★車 島 人形 [日常]
さびれた海が囲む島。孤島と呼ぶにはあまりに本島に近く、田舎と呼ぶにはあまりに多くのコンビニが立ち並ぶ。過疎が進んで腰の曲がったジジババが幅を利かせる一方で、本島からの観光客や、別荘というちょいと昔のステータスをいまだに信じている小金持ちが、あちらこちらで飽きもせず、ここの不便さに愚痴を言っている。そんな、ノスタルジックもクソもない島。
そんな島にある、唯一舗装された道路の上を、黒い軽自動車が走っている。その中をちょいとのぞいて見れば、顔をうっすら紅潮させた、二十半ばの青年が、小刻みに震える手でハンドルを握り締めている。男はでっぷり太ってて、額にうっすら汗が光る。その上、社会通念上、男前とは言えやしない。挙動不審な青年の隣には、精子も卵子も知らない女の子が、わーいとはしゃいで抱きしめそうな、可愛い可愛いお人形さんが、まるで人間のようにきちんとした姿勢で座っている。
「ア、アリスちゃん。今日はとっても気持ちの良いお天気ですね」
男は言葉をつっかえながら、そのお人形さんに声かけた。だけども、もちろん人形は人形。流行りの音声認識機能もついていないんだから、答えたくっとも返事はできない。
「こ、こんな日にドライブなんて、とっても気持ちがいいと思いませんか?」
男はなおも言葉を続け、途中でつっかえたと思いきや、にやにやと口角をあげ、目を猫のように細めてやがる。男の手の震えは止まず、たまに車の軌道がずれては、男はおっととのんきにつぶやく。
「ア、アリスちゃんはいつ見ても、き、綺麗だなぁ。あっはっは、そんな照れなくてもいいですのに。……いや、今の言葉はあんまりよろしくなかったかな?」
男はそこで人形をちらりと見る。お人形さんはもちろん動いていない。動いていたら一大事だもの。しかし、男は満足げに微笑むと、再びそのお人形さんに色々と話しかけ始める。それらはあまりに退屈な内容だったので、心なしか、お人形さんの方も先ほどよりも顔を強張らせているような気さえした。
そんなこんなをしているうちに、車は一軒の、大きな屋敷の庭へと入っていった。男は車を止め、大きく大きく深呼吸した。顔はもっともっと赤くなっていて、手の震えも休むことなく続いてた。ようやく決心がついたのか、男はお人形さんをひょいと優しく抱きかかえ、車を降り、玄関近くのインターホンをえいやっと押した。
気の抜けてしまいそうなチャイム音の後、家の奥からどたどたと、こちらへ駆けてく足音が聞こえてくる。それほど男が待たないうちに、扉がバンと突然開き、中から小さな女の子が飛び出してきた。男と少女は微笑み合い、男は彼女にお人形さんを手渡した。女の子はまさに欣喜雀躍、身体いっぱいで喜びを表したと思いきや、ふっと顔を赤らめ、走って家の中へ戻ってく。その代り、男とおんなじくらいの女性が玄関にふっと姿を現した。びしっと背筋を伸ばした男をからかうように、女性はお礼を男に言う。男はしどろもどろになりながら、なんとか返事を言い切ると、不意に顔を女性に向けて、裏返った声でこう言った。
「ア、アリスちゃん。今日はとっても気持ちの良いお天気ですね」