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帝国の崩壊

 ――我々の時代は終わったのです。


 その言葉を、魔術師ゴードゴーダバルは拒絶した。バラバラに引き裂き、窓の外へ放った。引き裂かれた言葉の主は、清掃ロボットが片付けるだろう。

 主観で知ったような口を利くからこうなるのだ。数日たてば体も復活するだろうが、二度目はない。次からは容赦なく牢屋行きにしてやる。

 床に散らばった体の破片(のこりかす)がみしりと動いた。ゴードゴーダバルは、木の枝のような破片を拾い上げる。土製の腕に力を込めて、駄目押しとばかりに捩じ上げた。それも窓の外行きだ。

 何か言いたげな弟子たちの視線を払う。


「竜帝の元へ行く。あの小僧にもっとも恐れるべき者は誰であるか、たっぷり思い知らせてやる」

「はあ、お気をつけて」


 外套を羽織り、ゴードゴーダバルは部屋を出た。


 ここは魔界最大である暗黒国家メッサレル。ゴードゴーダバルは、王立魔術院総裁および魔術武装兵団長を務める、偉大な魔術師である。その身は地層の股から生まれた生粋のゴーレム。魔術閣僚とも呼ばれる彼は、極めた魔術、不死性を備えた強靭な体、優れた知性をもって、数万世紀に渡りメッサレルを支えてきた。

 欠点があるとすれば、天を突かんばかりの高いプライドだろう。彼はその欠点故に、九百年前にこの国の新たな指導者となった竜帝ドーンと、反目し合うことになったのだ。


 ドーンが居を構える要塞宮殿前。ゴードゴーダバルは門を塞ぐ守衛に詰め寄る。


「私は魔術閣僚ゴードゴーダバルだ。知らんとは言わせん」

「許可なきものを通すなと、竜帝から命令されている。凄んだって無駄だ」

「そうかい、これでもか!」


 ゴードゴーダバルは剛腕を振るう。瞬く間もなく守衛は吹き飛んだ。他の守衛が騒ぎ出す中、騒ぎの中心であるゴードゴーダバルは、天高く拳を突き上げて宣言をする。


「これから竜帝に会う。邪魔をするものは容赦せんぞ」


 ここの守衛たちは、厳しい訓練をクリアし、狭き門を潜り抜けた生粋のエリート集団である。しかしいかなるエリートであっても、魔の深淵を内に秘めた偉大な魔術師、ゴードゴーダバルに勝るものはいなかった。

 ゴードゴーダバルの性格は知れ渡ってる。躊躇いなく仲間を切り捨てる冷酷さ、敵を嬲る残虐さ、この暗黒国家で高い地位を得るまでに至った狡猾さ。容赦はしないという言葉は脅しではない。例え守衛たちがここで奮闘しても、事実を捻じ曲げ、反逆者の汚名を着せることも簡単にできるのだ。

 守衛たちは兜の裏で表情を歪める。ゴードゴーダバルの迫力に押されつつあった。ある者は後退して道を開け、ある者は構えかけた銃を下ろす。そうしてゴードゴーダバルは、悠々と要塞の中へと入って行った。


 要塞宮殿は最新鋭の設備を備えた、メッサレルの中枢である。山が丸々入るであろう広さと、魔界の深部と頂部に一部が達するほどのスケールを誇っている。かつてはメッサレル城たる由緒正しき城に、この国の帝王は君臨していた。この要塞宮殿は、前回の戦争でその城が崩壊してしまったために居城となった、比較的新しい施設である。


 ゴードゴーダバルは要塞内へ踏み入る。現れたスケルトンのエレベーターに乗り込み、腕を組んだ。階層は押さない。彼は先ほどの悶着をもって、さらに苛立っているのだ。

 先代のよき時代を思い返してみよ。かつての兵は、ゴードゴーダバルの姿を認めればすぐさま頭を垂れ、その偉大さを口々に讃えた。邪魔する者も蔑む者もなく、偶に湧き出たら蹴散らして、すべてが思いのままだった。

