2:おにぎり
翌日も日本へとやって来た。2度目のゲート魔法だったけど、やっぱりコツを掴んだみたいで、最初より苦戦せずに辿り着けたよね。
「前回と同じ街か」
ここにパスが出来たということかも知れない。かなり都会のようだし、あらゆるジャンルの飯がありそうなので助かる。電車やタクシーで移動するとなると、乗車時間が惜しいからな。
「さてと」
今日は飯以外にも目的がある。
5年の間に起こったこと、社会の変遷。つまり調べものがしたいんだよね。
だけど俺のスマホは(恐らく既に解約されてるだろうから)たとえ充電を復活させたところで使い物にならない。
そこで思い出したのが、ネットカフェ。ただ確か身分証明書の類を提示させられたハズだから。催眠魔法で、店員を操らせてもらうしかないな。ゆくゆくは戸籍を手に入れられたらと思うけど。
駅前の店舗へと入り、カウンターへ。店員に魔法をかけて、彼の中で手続きが完了したことにする。すまんな。
案内された鍵付きの個室へと入る。フカフカのソファー席に座ると、尻が沈み込んだ。
「おほ」
これまた久しぶりの感触。もう少し魔界の家具も洗練されて欲しい……いや、買って帰るのも手か。まあこれは追々だ。
「さてと」
パソコンの電源を入れる。クソデカ起動音が鳴って、デスクトップが表示された。これまた懐かしいなあ。
インターネットアプリをダブルクリック。ホーム画面のレイアウトも懐かしい。ズラリと並ぶニュースヘッドラインに目が行ってしまうけど。理性で抑えつけて、欲しい情報を検索していく。
まずは俺の死について。5年前のある日、急に胸に激痛が走ってそのまま……次に気が付いた時は「魔人」に変質した状態で、魔王城に居たワケだが……
「阿久間 類 病死」
俺の名前と死因を打ち込んでみると、5年前の記事が出てきた。良かった。いや、良くはないか。死んでるし。
ちょっと不思議なのは、俺の所持品がどうなったのかだよね。こちらの認識では、魔界にそのまま持ち込まれてる形だけど。遺品整理の情報とかまでは……出てくるワケないよな。逆に俺が何を所持したまま死んだかとか詳細に報道されてたら嫌だわ。
「まあいっか」
気にしても分からないし、仕方ない。
とにかくこれで、俺はこの日本では死人であることが確定した。覚悟はしてたけど、ちょっとズンとくるよな。
まあ死人でもカネに関しては、貴金属類を買取屋で売って工面すれば大丈夫だけどな。クレカまでは厳しいか。審査は人の手じゃないだろうし、催眠は期待できないからな。いや待てよ、そうか。貴金属を売る時も本人確認が必要だよな。
ちょっと調べてみると、ネカフェと違って法律で定められてるレベルの厳しさみたいだし、これはマズいな。本人確認不備のまま催眠で操って買い取らせたら、後で店員が激詰めされる案件か。それは流石に忍びない。
なんか代替案を考えないとなあ。
「ふう」
俺の日本出戻りグルメライフ、順風満帆とはいかないようだ。現金支払いがダメな店とか、今後遭遇することもあるかも知れないし。
あとは少し気になった点。さっき軽く寄ったスーパーで物価チェックをしたんだけど、5年前より色々と高くなってたんだよな。
なので、円相場を調べてみる。
「……うわ」
1ドル150円台後半。ユーロもそんなモン。
終わっとるな、この基軸通貨。
だがこれはつまり。俺が異世界から持ち込む貴金属も円相場で見ると高くなるってことだ。まあその前に売り方を考えないとダメなんだが。
――ぐううぅ
腹が鳴った。
時計を見ると、ここに入って30分が経過していた。もう少し調べたい気持ちもあるけど、まあ出よう。
受付で清算を済ませる。最低1時間単位だったので、ちょっと勿体ないけど。
外へ出ると、ランチタイム後半戦。そろそろ人気店では売り切れメニューも出始める頃だった。
「店で食う時間は無いな」
テイクアウトに狙いを定め、フラフラと通りを練り歩く。その間も美味そうな店のチェックは欠かさない。
