12話 新入生入場と言われて、真っ先に入場したのは新入生ではなかった
ざわめく待機場所、そこは「田田田高校」の北校舎一階ピロティ。ここに集まった30人ほどの新入生たちは、皆一様に期待と不安を……抱いているはずなのだが、俺の周囲だけは明らかに次元が歪んでいた。
「適当にいい感じにいろいろして、時間になったらアリーナに入ってきてね。よろしく〜」
メガホンを片手に、あくび混じりで告げた教師の後ろ姿を見送る。雑だ。雑すぎる。この学校の教育方針は「放任」を通り越して「放棄」に近い。「いろいろ」って何だよ。トランプか? 革命の準備か?
(……まあいい。俺が動く必要はない。きっとカリスマ性のあるリーダーが勝手に仕切り始めるはずだ。俺はそいつの太鼓持ちでもしていれば、安泰な高校生活が送れるはず……)
そんな俺の淡い希望的観測は、隣から漂う異様な気配によって即座に打ち砕かれた。
「ふー……むにゃ。……第三代、エマヌエーレ・フィリベルト……なのです……」
夜露が立ったまま寝ている。それも、イタリア王国の系譜を夢で見ながらだ。そのバランス感覚はもはや四足歩行のそれであり、時折ピクピクと動く指先は、獲物を狙う猫の鋭さを孕んでいた。
ふと視線をずらすと、彌生が修羅の如き形相で虚空を睨んでいた。彼女は両手を前に出し、手首をスナップさせながらリズミカルに上下に振っている。
(…………。マンテカトゥーラだ。あいつ、エア・マンテカトゥーラの修行をしてやがる)
パスタとソースを乳化させ、クリーミーに仕上げるイタリア料理の奥義。一つ言わせてくれ。だし巻き卵を炭化させ、物理的に「黒体放射」の実験を食卓で再現するような女が、マンテカトゥーラを習得したところで何になる? 焦げた炭をクリーミーにするつもりか?その前にまず、「火加減」という概念を義務教育で学び直してこい。
フィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!!
待機場所に、鼓膜を突き刺すような高周波のモーター音が響き渡った。音の出所は俺のすぐ後ろ。
「うそやん……」
絶句した。そこには、皐月がプロポを握りしめ、1/10スケールのブガッティ・シロンを猛烈な勢いで旋回させていた。荷物は指定場所に置けと言われたはずだが、こいつにとってラジコンは「臓器の一部」か何かなのだろうか。
「速い。速すぎるぞ皐月!でもな、ここピロティだぞ!? 入学式前だぞ!?」
「大丈夫だって〜。この程度の加速、準備運動にもならないよ〜」
ならないよ〜、じゃない。カオスだ。ここは新入生の待機場所ではなく、精神科の待合室か何かなのか。
「時間です。新入生、入場!」
無情な号令が響く。俺たちの「いろいろ」は、結局「睡眠」と「エア調理」と「暴走」で終わった。
ザッ!!
アリーナ(体育館)の重厚な扉が開かれる。在校生と保護者、そして教師陣が一斉に立ち上がり、凄まじい音圧の拍手が巻き起こった。
フィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!!
そんな厳かな空気を、蒼い閃光が切り裂いた。先陣を切ったのは、俺でも、生徒会長でもない。皐月のラジコン、ブガッティ・シロン(ピュアスポーツ)だ。
「ああっ!? ちょっと待て!!」
俺の制止も虚しく、シロンは摩擦係数ゼロと言わんばかりの挙動でアリーナのワックスが効いた床を滑走する。ステージ前を通過したかと思えば、一瞬でバスケットゴールの真下へ。そして鋭角なターンを決め、壇上の校長先生の足元を「シュッ」と掠めていった。
「な、なんだあの不審な物体は! 捕まえろ! 捕獲しろー!」
生活指導の教師たちが、血相を変えて飛び出してきた。十数人の大人たちが、全力疾走でラジコンを追いかける。
「おい皐月、何がしたいんだ!? 入学早々、退学届の書き方を予習したいのか!?」
「まぁ見てなって〜。これが『田田田高校流・大掃除』だよ〜ん」
皐月の瞳が、ゲーマーのような鋭い光を放った。シロンが急制動をかけ、教師たちの密集地帯へと突っ込む。ラジコンを捕まえようと、教師たちが一斉に身を乗り出した瞬間、
バダァンッ!!バダダダダァァァァッ!!
「ギャアアアアアアアアアアッ!?」
「グハッ! 俺の膝がぁっ!!」
凄まじい激突音と悲鳴。教師たちはラジコンという「低重心の標的」を追うあまり、足元しか見ていなかった。結果、教師同士がドミノ倒しのように激突。もつれ合い、重なり合い、アリーナの床に「肉のピラミッド」が形成された。
わずか数十秒。アリーナに展開していた教員部隊は、一台のラジコンによって文字通り「殲滅」されたのである。
静まり返る会場。その中央を、ブガッティ・シロンが悠々と走り抜け、俺たちの足元まで戻ってきた。
「はい、ルート確保完了〜。さあ、歩こうか斉昭くん」
皐月は満足げにVサインを掲げている。夜露はいつの間にか起きて「ナポレオンの進軍並みの鮮やかさなのです」と感心し、彌生は「今の転び方、マンテカトゥーラの振りに似てたわね」と的外れな分析をしている。
俺は、折り重なってピクリとも動かない先生たちの山を見つめ、天を仰いだ。
(親父……。俺、今日で高校生活終わるかもしれん……)
殲滅された教師陣の屍を越えて、俺たちの前途多難すぎる入学式が、今、幕を開けた。




