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転生魔王の出戻り日本グルメ  作者: 生姜寧也


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16/23

15:牛丼

 朝、目を覚ます。魔界はずっと曇天のような空だけど、朝は少しだけその光が増してくれるので起きやすい。実際、日照時間と精神の関連性もある(人間の話だが)し、いつか魔術で太陽とか作ってみても良いかもな。


「ああ、でも。ニュイは嫌がるか」


 最近は俺に合わせて昼型に移ろうと頑張ってくれてるみたいだけど、本来は夜行性だもんな。たまの日本ならともかく、ホームである魔界が明るいのは厳しいか。


「サーシャのヤツも……まあ、アレはどうでも良いか」


「良くはありません」


「いやいや、アレは……って、うお!?」


 独り言に返事があった。

 慌てて首を巡らせると、私室の窓枠に巨大なコウモリがとまっている。


「うわ……」


「うわ、とはなんですか」


 言いながら、コウモリが部屋に飛び込んでくる。そのまま黒いモヤに包まれ……それが晴れると人の姿となっていた。黒いドレスに、白すぎる顔。病的なクマを目元にたたえた女。


「サーシャ……」


「ご機嫌よう。魔王様」


 恭しくドレススカートの裾を摘まんで一礼してくる。


「それで……またワタクシを蔑ろにする算段を立てていたのですね?」


「いや、別にそういうワケじゃ」


 太陽を作ったら困りそうな面子の中では……まあ比較的優先順位が低いなと思っただけで。


「聞きましたよ。数日前、ワタクシだけ除け者にして暴食マチルダを起こしたそうですね?」


 あったなあ、そんなことも。


「ワタクシの力が信用できなかったのですか? 疑いの余地アリと?」


「そうじゃない」


 疑ってたのは実力じゃなくて、品性だからな。


「一応、外部勢力であるリヴァイア氏も居る場だったし、問題を起こすようなタイプは呼びたくなかった」


 魔王軍の醜聞になるからな。


「まあ! ワタクシをトラブルメイカーのように仰って!」


 そのものだろ。


「このような扱い……!」


 うーん。怒らせてしまったか。


「……気持ち良い」


 気持ち良いのかよ。どうなってんだよ。

 

