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捨子の事 弐

 陽が落ち、少し冷えた廊下を進む。歩きながら考える。

 主上(しゅじょう)の言葉の意味、つまり「大堂(だいどう)内に『捨子を引き取る』事を漏らさない」というのは、要するに「来る者は拒まない」という体を取るだけだ。これを聖都(せいと)下に発表したが最後、次の日には大堂が悲鳴を上げる事態になるだろう。

 表向きは変わらない。拒む姿勢を見せている以上、捨子は少ないままだ。捨子はいなくならないし、これからも多分そうだ。

 では、これまではどうだったのか。

 実に単純な話だ。

 大堂裏手には、小さな塚がある。


 三日後、正式に「大堂院養処だいどういんやしないどころ」という部署が新設された。新設された、といっても非公式なので、総責(そうせき)の座る白木の机等も用意されず、聖皇(せいこう)に奏上する儀式も無かった。

 ただ、私の所に辞令が来た。

御役(おやく)殿。肩書きが増えましたな」

 頭巾の男はくつくつと笑いながら、降命(こうめい)の書かれた上質な紙を丁寧に折り畳んだ。

「一応ですが、他言無用に願います。この話を知っているのは大堂議連(だいどうぎれん)と大堂院の一部、後は私くらいのものですから」

 私が慇懃な風に頷くと、彼はおどけた調子で手燭(てしょく)を取り上げ、折り畳んだ降命の紙を小さな炎にかざした。あっという間に火が燃え移って、数秒後には灰の欠片が床に散らばっていた。

「それでは」

 私は跳礼(ちょうれい)で見送ろうとしたが、足が縺れて危うく転ぶ所だった。

 何せ、ぐっすり寝ていた所を叩き起こされたのだ。水時計(みずどけい)を見に行く気力も起きないくらいで、窓から見える月がやたらと大きく見えた。高さから言って、多分真夜中である。

 頭巾の男は押し殺した笑いと共に、それ以外の音を立てる事無く部屋を出て行った。まったく、人を喰ったような男である。

 寝床に腰かけ、床の灰をぼんやり眺める。何とも言えない気分になって、私は目を閉じた。

 話は決まった。私が総責(に相当する立場)になったのは、私が殆ど大堂から出ない仕事に就いていて、漏洩の可能性が比較的低いのも関係している。また、最悪の場合には責任を取れ、という意味も多分含まれている。そして、それらは私に取ってあまり意味のないものだ。

 何より、主上である。彼女が強攻策である聖皇降命(せいこうこうめい)を使ってまでしたかったのは、これなのだろうか。

 割り切れず、(まつりごと)を捨てる事も出来ず、中途半端になってしまった雰囲気は否めない。資金の件だって、大神仕(だいしんし)のいた東水総責(とうすいそうせき)が後ろ盾になっていなければ到底不可能だったろう。

 そう考えれば、大神仕も何を考えているのか分からない。今回の件が頓挫すれば、資金を供出した大神仕も責任の所在を問われる事は免れまい。彼は確かに人望も人徳もある神仕(しんし)だが、それでも逃げ切る事は不可能だろう。

 ……いや、違うかもしれない。

 例えば、大神仕が今回の件を意図的に流出させれば、如何に聖女とは言え、大堂内での立場は危なくなる。元々危ないのだから、これで全て終わってしまう事も考えられる。大神仕でなくとも可能だから、これは相当危険な手札である事は明白だ。

 考えれば考えるほど、不安も疑念も大きくなるばかりで、煩悶を繰り返していたら、気づく頃には空が白み始めていた。


 降命は通ってしまっているから最早この件からは逃れられない。ならば、やれるだけやろう、と腹をくくったのは朝餉(あさげ)麦粥(むぎがゆ)を食べている時だった。少し気合を入れて寝殿(しんでん)に赴いた所、主上は珍しくまだ起きたばかりらしく、ぐしゃぐしゃに乱れた白く長い髪の毛の下で、灰色の瞳をこすっていた。