 ところが今ではどうだろう。奴の時代になってから魔族は歪んだ。アポイントメントを取らねばまともに対話もできず、施設に入るにもやれサインだ、カードだとわずらわしいことこの上ない。

 以前渡された要塞の入館証とかいうのを、ゴードゴーダバルは一度も使ったことがない。書留の受け取り拒否から始まり、使いを追い帰し、挙句に痺れを切らした竜帝が直に手渡ししてきた時は、その眼前で灰にしてやった。流石に怒りを買ったが、ゴードゴーダバルは自分の怒りの方が深いといきり立つ。


 彼は内なる深淵へと手を伸ばした。あらゆる物質の理に耳を傾け、強靭な精神力でもってそれを歪めていく。土製の肉体に電磁の波動を巡らせてから、意識をエレベーターへと向けた。すると小さな電子音とともに、エレベーターは上昇を始める。ゴードゴーダバルの魔術であれば、エレベーターの操作など造作もないことだった。ドアが開き、彼は威風堂々とホールへ踏み出した。

 途中こちらを不審げに見上げる兵を退け、入館証が必要なドアを無理ありこじ開けて、彼はようやく竜帝ドーンの元に辿り着いた。


「ドーン様……あのゴーレムが」


 ドーンの副官が、ゴードゴーダバルの到来に気付き声をかける。

 巨大なディスプレイに囲まれた、広々とした司令室。その中心にドーンはいた。


「こいつはゴードゴーダバル、凝りもせずによく来たな」


 そう言いながら体を振り向かせる。禍々しさ滲ませる古びた鎧が、大きく音を立てた。

 竜帝ドーンは、ボガートという低級魔族種である。何故そのボガートが帝位に付けるほどのパワーを身に着けたのかは知られていない。彼は常に巨大な鎧を装備し、力を示して他魔族を圧倒した。力があるというのは重要だ。メッサレルに限らず、魔族は力を尊重し崇めている。故に例え低級魔族だろうと、前帝王を排除し、当時のメッサレルを機能不全にまで追い込んだドーンが、新たな帝位につくのは難しいことではなかった。

 保護センターから連れ去ったドラゴンを錯乱させ、町を破壊させた逸話は有名だ。竜帝という呼び名とともに、民衆に知れ渡っている。


「丁度いい、今試作兵器のテストをしてみようかと話していたところだ」


 機嫌よさげに、ドーンは笑った。ゴードゴーダバルに向き合った彼の後ろには大きなデスクがあり、大砲のような武器が無造作に置かれている。


「なにが丁度いいのです? 私は話があってここへ来たんだ。あんたの下らんテストなんぞには、興味ないのですがね」

「竜帝たる余へのその振る舞いは気に食わんが、いいだろう聞いてやる。さあ言え」

「実は」

「わかっておる。宇宙飛行計画についてだろう」

「その通りですとも」


 ドーンは厳かに頷いた。話は早いが、それが逆にゴードゴーダバルを苛立ちを煽る。


「我々は兼ねてより、魔術院から同伴者の申し出を再三行ってきました。しかし聞くところによれば閣下はその要求を却下し、枠の殆どを科学院に割いているというではありませんか。私は抗議を申し上げに参った。我が部下を同乗させていただきたい」

「魔術師が宇宙で何をする。魔術はまだ機材への影響調査が終わっていないから使用禁止だ。大鍋もかび臭い本も持ち込み禁止だぞ。お荷物のための場所はない!」


 拳に力を込めて彼は言い放つ。宇宙進出は、竜帝ドーンの悲願でもあった。魔界には宇宙はない。空は常に薄紫の靄に覆われ、高く高く舞い上がれば、天に果てに触れることすらできる。宇宙を観測可能なのは下界だけだ。

