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第2話

 この日、僕は初めて東京に行く事になっていた。僕が大学に通う間、住まいとなる部屋を探すためだ。新しい日常の要になるであろうその部屋を、自分の目で見て、自分で決めるのだ。

 なんて格好の良い事を言ってはみたが、物件を紹介してくれる不動産業者は決まっていたりする。僕の父が、東京で不動産屋を営んでいる知人に頼んだとの事なので、僕自身が不動産屋をハシゴする必要は無かった。結局僕は父に手助けをしてもらっていたのだった。

 しかも、その不動産屋の知人は、僕のために幾つか部屋の候補を用意しておいてくれているらしい。なので、この日僕のする事は、実際にその候補の部屋を回ってみて、一番気に入った部屋に決めるという、子供のおつかい並みに楽な事だった。

 そんな楽な事にさえ、僕の両親は「一緒に行こうか?」と言ってきた。さすがにそれは断ったが、僕はそれほど危なっかしく見えるのだろうか。

 まあしかし、それでも自分で決める事には変わりは無い。終わり良ければすべて良し。つまりは、自分が選んだ部屋に満足できればいい。

 ということで、僕はバスに乗って駅へと向かう。そして、その駅から新幹線に乗って三時間程すれば、ようやく東京に到着する。

 何時間も新幹線に揺られるというのも、落ち着かないし、なんだか妙に疲れる。分かってたことだが、これでは地元へはあまり帰れなくなりそうだ。

 ふと、なぜ東京にしたんだろう。という疑問が浮かんだ。東京の大学に行かずとも、僕が入れるレベルで地元から近い大学はあった。もしかして、僕自身『東京』という場所に、新しい何かを期待してるのかもしれない。それが何かも、見つかるかどうかも分からないけど。


       *


 行き来する車、建ち並ぶビル、ごった返す人々。ありきたりな表現だが、東京はそんな感じだった。都心から離れているはずのその地区でさえ、東京はやっぱり『東京』だ。

 歩道の端に違反駐輪されている自転車が、とても長い列を連ねていた。思わず、一番端から蹴り倒して『ドミノ倒し』にしたい衝動が湧いてくる。

 個人的に驚いたのは、パチンコ店の店舗数だった。道を歩けばパチンコ店。ほら、あちらにもパチンコ店。ひどい場合は、車道を挟んでパチンコ店が向かい合っていた。

 他にも、ゲームセンター、飲食店、コンビニ、スナック、怪しげなマッサージ店等が軒並みを連ねている。何かと騒がしそうな店ばかりだが、敷地が限られているのか一軒一軒が小さいため、なんだか窮屈そうに見える。

 しかし、そんな光景は駅前やその付近だけで、路地に入ってしばらく歩けば、静かな住宅地へと変わった。一軒家は少なく、アパートやマンションが多い。しばしば小さな公園を見かけたりする。歩いているうち、ドラッグストアやスーパーマーケット、弁当屋にも通りかかった。生活での不自由は少ないだろう。

 駅付近の街並みは見ているだけで疲れてしまいそうな雰囲気だったが、この辺りは結構気に入った。住みやすそうだし、何より静かだ。駅からも遠いわけじゃないし、自転車さえあれば移動にも不自由はないだろう。どうせだったら、こういう場所に住みたいものだ。

 不動産屋との約束の時間までは、まだまだ余裕がある。僕は、適当にその辺りをぶらぶら歩き回ってみる事にした。別に、何がしたいってわけじゃない。ただ、知らない土地を歩くのは、なんだか楽しい。

 まあそんなこんなで、歩道を点字ブロックに沿って歩いてみたり、意味も無く公園の中を突っ切ってみたり、途中見つけた古本屋でマンガ本を立ち読みしたり。東京での素晴らしい時間を満喫した。やってる事は、地元にいる時と大差は無いが。

 ちょうど小腹が空いたので、コンビニに寄って肉まんを買った。東京の肉まんも、地元のと大して変りはないようだ。そして、それを頬張りながら、陽の良く当たる路地を歩いていると、垣根の影から顔を出す一匹の猫が目に入った。雑種のようで、白地に黒いぶち模様をしている。のそのそと気だるそうに歩いていき、やがて、一軒のアパートの入口の前で腰を下ろし、ごろんと横になる。

 なんとなく、僕は猫に近づいてみた。猫は眠そうな表情をしているだけで、逃げようともしない。もう手の届きそうなほど近くにいるのに。人間馴れしているのだろうか。

 その場に座り、そっと触れてみた。それでも、猫は黙って受け入れているばかりか、こちらに白い腹まで見せている。無防備なものだ。

 手に持っていた食いかけの肉まんを、猫に与えてみる。野良猫には餌付けをしてはいけないというが、あまり深くは考えなかった。しかし、そいつときたら二、三回鼻をひくひくさせて臭いを嗅いだら、そっぽを向いて毛づくろいを始めてしまった。

 なんてグルメな猫なんだろう。やはり東京だと、野良猫でも食にはうるさいのだろうか。

 そんな事を考えながら、ぼんやりと猫を見ていた。

「うちのアパートの管理人なんだよ」

 突然、横から声を掛けられた。見ると、女性がひとり、いつの間にか隣に座っている。きれいな人だと思った。白い肌に、すっと通った鼻筋。そして、猫を見つめている優しそうな瞳。

「え?」

 僕はそう言った。とはいっても自分ではほぼ無意識で、何が何だか分からずに、思わず口に出てしまったという感じ。しかし、そんな僕の言葉に、彼女は朗らかに返してきた。

「この猫」

 そう言って、彼女はこちらに笑顔を向ける。目が合った。胸が高鳴る。何か言わなきゃと思ったが、何も言葉が出てこない。

 少しばかり沈黙が広がった。その間、僕は動けなかった。体が硬直する。彼女の笑顔が、僕から再び猫へと向けられた時、ようやく僕は立ちあがる事ができた。金縛りから解かれたかのようだ。

 彼女は座ったまま、猫のあご下を指でかいている。猫は気持ち良さそうに喉をゴロゴロと鳴らし、ウットリ顔でされるがままだ。

 僕の方はといえば、相変わらず無言のままだった。頭の中で言葉を探し続けるが、全くもって見つからない。

 何かないかと周りを見回してみる。すると、目の前のアパートに改めて気がついた。先ほどは猫に気を取られて、あまり意識していなかった。一階に三部屋、二階に三部屋ずつの小さいアパートだ。

 その時になって、やっと彼女の言葉の意味が分かった。急に話しかけられた事に驚いて、言葉の内容など頭に入っていなかったが、なるほど。このアパートの管理人がその猫だということか。まあ、本当に管理人(管理猫か?)なわけはないだろうが。おそらくこのアパートに住み着いてしまっているかなんだろう。それとも、住人の誰かが飼っているのかもしれない。

「あなたも、このアパートに住んでるんですか?」

 ようやく見つけた言葉を、恐る恐る投げかけてみた。彼女は猫から手を離し、立ち上がる。

「そう。二階に住んでるの」

 アパートの二階を指差して、そう答えた。明るめに染められた彼女の髪に、陽の光が当たって、さらにまぶしく見える。

「それじゃね」

 そう言われて、ぼうっと見惚れていた自分に気付き、はっとした。小さなビニール袋をぶら下げて、彼女はアパートの階段を上っていく。カンカンと、薄っぺらい金属音が響いた。

 僕の鼓動はとても速くなっていて、外にまでその音が聞こえてしまいそうなほど大きかった。猫がジトッと、僕の顔を不思議そうな顔で見上げている。彼には聞かれてしまったのかもしれない。  



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