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旅は道連れ

 ──決して許さぬ。必ずや復讐を。絶望を、後悔を、地に這いずらせての命乞いを。無慈悲な終焉を。思い知らせてやる、ゴードゴーダバルの恐ろしさを。下界宇宙の果てを支配し戻って来てやる。その時までせいぜい笑っているがいい。


「いや、今戻るのだ。許すまじドーンめ」


 彼が体の自由を取り戻したのは、宇宙探索船に強制搭乗された後だった。その時にはすでに、船は宙へ舞い上がっていた。ちょうど下界惑星の重力圏内を出ようかというところだ。

 跳ね起きて辺りを見渡す。手狭な操舵室に、船の操縦管理を任されている作業ロボットが一体、得体のしれない計器に向かって淡々と作業をしている。

 船全体からにじむ違和感の正体は、魔術を無効化する妨害式だろう。軽く意識を這わせれば、至るところに組み込まれていることがわかる。脆弱な測定機などは、魔術の引き起こす急激な状況変化に対応できないためだ。

 ゴードゴーダバルは小さく鼻を鳴らした。


「おい……おいそこのロボット。報告しろ」

『精霊族の偵察隊と遭遇したため、現在迂回ルートで飛行中。命じます、大人しくしていなさい』

「なんだその口の利きようは。私を誰だと思っている。壊れているのか」

『ワタシは正常。アナタは先行宇宙探索員ゴードゴーダバル。ワタシはこの船の船長を任命された。指示に従ってもらう』

「わかったとも。貴様は能無しの屑鉄だ。いいから船を止めるのだ。バラバラにするぞ」

『船長は圧力に屈しない。ワタシは操舵補佐ロボット八六○○九番。この船の船長。下界惑星の第三衛星に向けて飛行中。命じます、黙りなさい』

「ポンコツめ。こうなれば力づくで落とすまでの事」


 話の通じぬロボットに見切りを付け、ゴードゴーダバルは扉へと向かう。流れるように、再生の終わった土製の足を踏みしめた。そして一撃、扉に放つ。


「……くそ」


 容易く大岩を砕く威力の衝撃は、破壊を引き起こすでもなく、扉に吸収されていった。新素材の衝撃吸収材とかいうものだろう。厄介なものをと、ゴードゴーダバルは憎らしげに扉を睨みつける。

 単純な物理攻撃では意味がない。ならば魔術の出番だ。ゴードゴーダバルは、己のもっとも得意とするそれに手を伸ばした。


 魔術に置いては、ありとあらゆるものが暗号であり、扉であり、対話対象である。そこから導き出す大いなる深淵が、ゴードゴーダバルを見つめ返してほくそ笑む。船は重力圏を抜け、惑星から離れつつあるようだ。下界惑星であればより鮮明に認識できていた真理の亡霊を、ゴードゴーダバルは掴みかねていた。星の位置が変わっていく。無意識になぞらえていた法則を覆し、星々が歪んだ軌道を描いていく。否、動いているのはこちらだ。船が宙をかけ、未知なる世界に踏み出しているのだ。この光景に胸を躍らせぬ魔術師はいないだろう。しかし事は一刻を争う。ゴードゴーダバルは改めて、杖があればと臍を噛んだ。

 荒れ狂う星の動きが、魔術の繊細な構成を突き崩す。破壊力を捻出すれば、調節が利かずにすべてを灰にするだけだ。転移するには座標が乱れすぎている。いや、自身を飛ばすのではなく、他者呼ぶのはどうか。

 下界に駐屯する兵の一部は、ゴードゴーダバルが団長を務めていた魔術武装兵団の精鋭たちである。対象たる魔術戦士の補助が入れば、ある程度の安定は望めるだろう。ちなみに魔界から下界に飛ぶには、また特殊かつ複雑な魔術式が必要なので、ここでは考えない。

 彼らの武装ならば衝撃吸収材といえど、力技で突破可能。彼らから杖を借り受ければ、後は魔術師ゴードゴーダバルの独壇場だ。更なる兵を引き連れて、メッサレルの転覆を謀るのもいいだろう。憎きボガートの首根っこを引っ掴み、敗北を認めさせてやるのだ。

