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転生魔王の出戻り日本グルメ  作者: 生姜寧也


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2/9

1:きつねうどん

 俺はまずは財布の中身を確認する。ちなみに死んだ時の所持品は、そのまま魔界に持ち越してくれたんだよな。つまりコレは生前の財布である。ビバ現金。5年経とうが使えるからね。

 ちなみに所持金は2万3千円余り。クソ高い店に行かなければ、なんでも食える。


「どうしようかなあ」


 魔界時計を確認する。12時11分。これは特別製で、あっちの世界では時差がある場所に持ち込んでも勝手に時間を合わせてくれる優れものだった。日本時間にも合わせてくれるんだろうか。


「ただ、取り敢えず」


 昼時なのは間違いなさそうだ。さっきからサラリーマンやОLの数が半端じゃない。ちなみにみんなコートやダウンを着込んでいるので、今の日本は冬らしい。魔界には四季が無いので、これも久しぶりの感覚だな。


「服装をミスったなあ」


 オールシーズン通じそうな、長袖シャツにジーンズという出で立ちで来たが、マントくらい羽織るべきだったか。いや、魔王のマントは骸骨とか付いてるしダメか。


「うう、寒い」


 氷結・冷気無効のパッシブスキルは持ってるけど、なんかそういう次元じゃない。プラシーボみたいなモンかも。

 記念すべき凱旋初ランチは……何かあったかい物にしよう。それでいて、胃のリハビリもかねて、化調も少なくて味も濃すぎない料理。


 あれこれ候補を考えながら歩き出すと、ものの2分程度でピンとくる店構え。和風建築の外観に、軒先には暖簾が掛かっている。そこには『うどん・そば』の文字。

 サラリーマンが数人並んでいるし、不味くはないだろう。最後尾に並ぶ。うわあ、これまた懐かしい感覚だ。これが魔界であれば「魔王様、どうぞお先に」と譲ってもらえるんだろうが……ここではありえない。誰一人、俺のことなんて気にも留めてない。ただの薄着の32歳男性でしかないからな。


 うどん屋の回転は速く、10分ほどで店内へと通された。入った途端、出汁の香りが鼻をくすぐった。そして茹での熱気のせいか、湿度と温度が上がるのを感じた。


「いらっしゃいませ。カウンター席どうぞ」


 中年の女性店員がカウンターの空席を掌でさす。そこに座ると同時、お冷が出された。


「ご注文お決まりになりましたら、お呼びください」


 軽く会釈して返し、バインダーに立ててある『おしながき』を手に取る。広げながら、グラスを掴む。久しぶりの動作のハズなのに淀みなく出来るあたり、やっぱ俺は日本人だ。水を1杯。これもクソナーロッパの水とは全然違うな。臭みとか雑味が無い。

 軽い感動を覚えつつ、


「うーん」


 パラパラとページを捲る。本命は温かい蕎麦かうどんだな。隣からは良いニオイがプンプンする。40代くらいのオッサンが紙エプロンをつけて、カレーうどんを食っていた。アレも美味そうだけど、今日はやっぱり王道でいこう。


「……」


 きつねうどんだ。ランチサービスで大盛が無料らしいので、それで頼もう。


「すいません」


「はーい」


 先程の女性店員が小走りでやってくる。オーダーを伝えると、すぐに厨房へ。

 ……さてと、他のメニューをもう少しチェックしながら待つか。こういうことしてると、たまに「あ、こっちの方が良かったな」ってパターンがあったりするけど。それがまた次の来店に繋がったり……


「お待たせしました。きつねうどんの大盛になります」


 はやっ!?

