04
時間の経過は早いもので、前世を自覚してから3年が経過した。
中学校の多感な時期を、アラサーの精神年齢で体験するのは中々に微笑ましいものである。
同年代の男子がイカ臭かったり、本気を出してないからと言い訳をしたり、俺とオマエは違うオーラを出したり、反社会的な行動に身を染めたり、初体験の話を聞いたり。
しかし、それらは見ているだけで拷問に近い。
前世の”私”が持っている黒歴史を嫌でも思い出させるのだ。
あの頃はTS転生妄想して、男同士でやおい穴を掘り合いたかったなぁ……
いっぱいノートに設定を書いたもん。
クラスの男子のやおい穴を片っ端から掘る妄想もしたし。
「腐フフ、屈強な柔道部員も私にかかればチョロイもんだね」
「アッー」
「うっ……このままションベンも出てしまいそうだぜ」
「やめて、それだけはやめてくれェーッ!」
「どうだい? 付き合っていた彼女の前で犯されるのは」
「く……らめぇ……興奮、する……あっ……」
こんな感じに。
うん。今でも二次元なら十分イケるシチュエーションじゃん。
やるな、若かりし頃の”私”。
やおい穴がない現実に気付いてしまった今は、三次元の男同士はノーセンキューになってしまったけど。
汚いじゃん、おしりの穴って。
大好きな婚約者様に「挿入てくだ、さい……」とか上目遣いで言われたとしても無理。
逆に、わたしのほうを捧げるのも無理。
お尻は一生綺麗なままで生きていきたいね。
男同士なら亀さんを擦り合わせるのが良いと思います。
で。
今何をしているのかというと、車に揺られて名古屋駅へと向かっている。
到着後、電車へと乗り換えて青森へ行き、夏期休暇を満喫するのだ。
隣の席には蒼葉がいるが、わたしの肩に頭を預けてぐっすりとお眠りになっていらっしゃる。
おやおや。涎がでているじゃないですか。
何の夢を見ているのやら。微笑ましいことだ。
指で涎を拭って、ペロリと舐める。
「うーん、デリシャス」
小さい頃からそうなんだけど、蒼葉の涎って少し甘くて美味しいんだよ。
さすが主人公属性だと思う。こんな唾液を混ぜたキスをしたら、男性なんて悩殺だ。
肌もすべすべだし、本当に可愛いなぁ。
こんな天使のような子がトイレでうんこしているだなんて信じられない。
おそらく、わたしが蒼葉に対して常識を逸脱した可愛さを感じるのには、理由がある。
わたしという存在も蒼葉の攻略対象に含まれており、百合ルートのフラグが折れていないからだ。
それを除いても、ゲームを作った制作者の一員として、蒼葉を娘のように思っている。
可愛がって世話を焼きたくなるのもん。
――前世の親友が声優を担当していたし、郷愁を誘われているのもあるかもしれないなぁ。
「お嬢様ッ……!」
運転席の早乙女さんが、咎めるような声を出す。
丁度バックミラー越しに覗いていたタイミングだったようで、間が悪かったか。
「えへへ。まるで眠り姫のようだったので抱きしめたくなりました。反省はしていません」
「反省してください。大体、抱きしめたくなって何故涎を舐めるという奇行に走るんですか……」
「色々と女の子にもあるのよさ」
早乙女さんはジトーっとした目線をくれるけど、わたし大好物ですからね。ジト目。
顔が思わずニヤけてしまい、早乙女さんには溜息を「ハァ」と吐かれてしまった。
「お嬢様は、時々頭がおかしいですよね」
「いえいえ、平常運転ですよ。あ、ちゃんと前みて運転して下さいね」
「はいはい。わかっておりますよ」
ぞんざいな返事をしつつ、前席シートの間からテッシュを差し出された。
どうやら、これで蒼葉の涎を拭けということらしい。
一瞬、舐め取ってやろうかと思ったが、これは駄目な考えだと思い至り、ティッシュを受け取った。
「ありがとう」
「いえ。お仕事ですから」
車内に流れるクラシックを聴きながら、倦怠な気分で景色を眺める。
昔、白川温泉に家族旅行で行く為に通った国道41号線。
今、名古屋に行く為に通っている国道41号線。
同じ場所なのに、ずいぶんと景色が様変わりしたもんだ。
こっち方面に来る時に毎回寄っていた中華料理店なんて、潰れて無くなちゃってるし。
美味しかったなぁ。あそこのラーメン。
スープが絶妙で、替え玉をした後にご飯を投入して毎回ラーメンライスにしてたもん。
「わたしも老けたなぁ……」
「何を言いますお嬢様。まだ花の十代。しかも前半ではありませんか」
「確かにそうだけどさ。何というか……アンニュイ。そう、アンニュイな気分なの」
「駄目ですよ。これから彼氏と合流するというのにそのような気分では……こう、若々しく盛り上げていきませんと」
若々しく、ねぇ。
若い=よく食べる、とか?
