08
結論から言おう。なんとかなった。
淫獣先輩を殺して名古屋港にドラム缶で沈める準備とか必要なかったんや。
「ふあー、良い湯だぁ」
人生、意外と平和である。
湯船に浮くたわわな果実を揉みながら、身体をリラックスさせる。
用意したドラム缶は捨てるのも勿体ないので、風呂場に設置して日々の入浴に使用しているのだ。
口からお湯が出るライオンの口腔内にホースを突っ込み、ドラム缶のなかにゲロらせるという手法であるが。
中々にシュールであるが……そこはまぁ、愛嬌。
淫獣先輩のフラグは、蒼葉の手によってポッキリいった。
「蒼咲蒼葉です。好きな食べ物はプリン。趣味は弓道、部活も弓道部に入る予定です。えっと、婚約しています! よろしくお願いします!」
そう、自己紹介で元気に挨拶をしたのだ。
女子生徒から質問され「婚約者は、深紅ちゃんの……えっと、同じクラスの紅楳深紅さんの弟で、すごく格好良くて――」と、ノロケを爆発させ、クラスの男子何人かが渋い顔をするのは中々の見物だった。
当然、淫獣先輩も渋い顔をする側の人間。しかも、貧乏揺すりまでしていた。
わたしは、それが痛快でテンションが上がってしまい、自己紹介でやらかしたが……
「紅楳深紅です。ご紹介に預かりました蒼咲蒼葉の婚約者の姉です。好きな食べ物はベーコンレタス。趣味はペロペロ、部活は手芸部を予定しています。よろしくお願いします」
結果、「ベーコンレタスって何ですか?」「ペロペロってなんですか?」という質問が飛んできたのだ。
上手く回避できる言葉が見付からなかったので、苦し紛れに「検索はWebでお願いします」と言い放ったのだが……
質問をしてきた男子及び他数名の生徒には見事に避けられるようになってしまった。
おかでげBL仲間を確保できたのは僥倖だったが。
ぽっちゃりの鈴原さんは、毎朝ベーコンを焼いて食べる。好きな野菜はレタス。ヘタレ攻めが好き。
ミニスカギャルの堀田さんは、ハンバーガーショップでベーコンレタスバーガーをよく食べる。鬼畜眼鏡が好き。
うん。
良きかな良きかな。フハハハハ。
わたしは二次元ならノーマルもリバもオッケーな人だ。妄想力は無限大。
どんなカップリングでもキャラ設定でも柔軟にいけるが、しいて言えば――――っと、この話はどうでも良いか。
祁答院獣。通称、”淫獣先輩”。
彼は、ゲームの外見的な特徴を引き継ぎ金髪で荒々しい雰囲気を漂わせているが……それだけの小物だ。
性格は俺様系ではなくて、普通にチャラい感じで現実に適応している。
蒼葉は「変態力5だね」と訳知り顔で、妙な分析をしていた。
で、その淫獣先輩といえば。
蒼葉が駄目だったので、他の女子生徒を狙っているようだ。
頻繁に声をかけてはあしらわれており、まさに学生時代の青春状態である。
狙われているクラスメイトの名前は来栖八重。
好きな食べ物はラーメンとチャーハン。趣味はオンラインゲーム、好きな人は鞭使い。古武術を嗜んでいる。
自己紹介を聞く限り、可愛い顔して変態っぽくて好奇心をくすぐられる。
中学時代に暴力沙汰を起こしたという噂があり、クラスの女子には対応を様子見されている感じ。
イケメンの淫獣先輩が話しかけるので、一部では嫉妬を買っているようだ。
まあ、男子は機会があれば来栖さんに話かけているみたいだが。美人だし。
暴力といっても、男性には力で勝てないだろうし。そのあたりも安心感があるのだろう。
むしろ、逆に屈服されてやるぜ的な……フヒ。
ともかく、好きな人が”鞭使い”というM要素と、淫獣先輩のアプローチを袖にしていること。
これらの事実から、原作には存在しないレ○プフラグが立っているような気がしないでもない。
来栖さんがドMの人なら、淫獣先輩レ○プされても大丈夫――というかむしろ喜ぶハズ。
原作蒼葉のように「無茶苦茶に犯されたい」とか、そんな感じだろう。
ってことで、淫獣先輩の件については傍観者を決め込むことにしている。
―――翌日。
「答えはπの2乗か……」
つまりは、ぱいぱい。っと……響きがエロイな。
わたしは、自分の机で1限目の授業に備え予習を行っている。
高校の数学は受験勉強の時に必死扱いたから今更やらなくても大丈夫だとは思うけど……
折角の転生だし、成績ぐらい無双して俺TUEEしたいと努力をしているのだ。
「おーっす」
「はよ」
「おはよー」