 こりゃランチタイムは、ほぼ絶え間なく茹でてるんだろうな。


「ごゆっくりどうぞ」


 置かれたお盆の上には、深い器。中を覗くと……純白の麺線と、黄金色のつゆ。長ネギに座布団型の油揚げが2枚。知らず喉がゴクっと鳴った。

 割り箸を割って、レンゲを掴む。まずは軽くつゆを掬ってみる。鼻に近づけ、嗅いだ。


「ん~」


 鰹節と昆布の芳醇な香り。甘く鼻腔を満たす。堪らず啜った。口の中いっぱいに広がる優しい出汁の旨味。ああ、これだ。美味い。信じられないほどホッとする。少し視界がボヤけて、鼻の奥がツンとする。

 慌てて目元を拭った。街角のうどん屋で感涙する32歳という絵面えづらが、色々とヤバイことは5年離れてても分かる。


「ふう」


 気持ちを落ち着けてから、麺を箸で掴む。そのまま啜った。うどんの啜り方も体が覚えていてくれた。

 ああ、美味い。出汁の風味の中でほのかに香る小麦。モチッとした噛み応え。滑らかな喉越し。


「……」


 長ネギもいただく。シャクッとした食感と、噛んだ後に広がる少しの青臭さと甘味。続いて厚揚げ。噛んだ瞬間、ジュワッと甘いつゆが口中へ流れ込んでくる。ただ甘いだけじゃなくて、出汁の旨味もまた合わさり、


「ああ」


 美味い。マジで美味い。うどんってこんなに美味かったっけ。冷えた体に染み渡るようだ。


 出汁を飲んで、うどんを噛んで。揚げを齧って、ネギを絡めて。シャクッ、ジュワ、つるん。生前は何の気なしに食べていたきつねうどん。ちゃんと味わえば、こんなに色んな食感や風味を楽しめる料理だったんだなあ。


「アレってもう販促打ったの?」

「いや、イベント会社の見積もりがまだ出てこないんだよ」

「まだ? 頼んだの先月じゃなかった?」


 テーブル席のサラリーマンたちが仕事の話をしている。安いうどんなんて片手間、腹が膨らんだらそれで良いって感じだな。

 ……まあ日本に居れば普通はそんなモンだよな。ただ、5年ぶりの俺は違う。恐らくこの場に居る誰よりも、丁寧に味わいながらうどんを食べていると思う。


 最後の1口分の麺を食べ、つゆまで飲み干してしまった。

 ああ、美味かった。


 席から立ち上がる。空になった器をしばし見つめ……そっと視線を外した。名残惜しいけど、食い終わった客がランチタイムのうどん屋に長居なんて迷惑行為以外の何物でもないからな。


「あ、ありがとうございまーす」


 女性店員がすぐに飛んできて、席の背もたれに掛けていた伝票を持って行く。

 彼女を追うように、レジへと向かう。


「700円ですねー」


「あ、はい」


 千円札を出して、キャッシュトレイの上に置いた。300円を受け取る。


「ありがとうございました。またよろしくお願いします」


 また、か。この辺の勤め人なら、再訪もあるのかも知れないけど。ゲート魔法も楽じゃないし、次に来る時は違うものを食べたいよなあ。


 店を出る。美味かった、ご馳走様でした。

 時計を見ると、12時40分過ぎ。本当は甘味でも行きたいところだけど、初日にいきなり欲張るのもな。

 感覚的な話だけど、ゲート魔法のコツも掴めた感はある。またすぐ来れるさ。


 最後に俺はビジネス街を振り返った。飯を食い終わった人たちが、ゆっくりと帰社の途に就いている。白髪のオジサンと、若手らしき青年が連れ立って。イタリアンの店から笑顔で出てきたОL2人組。その横を小走りで駆け抜ける配達員。反対側の店からは店員が出てきて、ラストスパートとばかりに呼び込み。ランチの売り上げが芳しくないようだ。


 ……後ろ髪惹かれながらも、俺は街を後にした。

 ちなみに、魔法陣には結界魔法も織り込まれているから、行きは自動発動なんだけど、帰りは魔法陣経由ではないので、自分で結界魔法を使わないといけない。

 というワケで発動。周りの人間が俺を認識できなくなったのを確認してから、ゲートを開いた。

 ほんの少しだけ、このまま日本に居座ってもなんとかなるんじゃないかという誘惑にも駆られたけど。


「う」


 帰って来てすぐに疲労感に襲われた。この感覚からして、やっぱ無理だな。1時間だけでも、かなり摂理を捻じ曲げてるのが分かる。

 ベッドの上で大の字になった。アポートで羊皮紙と羽ペンを呼び寄せる。


「食いたい物リストを作ろう」


 体は疲れてるのに、心には抑えきれない高揚感が漲っていた。

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