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橋の事 了

 総責(そうせき)の館に戻ると、真っ先に副官の神仕(しんし)が出迎えてくれた。

「如何でしたか?」

 有意義であった事を伝え、彼を安心させると、私は総責の容態を尋ねた。彼は肩を落とし、首を振った。

「看病にあたっている神仕は「大丈夫だ」と言っていますが、私にはどうにも」

 私は彼を元気づけ、それから書簡をしたためるから、と言って部屋に戻った。ついでにタアを部屋に引っ張り込んだ。

 そして、率直な意見を聞いた。

 彼は無表情を崩さず、黙っていたが、少しするとようやく口を開いた。

「おかしい所はあると思います。どこかで、情報に齟齬(そご)が発生している可能性が」

 やはり賢い男だ。私は深く頷き、是非とも一緒に考えて欲しい、と頼んだ。タアの無表情が一瞬崩れ、明らかに驚いた顔をして、すぐ戻った。

「……御役(おやく)様が思われるままに」

 了解の返事と受け取り、私は低い声で喋り続けた。タアは律儀に聞き続け、たまに頷き、しかし結局最後まで喋らなかった。

 しかし、最後にぼそっと呟いた。

「……畏れ多いのですが、私も御役様と同じ事を考えていると思います」

 私は軽く頷いた。タアは目を伏せた。

 そして、この後の事を相談した。

 

 今日も夕餉の会食は和やかに終わり、私は明日大堂(だいどう)に戻る事、主上(しゅじょう)に情報を伝える事を副官の神仕に告げた。

「それで、橋の件は」

 彼は不安そうに尋ねて来たが、私は曖昧な感じに微笑んだ。多分上手に出来たと思う。どちらにせよ、私は何かを決定出来る立場では無い。神仕は俯いたが、すぐに顔を上げた。

「分かりました。それでは、書類をまとめておきます」

 私は軽く頷いて、自分も主上に報告する書類を書いてまとめている最中だと彼に伝え、タアには別用を申し付けて大堂に返したと言った。副官の神仕は不思議そうな顔をしていたが、跳礼(ちょうれい)して立ち去った。

 副官の神仕と別れてから、私は館をぶらつき、ここに来た日、玄関で出会った神仕を見つけて声をかけた。彼は空を飛ばんばかりの勢いで跳礼し、緊張した面持ちを私に向けた。

「な、なんでありましょうか!」

 ……なんと言うか、私の方が悲しくなる。

 気を取り直し、私は総責の容態を尋ねた。

「あ、ああ、何でもかなりお悪いようで。今は看病の神仕以外は部屋に立ち入ってはならぬ、と言われておりますです」

 なるほど。次いで総責が最後に出歩いたのがいつかを尋ねると、彼は首をひねって額に手をやり、それからあたりを気にしながら、私の耳元に口を寄せた。

「実は二十日ほど前に、架橋に関する視察という事でお忍びのお出かけをされました。集積所に行ったと聞いておりますです。それが多分最後です」

 その後どうしていたかも聞いたが、彼は知らないようで首を横に振るだけだった。

「架橋に関する議論をここの上層部と話し合っていたようですが、いかんせん私はこの通りでありますから」

 彼は自嘲気味に笑って、茶色い長衣(ながえ)をひらひらさせた。どうやら平民出らしい。

 私は彼の手を強く握って、それから目を白黒させている彼を置き去りにして、その場を歩き去った。

 多分、私の目には確信の光が満ち溢れていたのだと思う。


 状況は出揃った。最早疑う余地は無い。

 どこもかしこも利だらけで、一切の反対要素は無く、話に反対しているのが総責だけであるにも関わらず、彼が出て来る気配が一向に無い。

 つまり、これは総責を陥れる為の陰謀である、というのが私とタアの出した結論だった。

 恐らく、総責も架橋には賛成していたはずだ。どこをどう取ってもそれ以外に可能性は無い。渡し守の親方が嘘を言う謂れは無いし、総責はやはり架橋する気だったのだ。お忍びで行った時に、親方に告げたのだと思われる。

 しかし、彼は病に倒れた。ここが始まりだ。総責は命令を下せる状態では無くなった。そして、同時に架橋の話が本格化し始めたのだろう。つまり、総責が病にかかったのは、私が来た一昨日ではない。

