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書庫の事 壱

 今朝、主上は機嫌が悪かった。昨日の夜は物語本を読んでいて、すこぶる楽しそうだったのだが。

「途中までただの物語本だったの」

 彼女は粥をもそもそと食べながら、鼻息を荒くした。

「そしたら、急に恐い話になったの! 怪談話の準備はしてなかったの!」

 心の準備、という事らしい。憤懣(ふんまん)やるかたない調子で木匙(きさじ)を振り回し、ちょっと落ち着いて蜜を溶いた白湯を飲み干した主上は、不満げに私を見た。

「教えてくれたって良いじゃない」

 とは言うが、私はその本を読んだ訳ではない。確か、主上に頼まれて持って来た続き物だったはずだ。

 恐る恐るそう言ってみると、主上は頬を膨らませた。

「それは、まあ、そうだけどね?」

 でもでもだって、とぼやき、主上は空になった椀を私に押し付けて、布巾で口元を拭うと、寝床にごろりと横になった。

 私が片付けをしている間ずっと寝床の上を転がっていたため、主上の長く透き通った白い髪の毛はぐしゃぐしゃになってしまい、私は心の中でため息をついて、懐から櫛を取り出して差し出した。

 怖かったんだもん、眠れなかったんだもん、と未だに落ち着かない主上は櫛を受け取ったが、それを抱いて結局ごろごろと転がるだけだった。

「で、今日のお仕事は?」

 ……ああ、それがあったか。

 私が仕事を告げると、彼女の機嫌は少しだけ直ったようで、動きを止めてむくりと起き上がり、ぼさぼさの髪の毛の下でにっこりと笑った。

「持って来て」

 今日は、主上の好きな仕事だ。


 主上の好きな仕事というのは、各種書類の確認と決裁である。ある程度の案件は大神仕が裁いているのだが、殊に重要な案件は主上の裁可が必要になる。地味で面倒な作業なので、畏れ多くも幼い主上には堪え難いと思っていたのだが、それが好きな理由は明白で、つまり文を読むのが大好きなのだ。

 高寝床(たかねどこ)に低い机を置いて、その上に書類を広げ、一枚一枚吟味している主上の目は、とても輝いていた。その中から数枚の書類を興味無さげに脇に除けた彼女は、束の下から一枚の書類を取り出して、ためつすがめつしながら満足げに吐息を漏らした。

「この文章はキレイねぇ」

 主上はその書類を窓に向けて光に透かしてみたり、首を傾げて読んでみたりして、それから何度も頷いた。

「うん、キレイ」

 もう一度賞賛して、彼女はそれを私に差し出した。受け取ってざっと目を通すと、どうやら学舎(がくしゃ)の書庫を増設したい、という要望書らしい。

 大堂の敷地は広大で、多くの建物がある。その内の一つで、正殿(せいでん)の次に大きい二階建ての建物が学舎である。その名の通り神仕や貴族子弟である池子連(ちごれん)の勉学の場であり、教義に則った教育を施す場である。多くの神仕だけでなく、教授や研究者も輩出しているのだ。当然大量の本があり、書庫が間に合っていないのかも知れない。

 ……しかし、不思議なのはこの書類がここにある、という事だ。取り立てて重要な書類でもないし、大神仕が処理出来る案件である。何かの拍子に紛れ込んでしまったのだろうか。

 そんな事はどうでも良いようで、主上はにこにこしている。

「ねえ、それ読んでどう思った?」

 慌てて書類に目を落とし、今度はきっちり文を追ってみる。かっちりとした、几帳面な文字が並んでいるが、まず思ったのは「読みやすい」ということだった。各文の配列や語句選びによって、何やら絶妙に余白が生まれているのだ。それが目に対して効果を発揮しているのだろう。美文と言っても差し支えない。内容を読む限り、書庫の環境が悪い、と考えているらしく、増設、もしくは移築を検討すべきであると主張していた。

