3:トンカツ
食いたい物リストが完成した。本当は666ラインナップしたかったけど、流石にそんなには浮かばないので42個にした。
そのうち、うどんとおにぎりはクリアしたので、残りは40個だな。1食1000円で抑えても40000円。財布がドボンだ。その前に、なんとか貴金属を売る算段をつけないとな。
そんなことを頭に入れつつ。今日も昨日とほぼ同じ時間にゲートをくぐった。やはり魔界と日本の時差は、奇跡的にほぼナシ(10分程度日本が進んでいる)ということが判明した。12時にゲートを通ると、向こうではアバウト12時10分という計算。
ビジネス街を散策。ボチボチと背広姿のオジサンたちが社屋から吐き出されてきている。しまったな。早めに探さないと。と、その時。
「マジで? そんな美味いの?」
「うん。グルメッティで☆3・7とかあるし」
目の前を通り過ぎていく若い男女。どちらも私服だし、オフかも知れないね。
男性の方がスマホを操作しながら歩いていて、女性がその手元を覗き込む。
「うわ、美味しそう。ヒレとロース食べ比べだって」
「リブロースも美味そうだけどね」
話しながら去って行くカップル(推定)。漏れ聞こえた感じ、トンカツだろうな。
……うん、一瞬で食いたくなってしまったよ。この2日、うどんとおにぎりだったからな。そろそろ胃もこなれてきただろうし、肉行っても大丈夫でしょう。
「……」
申し訳ないけど、ストーカーさせてもらう。気配を消す魔法を掛けた方が良いだろうか。とか考えてる間に、彼らは立ち止まった。店に着いたみたいだ。スタートダッシュサラリーマンが3人くらい並んでる。カップルが続き、更にその後ろに俺。11時半くらいの開店だと思われるので、今店内で食べてるのはランチ1周目の客だろうか。店内に席数が6以上あるなら、2周目で入れる計算だ。
「ありがとうございましたー」
言ってる間に、2人連れが出てきた。老夫婦だ。なるほど、12時からのランチラッシュを外して来店してたんだろう。ていうか、俺も時間に余裕ある自由人(魔王)なんだから、今度から少し外して来ても良いよな。
列が進んだので、店構えが見える。一昨日のうどん屋と同じ純和風だけど、こっちの方が新しいな。ヒノキの格子引き戸が高級感出してるね。暖簾には『とんかつ遠野』とある。
――ガラガラ
男性店員が出てきた。サラリーマン3人のうち、2人が案内された。3人組かと思ったら、2人組&ソロだったみたいだな。
店員は案内を終えると、またすぐに出てきた。ラミネートされたメニュー表を持ってる。ああ、なるほど。時短だな。
「先にご注文の方、お聞きします」
並んでるソロ、カップル、ソロ(俺)に渡していく。受け取って見ると、
「うわ」
全体的に高い。俺が思ってたトンカツの相場の2倍くらいする。そして付属の写真を見れば、なんか生焼けな色合いだ。レアトンカツってヤツか。
5年前はそこまでメジャーじゃなかった気がするけど、今は結構普通なのか? 少なくともグルメサイトで☆3・7の評価されるくらいには市民権は得てるみたいだけど。
「……」
どうしよう。正直、微妙なんだが。
時計を見る。既に10分くらい経っていた。今から他の店を探して並び直すか? またテイクアウトか?
「やっぱロース良いね」
「うん。ちょっと安いし」
カップルが写真を見ながら話す。
ちょっと安いロース。上撰ロース(130グラム)で1800円かあ。東京FAXとかいうブランド豚なら更に高いみたいで2800円。どっちもヒレに比べれば生肉感はマシだな。
そして東京FAXの方は、どうやら脂身の融点が低いらしく、口どけが抜群だとか。メニューの横に『イチオシ&数量限定』って書いてある。
「……」
これもチャレンジだな。人生初レアトンカツ。しかもブランド豚で勝負だ。
と、決まったところで。また2人出てきた。ソロが同タイミングで会計したらしく、店を出た後はバラバラの方向へ歩いていく。
そして次のご案内は、カップルを跨いでソロリーマンと俺。カップルはテーブル席が空くまで待つということで、順番を譲ってくれたのだ。店も教えてくれたし(勝手に尾行しただけだが)、感謝感謝だな。
「いらっしゃい~」
大将らしきオッサンの野太い声を聞きながら、店内を進む。黒いロックタイルがこれまたカッコいい床だな。
カウンター席に着く。先に注文は伝えてあるので、待つのみだけど。
「低温調理であげますんで、お時間20分くらい見ておいてください」
い!?