 必ずしも安全とは言い切れない手段だが、この場合危険が及ぶのは転移される側であり、ゴードゴーダバルではない。ならば話は決まった。


 一つ懸念となるのは、機材への影響だ。妨害式で守らねばならないほど、ここの最新機器たちは繊細だ。強大な余波を生む転移魔術を行使した場合に何が起こるのか。機材の無事など毛ほども心配していないが、ゴードゴーダバルには奇妙な予感があった。かつて魔術の失敗で、町半分を吹き飛ばした事故の直前に、同じ予感を感じたことがある。隠蔽工作は完璧だった上、目障りな連中を引きずり落とすのに役立ったため、ゴードゴーダバルは完全な失敗とは思っていない。だがその感覚は、明らかに『嫌な予感』と表現するべきものだっただろう。


 ゴードゴーダバルを魔術の頂点へと至らしめた理由の一つが、チャレンジ精神である。不死身故の危険を憚らぬ実行力と、失敗を糧とする柔軟さは、いつも彼の力となっていた。迷えば挑戦という反射的な精神構造が、ゴードゴーダバには根付いている。やればどうにかなることもあるが、やらなければ何も変わらないのだ。見えない不確定要素など、偉大な魔術師ゴードゴーダバルの障害ではない。


 往年のヒット曲の歌詞を思い返して見よ。『刃を研げ野心を追え、苦心を超えて危うき道を愛すのだ』であったか。歌手こそ一発屋だったが、曲は魔族の魂の歌としていまだ親しまれている。閑話休題。


 ゴードゴーダバルが思案に沈んでいたのは、一瞬である。


 広がった意識を、下界惑星へと束ね飛ばした。掴めぬ世界を突き抜けて、仮定に仮定を重ねて偽りの世界を構築していく。その眼下に広がるは下界惑星、メッサレル拠点。


 ──集え我が配下。魔術に身を捧げし戦士たち。今こそその威を振るう時である。杖を携え、来るべき闘争へと身を投ずるのだ!


 呼びかけへの確かな手応え。ゴードゴーダバルは時空を組み伏せて、一気に世界をこじ開けた。

 同時に船が大きく揺れた。


「む、やはりか!」

『異常事態発生異常事態発生。航空座標に乱れあり。何をした先行宇宙探索員ゴードゴーダバル』

「なに、ひとり旅は味気ない。旅の仲間を募ったまでよ」

『状況を認識。転移魔術に反応してワープ機能が誤起動した。命じます、魔術を解除し衝撃に備えなさい』

「やれやれ、随分酷なロボットだ。ここで解除すれば我が盟友たちは、永遠と時空の狭間をさ迷う羽目になるというに。しかし、ワープだと? フフ、フフフフ…………ふざけるな! これでは益々下界から離れてしまうではないか。ええい、術式を崩し、再構築して座標を入れ替えれば…………なんだこの反応は! ワープの反動で解れたか、畜生め! 杖さえあれば、杖さえあればこの程度!」


 船は不規則に揺れ続ける。

 本来ならば、一瞬で空間を移転するはずのワープ機能。しかし行く宛も指定されぬままに起動してしまったそれは、パワーの使い道を見誤り、ただ不安定な時空の狭間に居座ることに終始している。理論上、船は座標移動することなくその場に留まるはずだが、時空は常に波打っている。錨も持たぬ漂流船が、それに抗えるはずもない。

 一方、ゴードゴーダバルは怒りに震えていた。自分の思う通りにことが運ばないからだ。彼の目の前には黒く渦巻く転移の反応が出ているのに、現れるべき兵士たちは依然姿を見せない。途中空間に引っ掛かっているのだろう。彼らが彼方へ飛ばされないよう堰き止めるだけでも、大分手間をかけられている。実に腹立たしい。しかし、偉大な魔術師はいつまでも感情に捕らわれはしない。現状でできることに手を尽くすだけだ。

 それでもいい加減、単調で実りのない作業に飽きてきたゴードゴーダバルは、兵士たちを放棄することも視野にいれ始めていた。正常な転移を行うにはワープを止める必要がある。しかし、ワープを止めるには装置に誤作動を起こさせている原因の、転移魔術を中断させる必要が出てくる。あちらを立てればこちらは立たずというのが現状だ。ならば片側を捨てようではないか。永い年月を生き、偉大な地位を持つものには、妥協のひとつやふたつ重ねる度量も必要だった。