 魔族が制する魔界、敵対する精霊族が身を寄せ合っているのが天界。そして彼らの主戦場となる荒れ果てた世界が下界。彼らが下界と認識しているのは、岩石だらけの小さな惑星である。有史以前からの相次ぐ戦いのため、下界の調査はそれほど進んではいない。だが下界の宙に輝く天体の動きは、他世界に大きな影響を与えることは分かっていた。謎を解き明かし、宇宙に拠点となるステーションを造設する。それが成せれば、精霊族との戦いに勝利し、無限の可能性を秘めた下界を支配下へ置くに至るだろう。下地となる調査隊を派遣する宇宙飛行計画は、その第一歩だ。世界を支配するためのカギとなるのが、この宇宙飛行計画なのだ。


「ドーン様は星々が魔術にどれほど深い関わりがあるかわかっておられない。この計画には天文学の知識を生かすため、我が院も大いに協力した。その報いがこの結末であるのなら、ドーンよ、貴様を王と祭り上げる義理はない!」


 結局のところ、竜帝ドーンとゴードゴーダバルは水と油であった。


 ゴードゴーダバルは、この計画の重要性をいち早く認識していた。故に草案段階から積極的な支援と介入を行い、計画内での自分の地位を高めんがために奮闘していたのだ。ドーンも天体知識における魔術師の尽力は、大きく役立ったと認めている。彼は決して魔術を軽んじているわけではない。ただ、排他的な魔術師の元で、知識の占有を図られがちな魔術よりも、オープンソースで誰もが仕組みを学べる科学の方が、今後の宇宙開発には適していると判断したのだ。


 ドーンにとって、魔術は便利な道具であるとともに、権力集中を招く厄介の種だった。長年疎んじられてきた科学は関与が少なく、新帝王となったドーンが己の基盤を築くのにもってこいだった。政策として積極的な支援を行ったため、科学は急速に発展した。生み出された技術を用いて、使い魔からロボットへ、結界から電子ロックへと、魔術のシェアを奪っていく。二分化を最終目標として、ドーンは動いていた。問題は目の上のたんこぶ、偉大な魔術師ゴードゴーダバルだった。

 兼ねてからゴードゴーダバルは、己の地位を危ぶませる科学技術を中傷している。排他運動にも積極的に賛同していた。彼にとって魔術は大いなる誇りであった。魔術が己の権力を築くための基盤となった過去と、これからもそうであるとの期待があるからだ。しかし現帝王を見れば、おちおちしてはいられない。なにせドーンは、ゴードゴーダバルを恐れない、希少な科学推進派だ。政策に力あるゴードゴーダバルが苦言を呈しても、意にも返さない。物わかりのよかった前帝王とは大違いだ。それどころか疎んじるような雰囲気も滲ませているのだから、生意気この上ない。魔術は魔界の根本に関わっている。その魔術を極め頂点に君臨するゴードゴーダバルは、比類なき超越者に他ならない。不快さは怒りを招き、怒りは憎しみを積もらせ、憎しみはやがて判断を誤らせる。時すでに遅く、ゴードゴーダバルはいつ爆発してもおかしくない状態にあった。


 煮えたぎる激情の中、水と油が改めてぶつかり合った。メッサレルの政治体制を揺るがしかねない大爆発が起きようとしていた。


「この私が新たな王となる! 後悔に咽び泣け、我が智と魔術にひれ伏すのだぁ」

「呆けるな薄馬鹿が! 竜帝たる余が貴様の反意に気付かんとでも思っていたか!」


 揺れる室内の空気。ドーンの副官やディスプレイをモニタリングしていた分析官らが、すごすごと後退していく。周囲の者が揺れていると感じたのは雰囲気ではない。強大な魔力のうねりだった。


「……ハアッ」


 ゴードゴーダバルが気合の雄たけびを上げる。と同時に爆発的な衝撃波が走り、ドーンと逃げ遅れた者たちが弾き飛んだ。

 司令室に備わっている対魔術師のための封印式が、連続的にゴードゴーダバルを襲う。彼を超える魔術師などおらず、またこの式の基礎を構成したのはゴードゴーダバル本人である。片手間という体裁で振り払っていった。

