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見切り発車も甚だしい
背が伸びて、顎が細くなっている。
アレンジしているのか寝癖なのか見分けのつかない黒髪に、細身の黒いジーンズ。くたくたに着古したような薄茶色のロングコート、首には学生が持っているようなタータンチェックのマフラーを適当に巻いている。けれど足元はどうしてなのか雪駄だった。
「九条?」
顔のつくりは昔と変わっていないように思えたが、どうにも自信が無い。
伺うように名前を呼ぶと、彼はパッとこちらを振り返った。
「ああ! 久し振り、葉崎」
記憶よりも低くなった声。
中学の記憶が俄に思い起こされ、俺は彼に弾圧されるのではないか、という考えが頭をかすめた。
そんな訳は無い。彼はそういった人間では無いはずだ。
「久し振り。――どうしたんだよ、急に」
けれど彼に対してじわじわと生まれた恐怖が拭えない。
事を済ますなら早い方が良いと、笑顔の彼に話を切り出す。
九条は微笑みを崩さずに肩をすくめて「あの通りだよ」と言った。
「幸せとは何かを知りたくてさ」
彼が瞬きをする。
視線が合った。九条の瞳は、出会った時からこんなに陰っていただろうか。
「九条、俺は、俺には、解らないんだけど」
「じゃあ一緒に探す?」
会話を切り上げてしまいたい。
けれど彼はなんでもないように、思い付いたようにそう言った。
「何に幸せを感じるかは、きっと人によって違うと思う」
「へえ。その事を君は知ってるわけだ」
「いや、あのさ」
自分でも良く解らない会話をしている。
九条の求めるものは何だ。
そうだ、幸せを求めているという。
そして幸福を知っていそうな俺に、それを教えてくれという。
では具体的に俺は何をすれば良いんだ。
俺が幸せだと思う瞬間を伝えれば良いのか?
でも、それは九条の幸福とイコールなのか?
「……なんで、俺なんだよ」
悩んで考えた末、口をついて出たのはただの本音だった。
「さあ、なんでかな。中学の頃の自分には不思議と、君が幸福そうに見えたんだよ」
「俺は、あんたの事が嫌いだった!」
「知ってる」
胸の内を吐き出すように勢いづいて出した声は、しかし穏やかな彼の声音に押さえつけられた。
「知ってるよ。隠そうともしてなかったろ? そう、そうだ。君のそういう自分に素直な所が、俺に幸福を感じさせたんだ」
「はあ? なんだそれ。俺の頭がめでたいって事か? それとも、あんたがマゾって事か?」
「どっちでも無いと思う。気を使わないから、俺は君と接するのに疲れなかったよ」
「他の奴には気を使ってたって? あんなにふらふら生きてたろ?」
「そう見えた? それ俺じゃないんじゃない?」
不意に、馬鹿にされているのかも知れない、と思った。
もしくはからかわれている。何故か中学の頃のような誠実さが、今の彼からは感じられなかった。
「あんた、なんだか嫌な奴になったな」
「中学の時もそう思ってたでしょ」
「違う意味で嫌な奴になった。……まあ、良いや。具体的に俺は何をすれば良いわけ」
「うん。俺に幸福を教えてくれれば良いよ」
あっけらかんと言い放つ男に腹が立ってくる。
昼時になり、人の往来が激しくなってきた事に、誰かとぶつかった肩で気付いた。
とりあえず移動をしようと提案すると、「勿論」と九条は頷いた。