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書庫の事 弐

 私は蔵持処(くらもちどころ)を出て、先ほど交わした会話の内容を考えながら歩いていた。

 多分主上は「御蔵(みくら)」からの出費を快諾するだろう。状況的に断るとは思えない。が、問題はそこだけではない。確認したい事はまだあるのだ、と考えたら、自然と大堂学舎(だいどうがくしゃ)へ向かう足取りが早くなった。

 学舎は今日も賑やかだった。私自身は、幼少期は父の雇った家庭教師が居たし、その後は流土民(るどみん)として水教(すいきょう)とは関係のない形で勉学をしていた関係で、神仕(しんし)になってからは大堂院(だいどういん)という神仕修行に重きを置いた場にいたため、ここに通った事はなかったが、若い神仕や青い服を来た貴族子弟を見て、少し若い頃を思い出していた。それらに混じってちらほらと壮年の神仕も右往左往している。学舎は別に年齢制限がある訳ではないので、当たり前なのだが。そんな中でも少し浮いている私は、多少なりとも奇異の目で見られながら中庭を横切って、教授達がいる大部屋へ向かった。

 ここでも視線を気にしながら、大部屋の一番奥に進むと、机に積み上げられた本で築かれた砦のような箇所があり、その後ろで砦守(とりでもり)の如く鎮座しているのが、学舎教授の長、大教授(だいきょうじゅ)だった。恰幅の良い男で、顎髭を申し訳程度に生やしている。深草色に染められた頭巾は、大教授の証である。

「おお、これは聖皇御役(せいこうおやく)殿。学舎に如何な用向きですかな?」

 私を認めると、彼は面白そうに会釈し、よっこいしょ、と立ち上がって跳礼(ちょうれい)した。用向きを告げると、彼は少し不思議そうな顔をしてから、またのんびりと笑みを浮かべた。

「ああ、その件でしたら担当させている者がいるので、そいつのところまでご案内しましょう」

 大教授が手を叩くと、腰の曲がった下男が現れ、大教授が二言三言ぼそぼそと告げると首肯して、私に跳礼してから先導して歩き始めた。後を追っていくと、学舎の建物の裏側に出た。奥に倉のような建物があり、あれが書庫らしい。

「二階にお部屋があります。それでは」

 下男は簡潔にそれだけ言って、また跳礼すると足早に去って行った。書庫の扉は最近(ろう)を引き直したらしく、滑らかに開いた。中は雑然としていて、並んでそびえ立つ本棚はおろか、備え付けの机だけでなく、床にまで本が積み上がっている。確かに拡張が必要かも知れない。

 二階に上がってみると、そこにも大量の本が積まれていた。本の山の間を縫う様に何とか歩いていくと、奥に扉があって、中から何やらぶつぶつ言う声が聞こえてくる。扉を叩いてみたが応答が無いので、思い切って開けてみた。この部屋も本が散乱しているのかと思えばそうでもなく、比較的片付いている。ただ、(とう)で編んだ箱がたくさん積み上げられているので、多分あの中に入っているだけなのだろう。

 中に居たのは、私より年上に見える、浅黒い肌の男性だった。茶色く染められた着物を着ている所をみると、珍しく平民出の教授らしい。黒くて短い髪は固く逆立っていて、どちらかと言えば嶮のある顔をしている。何かの本を読みながら一心不乱に木簡に筆を走らせていて、しかも何やら異国の言葉のような単語を口の中で唱えている。そして、私に気づく気配はない。

 また思い切って、声をかけてみた。すると彼はぴたりと動きを止め、勢い余って木簡が机から転がり落ちた。そのからんからん、という音にまた反応して、彼はゆっくり顔を上げた。

「誰だね」

 深く渋い声で彼はそう言い、目を細めた。私が名乗って跳礼すると、彼もゆっくり立ち上がって跳礼した。意外と長身で、私は見下ろされる形になった。

「大変失礼した。聖皇御役殿とは知らなんだ。私はこの大堂学舎で中教授(ちゅうきょうじゅ)を任されている、ナカリという」

 むっつりとした顔のまま、彼は頭を下げてそう言った。私が書類を示すと、ナカリ中教授は一瞥し、頷いた。

「いかにも、私が書いた物だ。階下の惨状はご覧になっただろうか」

 思わず微笑んでから頷くと、驚いた事に彼も軽く笑んでみせた。てっきり無感情な人なのかと思っていたが、そういう訳ではないらしい。

「御役殿には申し訳無いが、ここはひどい。本棚は風が通る様にしているから良いが、机や床は良くない。すぐに湿気るし、すると黴が生えるし、虫も湧く。ここの窓は北向きだから陽も当たらないし、本の日焼けを気にするのは分かるがそれなら虫干しの為の空き地が無くては。私は南方大堂(なんぽうだいどう)で教授の号を賜って最近ここに来たのだが、あちらは湿っぽいからそういった対策が発達しているのだ。この部屋には重要な本だけ集めて、ああして詰めてある」

 中教授は目線で藤の箱を指し示し、すぐに私の方に向き直った。

「あれなら風通しは良いし、木箱よりはずっといい。たまに入れ替える必要があるが」

 ここでようやく、私が矢継ぎ早の言葉に混乱しているのを分かってくれたようで、彼は慌てて言葉を切った。

「いや、申し訳無い。私は、その、少し物事に没頭する癖があってな」

 ばりばりと頭を掻いた彼は、何かを思い出したように両手を合わせた。

「そうだ、茶がある」

 中教授は(きびす)を返し、窓際に据えられた茶机(ちゃづくえ)の上で何かごそごそしていたが、振り向いた時には、手に湯気の立つ茶碗を二つ持っていた。

「そこの椅子に座ってくれ」

 目の前にあるのは椅子というより、座布団を置いた木箱だったが、よく見ると彼の座っていたのも同じような箱だった。

「これなら中に物を入れておける。合理的だ」

 中教授は机の上にあった本を藤の箱に詰めながらそう言い、あらかた片付いた机の上に茶碗を置いて、一つを私の方に押し出した。

「私の家は茶を作っていて、これは自慢の品だ。飲んでくれ」

 礼を言って、熱い茶に口をつけると、濃い花の香りが深く広がった。南方で有名な花茶(はなちゃ)だろう。これでも流土民時代に、色々な食物を体験して来たのだ。どの辺りで作られた物か、花の種類くらいなら分かる。

 感想を述べると、中教授は少し驚いたようだった。

「良く分かったな。南方出身か?」

 別に隠すような事でもないので、少し身の上話をした。また驚いたらしい中教授はひとしきり感心した風に頷くと、自らも花茶を啜った。

「なるほど、御役殿はこれまでの池子連とは訳が違うようだ。失礼した」

 そう言うと唐突に頭を下げて、私が慌てる間もなくまた戻すと、中教授はぐい、と身を乗り出した。

「ここまで一人で来たのか? 供の者は?」

 私は聖皇の側付きであり、傍目から見れば確かに位の高そうな役職であるが、しかし「聖皇の側に居る」という部分を除けば普通の神仕であり、むしろ出自や由来の関係で、特に派閥がある訳でもなければ自分に付き従うような者もいない事を正直に話すと、彼は数秒思案気な表情を浮かべ、すぐに決心したようで、さらに身を乗り出した。

「で、御役殿は主上をどう思われているのだ?」

 枯竹です。

 連載五話目の投稿になります。


 投稿タイミングの問題は活動報告にて言い訳させて頂きます(笑

 

 感想等ありましたら、宜しくお願い致します。熱く喜びます。

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