 これで充分だ。後は簡単な話である。


 真夜中になって、私の部屋は下を流れる河の音だけが微かに聞こえる、静かな空間になっていた。

 しかし、そんな中でも、私の部屋の扉は音も無く開かれる。そして、背を丸めた影が慎重な動きで部屋に入って来て、膨らんだ寝床を一瞥し、書き物をする低い机の上に載った、紙の束に向かう。

 副官の神仕は、そこで私のかけた声に反応してひっ、と押し殺した声を上げた。私は隠れていた部屋の隅から立ち上がり、ゆっくり踏み出した。私の問いには答えず、彼はじっとしている。

 つまり、総責が倒れている事を秘匿し、総責が送るべき大堂への書類を一部隠して送り、商人や中州(なかす)住民には総責が架橋に反対している事をでっち上げ、最終的に総責を失脚させて、自らが総責になろうとした、というのが筋書きだろう。恐らく大堂に間者がいて、私が来る事は事前に察知されていたに違いない。だから私が来た時、慌てて総責が急に倒れた風を装っていたのだ。この事を上層部にしか知らないのは、先ほど神仕と交わした会話で確信出来た。

 一応総責がすでに死んでいる可能性を考えたのは昨夜の段階で、故にタアに頼み、総責の状態を確認してもらった。彼はやはり頭巾の男の部下らしく、隠密行動は完璧に為され、少なくとも総責が生きている事は分かった。私が来る前に殺してしまえば良かったのだろうが、それに至らなかったのは多分隠蔽の時間すら無かったからだろう。

 私はこの推理を淡々と語り、副官の神仕はそれをじっと聞いていた。流石に私の部屋に押し入ってきたのは失敗である。私が書類を書いた事を伝え、護衛のタアがいないと知ればそうするだろう事は予想出来たが。私も悪くなったものだ。

 副官の神仕はもう背を丸めるのをやめ、月光の中でまっすぐ立っていた。顔に、かなり嘲笑に近い笑みを浮かべ。

「御役殿。何を言われますか。総責様がいつ病に倒れたか、分かろうはずがありますまい」

 どうやらしらばくれる気らしい。当然だろう。私には推理があるが、証拠が無い。

 と、彼は思っているだろう。だから、私が寝ていたと思われていた寝床が動いて、中からタアが出て来た時の彼の顔は、月光の効果もあって完全に青く染まっていた。

 彼は落ち着き払って寝床から出ると、私の前に立った。

「先刻、看病と称して総責を見張っていた神仕を捕縛して確認した。全て貴様の指示だと明言した」

 彼の顔はこちらからは見えなかったが、多分いつもの無表情だったろう。情報統制が完璧だったが故の過ちで、看病の神仕以外に誰もいなかったらしい。

 副官の神仕は唇を震わせていたが、すぐに気を取り直し、ぱん、と両手を叩いた。それに反応して、廊下からのっそりと大きな影が現れる。

 それは胸当てを付けた大柄な衛士(えじ)で、手にはすでに抜き身の刀を握っていた。

「やれ! やってしまえ!」

 もう隠す気も無いのであろう敵意をむき出しにし、神仕が吠えた。タアは腰から剣を抜き、腰だめに構えた。

 タアの剣は肉厚で短く、相手の衛士の刀は長い。尺の違いは歴然で、相手もどうやら比較的身長の低いタアを侮っているらしい。にやりと口元を歪ませ、刀を大上段に振りかぶった。私は思わず目を閉じた。

 が、聞こえたのは野太い悲鳴だった。目を開けると、タアは静かに立っていて、向かいの衛士はうずくまっていた。どういう事か分からず、私も、多分副官も混乱して立ち尽くすだけだった。

 彼は泣き叫ぶ衛士に歩み寄って、その大きな図体を蹴り転がし、左腕に突き刺さっていた彼の剣を引き抜いた。一段と大きな声で叫んだ衛士は、それきり動かなくなった。多分痛みで気絶したのだろう。なるほど、どうやらタアは剣を投擲したらしい。

 衛士の血で染まった剣が染めた者の手で向けられるに及んで、副官は腰砕けになって床に尻餅をつき、蒼白の顔を震わせていた。


 大堂から派遣されてきた衛士に混じって、頭巾の男が現れた頃にはもう朝焼けが顔を覗かせていて、大体の始末が終わっていた。私は権限でもって近くの駐屯地から衛士団を呼び寄せ、第二流水処だいにりゅうすいどころを制圧していた。まあ、抵抗なんて無かったので、示威にしかなっていないのだが。いや、それでいいのか。

