1話 え?うちって別荘あったん?
来週から高校生になる。義務教育という名の保護期間を終え、いよいよ人生の荒波に揉まれる第一歩を踏み出す……はずだった俺、佐渡斉昭の運命は、一通の呼び出しによって大きく歪み始めた。
「斉昭、お前に言わなきゃいけんことがある。大事な話だ。リビングに来い」
夕食後の気だるい時間、父にそう告げられた。父の名は城太郎。職業は長年一緒に暮らしている俺ですら把握していない謎の男だ。本人は「自由人」を自称しているが、定職に就かず、ふらりと数日間いなくなったかと思えば、どこから仕入れたのか怪しい高級食材を持って帰ってきたりする。母はいない。俺が物心つく前に、父のあまりの奔放さに愛想を尽かして出て行った。あの時、母が泣きながら荷物をまとめていた背中を、俺は今でも微かに覚えている。
リビングへ行くと、父は珍しく神妙な面持ちでソファに座っていた。テーブルの上には、使い古されたパスポートと、なぜか一冊の分厚い辞書が置かれている。
「実はな……」
父が言葉を濁す。ゴクリと、喉の奥で唾液を飲み込む音が自分でも聞こえるほど静まり返っていた。父が改まって話をするときは、人生の転換期であることが多い。両親が離婚を正式に決めたあの夜も、同じような空気だった。
「いやー、どうしよっかなぁ。言っちゃおうかなぁ、やっぱりやめとこうかなぁ」
「いや、早く言えや。もったいぶるな」
俺のツッコミに、父はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「おーし。じゃぁ言っちゃうぞ?覚悟はいいか?」
「ああ、かかってこい。もう何を聞かされても驚かない自信がある」
「実は俺、世界に出るわ。ちょっと自分探しの旅というか、世界をこの目で確かめたくなったんだ」
「あっそ」
俺の反応は、自分でも驚くほど冷ややかだった。父は自由人だ。海外に行こうが火星に行こうが、正直驚きはない。むしろ、今までよく日本という狭い島国に収まっていたものだと感心するくらいだ。
「いや、反応薄ない?もうちょっと『ええっ!お父さん行かないで!』みたいな驚きがあってもいいんやけど!」
「何を今更…。で、いつ帰ってくんのさ?」
「知らん。風の向くまま、気の向くままやな」
「はぁ?ふざけんじゃねぇぞ。高校生になる息子を置いて、いつ帰るかもわからんって正気か?」
「安心しとけ。税金とかお前の学費とかは、俺の知り合いに頼んで代わりに払ってもらうように手続きしといた。生活費は何とかしろ。……ああ、あとな」
父は思い出したように指を一本立てた。
「うちって実は別荘あったんよ。お前には言ってなかったけどな」
「はぁ?」
これには流石に驚いた。うちは決して裕福ではない。むしろ、父の不安定な収入のせいで、俺は常に節約を意識して生きてきたのだ。別荘を持つような身分ではないはずだ。
「そんでな、空けておくのももったいないから、今は3人の女の子とシェアハウスしてるんよ。一応『1日3食付き』っていう特典付きで貸し出してるんやけど、俺が遠いところに行くやろ? だから、これからはお前がそこへ行って、彼女たちの飯を作ってやってくれ」
「……ああ、親父が毎晩夜中に出かけてたのって、そこへ飯を作りに行ってたわけ? てっきり女の家にでも転がり込んでるのかと思ってたわ」
「はっ、間違ってはないな。彼女たちはみんな若いし、可愛いぞ」
俺は少しだけ父を見直しかけた自分を呪った。結局、女絡みか。自分の欲望と趣味を最優先し、息子をその尻拭いに使う。これが「自由人」を自称する男の正体だ。
窓の外では、父が愛用している軽トラが月明かりに照らされていた。どこにでもあるような白い軽トラ。しかし、その中身が「普通」ではないことを、当時の俺はまだ正しく認識していなかった。
案外会話文の最後って「。」がない方が余韻があって良いかも。多分この小説会話率7割とかいくかもしれんません。もし、この作品を面白いと感じてくださった方がおりましたら、評価、ブクマをしていただければ大変嬉しいです!




