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捨子の事 壱

 大教授(だいきょうじゅ)解任の件があってからしばらくの間、少なくとも私の周りは平和だった。主上(しゅじょう)は鼻歌を歌いながら本を読みふけり、たまに嫌々ながら輿(こし)に乗って正殿(せいでん)に出て、儀式に参列した。暦はすでに農耕多忙期を迎え、この聖都(せいと)にも徐々に市の活気が戻りつつあった。献立の品数も少しだけ増え、大陸から輸入される本によって一悶着起きたりしたが、それはまた別の話で、それも平和の範疇内であった、と思う。少なくとも私の中では平和な日々だった。

 そうこうしていると、ふと思うのだ。平和、とはなんなのか。

 聖都内乱が終結してからかなりの時間が過ぎたが、人々の生活が良くなったわけではない。ただ平和なだけで、それは「戦が無い」という状態と同義語ではないが、しかし誰もが今を「平和」だと思っているのだと思う。

 私が個人的にそれの指標だと思っているのが捨子の数である。戦中は大堂の周囲でひっきりなしに泣き声が聞こえ、子を捨てに来る親達を追い払う為に大勢の衛士(えじ)が動員されたりもしていた。この水教大堂(すいきょうだいどう)なら捨子を引き取ってくれる、という噂が立ったのが原因で、聖皇降命(せいこうこうめい)をいくら掲示しても効果は無く、神仕(しんし)養成を行う大堂院(だいどういん)だけでは追っ付かなくなって、専門の部署を作る事すら大真面目に検討されていた。

 しかし何より糧食の問題が発生し、結果から言えば部署が作られる事も無く、捨子は減った。正確には「減った事になった」と言うのが正しい。大堂警護の衛士を増員し、子を捨てに来る親を片っ端から追い返す、という実に単純な方策の効果は非常に高く、大堂が把握する捨子の数は激減したのだ。勿論、それは捨子の数が減った事にはならない。聖都の西にある山からは毎夜子供の泣き声が聞こえていたといい、捨てられる場所が変わって生存率がさらに減るという結果を残しただけだった。

 そして内乱は終わり、物流や納税が多少復活するに連れ、捨子の数は本当に減ったようだが、それでもたまに大堂に子を捨てに来る親がいる。今の所は追い返す方向で一致している。

 というか、さっきまではそうだった。


「ワタシは、そういうのが嫌なの」

 主上は珍しく真剣な顔でそう言い、私に一枚の書類を突きつけた。主上の字は非常に綺麗で読みやすく、容易に判読出来た。

「大堂院内に捨子を受け入れる施設を設立して、神仕や水守(みずもり)として教育してもらいます。お金はワタシと、各方面水源総責(すいげんそうせき)が負担して」

「それだとそっちからの抗議が来るって言ってくれや」

 そう私に耳打ちしたのはハライという倉持処(くらもちどころ)総責の神仕で、気心の知れた年上の友人のような人だった。まあ、当然だ。

 私が説明を試みようとすると、主上はふふん、と小さく笑った。

「大神仕の了解は取り付けてあるわ。東水総責(とうすいそうせき)は協力してくれます」

「他は?」

 ハライは未だ渋い顔のままだ。

「後で説明します。書庫の増築と並行して大堂院の増築も行って場所を確保、三年をめどに教育して神仕、水守として、特に水源林の衰退が著しい西部と戦争で打撃を被った東部を中心に各地に派遣する体勢を構築、それがちゃんと出来る様になったら規模増を検討。以上です」

 主上は一気にそこまで言い切り、少し肩を落とした、ように見えた。

「一旦席を外させて」

 主上は小さな声で言い、ふいと首を窓の方に向けた。私はハライを促して、一度部屋の外に出た。

「いやな、俺だって別に反対したいわけじゃねえんだ。だが」

 腕を組んでぶつぶつ言う彼を何とかなだめ、少しその場で待機する様に頼んで、私だけが部屋に戻った。主上はまだ窓の外を眺めていた。

 いまいちそうは思われていないようだが、私の本来の仕事は主上に讒言する事である。そう思っている。特に主上は幼い女の子なのだ。心の底から恐れ多いとは思うが、一応年長者に対する態度というのはあってしかるべきだろう。よしんば彼女が最高権力者であってもだ。

 どう言おうか言葉を選んでいたら、主上が唐突にこちらを向いた。

「ごめんなさい、相談もしないで」

 私は反射的に跳礼(ちょうれい)し、頭を下げた。流石にこれは想定していない。

「全部を救うのは、今のワタシには無理だわ。それはワタシが一番分かってる。だから、手の届く範囲だけはどうにかしたいの。せめて、大堂に来る人だけは」

 非常に静かな、悲しい声色だった。聖歌を歌う時と一緒で、ひどく心に響く音だった。私は頭を下げたまま硬直していて、しばらく主上も私も無言のままだった。

「……だから」

 ぽつり、と主上の音が沈黙を破った。

「この話は、ここだけ。大堂の外に漏らしてはならない。いい?」

 一瞬だけその言葉の意味を考え、私はようやく顔を上げた。主上は、また窓の外を見ていたが、こちらに向き直って、小さく笑った。

「彼に謝っておいて。後は、アナタに任せるから」

 彼女はそう言い、枕元にあった本を開いて、それに目を落とした。私は跳礼して部屋を出て、そわそわした様子で私を待っていたハライに顛末を説明した。

「……分かった」

 彼は口をへの字に曲げたまま答え、顎を引いて、上目遣いで私を見た。額の皺がぐいと動いた。

「俺には何が正しいか分からん。ただ、主上がそうあらせられるなら、俺達神仕もそうある。よく言っとけ」

 それはひどく難しい。軽い調子でそんな事を言ってみると、彼はにぃ、と歯を見せて笑った。

「それがお前の仕事だろ。聖皇御役(せいこうおやく)殿」

 頑張れや、と言うなり彼はくるりと振り向いて、手を振りながら去って行った。


 大神仕(だいしんし)の元へ行くと、彼は今日も薄暗い部屋の中で、まるで彫像の様に動かず座って、書類を決裁していた。私が跳礼すると指で略礼し、無感情な顔を書類から剥がして持ち上げた。

「何かね」

 当然私が来た理由など分かっているはずだが。用向きを伝えると、彼は手を伸ばして横にある棚を開け、書類の束を取り出して私に手渡した。

「東水総責には伝えてあるが、税の滞納が厳しい。一旦私の財から賄うよう手配したから、蔵持処にこの書類を渡せ」

 それだけ言って、彼は書類の山に戻った。

 一応、頭を下げる。大神仕は反応しなかった。

 私は、その場に立ち尽くしたまま考えた。

 主上は自らの力量を知っている。だから、大堂以外には他言無用という受け身で且つ酷な手法を実行する事にしたのだろう。掲示も公表もしないこの手法が生むものは只一つだ。

 そして、これが生むモノは今までと変わらないのではないだろうか。

 気がつくと、大神仕が目だけを上に向けて私を見ていた。

「何か言いたい事があるのではないか」

 口を開きかけて、はたと動きが止まった。私は首を横に振り、頭を下げて素早く振り向き、大扉を押し開けて部屋を出た。

 それが閉まるまで、大神仕は毛筋一つ動かさずに、私の方をじっと見据えていた。

 枯竹四手です。宜しくお願いします。

 連載八話目の投稿となります。


 導入部分なので話がこれっぽっちも動いていませんが、努力します…

 前の話と同じ位の長さになる予定です。


 感想等ありましたら、宜しくお願いします。

 わくわく喜びます。

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