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14話 教室というよりシェルターだね

 「本年度は新入生が予定定員を大幅に下回ったため、クラス編成は『A組』のみとなります」


 進行役の教師が、まるで「今日の給食はカレーです」くらいのトーンでとんでもないことを口にした。俺は周囲を見渡し、改めて戦慄する。確かに、三階の窓から見える三年生は120人、二年生も100人近くいる。なのに、目の前にいる一年生は、俺たちを含めてわずか30人。


 (……何この極端な人口ピラミッド。この学校、一年の間に何があった? 経営破綻か? それとも、新入生を拒む「何か」があるのか……?)


 「また、一年A組の担任は、新任の結城先生です」


 その瞬間、俺の脳内で何かが音を立てて繋がった。シェアハウスの住人である夜露、彌生、皐月、そして俺。新入生が少なかったためとはいえ、その全員が同じA組になり、あまつさえ担任が「同居人」の結城友希。偶然にしては出来すぎている。誰かが裏で、チェスの駒を並べるように俺たちを一つの箱に押し込めた……そんな不気味な意図を感じずにはいられなかった。


 「入学式は以上となります。新入生退場。拍手でお送りください」


  パチパチパチパチパチ……。

  フィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!!


 静寂を切り裂く、聞き慣れた高周波。皐月のラジコン、ブガッティ・シロン(ピュアスポーツ)だ。先生たちの「肉のピラミッド」に巻き込まれ、大破したと思っていたのだが、どうやらあの乱戦を無傷で潜り抜けていたらしい。低重心の強みか。シロンは俺たちの先陣を切り、まるで大統領のエスコート車両のようにアリーナを後にした。


 「A組の皆さん。これから教室に案内します。私についてきてくださいね?」


 結城先生が、艶やかな笑みを浮かべてこちらを振り返る。その態度は、教育者というよりは「高級ホテルのコンシェルジュ」のそれだ。丁寧だが、どこか慇懃無礼で、本心が見えない。


 (……まあいい。いちいちツッコミを入れていたら、この学校では精神が持たない。深淵を覗く者は、深淵から覗き返されると言うしな。俺はただ、無心で歩くだけだ)


 歩くこと三分。案内された教室は、北校舎の最果てにあった。広さは約7メートル四方。三十人で使うには十分なスペースだ。壁は病院の隔離病棟を思わせるほど真っ白で、床は年季の入った茶色。


 そして、俺はその「異様」に気づいた。


 「……窓?」


 壁の一角に、美しい青空と並木道が見える窓がある。だが、どれだけ目を凝らしても、雲一つ動かない。葉一枚揺れない。結城先生が黒板に名前を書いている隙に、俺はこっそりとその「窓」に触れた。


 ザラッ……。


 (……絵だ。これ、ただの風景画だぞ……!?)


 窓枠に見えるのは精巧な木枠の装飾。景色に見えるのは、ハイパーリアリズムで描かれた巨大なキャンバス。つまり、この教室には「外」に繋がる開口部が一つもないのだ。天井で頼りなく回る換気扇だけが、この密閉された箱の生命維持装置。環境が「終わっている」どころの騒ぎではない。ここは教室という名の「潜水艦」か「核シェルター」だ。


 「じゃあみんな、自分の席について」


 ガタガタ、と椅子を引く音が響く。足は金属、座面と背もたれは無慈悲に硬い木製。高校生活の輝かしいスタートというよりは、これから始まる「無期懲役」の第一歩のような座り心地だ。尻が悲鳴を上げている。切実にクッションが欲しい。


 「出席番号順に名前を呼ぶので、お返事してくださいね」


 始まった。学校生活最初の儀式。俺の出席番号は10番だ。


 「一番、秋山夜露さん」


 「うい。」


 夜露の苗字、秋山だったのか。一週間一緒に飯を食って、「息子」だの「ゲバラ」だの呼ばれていたが、初めてまともな個人情報を知った気がする。


 「夜露さん、返事は『はい』ですよ? わかりましたか?」


 「あい。」


 「…………。まあ、いいでしょう。二番……」


 結城先生の、あの「峠を攻めている時」とは別の、底知れない忍耐力を感じる声が響く。出席確認は淡々と進み、ついに俺の番が来た。


 「十番、佐渡斉昭くん」


 「はい。」


 「はい、大変いいお返事。……十一番……」


 結城先生の視線が一瞬、担任のそれではなく「同居人」としての茶目っ気を含んだものに変わった気がしたが、俺は無視して前を向いた。


 「えー、今から、ロング”な”ホームルームを始めまーす。気をつけ、礼」


 なぜ「ロングホームルーム」と普通に言わなかったのだろう。な俺は頭を下げながら、妙な引っかかりを感じていた。


 教壇に立つ結城先生は、さっきのホテルマンみたいな余所余所しさが消えて、少し緩い感じになっていた。という事はさっきのは「演技」なのかもしれない。 誰かに監視でもされてたので、ピシッとしていただけかもしれない。


 「今日やるのは学級委員長と副委員長の選出、あとは諸注意と1学期の予定を伝えるくらいかな。じゃあ早速、委員長やりたい人〜?」


 「はい! 自分にやらせてください! 」


 食い気味に手を挙げたのは、あの歯ブラシ髭の小林だ。正直、こいつは小物臭がすごい。やって欲しくはないけど、本人があんなにノリノリなら仕方ない。


 「他にいない? ……じゃあ委員長は小林くんで。次は副委員長やりたい人〜?」


 シーン。


 さっきの熱気が嘘みたいな静まり返る。俺だって副委員長くらいなら別にいいのだが、今は絶対に手を挙げたくない。理由は簡単だ。あの小林の「下」につくのが、クラス全員のプライドに障るからだ。ん?俺はいつからこんなに他人を「格付け」するようになってしまったのだろうか。


 「あー、誰もいないね。じゃあ、じゃんけんで決めようか。みんな、輪になって」


 俺は驚愕した。普通、グループ分けしてトーナメント制とかにする。27人で一回で決まるわけがない。あいこ地獄だ。俺は隣で寝ぼけてる夜露をツンツンして聞いてみた。


 「おい夜露。27人でじゃんけんして、あいこになる確率ってどれくらいだ?」


 「む……? えーっと。手の出し方は 3 ^27通りで……えい。99.994719716%くらいなのです。ほぼ100%なのですよ」


 夜露は人間計算機か何かであろうか。とりあえず、このじゃんけんは時間の無駄だってことだけは分かる。


 「じゃあ、負けた人が副委員長ね。……じゃーん、けーん、ポン!!」


 俺は「グー」を出した。周りを見渡すと……。


 「…………え?」


 時が止まった。俺を含めた26人が「グー」で、ただ一人、教室の隅で震えながら「チョキ」を出してる女子がいた。夜露の計算は一瞬でゴミ箱行きになってしまった。


 「じゃあ……福尾田ふくおださん、よろしく」


 「………………はい…………」


 長い沈黙から漏れ出した、消え入りそうな声。副委員長に決まった福尾田さんは、この世の終わりみたいな顔をしていた。ほぼ0%の「不幸の特異点」をブチ抜いた彼女。名前は「福」なのに、持ってる運は「厄」そのものだ。


 「……息子。この教室、数学的確率がバグってるのです。何かが干渉しているとしか考えられないのです……」


 夜露が冷や汗をかきながら呟く。


 窓のない教室、三十人だけの学年。これが俺の、一生に一度きりの高校生活。印象に残るようなドラマなんていらない。せめて、せめてこの窓のない閉鎖空間で、発狂せずに元気に生き残れますように。

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