 書類を返して感想を述べると、主上は神妙に頷いた。

「この書類のお話、どうにかしたいんだけど」

 私の頭の中で色々な事が駆け巡り始めた。場所の問題、資金、必要な書類と審査、それから背後関係。……すぐというわけにはいくまい。調査が必要だ。

 言葉を選びながらそう告げると、そうよねぇ、と主上は腕を組んだ。それで平衡が取れなくなったらしく、ゆらゆらと揺れたかと思うと布団の上にころんと横倒しになる。主上は少しの間そのままじっとしていたが、唐突に身体を起こした。

「じゃあ調べて来て! 今、すぐ、大至急!」

 彼女は机に手を伸ばし、先ほどの書類を引っ掴んで私の方に差し出しながら大声でそう言った。流石に予想外だったので私は先ほどよりさらに慌てて書類を受け取り、跳礼(ちょうれい)するなり寝殿を飛び出していた。


 冷静に考えれば、そこまで焦る必要はなかった。どんな事だって冷静に考えれば焦る必要なんてないのだが。

 しかし、飛び出してしまった以上は調査しなくてはなるまい。手ぶらで主上の元に戻るのも気が引ける。

 その足でまず、勘定を司っている蔵持処(くらもちどころ)に赴いた。総責(そうせき)は地方の湧流貴族(ゆうりゅうきぞく)出身で禿頭の神仕が勤めていて、彼は大叔父の旧友だった。ひとしきり昔話と近況を雑談してから書類の話をすると、彼は口をへの字に曲げ、無精髭の浮いた顎を撫でた。

「うーん、いかんせん時期がなぁ。せっぱつまってるところから先にやらにゃならんでなぁ」

 それはその通りだ。この間ようやく大堂の修理が始まった所で、これからさらに壊れた塀なども直さなくてはならない。おまけに大神仕がいなくなった東方諸県(とうほうしょけん)では税の滞納が慢性化しており、各衛士団の動きも鈍い。

「おまけに警備に駆り出してる衛士共もおるしなぁ。奴らやたら食うのだ。今は何とかなっとるが」

 それもまた、そうだろう。平時ならそこまで人数は居ないし、食い扶持(くいぶち)は彼らが自前で用意している。しかし今はこちらが要請して駐屯させている手前、ある程度はこちらで負担しないと帰ってしまうかも知れないし、もっと悪いと彼らが「自給自足」を始めてしまう。端的に言えば、略奪を始めてしまいかねない。それはまずい。

「だがまあ、聖皇降命(せいこうこうめい)なら致し方ないがなぁ。前の聖皇はそれでほれ、大堂の祭壇を新築したがな」

 あん時ゃなぁ、と彼は大げさにため息をついた。そういえばそんな事もあった。私は直接関わっていないが、大叔父以下大堂内の神仕はほとんどが反対していたらしい。当たり前だ。内戦になるかならないか、という瀬戸際での無理だったのだから。

「でもまあ、そうだなぁ。聖皇の御蔵(みくら)と相談してくれりゃ良いかもな。急ぐんなら、だけどな」

 「聖皇の御蔵」とは聖皇の所領から送られてくる物の保管庫で、要するに聖皇の個人的な財産である。彼女の場合は前の大神仕の所領をそのまま受け継いでいるだけなので、そこまで多い訳ではないが当然少なくもない。ちなみに前の聖皇の財産は当然の如く没収され、聖都の復興資金として消えていった。

 私が思案していると、彼はひっひっひ、と笑って、私の肩を叩いた。

「あの聖皇はお前さんにかかっとるんだ。ちゃんと手綱ぁ握ってやれよ」

 言葉の意味は、いまいち分からなかった。

 枯竹四手です。宜しくお願いします。

 連載四話目の投稿となります。


 また、何となく話の進まない回となってしまいました。文章量が少なめですが、上手く切れる所が見つからなかった結果です。むむむ。

 そして、この話は少し続きます。


 感想等ありましたら宜しくお願いします。まったく喜びます。

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