「なあに? ひどい顔色だけど」

 寝ぼけ眼の主上は呆れた様に言って、私から濡れた布巾を受け取り、顔をごしごし拭き始めた。呑気なものだ。

 彼女の朝餉は粥と、北方で採れたという珍しい魚の干物の身をほぐしたもので、どうやら粥と一緒に食べると良いらしかった。そう言ってみると、彼女はこくこくと首を縦に振り、身を丁寧に粥の中に入れて、小さな木匙で掻き回した。

「魚は久しぶりね。多分、大堂に来てから初めてじゃないかしら」

 魚は水に住まう神聖なものだ。滅多に食べられないし、今回は彼女が聖皇になった折、進物として出入りの商人が持って来たものを大事に干しておいたので、最近少し食が進む様になった主上には良い、と判断されたのだろう。饗応処(きょうおうどころ)は大変な職務なのだ。

 また珍しい事に粥を全て食べ切った主上は、ごちそうさま、と上の空で言いながら、まだ眠気が覚め切らないようでぼんやりと窓から見える雲を眺めていた。

 私が膳を片付けに部屋から出ると、若い神仕が転げる様にして駆けてきた。後ろから寝間着を着たままえっちらおっちら走って来るのは、どうもハライらしい。

「お、御役様! あの、その、表に」

 動揺している若い神仕は息も切れていて、何を言っているのかてんで分からない。彼が息を整えていたら、ハライがようやく追いついた。

「おう、仕事だぜ、養処総責やしないどころそうせき殿。ああ、そいつは大堂院のアラタだ。俺の部下だったんだ」

 彼がアラタと言うらしい若い神仕の背中をポンと叩く。長い髪の毛を紐で束ねたアラタは、数度深呼吸をすると跳礼し、深く頭を下げた。

「養処の命を受けております。以降、大堂院との連絡は私が担当します」

 私も答礼し、何が起きたのか尋ねる。

「あの、ですね、先ほど東門(ひがしもん)付近を巡回していた衛士(えじ)が」

 固い様子で必死に話すアラタを見ながら、ハライは後ろで禿頭を掻いている。

「それで、東門の柱の裏にですね、何か見えたので回って」

「ああまだるっこしい! ちゃっちゃと要点だけ言えや」

 痺れを切らしたハライはそう叱責し、慌てる元部下を尻目に、肩をすくめた。

「捨子だ。多分五歳くらい、どうやら喋れんようで、札を持ってた」

 彼はアラタの背中をもう一回叩き、懐から札を取り出させた。

 色が褪せた木簡で、たどたどしい文字で「声無し、水神(すいじん)に捧げるの由」と書いてあった。代書させたのか、どこかで手習いしたのかは判然としないが、読めるだけましだろう。

「寝殿の外まで連れてきてる。早いとこどうするか決めてくれないと、怪しまれるぞ」

 私が答えるより先に、寝殿の奥から、静かだがはっきりと響く声が聞こえた。

「ここに連れてきて、至急!」

 主上の声に気圧されるかの様に、アラタが跳礼するなり戻って行った。ハライはいつも通り口をへの字に曲げて彼を見送り、それから私の耳元に口を寄せた。

「俺が大神仕に伝えとく。気張れや」

 それだけ言って、彼もてくてく歩いて行ってしまった。

 取り残された私は、この話を寝殿でしてしまった事を少し後悔していた。声が大きいアラタは、まあ、しょうがない。連れ出してから聞くべきだった。主上に聞かれたのが幸なのか不幸なのかは、今の所判別がつかない。

 しかし、悔やんでいても仕方ない。私は腹を据えた。


 

 枯竹四手です。宜しくお願いします。

 連載九話目の投稿となります。


 新キャラが増えてきました。まあ、彼の出番は今後もあまり無さそうですが(笑


 今回もちょっと短いですね、申し訳無い。

 別な企画と私事の方に体力が割かれているため、再来週まではこれくらいの文字数の予定です。


 感想等ありましたら、宜しくお願いします。

 むんむん喜びます。

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