16:パエリア
1日空けて、12月27日。日本へとやって来た。
今日は1人だし、行動予定が組みやすいので、少し寄り道をする。いつも使っているのとは別のネカフェ(あまり同じ店で催眠を繰り返すのも怖くなった)を利用し、日本の近況やニュースをチェックした。
ついでに例の忌まわしきQRコードでの注文、アレがどれくらい普及しているモンなのかも調べてみた。やっぱり拡大の方向らしく、導入する店舗は増えているとのこと。
「スマホ、欲しいなあ」
そうすれば紙の地図も要らないし、瞬間記憶魔法とかいう脳が疲れる魔法も必要なくなる。
ただ当然スマホを契約するには、戸籍や住所が必須になるワケで。ハードルがなあ……
「そもそも客の通信料任せって、おかしくない?」
客の全員が全員、パケ放題的なのに加入してるワケじゃないだろうし。まあ嫌なら来るなって理屈は良いけど……それなら店の外からでも分かるように『QRコード注文をお願いしております』とか書いておいて欲しい。
……歴代最高の魔王とまで称される俺が、なんでこんな小さなことに頭を悩ませなきゃならんのか。考えすぎると虚しくなってくるのでやめよう。
「ふう」
ネカフェを出る。今日はなんか、ニコニコ現金払い&口頭注文オンリーの店に行きたいな。ボロそうな……前行った街中華もアリだけど、中華の気分でもないんだよなあ。
2日くらい牛肉も続いたし、魚あるいは鶏肉あたりが食いたいかも。
「うーん」
通りをダラダラと歩く。現在時刻は12時44分。あれこれ悩みながら歩くのもランチタイムの醍醐味だけど、あまり延ばすとランチ難民という憂き目が待っている。
「どこか……おっ!」
通りの角の店から、ゾロゾロとサラリーマンの団体が出てくるのが遠目に見えた。
その内の2人に見覚えがある。数日前、中華屋を教えてくれた親切サラリーマンたちだ。
「……」
彼らが食べていたということは間違いないだろう。間を置かず、更に女性客2人が新たに退店してくる。繁盛店なのか。それがちょうど、2周目か3周目に入るところみたいだ。だけど続く行列は外には出来ていない。店内待ちの可能性はあるけど……とにかく行ってみよう。
俺は気持ち早歩きで進む。本気出したら世界記録出ちゃうので、加減が大切だ。
すぐに店の前に到着。看板を見るにスペイン料理店のようだ。オシャレ系ならQRの影がチラつくけど……結構古い建物みたいだし、大丈夫かな。
「ええっと」
立て看板を見る。まず『ランチは現金払いのみ』の文字が。良かった、一安心だ。
メニューの方を拝見する。パエリアランチオンリーみたいだな。看板の下の方に『注文を受けてから炊きますので、お時間少々いただきます』という注意書き。ああ、なるほど。これのおかげか。12時50分も近づく時間帯。勤め人は並びたくても並べないんだ。
「うん」
これはまさに絶好機だな。12時台の前半に行ったら、(恐らくは)ごった返してる名店に、並ばずに入れる。
店の扉を開けると、カウベルが鳴った。すぐに年配の女性店員がこっちを向いた。
「いらっしゃいませ。1名様?」
「はい」
「カウンター席どうぞ」
女性が先導してくれて、店内を横断する。客の入りは6割~7割くらいか。マダムたちの憩いの場になってるテーブル席がメインで、まだ片付いてない席もある。やっぱり先程まで戦場だったっぽいな。
「こちらどうぞ」
椅子を引いてくれるので、そこに座る。上着を脱いで椅子に掛けた。女性店員が置いてくれた紙メニューを見ると、やっぱりパエリアオンリーだね。オーソドックスな海鮮と、チキンを主体にしたもの、イカスミの真っ黒なヤツもある。
「良いね」
海鮮かチキンって思ってたからな。ちょうど良いわ。
……まあでも、ここは海鮮だな。オーダーが決まったけど……うん。QRコードの「きゅ」の字も無いな。良いことだ。
