「ママ!?」
「まま!?」
私の声を聞いて、驚きと喜びが混ざった幼い声が暗闇の中に響いた。




