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06

 ラーメンを啜ったあと、電車を乗り継いでやってきました、青森県の下北駅。

 昼時に家を出たのに、もう夕飯時を過ぎたような時間だ。

 太陽は沈み、空は漆黒の闇に染め上げられている。

 魑魅魍魎(ちみもうりょう)と変態が跋扈(ばっこ)するフィーバータイム。


「さすがに、お尻がいたいね。クーちゃんは大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。ほれほれ。尻をさすってあげよう」

「い、いいから! 痛いの錯覚だった。大丈夫」

「うん。それでこそ男の子だ、格好良い」


 実は、新幹線というブルジョアジーな乗り物は初めて乗った。

 大抵は運転手付きの自家用車か、名古屋空港から飛行機で移動するし。

 新幹線はまったく揺れずに快適で、そんでもって速いため窓の景色を見ながら思わずはしゃいでしまったよ。

 忍者が新幹線に併走している妄想もやった。テンプレだよね。

 蒼葉に「深紅ちゃんもまだまだ子供だね」なんて言われた時は少々心にグサリときたが。

 わたし、前世年齢も合算すえばアラフォーなんだぜ……


 ともかく、新幹線が快適だったため尻にダメージはない。

 前世に夜行バスで東京へ行った時に本当の地獄を味わったので、このくらいはノーダメ判定なのだ。

 しかも、移動だけでなく即売会そのものも修羅の国だったし……


 あの極寒に震える正月は、”私”の中で完全に黒歴史である。

 トイレ待ちで漏らしたし。トイレ臭いし。

 買いたかった同人は売り切れてるし。

 帰り際に袋が破れて中身が散乱するし。

 帰ったあとは両親にBL趣味が発覚するし。


「あと5分程しましたら、旅館の方から迎えの車が来るそうです」


 わたしたちが構内から出て身体を伸ばしている最中に、早乙女さんが旅館に到着の連絡入れてくれたみたいだ。

 他の通行人の邪魔にならないよう壁際に寄って、迎えを待つことにする。


「はー、やっと一服だね! 疲れたからよく寝られそう」

「電車であれだけ寝ていたのによくそんな発言ができるよ。すごく関心する……」

「わたしも、すごく関心する」


 わたしたちが電車内でお喋りに興じている最中、爆睡をしていた蒼葉。

 初めは一緒になってキャッキャウフフしてたんだけどね。


「だって。今日が楽しみで昨日はあまり寝られなかったんだもん!」


 さすが、お子様である。

 微笑ましく可愛かったので、蒼葉の頭をナデナデしてやる。


 嬉しそうにしおってからに。

 これから地獄が待っているとも知らずにな。ククク……




 ―――――翌日。


 わたしたちは恐山(おそれざん)へとやってきた。

 ここは地蔵信仰を背景にした死者への供養の場として一般人には知られている。

 訓練された人間には、どこぞのアンナさん発祥の地として知られている。


 火山岩に覆われたれ、立ちこめる硫黄臭。くさい。まさに「地獄」と呼ばれる風景。

 それと反比例するかのように、美麗な「極楽浜」と呼ばれる宇曽利湖(うそりこ)周辺の景色が有名だ。

 「地獄」と「極楽」のギャップが不気味さを煽るらしいが、訓練された人間は逆に燃えるよね。


 何故、青森に来ていきなり恐山なのか。

 もちろん、イタコさんに遭うためだ。

 観光する前に、相談と商談を済ませ、(コブ)を取り払わないとね。


 イタコさんというのは、口寄せをして死んだ人間を己の身体に降ろし、死者と対話をさせる巫女のことをいう。

 ただし、巫女という響きで若くて美麗で神聖な女性を想像するとガッカリする。安定の高齢者だ。

 子供を産んで生命を体内に宿した経験があり、魂と精神の自我統合が済んでいないといけないため、必然的に若い女性はいない。

 いたとしたら、相当にスペックが高い漫画キャラのような存在か、詐欺師である。


 本来であれば、この時期だとイタコさんは恐山を離れている。

 しかし、学生の夏期休暇に合わせて、例外的に”本物”のイタコさんと会えるよう渡りを付けてもらったのだ。

 父親のコネの力を活用して。

 