「謝罪と打撃を求めます」


 それは相矛盾してる気がするけど。謝りながら殴るのは俺には至難の業なので、まあ……


「また日本行くか。美味いモンで埋め合わせってことで」


「仕方ありませんね」


 食い気味だった。やっぱり今回も最初からコレが目的だったか。


「はあ、全く」


 ボヤきながらも、ゲート魔法を起動する。飛び込む前に……今回は最初から従属魔法を使わせてもらう。


「あん♪」


 なんか悦ばせてしまってるけど、気にしない方向だ。今度また車やら何やらに突っ込まれたら、もう誤魔化しようもないだろうからな。今回は朝だし。

 ていうか、朝か。まだ店が開くには早いな。


「あー悪い。夜にするか」


「え? そうなんですか? 折角、夜更かしして参りましたのに」


 ああ、そうか。彼女的には逆に夜から今まで寝てないってことなんだな。夜勤従事者と同じか。

 じゃあ今のうちに行ってやるのが良いか。まあ、サーシャに限らず、超上級魔族は大体が数日寝なくても平気だけどな。マチルダは特殊例として。


「そういうことなら、行こうか」


 言いながら、朝からやっている店を頭の中でピックアップする。やっぱチェーンのモーニングが無難かなあ。

 ゲートをくぐる。サーシャもついて来た。


「おお」


 朝のビジネス街は、なんだか新鮮だな。週末の夜に来たことがあったけど、あの時より閑散としてる。


「以前に焼き鳥を食べに来た時より、人間が少ないですね」


「ああ。ここは職場が寄り合って出来てるような街だからね。朝の出勤前は人が少ないんだ」


「なるほど。工業ギルドが集まっている職人街のような感じですか」


「まあ似た感じかな」


 ここはガテン系じゃなくて、ホワイトカラーが主体だけどね。ナーロッパにはホワイトカラーって概念が無いに等しいから、詳しい説明は省く。


「では、焼き鳥屋もやっていないのですか?」


「朝から焼き鳥は……ちょっとな」


 朝方近くまでやってる所はあるかもだけど、ビジネス街付近には無いだろう。


「では、どこへ行くのですか?」


「カフェか、牛丼屋とかかなあ」


 それぞれの特徴を説明する。一応は女性だし、カフェを選ぶかなと思ったけど。


「牛丼というのを食べてみたいです」


「あ、そっち?」


 まあ良いけど。カフェっぽいのは、昨日ニュイと行ったしな。

 さてと。地図を開く。牛丼屋は……沢山あるな。俺が一番好きなチェーンにしよう。高速道路の出口付近が、現在地からは最も近そうか。魔法で瞬間記憶してから、地図を閉じる。


「じゃあ行くぞ」


「はい」


 テクテクと歩いていく。サーシャのヤツは、たまにコウモリになって飛ぼうとするので、その度に従属魔法で縛りつける。恐らく2度目以降は、この束縛が欲しくてやってたんだろうな。マジで疲れるからやめて欲しい。ていうか、そんなんだからマチルダの件でハブられたのを自覚しろ。

 そうこうしてるうちに。


「ふう。着いたな」


 店舗は中々に大きい。というか駐車場がデカいのか。高速から降りて来たらしき中型トラックが何台か停まっていた。朝から盛況のようで何よりだ。

 店舗の扉を開け、中へと入る。やはり店内は驚異のオッサン率だった。


「らっしゃっせー」


 ヤル気の欠片も無い挨拶が飛んでくる。外国人店員と、日本人店員が1人ずつ。ワンオペじゃないだけ上等か。元々、接客やら期待して来る店ではないし、提供スピードが担保されるなら何でも良い。


 席の案内とかも無いので、勝手にテーブル席に座る。牛丼屋あるあるだけど、カウンターよりテーブルの方がガラ空きという。


「メニューは……コレだな」


 テーブルの端、ステンレスのバインダーに立ててある紙メニューを取り、サーシャに渡してやる。


「魔王様は良いんですか?」


「ああ、俺はもう決まってるからな」


「流石です。今の一瞬のチラ見だけで、メニューを決められたのですね」


「いや、違うから。日本人の男なら、多分ほとんどのヤツがここに来たらコレっていうのがあると思う」


 ていうか、5年ぶりに食うのに牛丼以外を頼む選択肢ねえしな。


「なるほど。よくは分かりませんが……それだけ大衆に親しまれている店ということですね」


 納得したサーシャは、メニューに視線を落とす。ジッと見つめているが、目星はつくんだろうか。


「オーソドックスな品はどれでしょう?」


「牛丼だな。俺も頼もうと思ってるヤツ」


「では、ワタクシもそれにしてください」


「分かった」


 テーブルの端のタッチパネルを操作して、牛丼並と大盛を1つずつ。ついでに温玉も1つ頼んだ。

 3分ほどで、外国人店員が盆に載せて運んで来てくれた。流石に速い。


「速いですね。そして良いニオイがします」


「ああ」


 懐かしい。いっそ臭く感じるレベルだけど。豚骨ラーメンと一緒で、このニオイが良いんだよな。

 温玉を割って、丼の上に落とす。


「なんと。卵をそんな半端に凝固させているのですか!」


 驚いてる。そうか、半熟卵もあっちでは見かけないもんな。

 俺は更に紅ショウガもブチ込む。個人的にはミニトングで2摘まみくらいがベスト。


「赤いですね。食べられる物なのですか?」


「うん、アクセントになって乙だ。ただまあ、最初はそのまま食べると良いよ」


 ということで、いよいよ実食だ。まずは牛肉の塊と飯を1掬い。口の中に放り込む。

 ……ああ、この味だ。いつでも来れると後回しになっていたけど、やっぱもっと早く来るべきだった。美味すぎるわ、これ。

 牛肉は甘辛く、それだけじゃなくてコクもある。色んな具材と一緒に長時間煮込んでいるからこそ、これほど複雑で奥深い味が醸成される。ワインを加えてまろやかさを出しているとも聞いたことがあるけど、本当に唯一無二の味なんだよな。