なんだか、ラーメンを食べたくなってきた!
どれだけ食べても太らない体質だからガツガツいけるんだよね。
前世なんかはカロリー気にしたりダイエットに励んだりしたけど、紅楳深紅にその心配は不要!
ケアに気を使わなくても良い肉体というのは本当に素晴らしい。
しかも、筋トレなどポジティブな要素に関しては反映されるハイブリッドな仕様です。
名駅だったら、駅裏のラーメン店が良いんだけど……
近所に風俗店もあるし、治安が良くないから早乙女さんが反対するかな?
となると、駅構内にあるラーメン屋さんが密集してるあたりで食事だな。
決まり。
「そういえば、早乙女さんはラーメンで何味が好き?」
「なんですかいきなり。……醤油ですけど」
「ふむふむ。あらばアソコのお店かな――――っと」
わたしの中で思い描いていた名駅構内のラーメン屋MAPが一昔前のものであることに気付く。
やっぱり、老けてますやん……
仕方ないので『獣耳』ちゃんからナビを起動し、情報を検索する。
目の前に半透明のウインドウがポップし『目的地を思考してください』と表示される。
「名駅、ラーメン」
口に出してそういうと、名駅付近のラーメン屋がずらりと表示される。
そこから駅構内だけに絞り込み、順番に口コミを調べて行く店の候補を絞っていく。
「脳量子波認識思考演算型インターフェイスですか――――私にはついていけません。老けました」
「はっはっは。お互い歳を取ったものですなぁ。早乙女さんや」
「ぐ……」
先程の意趣返しか、早乙女さんが老けました発言をする。
私が今使っている『獣耳』ちゃんは、正式名称をHead Mounted Earと言う。
頭に取り付けるスマートフォン的な、未来のガジェットだ。
脳量子波に干渉し、ゲームの世界のように脳内でウインドウを開き、メールや通話やインターネットが出来てしまう優れものだ。
去年発売したにもかかわらず、現在は国民の半分以上が所持していると民放の調査でやっていた。
確かに、このガジェットは「科学の進歩ってすげー」と唸ってしまう性能で、折りたたみの携帯電話が現役だった時代のわたしには”老けたな”と実感させるには十分な製品だ。
早乙女さんは未だにガラケーを使っているし、ものすごい気持ちは理解できる。
しかし、この携帯電話を獣耳型にした製品が爆売れしているのは、さすがにゲームの延長線上にある世界だと呆れてしまう。
成人男性やギャルギャルした女の子、オバサンなんかが頭に猫耳や犬耳のデザインを模した製品をオサレとして身につけているのは正気を疑うもん。
まあ、獣耳紳士は大正義なのでわたしもこのデザインは支持するけどね。
開発「人は動物好きなんですよ、獣耳は売るための措置であって、俺の性癖ではないんですよ! 本当に!」