 休憩所に到着し、受付の人に要件を伝えると個室に案内された。

 中には既にイタコさんが待機しており、向いに座るよう促されたので腰を下ろす。正座で。


「ようこそ。お嬢様たち」

「どうも、こんにちは」

「ど、どうも……」

「本日はよろしくお願い致します」


 イタコさんは、見た目80歳くらいの老婆だった。

 顔に刻まれた皺は、熟練といった雰囲気を感じさせる。


 挨拶を返したのは、わたし、たっくん、早乙女さん。蒼葉はだんまり。

 実は、蒼葉は恐山に入ってからずっと震えたまま、わたしの服の裾を掴んでいる。

 霊感があるので、常人とは違う世界が見えているのだろう。


 わたしなんかは、悪魔とかが道中で出現してきそうでオタク的好奇心を煽られまくり。

 オドオドビクビクする蒼葉も可愛いし、すごいテンションが上がってくる。


 まあ、ここからは油断のあるテンションでは駄目だ。

 オタク成分排他の、完全お嬢様モードでいかなくては。


 目を閉じて、ゲームの紅楳深紅をイメージする。

 敵対するものを焼き尽くす紅蓮の乙女(ヴレイズヴァルキリー)を。


 守ったら負けだ、攻めろ!


「本日は、この娘――蒼咲蒼葉の霊感の件でご相談に来ました」

「ほう……中々素養があるお嬢様じゃ。確かに、このままでは将来危ういかもしれないの……」


 納得顔をして、イタコさんは懐からお守りを取り出す。


「10万円じゃ」


 当然の対価、と言わんばかり値段を提示された。

 わたしは思わず舌打ちする。

 このイタコ、守銭奴やん。


 相場を調べた限りだと、お守りなら3万円程度だ。

 こっちが紅楳家の人間――しかも小娘だからといって足下をみているのは間違いない。

 両親の年収が億を越えているので、微妙にせせこましい釣り上げ金額ではあったりするが……

 今回の支払いはわたしが貯めてきた私財、お小遣い貯金からなので効果は抜群。


「高いですね」

「相応の価値じゃ」


 7万円も割増ししているのに、顔の面が厚いことで。


「それが本物だという証拠は?」

「その震えているお嬢様に持たしてやれば分るじゃろう」


 イタコは粘つくような笑みを浮かべる。

 ゆっくりと、蒼葉の前までやってくると、わたしの裾を握っていた手を無理矢理広げお守りを握らせる。


 効果は、すぐに現れた。

 蒼葉の震えがなくなったのだ。

 心なしか、顔色も少し良くなった気がする。


「ふーん。蒼葉、大丈夫?」

「う、うん……少し良くなった。かな」


 まだ青白い顔をしている蒼葉の頭をなでて、安心させてやる。


「じゃあ、10万円支払うわ。早乙女」

「はい。お嬢様」


 早乙女さんは、鞄に入っていた封筒から札束を出し、ぺらぺらと捲って10枚を数える。

 枚数確認を2回、3回、4回程繰り返して「どうぞ」とイタコに渡した。


「毎度あり」

「まだ、商談はおわりじゃないわ。イタコさん、お札のようなものはもっていらっしゃらないかしら? 妖怪にペタリと貼り付けたら、跡形もなく消滅するレベルだと都合が良いわ」


