14:ローストビーフ
昨日で一仕事終えたので、今日はゆっくりするつもりだったけど。ニュイが日本に遊びに行きたがるので、連れて行くことにした。まあ彼(彼女)なら、トラブルを起こして疲弊させられることもないだろうし。
「手伝ってくれたお礼も兼ねてだね」
ガランドのヤツは、ブレイナーくん絡みでパンを買ってやったし、まあ良いだろう。というワケでニュイだけ連れて行くことにしたのだ。
「ちょっと……久しぶりの……日本」
分かりにくいけど、高揚してるみたいだね。
2人でゲートをくぐる。いつものビジネス街に到着。さてと、
「何を食べたい?」
「日本の料理……分からないから……任せる」
そりゃそうだ。
うーん、どうしたものかな。
「前と同じ……ラーメンでも……良いよ」
健気なことを言ってくれる。けど折角だから違う物を食べさせてあげたいよね。
「取り敢えず歩いてみるか」
「うん……」
自然に手を繋いでくるニュイ。
そのまま通りを歩き始めるが……ちょっと目立つかなあ。ニュイは見た目は中学生くらいの美少女(美少年)で、俺が享年32歳だからな。親子は無理があるし、歳の離れた兄弟(兄妹)に見えてるんかね。
「今日……なんか……赤と白と緑」
ああ、それは思った。ていうか、そうか。
「クリスマスイブだわ」
数日前にネカフェで日時を確認したんだけど、そこから計算すると、ちょうど今日だ。
ビジネス街はそうでもなかったけど、南の繁華街の通りには『クリスマスフェア』やら『クリスマスイブ限定』やらの文字が躍っているが見える。
「クリスマス……イブって……なに?」
「まあ、そうだなあ。恋人同士や、家族で過ごすイベント……かな」
恋人や家族という概念が、恐らくは魔剣には無いと思うけど。人型フォルムをとれるようになる前、つまり俺と出会う前までも、人間社会は見てきたハズだから。
「なんとなく……分かる……誕生日みたいな感じ」
「ああ、近いかもね」
家族の誰かの誕生日じゃなくて、彼(彼女)からしたら異界の現人神の誕生日だけど。
「ニュイの……家族……」
繋がれた手に力がこもる。家族……か。俺も孤児だからな。血の繋がった家族って居ないんだよな。
しんみりした空気になりかけたところで、ふとある物に目を奪われた。クソデカいクリスマスツリーだ。どこかの店の入り口横に立っているんだけど、コレが目立って仕方ない。ニュイも口を半開きにしていた。
「デカいな。天辺はどこだ」
繁華街のメインストリートには屋根付きのドーム型アーチが架かっているんだけど……そこまで届けと言わんばかりだ。どうやって運び入れたんだろう。
俺たちがボンヤリ見ている間にも、女性2人組がキャイキャイはしゃぎながら、ツリーの写真を撮って行った。ただ店に入ろうか検討する素振りもなかったので、集客に繋がってるのかは怪しいところ。
「ルイ……メニューが……出てる」
ニュイがツリーの下、看板メニューを見つけたみたいだ。オシャレカフェの様相で、ラテアートやらパンケーキやらが並んでる。軽食もあるらしく、パスタやハンバーガーの写真も載っていた。
その中でも、
「コレ……美味しそう……」
ニュイが指さしたのは、『SNS映え必至! イブ&クリスマスの2日間限定! 彩りローストビーフサラダ』という文字。うわあ……自分でSNS映えとか書いちゃってるメニューって、なんか共感性羞恥が湧いてしまって苦手なんだよな。味が二の次のことも多いらしいし。
「……色が……キレイ」
ローストビーフのピンクを軸に、トマトの赤やルッコラの緑、チーズの白が散りばめられている。クリスマスカラーで統一された1皿は確かに悪くなさそうに見えるな。少なくともニュイはかなり気に入ってる様子。女性の方が色彩感覚は豊かとも聞くし……ああ、いや。ニュイは性別不明だった。
とにかく。
「じゃあコレにするか?」
「うん……!」
決まりか。