「すいません」
「はーい」
「海鮮パエリアランチで」
「はい。お時間、20分くらいみていただきますけど、大丈夫ですか?」
「あ、はい」
ネカフェで20分くらい消費しちゃったけど、幸い店がすぐに見つかったし、まあ大丈夫でしょう。
チラリとテーブル席を振り返る。マダムたちの料理は既に到着していて、ワイン片手にゆっくり食べている途中みたいだ。となると、すぐに俺の注文に取り掛かってくれるだろうから……やっぱり大丈夫でしょう。
そこからはひたすら待ちの時間だ。だけどマダムたちが永遠に喋っている声がうるさくて、あまり考え事に集中できない。
メニューも下げられてしまったので、手持ち無沙汰だ。やっぱこういう時はスマホが欲しいよなあ。QRコード云々抜きにしても。
「……」
暇を持て余しながら15分ほど。鉄皿が運ばれてきた。良かった、少し予定より早い。まあこういうのは、客には長めの時間を伝えるモンだからな。
「お待たせしました。海鮮パエリアです」
カウンターテーブルの上に鍋敷が置かれ、その上に浅くて広い鉄皿。
「おお……」
黄色い米の上に、所狭しと具材が乗っている。殻付きのエビ、アサリ、イカ、赤パプリカ。皿の端には輪切りレモンも添えられていて、彩り豊かだ。
「いただきます」
早速スプーンを入れる。端の方は少しオコゲになっているので、その近辺から先ずは攻める。1口掬って口に含んだ。
美味い。サフランの香りが立ったカリカリの米には、魚介出汁がよく染み込んでいた。この米だけでもイケてしまうけど、
「……」
米の上にイカを乗せて、そのままパクリ。中央側は柔らかくて水分が多いライス。そこにイカの弾力と、独特の香り&塩気が口中を満たす。良いコンビネーションだ。
続いては、アサリとパプリカを一度に。アサリのグニュッとした食感と、貝の旨味が口一杯に広がった。磯の香りも立ち、パプリカの青臭さと混ざり合う。サフランライスも掬って、追加で頬張った。
食べながら、エビの殻を剥いていく。エビと言えば……リヴァイア氏か。このパエリアの話をしたら、自分も連れて行けとうるさそうだ。黙っとくか……?
――パキ、パリッ
剥けた。手を紙ナプキンで拭う。
口の中の物を嚥下し、エビとサフランライスを両方いただく。エビはプリプリ感を失っておらず、だけど身までキチンと出汁が染みていた。ライスと一緒に咀嚼する。
……美味いな。やっぱ主役だよ、エビは。
オコゲもガリガリとスプーンで剥ぎ取り、ザクザク食感と出汁の溜まりを味わう。うーん、濃厚だ。
そうして、10分程度でパエリアを平らげてしまった。ちょっと時間も気になってたけど、意外と余裕だったわ。
席を立ち上がる。振り返ると、いつの間にか、またテーブル席は満席になっていた。ていうか、さっきのマダムたち全く料理が減ってない。ずっと喋り続けてたんか。冷めたら不味いだろうに……もはや飯食いに来てんだか、駄弁りに来てんだか。
まあ俺には関係無い(店の人は気の毒だけど)ので、サッサと伝票を持ってレジへ行く。
「あ、ありがとうございます」
カウンターの俺が一番早く出ると踏んでいたのか、店員は機敏だった。
「1300円ですね」
財布を開いて……レジ横のポップに目が留まった。『ご家庭でもお店の味を! パエリアスープ販売してます』という文言。その下にはパウチパッケージも置いてあった。
「アレ……」
「ああ、スープもお売りしてるんですよ」
自慢げに笑う店員さん。あるいは最近、商品化したのかも知れないな。
ザッと眺めると、さっき食べた海鮮の他に、ヴァレンシア風(チキン?)のスープもある。
「よ、良かったら」
おずおず勧めてくる。
……そうだなあ。リヴァイア氏やニュイたちに食べさせても良いかも知れない。1パック680円か。
