記憶の陰・5
今日は朝から、奈津子は恵子を連れて外出している。
明日、泊まりに行く準備を二人でデパートに買い物に行ったのだ。
ソファに横になりながら、日の光を浴びてウツラウツラしているうちにボンヤリと何か声が聞こえてきた。
――助けて!
その声にハッとして飛び起きた。
(何だ……今のは……)
その一瞬通り過ぎた記憶の断片に隼人は頭を抱えた。
10年前の事件について何か思い出そうとしているのだろうか。事件前後のことについては隼人もあまり細かくは覚えていない。
しかもさっき夢のなかで聞こえたのは女性の声だ。
(女……)
気になっているのは奈津子の妹、幸恵のことだ。
幸恵が行方不明になったのは、隼人が事故にあった直後のことだ。友達と数人で長野の温泉に旅行に行っていたのだが、突如、一人だけ予定を変更して東京へ帰ったのだと言う。
奈津子は、幸恵と事件の関係とを否定しているが、隼人にはそれをすんなりと受け入れることが出来ない。
(何か思い出せることはないだろうか)
隼人は大きく頭を振って、ソファから立ち上がった。
午前11時。
まだ奈津子たちが帰ってくるまでには時間があるだろう。
階段下の納戸を開ける。
事故の後、会社も辞め、全てをやり直すために仙台へと引っ越してきた。そのため事件以前の荷物は処分してある。
残っているものがあるとすれば、ここにあるはずだ。
納戸の奥のほうからダンボール箱を取り出し、中身を改めていく。
ダンボールの下のほうにあった雑誌のなかからハラリと一枚の写真が落ちた。手を伸ばして拾い上げる。その写真には若かりし隼人と奈津子が腕を組んで写っていた。
写真の右下に表示された日付。それは11年前のものだ。今よりもずっと若いその姿に隼人は苦笑いした。
だが、その写真の一点に隼人の視線は釘付けになった。
(これは……)
二人の背景にあるもの。そこに写っているのは間違いなく金閣寺だ。
おそらく京都に旅行に行った時のものだろう。
(京都?)
ふと、先日奈津子が言っていた事を思い出した。
――私、京都には行ったことがないもの。
あれはどういうことだろう。
現にこうして二人で京都で撮った写真があるのだ。まさか奈津子までが過去のことを忘れてしまっているというわけではないだろう。
つまり嘘をついていることになる。
奈津子は自分に何か隠し事をしているのだろうか。
――友達に会って来たいの。
調べてみたい……。
改めて奈津子に対する疑惑が心のなかに小さく芽生えていた。
ズキリと頭が痛む。