 しかし手はあるものだ。


『転移対象者の救助を最重要とする。提案します、魔術式の修復・補助のためのデバイスを代用し、座標を固定せよ』

「少しは実りのあることも言えるようだな。今やっている、ワープ装置の制御を寄越せ。分けてりゃ逆に手間だ」

『許可する。一時委任しよう』


 その構造のほとんどを科学に依存しながらも、宇宙船には機器に無害な魔術式がいくつか仕込んである。したがって、魔術師を乗せない船内には、それを維持管理するためのシステムが必要であった。それらを行うデバイスは、魔術師たちが己の魔術の補助に使う杖と、ほぼ同質のものである。

 そして、現在存在する機械のほとんどは、魔術の後追い的発展を遂げている。ガチガチに固められた権限に食い込むことこそ現状できないが、それさえ外れれば制御システムなど、赤子も同然であった。


 偉大なる魔術師ゴードゴーダバルは、この場に満ちる空間の支配権を手に入れた。

 妨害式からも解放され、デバイスの補助も加わって、最高峰の魔術は巧みに展開された。現在進行形で歪められてゆく術式が、見る見るうちに安定していく。同時展開で迷えるワープシステムが、土製の羊飼いに先導されて然るべき方へと導かれた。二つの連鎖したエラーが正され、同じ座標が組み込まれた時、状況に変化が訪れる。絶え間なく異空間を流されていた船は、最後に大きな唸りを残して宇宙空間へと帰還した。次いで転移魔術によって、黒い渦の中から忠誠を捧げし兵たちが姿を現す。


『──状況安定。数値正常。システムの再ロック完了。事態の収束を確認』


 ゴードゴーダバルは作業ロボットを一瞥し、新たな搭乗者を招き入れた。

 人影が大小合わせて五つ。すべての歪みが鳴りを潜め、船内に一瞬の静寂が訪れる。

 大柄な魔族が動いた。杖であり武器でもある大槍を、天へと掲げる。


「魔術武装兵団第五下界部隊指揮官ヘルドロバス、部隊を引きつれ参上しました。いつでも戦えます」


 ゴーレムである。どんぐりの背比べ的僅差ではあるが、体長はゴードゴーダバルを上回る大きさだ。威風堂々と石突で床を鳴らして、ゴードゴーダバルへ己の存在を誇示する。それを受けてゴードゴーダバルは、少し首を傾けた。

 手狭な操舵室故に窮屈そうにしていた他四名も、順次挨拶をしていく。


「同じく第五下界部隊所属のバルジャバでございます。続きまして右からロガー、ガットナット、ワナザグ。我ら全員、閣下への永久の忠誠を誓う精鋭――であります」

「何なりとご命令を」

「どうも。景気よくいきましょうぜ、団長」

「…………」


 魔術武装兵団長として顔程度は見たことのある面々を見渡し、再びゴードゴーダバルは首を傾げる。

 それに気付かない部隊指揮官ヘルドロバスは、親しげにゴードゴーダバルに寄っていった。


「堅苦しいのはこれくらいにしてだ。お偉いお前さんが、なんでったってこんな電気くさいとこにいるんだ? しかし、ついにボガートの野郎をとっちめる気になったようでうれしいぜ兄弟。おっと団長殿?」


 馴れ馴れしい。もちろん彼とは実の兄弟ではない。ただ生まれた時期と地層が近いだけの同種である。だが、早くからゴードゴーダバルの傘下に入った潔さと、強きを讃える従順さは評価に値する。喧嘩好きで激情家、魔術の腕は今一つだが戦闘センスはあったはずだ。高い地位を欲することなく、魔術院の警備任務をそれなりにこなしていた彼を、改めて排除する理由はない。

 ゴードゴーダバルが記憶する限り、彼は下界勤務ではなかった。


「おい」

「なんでしょうかサー」

「どういうことだ」


 ヘルドロバスを無視して、比較的話の通じそうなバルジャバへと声をかける。小柄なゴブリン種の男は、理知的な小さな目を瞬かせて愛想笑いを浮かべた。


「……自ら宇宙進出をなされる閣下の代理の任命式がありまして、通常の下界部隊の方々は魔界へと戻られております。我々は臨時部隊として一時的に下界へ。まだそれほど時間も経っていません。わたくしも聞きかじった話なのですが、竜帝の意向でトップ不在の穴を埋めるための緊急調整が行われているようでございます。閣下がお呼びとあらば、いかなるときも駆けつける心意気でおりますが、何分時期が」