「じゃあ1つずつ下さい」
「ありがとうございます!」
なんか凄い嬉しそう。コレはきっと。色々と工夫して商品化したけど、全然売れてないパターンだ。
「あんまり買って下さる方、居なくて」
自分でも言っちゃうし。
まあでも、正直で良いと思うよ。
「それじゃあ、お会計変わりまして2660円になります」
現金で払う。
「これは炊飯器に米と一緒に入れて炊くだけですか?」
「出来たら、米のままフライパンで作るのが一番美味しいですけど……」
俺は料理が上手いワケでもないんだが……出来るかな。
「簡単ですよ。作り方も入れてありますので」
ビニール袋の中に、さっき半ペラの紙を入れてくれてたけど、アレのことか。
そう言うなら、まあ一丁やってみますか。ニュイやガランドの喜ぶ顔が目に浮かぶ。
俺は店を後にすると、残り時間少ない中、スーパーでシーフードミックスと、鶏モモ肉、フライパンを買った。時計を見ると、日本に来てから58分経過していた。
「ヤベえヤベえ」
慌ててゲートを展開。なんとか時間内に魔王城へと戻った。魔法陣も無事だ。良かった。またサーシャをキックして血を出させるのは、勘弁願いたいからな。
「ニュイ、起きてるか?」
魔剣を鞘から抜く。ボフンと煙が出て、晴れるとニュイが居た。眠たげな瞳で俺を見上げてくる。その頭を軽く撫でてから、
「パエリアパーティーだ」
起こした意図を告げる。パエリアが何かは分かってないだろうけど、美味しい物が食べれることは察したらしく。ニュイの目がパチッと開いた。
それから俺はガランドとサーシャも誘って、ダークアトラの海域へゲートで飛んだ。海鮮料理なのに彼を仲間外れにしたのがバレたら、後々うるさいだろうからな。
「約束はシているのデスか?」
「してなくても……ニオイに釣られて……来ると思う」
俺もそう思う。なんかジャーキーとかの袋を開けた時の犬みたいだけど。
まあ気にせず、フライパンに米を入れて火をかける。軽く傷めた後、水とスープを入れ、混ぜて煮立てる。この時点で、魚介出汁の美味そうなニオイがプンプン漂っていた。
「来ましたね、やはり。魚なのに鼻が利きますこと」
サーシャの言う通り、海面に浮き上がってくる巨大な魚影。そしてそのまま、ザパーンと跳ねた。
「うお」
フライパンに海水が入らないよう、慌てて障壁魔法を張る。と、その時には。リヴァイア氏は、人型に変わっていた。ストンと砂浜に降り立つと、タタタと駆け寄って来る。
「ルイ殿! もしやまた日本の食べ物か!?」
「ああ。魚介を美味しく食べるための料理だからな。リヴァイア殿を除け者にしたら、後で怒られると思ってね」
「良い判断だ。怒り狂うぞ」
茶化すように言うけど、目があんまり笑ってないんだよな。
代金はまたフィアー(彼のポケットマネーだ)で貰うことにした。そもそも素人料理だからそんなに高くは取ってないが。
それから、30分ほど。四苦八苦しながらもパエリア2種が完成した。海鮮の方が水分が多くなってしまって、少し味がボヤけてしまったのは勿体なかったけど、俺以外は気付いてないレベルみたいで、「美味い美味い」と食べてくれたよね。
チキンの方は日本の炊き込みご飯みたいなのかと思ったら……それよりもっとコクがあって、サフランや香草も効いていて全然別物だった。パウチの表示を見ると、ウサギ肉とかも使ってるらしい。いやはや、伊達に値段取ってないね。プロの味だ。
「美味しいデスな」
「チキンも……海鮮も……好き」
「ご飯も最初は黄色くて驚きましたが、慣れると香りが素晴らしいですね」
「エビ! イカ! 貝! こういうので良いのだ!」
みんなにも大好評だった。また何かテイクアウトできそうな機会があったら、こういう集まりをやるのも良いね。