慌てて時計を見る。12時30分。13時10分頃が1時間のタイムリミットだから、ちょっと怖いな。まあ最悪は20分くらい超過しても、ただちに魔力切れにはならないだろうけど……アホほど疲れるのは間違いない。
……とはいえ、今更キャンセルも出来ないし、何より食ってみたい。覚悟を決めるしかないな。
「……」
ひたすら待つ。他の人たちはスマホを弄ってるけど、俺はただただ地蔵だ。今度から魔導書でも持ってくるか。
……20分、金策について考えていた。質屋が難しいとなると、どういった手立てが浮かぶだろうか。日本で働くことも考えたけど、これもまた書類の誤魔化しが通用するかどうか。あるいは……
「お待たせしました。東京FAXのロース定食です」
来た! 斜め後ろから給仕されたお盆が、カウンターテーブルの上に置かれる。味噌汁に千切りキャベツ、そして半月型の銀網の上に置かれたトンカツが5切れ。お茶碗と、3種類のソースが入った小皿も添えられていた。
時計を見ると、入店から17分経っていた。
――きゅるるる
腹が鳴った。美味そうなニオイが、鼻腔を刺激して仕方ない。ああ、もう食おう。
箸を取ると、まずは味噌汁を掻き混ぜる。具はワカメと巻き麩か。ワカメを掴んで口へ入れつつ、椀も持ち上げて汁もいただく。
「ああ……」
これこれ。出汁の味は辛すぎず、甘すぎず。ワカメも絶妙な歯応えを残した仕上がりだ。麩も拾い上げて食べる。汁をよく吸ったジューシーな旨味。
5年ぶりの味噌汁。ちょうど、どこかの和食屋で食おうと思ってたから、渡りに船だ。しかもちゃんと美味い。
続いて付け合わせの千切りキャベツを軽く摘まむ。ドレッシングの酸味と、噛めば広がるキャベツの甘み。驚きは無いけど、堅実に美味い。
さあ、前座は終わり。いよいよ。
「……」
トンカツを改めて観察する。キレイに結着した黄金色の衣は薄く軽そうだ。1切れだけカツの断面が見える状態で置かれている。淡いピンクと白く火の通った部分が混在している火入れ。うん、これくらいなら抵抗なく食えそうだ。
端っこの1切れを掴んで、まずは王道を往くソース系につけてみる。そして口へと運んだ。
――シャク
噛んだ瞬間、比喩でもなんでもなく口の中で溶けた。脂の部分に当たったらしいけど、これは凄い。思わず「ん~」という変な声が漏れた。
そして甘い。歯で噛む前にジュワッと広がっているんじゃないか、これ。トンカツソースの甘みとはまた別種の味わい。
「っ」
そうだった。この美味さが口の中で暴れ狂ってる間に、ご飯を通さないと。
箸で1口分掴んで、すぐに放り込む。硬めに炊いてくれてるのは正解だな。ジューシーな脂を吸った粒立ちの良い米を噛みしめると……意識が飛びそうだ。
「うめえ……」
勝手に漏れ出た声。カウンター越しに大将と目が合った。ニコリと柔和に微笑んでくれる。なんかそれだけで分かるよな。この人、トンカツが好きなんだろうなって。そしてそれを客と共有するのも。
美味いモンを食ったら幸せなのは、魔人も日本人も変わらないからな。
続いて、塩にチョンチョンとつけて赤身をいただく。うん、味が締まるね。そして赤身でも十分に柔らかい。そうか、少しレア気味だとパサつきが少なくなるのか。
SNS映えとか、そういう理由でピンクに仕上げてると思ってたわ。いやはや、失礼しました。
最後の1つ、からしソースにもつけてみる。今度は脂の甘みと、もったりした辛さの競演。甘みが引き立って、これも凄く美味しい。
「……」
そこからは無心で食べた。トンカツ、キャベツ、ご飯。たまに味噌汁。ご飯はおかわりしてしまった。良質なパン粉と油を使ってるからか、これだけ食べても腹にもたれる感じは全くしなかった。
やがて。
「ああ……」
最後の1口分のカツ。名残を惜しみながら咀嚼し、脂の溶ける感覚を舌で丁寧に味わった。
余韻を味わっていると、また大将と目が合う。
「……美味しかったです」
「ありがとうございます」
彼との会話はそれだけで、俺は椅子から立ち上がる。気付けば、とっくに店内は閑散としていた。まあビジネス街のランチだし、みんなスピードメニュー(低温調理でないもの)をさっさと食べて出たってことだろう。しかし集中しすぎて、全く他の客の動向に気付かなかったな。
トンカツ食ってる間に勇者級の猛者に襲われたら……負けるなコレ。
会計を終えると、店員さんがドアを開けてお見送りしてくれた。
ご馳走様です。
「って、時間!」
慌てて時計を確認する。13時05分。ヤバい、あと5分しかない。
……トンカツの余韻もそこそこに、結界魔法を発動。周囲に認識されなくなったのを確かめてから、魔界へと戻った。




