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7話 いろいろ増えた。

 親父が水平線の彼方へ消えてから数時間。家に戻った俺は、リビングで途方に暮れていた。


 他の二人は、台風が去った後のような解放感に包まれたのか、「親父追放記念パーティ(自腹)」と称して、見送りもせずデカ盛りパフェを食べに街へ繰り出してしまった。


 「さて、まずは資金調達だ。あのクソ親父、金をどこに隠した……」


 俺の呟きに、隣でリアルサイズの秋刀魚のぬいぐるみを抱いた夜露が反応する。


 「こっちなのです。階段下収納に、昨日までは存在しなかった辞書が鎮座しているのです」


 夜露が指差したのは、埃を被った広辞苑だった。手に取ると、一冊の辞書とは思えないほど中身がスカスカで軽い。ページをめくると、中央が職人芸のような精密さでくり抜かれていた。


 「……首里城!? 首里城ばっかりじゃないか!」


 そこに収まっていたのは、令和の現代では絶滅危惧種に指定されてもおかしくない「二千円札」の分厚い束だった。


 (なーんで諭吉にしなかったのさ)

 

 数えてみると、全部で40万6000円。高校生の小遣いとしては天文学的数字だが、築50年のボロ家の修繕費、女子3人の食費、そしてあの軽トラとボロい別荘の維持費を考えれば、あまりにも心許ない。


 「大丈夫なのです。夜露たちは毎月3万円ずつ、宿泊費として上納する契約なのです。納税は国民の義務なのです」


 「3人で9万……。それでも、食費とか、洗剤とか、光熱費、もしかしたら起こり得るここの修理を考えたらカツカツだな」


 俺が計算機を叩こうとした、その時だった。


 グワァァァァァァン!! グヴゥゥゥン!!


 地響きのような、暴力的なまでのエキゾーストノートが家の外で爆発した。空気が震え、古びた窓ガラスがガタガタと悲鳴を上げる。


 「すいませーん! 誰かいますかぁー!?」


 鼓膜を揺らす重低音とは裏腹に、響いてきたのは鈴を転がすような、場違いなほど無邪気な女の声だった。


 俺が玄関を開けると、そこには月明かりを弾く鮮やかなベイサイドブルーの**スカイラインGT-R(R34)が鎮座していた。運転席から降りてきたのは、25歳前後だろうか。モデルのような美貌を持ちながら、その瞳にはガソリンの匂いが染み付いているような、危うい熱を帯びた女性だった。


 「……あなたが、この『白い化け物』の持ち主?」


 彼女は車庫に鎮座する、あのボロい軽トラを震える指で指差した。


 「俺はまだ免許も持ってません。持ち主の親父なら、さっき太平洋を泳いで渡り始めましたけど」


 「あの人が……。でも、話は早そうね。私は3年前、この軽トラに魂をズタズタに引き裂かれた女よ! R34で峠を攻めていた私のバックミラーに、突如として現れた赤い彗星……じゃなくて、白い影! ドラム缶を背負い、ナンバー『8932』を掲げた軽トラに、アウトから笑いながらブチ抜かれた屈辱、あなたにわかる!?」


 「……いや、親父はよくやってましたよ。でも、あれ普通の軽トラですよ? 運搬車ですし」


 「どこが普通よ!! 正気!? 脳が溶けるようなあの9000回転の咆哮……あれは農民の味方じゃない、F20Cエンジンよ!!」


 彼女は俺の肩を掴み、猛烈な勢いでまくしたてた。


 「かつてホンダが、当時の技術の粋を極限まで凝縮して作り上げた、伝説のオープンカー『S2000』の心臓! それがあのアリのような軽トラのボディの中で、猛り狂う獣として脈動しているのよ! いい? 本来、軽トラに許された排気量は660cc。慎ましく、健気に大根を運ぶための規格なの。なのに、あそこに載っているのは……NAエンジンとしては世界最高峰のリッター125馬力を叩き出す、2リッターの化け物! 本来のキャパシティを3倍も超越したパワーを受け止めて、華奢なフレームが悲鳴を上げながらアスファルトを削り取っている……。あれはもう軽トラじゃない。農道の皮を被ったVTECという名の暴君よ!!」


 女の熱弁を聞いて、俺は戦慄した。親父の「普通だ」という言葉を信じていた自分の常識が、根底から覆されていく。あの軽トラは、農作業用ではなく、公道を走る狂気そのものだったのだ。


 「それで、あなたのお父さんは?」


 「……だから、外国までクロールで行きました」


 「……はぁ?まぁいいわ。あの怪物の血を引く息子なら、話は早そうね」


 彼女は突如としてその場に膝をつき、アスファルトに額を擦り付ける見事な土下座を披露した。


 「お願い! 私をここに住まわせて! 持ち主不在の今こそ、あのマシンの秘密を解明したいの! お金なら払うから! 3万……いや、5万出すわ!」


 一月5万。彼女が加われば、家計は一気に黒字に転換する。


 「……いいですよ。ただし、飯の文句は言わないこと。それと、夜中に車庫でエンジンを吹かさないこと」


 「やったぁ! 私、結城友希ゆうき ゆき! よろしくね、斉昭くん!」


 (……ん? 今、俺、名乗ったっけ?)


 こうして、俺の奇妙なシェアハウス生活は、さらなる混乱も孕むのだった。

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