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橋の事 弐


 大門には衛士(えじ)が二人いたが、私とタアの服装で把握したらしく、さっと木の門を開けた。私達は馬を下りて、堅牢な石造りの土台を登って館に入った。

 ただ、中は妙に慌ただしかった。神仕(しんし)やら雑色(ぞうしき)達がうろうろして、時折人を呼ぶ大声も聞こえる。それで、私は玄関に立ち尽くしていた。すると、一人の神仕が私達を見つけて寄ってきた。

「おい、何してるんだよ。皆忙しいんだから」

 いや、知らないのだからしょうがない。何となく気配を醸し出しているタアを気にしながら、私は身分を名乗り、ついでに懐に入れていた主上(しゅじょう)からの書簡を巻いた物を見せた。ちゃんと主上印が捺された紙筒でまとめられている。

 後は少しばたばたした。地に頭を付けそうな勢いで動揺する神仕を全力で宥め、落ち着かせ、彼は「少々お待ちを」の「を」を言うか言わないかくらいですっ飛んでいった。

 私はちらりと後ろを向いた。タアは、無表情のままだった。


 私達は総責(そうせき)の執務室に通された。大きな窓が開いていて、クアラ川が一望出来る。今日はいい天気だ。

「大変申し訳ございません」

 流水総責(りゅうすいそうせき)の副官と名乗った初老の神仕は、只管(ひたすら)に頭を下げた。

「総責殿は昨日、体調を崩されたのです。今朝もあまりよろしくないようで、先ほど大堂(だいどう)に連絡の使者を立てたところだったのです」

 なるほど、それで慌ただしかったわけだ。私は平身低頭する神仕に、状況が分かる者がいないか尋ねた。

「それは、私ですね」

 彼はまた申し訳無さそうに頷いて、総責の使う白木の低い机の上にあった書類を取り上げた。

「実を申しますと、今回の件は我ら第二流水処(りゅうすいどころ)の神仕のほとんどが賛成しておるのです。ただ、総責殿が強行に反対なさって」

 彼はため息と共に跳礼し、それから書類を私に差し出した。

「もし大堂から命令が出れば、総責殿も認可せざるを得ないと思うのです。民は困っているし、商人もまた困っております」

 やはり、そうか。

 理由が分かるか尋ねてみたが、彼は情け無く項垂れた。

「許可は出来ない、の一点張りで。一応架橋位置も人夫も資材も、すぐに準備出来る体勢にはなっております」

 受け取った書類をざっと見たが、これといって不審な点は見つからない。というか、反対する理由が分からない。

 書類をめくっていくと、大堂に送られていたので確認した現地調査の結果報告の書類が出てきた。そして、その間に地区住民代表からの要望書が挟まっている。これは初めて見るものだ。

 副官に聞いてみると、彼は驚いた。

「それも一緒に大堂へお送りしたはずですが?」

 ちょっと見せて下さい、と言うのでそれを渡すと、彼の顔が曇った。それから、ひどく言いにくそうに上目で私を見た。

「本件に関する書類は、大堂にお送りする前に総責殿に渡して、総責殿が包んだのです。……総責殿が送る前に抜いたのかも知れません」

 書類を返してもらい、もう一度良く読む。物流の安定化を望む旨の文章は、かなり切実に見えた。もしこれが主上の目に入っていれば、事態はもう少し簡単に動いただろう。つまり、流水総責は橋を架けたくないのだ。

 だが、理由が分からない以上は対応の仕様がない。大体そういう内容の説明を副官にすると、彼はまた悲しそうに俯いた。

「総責殿の体調がどうにかなるまで、棚上げという事ですか」

 有り体に言えばそうだ。正直な男である。

 礼を言って総責の執務室を出ると、タアが無言で私の後ろに立った。少し怖い。

 正直に言うと、私は途方に暮れていた。流水総責の体調が改善されるまで動きようが無い。大堂に戻って、そう報告するしか無さそうだ。

 が、少しだけ、何かが引っかかる感覚があった。それが何か分からなくて、私はぼんやりと窓の外を流れる美しい川の流れを見やった。暖かくなってきたからか、渡し舟や(はしけ)も心無しかのんびりと動いている様に見える。何を載せているのだろうか。ここからでは、よく見えない。

 ……そうか。

 私はくるりと後ろを向いた。タアは少しだけ眉を動かしたが、何も言わないでまた私の後ろに回った。

 そう、分からないのなら、見てくればいいのだ。

 今しがた出たばかりの執務室の扉を開けると、書類を片付けていたらしい副官の神仕は、文字通り飛び上がった。

「お、御役(おやく)殿?」

 動揺した彼からまた書類を受け取り、丁寧に読み直す。訳が分からずあわあわと口を動かしている神仕に、私は視察に行く旨を告げた。


 私達が一晩を第二流水総責の館で過ごす、という言伝を持った使者が馬で出かけるのと、私達とすれ違いで大堂に出かけた使者が戻って来るのが同時だった。時間はすでに夕方で、陽は傾いて西の方にある山の向こうに消えかかっていた。総責の体調に対する大堂の返事は簡単で、つまり「逐次経過を報告せよ」ということだった。

 急な事だったが、副官の神仕は気にしないで下さい、と両手を振って、饗応(きょうおう)の準備をさせた。私と神仕の会食の形になり、干した貝柱を湯で戻したものや大陸由来の辛味の効いた豆の炒め物などが出され、大変美味しかった。