と。キッチンカーを発見した。幟が立っていて、『〇×フェスで15000個売り上げた伝説のおにぎり!』という、凄いのか凄くないのかよく分からない宣伝文句が書かれている。
「おにぎり専門店か」
5年前はそうでもなかったけど、今は流行ってんのかな。
風に乗って、米の芳醇な香りが鼻に届く。そうだった、昨日はうどんしか食わなかったから、俺まだ米食えてないんだ。日本人(現在は魔人)にあるまじき失態。
……決まりだな。
キッチンカーの側面に回り込む。可愛らしい女性店員が、にこやかに「いらっしゃいませ」と挨拶してくれた。パネルボードを見る。色々な具材のおにぎりを取り揃えてるみたいだ。ウナギやイクラといった高級食材もあるけど……高いな。700円とか800円とか書いてある。昨日食ったうどんより高えじゃねえか。パネルの下の方に、米価格高騰のため値上げした旨と謝罪文が別紙で貼り付けてあった。
超円安に加えて米まで高いのか。大丈夫か、日本。
「どれでも握りたて、ご用意できますよ」
店員さんは俺が買おうか迷ってると思ったらしく、セールストークを繰り出してくる。
そうだなあ。ここはやっぱシンプルな具材にしよう。米より目立ってしまう主役級のオカズではなく、
「南高梅と、昆布を」
「はい。南高梅と昆布ですね。ええっと、お会計660円になります」
ありゃ、惜しい。666なら縁起良かった……あ、いや。それは魔界限定のラッキーナンバーだったな。
「支払いは……プイプイか現金でお願いします」
「はい。じゃあ現金で」
プイプイは俺は使えないからな。660円ちょうどがあったので、それを店員に直接手渡した。
彼女はお金を仕舞うと、ゴム手袋を嵌めて調理を開始した。接客から調理までワンオペか。
「今日寒いですよねー」
待ってる間、世間話まで振ってくれる模様。テキトーに相槌を打っておく。昨日の轍を踏むまいと、サラマンダーのウロコを編み込んだベストを着ているので、超あったかいのは秘密だ。
「豚汁なんて、12時過ぎに売り切れちゃって」
「ああ、豚汁もやってるんですね」
そっか。アレも飲みたいなあ。ていうか味噌汁も飲みたい。どっちもコンビニで買えるけど……5年ぶりに味わうなら専門店や割烹に行きたいよな。
「はい。梅と昆布ですね」
手際よく握ってくれたおにぎりを三角形のプラ容器に入れて渡してくれる。ちょっと持ちにくいけど、ビニール袋はきっと有料だろうからな。我慢してそのままカバンへ仕舞う。
「ありがとうございました」
少し歩いてから何の気なしにキッチンカーを振り返ると、チラリと彼女の様子が見えた。ゴム手袋を外して、電気ヒーターで手を温めている。おにぎり握れなくなったら商売終わりだもんな。この寒波の中、お疲れさまだ。
………………
…………
……
魔王城の私室へと戻る。早速プラ容器をパカッと開いて、昆布おにぎりを手で掴んだ。
全面に海苔が巻かれた黒いおにぎり。三角をクルクル回して、具材がはみ出ている角を見つける。噛んでるうちにポロポロ落ちないように、少しだけ口の中に含んでから、別の角にかぶりついた。こうすることで具が均等……ってか、うんまあ!
「ああ……」
米、美味い。粒がキチンと立っていて、上アゴの裏に当たる感覚、噛むと広がる自然な甘み。海苔はシットリ、これまた上アゴ裏に軽く貼り付いて、旨味を主張してくる。昆布は甘辛さと、かすかに振られた胡麻の風味。そしてコリッとした歯応え。
「うめえ」
おにぎりだ。完全に求めてたヤツだ。1口分を喉奥に流し込むと、我慢できずに梅おにぎりも開けて頬張った。米の甘みと海苔の風味、そこに酸味が加わる。口中に唾液が溢れ出した。梅肉は柔らかく、ジュレのように広がって……昆布と甲乙つけがたい美味さ。
「梅干しとかマジで久しぶりすぎるな」
生前もそんなに好んで食べた記憶は無いからな。なのに、あのパネルボードを見て、急に食いたくなった。不思議なモンだ。まあ美味いから、なんでも良いけど。
結局、もっと味わって食べたかったのに、5分くらいで全て平らげてしまった。
ご馳走様でした。