 そしてタマネギもまた良い仕事するんだよな。甘みが強く、フニャリとした口当たりも最高だ。


「んん!」


 サーシャも不健康なクマごと、瞳を大きく見開いた。


「美味いだろう?」


「はい。箸が止まりません」


 言葉通り、彼女はすぐに次の1口を掬い上げて頬張る。良かった、異世界のバンパイアにも牛丼は通用したか。

 俺の方は脂身多めの肉と紅ショウガを絡めてかっ喰らう。ああ、美味え。ブヨブヨなんだけど、全然しつこくないんだよな。そこに紅ショウガの酸味がアクセントになって脂の甘みと混ざり合う。

 

「卵も割って、と」


 箸を入れて割った。黄身がトロッと出てきたので、米に染み込ませて食べる。牛丼のつゆが染みた茶色い米の上から黄色のコーティング。熱い米と、少し冷えてる黄身の間の温度差も舌を楽しませてくれる。やっぱ卵は正解だったな。


「……」


 ん? サーシャが向かいからメッチャ見てくる。卵、欲しいのか。


「ほら。半分やるよ」


「良いんですか?」


 と言いながら、もう既に箸を伸ばしてきてる。そして半分以上(4分の3くらい)取って行った。オマエ、そういう所あるよな。


「うーん。良いですね。トロトロです」


 まあ美味そうに食ってるし、良いけどね。

 それから俺たちは、黙々と食べて10分と経たず完食した。


「はあ……美味しかったです。焼き鳥も素晴らしかったですが、こちらも最高です」


 だいぶ気に入ってくれたみたいだ。

 と思ったら。


「魔王様。ルーマーコンダクターを使ってもよろしいですか?」


「え?」


「この牛丼……今しがた食べ終わったのに、もう食べたいくらい。コレは尋常なことではありません」


 まあ、「だいぶハマったんやろうな」としか思わんが。


「何か、この中毒性の秘密があるかも知れません。市井の噂を聞いてみたいのです」


「なんもないと思うけどな。まあ良いよ、やってみたら」


 了承してやると、サーシャはそっと瞳を閉じた。集中が高まり、やがて。ゆっくりと目蓋を上げた。その瞳には不快の色が浮かんでいる。


「どうした?」


「分かりました。やはり裏があったようです」


「マジで」


「田舎から出てきた生娘には、特に美味しい食べ物と刷り込まれるように設計されているようです」


 あったなあ、そんなん。バッチリ、オマエだなあ。


「まんまとカモられたということです。それをあんなにありがたがって」


 悔しげに唇を噛み締めるサーシャ。


「こんな屈辱……!」


 グッと拳を握るのが見えた。


「気持ち良い」


 気持ち良いのかよ。もうなんでもアリだな。


 会計を済ませてサッサと出る。ちょうど新たに長距離トラックが駐車場に入って来たところだった。オッサンたちのオアシス、24時間営業(1時間の中休みを取るようになったらしいけど)の牛丼屋。

 なんかお邪魔しちゃった気分だ。俺には想像することしか出来ないけど、夜勤明けの1杯は至福なんだろうな。


「……」


 サーシャも立ち止まってトラックを見ている。彼女は夜勤とは違うけど、1日の〆の1杯なのは一緒だ。なんとなくシンパシーでも感じてるんだろうか。


「アレに轢かれたら気持ち良さそうです」


 全然違ったわ。もう連れて来んわ。

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