「総責殿はかなりお悪いようです」

 会食が終わった頃に報告が上がってきて、副官はまたため息をついた。

「明日もお会い出来るか分かりません。申し訳無い」

 彼が謝る事でもあるまい。私は笑顔でそんな風に告げ、会食の席を辞した。

 寝所としてあてがわれた部屋の前で、タアが静かに立っていた。食事をしたのか尋ねると、彼は少し考えてから頷いた。どうも嘘らしい。部屋に入るよう言うと、大人しく従った。

 そして、ちょっとした事をお願いした。彼は黙って聞いていたが、こくりと頷き、初めて口を開いた。

「御役様は、どうなさるのですか」

 低い、静かな声だった。私は微笑んで問題が無い事を告げる。タアはまた少し黙って目を伏せていたが、跳礼して退出した。

 それで安心して、私は寝床に入った。


 次の日の朝、私とタアはまた馬に跨がり、書類にあった架橋予定場所に向かった。丁度南に蛇行し切った部分で、西から来る物品の集積所があるところだった。

 案内役として一緒に来た第二流水処の神仕は、長衣(ながえ)から腕を突き出し、中州の方の対岸を指差した。そちらの方には木造の建物が並んでいる。

「あれが市場ですな。ここらは比較的流れが穏やかですが、蛇行しているので大雨が降れば集積所が流されるのですわ。何度か被害に遭っているのはご存知でいらっしゃいますか」

 私は頷いた。西からの大街道の直線上にあるのでここに建てられたらしいのだが、どうにも短絡的な話である。まあ、相当古い話なので、恐らく当時は何かあったのだろう。

「だもんで、ちくっと上流に行った所に大橋を架けて、行き来を便利にしようっていう話なんですわな。この辺は川床が平たいんで、工期も手間も楽なもんだと思うんですがねぇ」

 その神仕もやはり、橋はあった方がいいと思っているらしい。彼は馬を私の方に寄せ、小声で話しかけてきた。

「実はね、こないだ集積所の親方の家族で荷渡しの艀を漕いでる奴が、足を滑らせて川に呼ばれっちまいましてねぇ」

 彼の言う「川に呼ばれる」とは、端的に言えば水死の事である。ここは神聖な五支流の一つなので、水死は事故よりは殉教として扱われる場合がある。だが、やはり死は死なのだ。

「それで親方、ひどく塞いじゃってね。そっからですよ。架橋の話が本格化したのは」

 神仕は悲しそうに呟いて、祈る様に目を閉じた。


 集積所は朝の荷下ろしが終わった所で、少し落ち着いていた。牽車を引く牛に水を飲ませる者、豪快に笑いながら仲間と話す者、木簡を手に荷を検査する者。私は流土民(るどみん)時代に荷数の確認をする仕事をした事があったが、モノがある所はいつでも活気に満ちているものだ。

 私達は馬を止めて、ここに駐在している衛士に預けた。それから、親方に会う事にした。

 人に尋ねて探すと、親方は陸に揚げた艀の点検をしている所だった。太い腕で大きな石を持ち、艀に打たれた楔を叩いている。挨拶すると、汗を拭きながらのしのしと歩いてきて私達の前で重そうに跳礼した。

「神仕様、どんな御用で」

 だみ声で言いながらも、目は伏せている。何か思い出していそうな顔だ。

 架橋について聞きたい事がある、と横の神仕が尋ねると、彼の顔は曇った。

「ああ、それですかい。俺らには、関係の無いこって」

 無いわけがない。橋が架かれば、彼らはお払い箱なのだ。

 ひどく単純な問題である。橋が架かれば舟は必要無くなる。完全に、と言うわけではないが、ほぼ無くなるだろう。そちらの方が安全で確実で、何より安いはずだ。一度架けてしまえば人件費は要らないし、それこそ川に呼ばれる者も減るだろう。渡しで生活する彼らがどうなるのかは明白だ。

 それでも橋を架けたいのには、必ず理由があるはずなのだ。

 親方は私の視線を受けて、俯いた。

「渡しの連中は反対してますが、流水総責様が新しい渡し口を作ってくれるそうです。ここらは流れが少し厳しい。俺らは長い事やってるので大丈夫ですが、若いのは」

 ね、と彼は微かに呟いて、川の方に目を向けた。今は比較的穏やかに流れている様に見える。だが、彼の目にはそう映っていないのだろう。

「神仕様。俺は三十年、この岸で荷を運んできました。長くここにいるからってだけで、皆をまとめとります。色々ありました。ここらで全部終わりにするのも、悪くはねぇかなと、思うんです」

 彼の声は次第に小さくなって、最後の方は殆ど聞こえなかった。


 案内の神仕が延々とこの辺りの事情(報告書に載っていたので、あまり意味が無い)をしゃべくりながら馬を引いて来る間、私はずっと考えていた。橋を架ける事について、割を食う人間はいないという事が分かったからだ。

 第二流水処は、橋を架ければこれまで以上の利を得る事が出来るだろう。それは商人も同様だ。

 渡しを活用してきた中州住民は、橋の完成で安定した物流を得る事が出来、生活面の苦労も減るだろう。

 そして、職を失うはずだった渡し守達は、橋を架けるのは一カ所だし、緊急の場合なども考えれば確かに渡し守が完全に必要でなくなる訳は無い。何より、親方の言曰く「流水総責様が新しい渡し口を」作ると聞いているらしい。ならば、橋が出来てもある程度の生活は約束されているのだ。

 妙な矛盾が生まれているのだ。

 枯竹四手です。宜しくお願いします。

 連載11話目の投稿になります。


 今回はなんだか淡々としてしまったかなぁ、と思っています。常に淡々としてるのですが。

 

 感想等ありましたら、宜しくお願いします。

 喜びます。

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