 ディスプレイがひび割れる。鈍い金属音を響かせて、ドーンは仰向けで床に身を打ち付けた。それを見逃すゴードゴーダバルではない。刹那に飛び掛かると、おぞましき目が覗く兜へ、その暴力的な拳を振り下ろした。砕け散るかと思われたドーンの頭部。しかし実際砕けたのは、ゴードゴーダバルの強靭な土製の腕だ。

 意識が逸れたゴードゴーダバルをを突き飛ばし、竜帝ドーンは立ち上げる。年季の入った巨大な鎧が、怒りを示すがごとく、ギチギチと音を立てた。肩が大きく揺れている。

 いや彼は笑っているのだ。ゴードゴーダバルの脳裏に、嫌な予感が走った。そぞろに見上げたドーンの手には、新兵器の大砲が握られている。


「テストには興味がないと言っていたな。こう言えば興味がでてくるか。的になるのは貴様だ!」

「いつの間に……やめるのだドーン! 下らん化学兵器が私に通じるとは思えんが、それでも今日は杖を持ってきていない」


 竜帝に慈悲という言葉はない。最新技術を結集させたその大砲は、装填されたエネルギーカセットからチャージを受け、砲身を輝かす。躊躇いなく引かれたトリガー。放射された不可視の高気圧弾が、ゴードゴーダバルの下半身を打ち砕いた。


「この距離で威力を削るとは、褒めてやろう。しかしお遊びで作ったにしてはこの試作兵器、なかなか面白い出来ではないか。どうだ喰らった感想は」

「こ……殺してやる」

「大分気に入ったと見える。これは結構」


 あの一瞬、防御壁を組み上げ、軌道をずらし、無理やり干渉を行った結果、ゴードゴーダバルはなんとか肉体を留めていた。しかしその衝撃はすさまじいもので、床から壁に至るまで全体が、捩じられたようにめくれあがっている。

 弱ったと見るや勢いを増した封印式によって、ゴードゴーダバルは身動きできない状態であった。それを見下ろすドーンの愉快そうな様子は、兜で表情が見えずともよく伝わってくる。


「さて、本来は処刑というところだが、不死身のゴーレムを相手に手間をかけたくはない。まあ仕方ない、余は慈悲深くも貴様を解放しよう」


 戦いの終焉を悟り、逃げ出した者たちが戻ってくる。当然のごとく、後ろに兵を引きつれて。


「だがタダでという訳にもいくまい。ところでお前は、宇宙飛行計画には随分と熱心だったなゴードゴーダバル。故にお前を、先行宇宙探索員に任命してやろう。どうだ、うれしいか」

「お、おまちください。私は魔術派閥のトップ。替えの利かぬ職務が」

「安心せよ。魔術院も兵団も、お前の代役はとうに見つけてある」

「は、謀ったな……謀ったのだな貴様」


 兵が周りを囲っていく。その陰から姿を現したのは、廃品回収ロボットである。


「さあ行くがいい、無限に広がる下界宇宙へ。一定の成果を上げるまで帰ってくることは許さん。早々に帰ってこずとも、元の宇宙飛行計画にはなんら支障はないからまあ、気長にやることだな」


 砕け散らばった土片とともに、ゴードゴーダバルは回収されていく。盛大な笑い声が、回収ボックス内にまで響き渡っていた。


 決して許さぬ。必ずや復讐を。絶望を、後悔を、地に這いずらせての命乞いを。無慈悲な終焉を。思い知らせてやる、ゴードゴーダバルの恐ろしさを。下界宇宙の果てを支配し戻って来てやる。その時までせいぜい笑っているがいい──。


 かくしてゴードゴーダバルは、権力も力も無為に帰す宇宙空間へ、実質追放の憂き目あうことになったのである。





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