 わたしの言葉に、イタコさんは再び不快な笑みを浮かべる。

 あー。ボッタくるつもりだな。

 値切ってやりたい。でも、値切るわけにはいかない。ご機嫌を取る必要があるもの。


「――言い値で買うわ」


 格好良く、言ってやった。

 これまでわたしがお年玉と株の売買で貯蓄した金額は400万。

 さすがに、この金額を越えるようなことはないと思うが……

 内心、心臓がドクドクいっている。


「ほっほ。剛気なお嬢様じゃ。見た所、別に霊障に悩まされているような――――」

「ご託はいいの。さっさと値段を提示して頂戴」


「魔除けの術符。3枚セット価格で150万円。1枚だけなら60万円」

「3枚セットを2個、購入するわ。早乙女、お金を差し上げて」

「お嬢様、さすがに法外では――――」

「払いなさい」


「……かしこまりました」


 早乙女さんは再び札束の枚数を数えると、茶封筒に入れてイタコへと渡した。

 イタコは茶封筒の封を開き、ニカニカと眺める。


 適当に取り出して、ぺらぺらと札を触る。

 ひとしきりその動作を行うと満足したようで「これ以上用がないなら」と席を立とうとした。


 ここだ。


 わたしは手を前に出して、腰を上げるのを中断させる。


「ねえ、イタコさん。これだけ投資したんだもの。少し、お願いさせて貰って良いかしら?」

「投資、とな? 正当な対価を頂いただけじゃと思っておるが」


 ククク。

 何の為にわたしが相場を調べ、それ以上の価格で商品を購入したと思っている。


「お守り、相場は3万円。術符、相場は強いモノでも5万程度。無知だと思った? 知ってるのよ」

「…………」


「もう一度言うわ。少し、お願いさせて貰って良いかしら?」

「願いによるがの。言うだけ言ってみい」


「3日間、蒼葉――この子を預かってくれないかしら」

「ほう」

「奴隷のように扱って貰って大丈夫よ。性的なことをしなければ」

「え、深紅ちゃん、何をいって――」


 イタコさんは、蒼葉を値踏みするように見る。

 隣で何かがビクッと震えた気がするが、ここは心を鬼にしなくては。


「蒼葉、頑張ってきなさい。ご両親からの許可は頂いているから」

「う、なんで外堀埋ってるの……私聞いてないよ!」

「言えば反対するでしょう」


 蒼葉は半泣きの上目遣いでわたしを見るが、そこに目潰しをくれてやる。

 両手をチョキにして、グサリ。と。


「目が、目がっ……痛い、深紅ちゃん……」

「わたしから言うことは何もないわ。何故、どうして、わたしがこんなことをするのか自分で考えなさい」


 フラグを折る一環、自立させる、たっくんと二人になる口実作り。

 色々と理由はあるのだが、蒼葉が持つ異能を覚醒させるというのが最大の理由だ。

 蒼葉の両親には「わたしに依存している旨があるので、精神修行です」と言ってある。


 今の蒼葉は、自身が持つ霊感について”人にないものを持っていてお得”ぐらいにしか考えていないので非常に危険だ。

 ゲームの物語が始まる前に、意識を改革させることが必要なのだよ。

 それが、受験勉強もなく自由が効いて、ある程度肉体が成長している中学二年の夏期休暇という話。


「じんくちゃん……ひっく」


 胃が痛い、泣き落としは卑怯だ。

 助けてやりたくなる。でも、それではダメなのだ。


「じゃあ、わたしは帰るから。イタコさん、あとはよろしくお願いしますわ」

「まだ、この娘を引き取るとはいっておらんが?」

「――では、ごきげんよう」


 イタコの言葉を無視し、わたしはクールに撤収する。

 蒼葉が立ち上がり、帰ろうとしたわたしにしがみつこうとする。


 ビンタを頬に打ち込んでやろうと思ったが、その前に早乙女さんが割って入った。

 腕を取り、肘固めの要領で蒼葉を転ばせる。


 ドスっと。

 受け身を取ることができず、蒼葉は顔面から地面にキスをすることになった。

 呻きながら上げた顔には、鼻血。


 いかん。これはわたしがビンタした方がマシな結果だったろう。

 慌ててハンカチを差しだそうとしたが、早乙女さんに目配せで退室を促される。


「蒼葉様。下手に動くと腕が折れますよ? ――お嬢様、今のうちにお帰りください」

「ひっぐ、うぇ……なんでぇ……」


 わたしは、何も言葉を発することなく部屋を立ち去った。




 ――――10分後、恐山温泉。


 蒼葉の件ではさすがに心が荒んだが、湯船に入るとスッキリした。

 我ながら現金なものである。


「温泉はいいね。温泉は心を潤してくれる。日本人の生み出した文化の極みだよ」


 しかし、まだまだわたしも甘っちょろいなぁ……

 蒼葉と縁を切ればそれだけで死亡フラグが全壊するのに、できないでいる。

 その結果が、イタコによる蒼葉の霊力覚醒計画という今回の趣向。


 まあ、なんだかんだでフラグを折る作業が地味に楽しいんだよね。

 これもオタクの(サガ)か……罪な女だよ。


 この後の予定は、廣田(ひろた)神社でわたしの厄除けと、蒼葉の修行の無事を祈願。

 青森のメイトに立ち寄ったあと、残りの時間は旅館でまったりだ。

 蒼葉がいなくなったので、旅館の部屋割りがたっくんと同室に変更になるのが最高に楽しみである。


 早乙女さんが「くれぐれも不純異性交遊をしないように」とわたしにだけ注意したのは解せぬ。

 そこは、男のたっくんに注意する所でしょう。

琢己(たくみ)「クーちゃんと手を繋いで寝ることになった。緊張して眠れずにいると、隣から艶っぽい声が聞こえてきた。まさか。そう思い隣を振り向くと、クーちゃんの顔が月明かりに照らされ、紅色に染まっているのが見えてしまった。僕は、思わず生唾を呑み込む。彼女の浴衣ははだけた状態で、右手を股に挟み(自主規制されました。全てを読むにはワッフルワッフr)」

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