店は外から見る感じ、客入り5割~6割といったところ。シュトーレンの時のような、女性客に囲まれて食べるという羞恥プレイにもならなさそうだし。気軽にドアをくぐれる。
「いらっしゃいませ。2名ですか?」
ちょっとダウナーな女性店員。淡々とテーブル席に通された。路面からは見えにくい場所なので落ち着けそうだ。
「ご注文、QRコードからお願いします」
い!? コレはマズい。いつかそんな日が来るとは思ってたけど。
「あ、あの!」
「はい?」
「ちょっと今、スマホを修理に出してて……」
「は、はあ」
一瞬、店員は対面のニュイを見た。オマエが修理出してても、そっちの子にオーダーしてもらえば良いだろう。そんな心の声が聞こえてきそうだ。何かツッコまれる前に、
「注文も決まってるんで……口頭でも良いですか?」
「あ、はい」
「それじゃあ、ローストビーフサラダを2つ」
「ローストビーフですね。単品でよろしいですか?」
俺は慌ててラミネートされた紙メニューを取る。セットは……丸パンとコーンポタージュみたいだ。完全に私事だけど、コンポタも食べたい物リストに入ってるから、一石二鳥。それに、パンくらい食べないと飯食った気にならないだろうし……
「じゃあ、どっちもセットで」
「はい、ローストビーフセット2つですね」
繰り返して去って行く。
終始、機械のような調子で一度も笑わない店員だった。もしかして微妙に流行ってない原因は、接客にあるのかも知れない。まあ俺はそこまで愛想は求めない派だけど、冷たそうな印象は受けたし。
「2200えん? 高い……の?」
「いや、全然余裕だよ」
ローストビーフが乗ってるとはいえ、サラダに2000円オーバーは高いなあというのが正直なところだけど。
「良かった……」
小さく笑うニュイ。心配してくれてたみたいだ。やっぱ良い子だなあ。
安心した彼女(彼)は、今度は店内をキョロキョロと見回す。メインストリートから見えるガラス張りと、ガラスが途切れて奥まった場所にある一画(俺たちが座ってるのもそこだ)、少ないながらカウンター席と、その向こうに広い調理場。ツリーだけじゃなく、店自体もかなりデカいようだ。
「ラーメン屋より……人間が……居ない」
「そうだね」
映えメニューとかクリスマスツリーとか頑張ってる割には微妙すぎる客入りだ。クリスマスイブとはいえ、平日だし、社会人は来れないもんな。休みまで取ってガチクリスマスデートするなら、もう少し違う店をチョイスしそうな気もするし。かといって学生が来るには敷居が高い。
なんというか、中途半端なんだろうな。
「前の店の方が良い?」
「……ルイが居るなら……どっちでも良い」
嬉しいことを言ってくれる。兄性愛みたいなのをくすぐられるよね。
「あの人たちも……家族……?」
言われて、店内に居る他の客の様子を見る。女子会が圧倒的に多いな。男性客は……俺以外は1人でハンバーガー食ってるサラリーマンのみ。いや、凄いな、あの人。左右を女子会に囲まれながら、4人掛けのテーブル席で黙々とハンバーガー食いながらノートPC弄ってる。
「女性の集団は……違うな。友達同士だ。多分」
答えながら、更に見回すと……離れた場所のテーブル席に1組だけ家族連れが居た。若い夫婦と、2歳くらいの赤ちゃん。
「あそこは家族だね」
「クリスマスを……祝ってる?」
「うん」
直接インタビューしたワケじゃないけど、まあ普通に休みを合わせてここに来てるんだろう。多分、幼児オーケーな店等々の条件面でチョイスしたんだろうな。
「お待たせしました。ローストビーフセットになります」
声に振り向くと、いつの間にやら店員が料理を持って立っていた。そっとサーブされる。やっぱり淡々としてるなあ。
「ごゆっくりどうぞ」
去って行く。と、その途中で。例の家族連れの客、そのテーブルから子供用スプーンが滑り落ちた。お父さんが取ろうと手を伸ばす、それよりも速く。店員が拾い上げて、