教室後ろの扉を開け、淫獣先輩が入って来た。
近くの席にいる連中が適当に挨拶をする。
わたしも社交辞令で「おはようございます」と適当に言っておく。
勉強を中断して、少し淫獣先輩の様子を見ようか。
彼は自分の席に荷物を置くと、まっすぐに来栖さんの机まで歩いて行く。
朝から突撃ラブハートとは、好意が全面に出過ぎていて恥ずかしい。
そして彼女の両肩に後ろから手を乗せて、
「だーれだ!」
と。ゲームで蒼葉にやっていたように突飛な行動を――――
そう思った瞬間、ミシリ。という嫌な音と同時に来栖さんの肘打が淫獣先輩の顔面に打ち込まれた。
淫獣先輩は衝撃で後ろのめりになって転び、机の角に頭をぶつける。
「ッ――――!」
呻く声。出る鼻血。
静寂に包まれるクラス。
そんな中で、わたしは「淫獣先輩撃沈ワロタ」と漏らしてしまった。
教室中に声が響いて、わたしは祁答院くんに睨まれた。すまぬ……
来栖さんは慌てて淫――祁答院くんを介抱し、
「ご、ごめんなさい! 強そうな外見だけど弱いんですね……手加減すれば良かった」
「う、うう……」
「私の大好きな彼――大切なお友達なんですけど。その人に祁答院さんのことを相談したら”不埒な相手にはガツンとやっといた方が良いよ”とアドバイスを貰いまして」
「あ、ああ……」
「だから、私に関わらないでくださいね。性的な意味で」
「く……」
精神的な追い打ちをかけていた。
余談ではあるが……
わたしの「淫獣先輩撃沈ワロタ」発言は教室中の全員に聞こており、その日から祁答院くんの渾名は『淫獣先輩』になった。
正直、反省している。
わたしだけはシッカリ、祁答院くんと呼んであげよう。
で。放課後。
あれから来栖さんと色々話した結果、仲良くなった。
探りを入れる為に、彼女の趣味であるオンラインゲームの話題をしたら意気投合したのだ。
そりゃぁ、来栖さんに好きな人がいるなら祁答院くんに尻穴をレ○プさせるワケにはいかないしね。
本人もレ○プさせるわけにはいかないし。
来栖さんに男のあしらい方法をアドバイスした、大好きな彼とやらは同じ学校の先輩で『鞭術部』の部長をしているという話。
絶賛部員募集中らしいので、わたしはそれに格好付けて彼氏見学に行くことにした。
「鞭術部って、如何にも鬼畜系じゃん。マジあたしのジャンルやし」
「私も行こうかな。弓道部の練習は来週からだし」
そんなこんなで、堀田さんと蒼葉も同行している。
鞭術部の部室は旧部室棟最奥にある。
顧問は理事長――つまり、わたしの父親が受け持っている。
つまり、もしかするともしかして、父親はそっちの世界の人間なのかもしれない。
紅蓮の乙女の紅楳深紅は炎の鞭を使うので、その設定の関連なのかもしれない。
後者なら良いんだが、前者だったら……父親をもう汚れない目で見ることは不可能である。
コンコン。
「部長、お昼にメールをした通り、部活見学の希望者を連れてきました」
「おおおお! ようこそバーボンハウs――じゃなくて、ようこそ鞭術部へ! ささ、入ってください!」
「失礼します」
「しまーす」
「しっす」
部室に入ると、嫌な雰囲気がした。
年季が入ったロッカーにボロボロのパイプイスが4脚、払い下げたであろうキズだらけの机が2個。
どうみても、お化け屋敷じゃないのかという内装である。
一緒に来た堀田さんの顔面が引き攣ったのが分った。
「な、なんだか幽霊でも出そうな内装じゃん……」
「零細だから、資本という名の活動資金がなくてね」
ポロっと漏れてしまったであろう堀田さんの言葉に、部長さんは苦笑しながら答える。
「あの、他の部員の方は?」
「少し前に出て行ったよ。デモンストレーション用に、体育倉庫から縄跳びを借りにね」
なぜデモンストレーションに縄跳びが必要なのか。
もしや、鞭を買う部費がないから同じ紐状の……縄跳び?
疑問が頭に過ぎった時、蒼葉がわたしの服を引っ張り耳元で言った。
「ここ、いるよ」
何が、とは聞かない。蒼葉が言うなら、アレがいるのだろう。
手芸部に行った時には何もなかったというのに、ここでイベントが起きるのか。
部室内を見直すと――――あった。置いてある鞄に取り付けられている。
ゲームで見覚えのある、禍々しい髑髏のストラップが……
部長「部員が増えるよ!!」
来栖「やったね、部長!」
淫獣「あの糞女共……あー、犯してやりてぇ」