「そうだったお前、もう団長じゃなくなってんじゃねぇか。おいゴードゴーダバルよ、部隊指揮官と探索員風情、どちらが上かね? 上下関係はっきりさせようぜ」

「あんたは黙っててくれよ隊長。ええと大層ご立腹でございましょうが、竜帝の手も早く、突然のことで魔術派閥の足並みも乱れております。閣下の宇宙進出を支持する声もあり、現状で戦いを仕掛けるのは尚早なのではないかと愚考するものでありまして。閣下に置かれましては一時下界宇宙へ待機していただき、我ら軍勢は必ずや竜帝を妥当するに至る装備を整えましてですね、お迎えいたしますので」

「戻りたいか?」

「あ、はい」

「口は回るが頭は回らんらしいな。なるほど、この時勢に下界に追いやられるだけのことはある」

「どういう意、あっ……ここどこだよ」


 それはゴードゴーダバルも知りたかった。


 ゴードゴーダバルの素晴らしい技量によって、無事ワープを抜けた探索船。しかしその位置はすでに、下界惑星から観測不可能な未知の領域へ達していた。意識を張り巡らせようとも、見知った銀河の影すらない。研ぎ澄まされたゴードゴーダバルの精神だけが、辛うじて下界惑星の方角を感じ取っていた。

 ワープにしろ転移魔術にしろ、正確な位置が分からなければ機能しない。しかし、この問題は時間が解決してくれるだろう。優秀な魔術師ならば、理論上全宇宙を意識下に置くことも可能なのだ。それには果てしない時間と精神力が必要となるわけだが、方向が分かる下界惑星までならば、そこまで時間はかからないとゴードゴーダバルは踏んでいる。


 一通り下界の状況を知り得たゴードゴーダバルは、バルジャバと同じく、しばらく下界宇宙に潜むべしという判断を下した。竜帝は狡猾で、ゴードゴーダバルはすでに一敗を喫している。勝者は躍進し、敗者は後退。この理には従うべきだ。真の精鋭が呼べなかった今、出鼻を挫かれたゴードゴーダバルの意識は、すでに宇宙制覇へと向けられている。

 ひとまず生意気な口を利いたヘルドロバスを「馬鹿め」と弾き飛ばした。


「よいか。現在魔界との連絡手段は一切絶たれている。国家から隔離された空間では、かつて勝ち得た地位も水泡に帰し、ただ力が物をいう世界になることは諸君らも知る通りだ。ではここで問う。ここでもっとも力ある者は誰か。従うべき者は誰か。それはこのゴードゴーダバルである。意見の相違があるなら、そこのヘルドロバスのごとく異議を申し立てよ。ヘルドロバスがごとく弾き飛ばしてやろう」


 ゴードゴーダバルは改めて、船内の支配を引き締めた。最初から偉大なる魔術師ゴードゴーダバルに敵う者などいない。しかしこの特別な状況下で、妙な気に駆られる者がいないとも限らない。

 忠誠を訴える戦士たちは、若干顔を引き攣らせつつ、現状を理解した。貧乏籤を引いたと言わんばかりの態度であるが、こちらに来ずとも、どっちみち魔術派閥には貧乏籤しか残っていない。

 反抗がないことを確認し、ゴードゴーダバルは頷く。


「よかろう。しばらくの間、我らはこの下界宇宙に潜伏し、同志との接触の機会をうかがうとともに、新勢力の形成を目指す。拠点を立ち上げ、資源を探り出し、下界宇宙での安定した魔術行使の技術を確立させよ。竜帝ドーンより先に宇宙を制し、我々が世界を手に入れるのだ! ではここに、宇宙侵攻戦略団の設立を宣言する」


 団長はもちろんゴードゴーダバル。不滅の魔術師の、新たな躍進が始まろうとしていた。


「ここで第一の命令を下す。船内を制圧しろ」


 立ち直ったヘルドロバスを含めた五名が、その指令にひれ伏した。

 トラブルの後処理に追われていた作業ロボットが、首だけを回して彼らを見た。


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