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2話 猫っぽい人がいるよ。

 翌日、俺たちはその「別荘」へと向かっていた。移動手段は、父が「相棒」と呼んで憚らないあの白い軽トラだ。見た目は使い古された農道のポルシェ……いや、そんな高尚なものではない。ただのボロい軽トラだ。しかし、この車にはいくつもの違和感がある。まず、ナンバープレートが「し・8932」という、嫌でも目を引く不吉な数字だ。そしてエンジン。父に言わせれば「なんの変哲もない、軽トラにはよく積まれている2L直4NAエンジン」らしい。いつもは、こんな事気にならないのに、親父が海外に行くからか、少し神経質なのかもしれない。


 「なぁ親父。今更かもしれないけど、軽トラに2リッターのエンジンって普通なのか?」


 「当たり前だろ。荷物積んで坂道登るんだぞ? パワーがなきゃ話にならん」


 「……そうなのか」


 父の言葉に、俺は妙に納得してしまった。父の教育の賜物か、俺の感覚もどこか麻痺しているのかもしれない。だが、この軽トラは運搬車としては致命的な欠陥がある。荷台の中央に、なぜか半分に切られたドラム缶がボルトでガッチリ固定されているのだ。このせいで、肝心の荷物がほとんど載せられない。


 「それにしても、この車、うるさいよな」


 「違うぞ?壁がうすいんだぞ?」


 父はアクセルを軽く踏み込む。背後から突き上げるような加速G。軽トラの挙動ではない。山道に入ると、後ろからワークスやら、NDやら、エボやら、インプやらが煽ってくることがよくある。今日は後ろにはポルシェ911が張り付いていた。


 「まーた煽られてるぞ?」


 「ふん、ど素人が。斉昭、舌を噛むなよ」


 父が軽くシフトダウンし、アクセルを床まで踏み抜く。甲高い、金属質な咆哮が山々に響き渡った。軽トラとは思えない旋回性能でコーナーを駆け抜け、バックミラーの中のポルシェが瞬く間に豆粒のように小さくなっていく。


 「……やっぱりおかしいよな、この軽トラ。よく道路を走っている軽トラはデチューンされてんのか?」


 「何がだ?整備さえしっかりしてれば、これくらい軽トラは普通だぞ?」


 山道を抜けた先にあったのは、お世辞にも「別荘」とは呼べない代物だった。


 「ここだぞ、ここ。」


 父が指差したのは、築50年は経過しているであろう、蔦の絡まった木造一軒家だった。


 「え、ぼろっ。これが別荘?」


 「しゃーない、しゃーない。外見で判断するなよ。住めば都だ」


 父はケラケラと笑いながら車を降りた。笑い事ではない。これから俺はここで、見ず知らずの人間と共同生活を送るのだ。


 車を降りて荷物を下ろそうとした時、背後から不思議なトーンの声が聞こえた。


 「……誰なのです?」


 振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。ぼさぼさの髪に、どこか焦点の定まらない瞳。オーバーサイズのパーカーを着こなした彼女は、じっとこちらを観察している。


 「おー夜露よつゆ。こいつは俺の息子で斉昭だ。お前と同級生になる。俺がいない間、こいつが飯を作ったり面倒を見たりするから」


 「わかったのですー。でも、夜露は秋刀魚缶があればそれでいいのです」


 「そういうわけにはいかん。栄養バランスも考えろよ」


 「えへへ」


 少女、夜露は、父にふらふらと近づくと、その腕に頭を擦り付け始めた。喉の奥で「ゴロゴロ」という音が聞こえる。その仕草は、人間というよりは完全に猫のそれだった。


 「そういうわけだ。よろしく頼むぞ、斉昭」


 父は満足げにキメ顔を作った。何が「そういうわけ」なのか、俺にはさっぱりわからない。夜露は父から離れると、今度は俺の周りを円を描くように歩き始めた。そして、クンクンと鼻を鳴らして俺の服の匂いを嗅いでくる。あまりの至近距離に、俺は思わずのけぞった。


 「……おじさんの匂いなのです」


 「それは、父さんと同じ洗剤を使ってるから当然だろ」


 夜露は納得したように頷き、俺の目をまっすぐに見つめた。


 「息子、よろしくなのです」


 「……俺の名前は斉昭だ。息子じゃない」


 「わかったのです、息子」


 会話が成立しているようで、決定的な部分でズレている。このシェアハウスでの生活が、一筋縄ではいかないことを俺は確信した。



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