「タアは役に立ったでしょう」

 彼は自慢げに言って、褒められたタアは浅い礼をした。実際問題、彼がいなければ私の命も無かったかも知れない。

「主上が甚く心配しておられますよ。早馬と牽車(けんしゃ)を用意しましたので、至急大堂へお戻り下さい。後は私が処理します」

 そうしてくれると助かる。私は跳礼して、それからタアに右手を差し出した。戸惑う彼の背中を頭巾の男が押して、私達は握手した。彼はすぐに手を引っ込め、そそくさと去って行った。

 頭巾の男に見送られて、早馬に付けられた牽車に乗り込み御簾を下げ、勢い良く出発した途端、何だか目尻が熱くなって、すぐに顔全体が火照ってきた。足から力が抜けて、手指が痺れ、冷たくなって感覚が無くなる。背もたれに身体を預け、嘆息して目を閉じた。

 正直に言おう。

 死ぬかと思った。


 早馬は本当に早く、朝餉の時間になる頃には大堂に着いていた。

 主上は私が寝殿に到着し、主上の部屋の扉を開けるなり、御簾を跳ね上げて凄い勢いで手招きし、私が高寝床(たかねどこ)の前に来るか来ないかくらいで、全身のバネで飛び上がり、渾身の力で飛びかかってきた。

「ごめんね! ごめんね!」

 彼女は私の胸に顔を埋め、ぎゅっと抱きしめたまま離してくれなかった。私は主上を受け止めた勢いで床に倒れていたが、主上を落とさなかった事に安堵しすぎて全身の力が抜け、呆然と転がったままになっていた。

「あ、あのね、あの、知らなくて、ね」

 この細腕のどこにこんな膂力(りょりょく)が、と思うくらいには強い抱擁をしたまま、主上は顔を埋めたままくぐもった声で言い、私はひどく動揺していた。

「こんな、こ、んなっ」

 主上の身体が震え出して、ようやく我に返った私は何とか上体を起こし、躊躇った末、畏れ多くも主上を抱いたまま高寝床に腰を下ろした。離してくれないのだ。足の無い彼女は、まるで私の腿の上に立つような格好になっていた。

 すると寝殿(しんでん)の扉が勢いよく開いて、ハライに連れられたラウラが全速力で主上ごと私に体当たりしてきたので、結局私は二人を抱えて高寝床にひっくり返る形になった。先ほどまで主上が居たのであろうそこは、少しだけ暖かかった。

 ラウラは声にならない声と共に転げ、憤懣やるかたない、という風に私の頭を小さな拳で叩き続けた。それで、ようやく主上が顔を上げた。灰色の瞳は少し充血して、頬にもいつにない赤みが差している。彼女は何回か深呼吸し、そして、か細い声で呟いた。

「怒ってない?」

 怒る理由など無いし、まず怒れるはずがない。首肯すると、主上はそう、とため息の様に呟いて、今度は力無く私の胸に顔を埋めた。


「災難だったな」

 部屋の外で待っていたハライは呟く様に言って、それから堪えきれない風に口元に手を当て、最終的に吹き出した。

「くっくっく、いや、災難を笑ってるわけじゃないんだぜ。さっきお前が、あんまり、な」

 ひひひ、と押し殺した笑い声をようやく収めた彼は、ちらと私を見て、それから躊躇いがちに右手を出して、私の頭に載せた。

「今日確信したよ。やっぱり今の主上には、お前が必要なんだ。主上に必要なお前は、水教(すいきょう)に必要なんだ」

 やけに大仰な話になり、私は何を言って良いか分からなくなった。ハライは右手で私の頭を掻き回し、それからふう、と息をついて手を下ろした。

聖皇御役(せいこうおやく)殿。頼むぜ」

 自分の禿頭をぺちん、と叩いて、彼はのんびり大堂へ戻って行った。取り残された私は、深くため息をついた。

 さあ、また一日が始まる。

 枯竹四手です。宜しくお願いします。

 連載十三回目の投稿となります。


 時間がかかりましたが、橋の事終了です。

 かなり力業な最後でしたが、どうぞご勘弁を。


 感想等ありましたら、宜しくお願いします。

 びっくり喜びます。

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