「新しい物、お持ちしますね」
と。やっぱり抑揚のない声で告げていた。
けど、あの機敏な動きからは、両親に負担を掛けないようにという優しさが見て取れた。
……淡々と表情を変えないせいで、不愛想に見られてしまう。
思えば、昔はニュイもあんな感じだった気がする。
「なに……?」
「いや、なんでもない。食べよう」
折角の出来立てだからな。
改めて皿を見ると、ローストビーフサラダは本当に色合いを工夫しているなというのが分かる。赤、緑、白の調和がとても良い。下敷きにトマトソースも落ちているし、味が薄いってこともなさそうだ。
「まずはスープだな」
「うん……」
俺が口をつけると、ニュイも倣う。ラーメンの時もそうだったけど、本当に雛鳥みたいだ。
ああ、久しぶりに飲んだらコーンポタージュもやっぱ美味いな。甘くトロッとしたスープはとてもクリーミーで、喉越しも滑らか。体があったまるな。クルトンもサクサクとシットリの間くらい。このスープをちょっと吸ってるくらいの塩梅が好きなんだよな。
「甘い……あったかい……」
ニュイも悪くないみたいだ。
「これにパンを浸して」
言いながら、トプッと浸ける。そして頬張ると、うん、美味い。パンの断面からは小麦の香りがして、口中にはさっきのクルトンよりヒタヒタの食感。コーンの甘み、クリームの甘みが合わさり、完璧だ。
ニュイも倣って、スープにディップしたパンを頬張る。少し嬉しそうに目を細めた。昼間のニュイは妖艶さより愛らしさが勝つね。
「さてと。いよいよ、ローストビーフか」
カトラリーの中を探って、割り箸を取る。こういう店ではフォークを使うのがベターなのかも知れないけど、食いにくいからな。特に葉っぱ類は。
遠慮なく箸でローストビーフを1枚キャッチする。ニュイも同じ動きをした。
「……あむ」
同時に口に含む。噛むとスモークの香りと、肉の旨味が弾ける。そこにペッパーの塩辛さが混じった。内側の肉は柔らかく、外周はやや歯応えがある二層構造。噛めば噛むほど旨味が滲み出てくる。うーん、これは上質な肉を使ってそうだ。
……2200円だからな。
「美味しいか?」
「うん……パサパサかと思ったら……ジューシー」
だよね。見た目は乾燥肉みたいだもんな。けど噛むと驚くほど肉感がする。美味いよね、ローストビーフ。
続いては、チーズを乗せて、ルッコラも一緒に。
「うん」
これもまた良きだ。チーズの酸味と、乳臭さ。それが口の中の温度で溶けて、ローストビーフに違った味わいとまろやかさを与えてくれる。ルッコラもシャキシャキで、香草のニオイがビーフとマッチする。
「これも……美味しい」
パンも追加で口の中へ。旨味洪水中のところへ一緒に咀嚼する。当然、美味いよね。
次の1口はトマトソースも絡めて。コレはチーズとルッコラに合うなあ。ピザっぽさもある。
「美味しいね……ロースト……ビーフ」
頬を緩めて笑うニュイ。ご満足いただけたようだ。
その後、俺たちはパンのおかわり(無料だった)も貰って、ペロリと平らげた。
会計をして外へ出る。
「……ご馳走様……連れて来てくれて……ありがとう」
欠かさずこういうこと言ってくれるの、マジで女子力高すぎるんだよなあ。
「美味しかった……美味しかった」
繰り返すのが可愛らしい。
「ガランドとか……マチルダとか……一応サーシャとか……みんなにも食べさせてあげたかったな……」
家族、と表現して良いのかは分からないけど。あの激闘を共に戦い抜いた絆は、確かにまだ続いているからな。
……ずっと1人ぼっちだったニュイ。俺も孤児だし、似たようなもの。
「来年は、みんなでクリスマスパーティーするか」
「パーティー……うん……それなら寂しくないね」
そう言って、ニュイは今日もまた俺の腕にしがみついてくる。食事した後の帰りはこの形が定着しそうで嬉しいような、恥ずかしいような。
まあなんにせよ、今年は温かいクリスマスになったな。




